3-4 アゲハ蝶ふわり



 民舞に限らないですが、踊りというのは基本姿勢の習得がとても大切なのです。

 男女共に踊る姿勢は、背中がピンとしているのが格好いいです。そして民踊は、膝を軽くゆるめて立ちます。 


 私はどうやら、女らしさや色っぽさに欠けているらしく、夏音に「お前、女踊りより男踊りの方が合ってるな」って日頃から言われています。

 うん。男踊りの方が心も踊っちゃうんだな。女性のしなやかな振りが苦手なのです。

 足を一歩出す時も、右足を出すならつま先を右方向にガッと、歌舞伎の見栄を切るように大きく出す方が気持ちよくって、ついつい。


「男踊りは熊五郎、女踊りはアゲハ蝶がリーダーなので、踊りに関する質問は、この二人にするように」

 山羊部長が今日も目を(いや、眼鏡か)キラーンと光らせて、はりきっています。

 この人は自分が踊るより、みんなの踊りが揃っているかをチェックする方が生き生きしてます。あと由来とか語る時もですね。


 一つ学年が上のアゲハ蝶子ちょうこ先輩は、ひらひらワンピースが似合う、名前にぴったりのふわふわ系可憐女子。

 蝶だけに、飛び級で上がって来たから、実年齢は小学生だという噂もあるくらい可愛いらしいの。

 今日もトレードマークのオオルリアゲハの瑠璃色ヘアピンをつけてます。


 そんなアゲハ蝶先輩は、なんとあの熊五郎先輩の彼女なのです。

 いやー、どう考えてもアンバランスでしょー。何会話してるのかしら。

 肩に乗せた妖精さんでしょ、どう見ても。

 力を加減しないと、手を繋ごうとして吹っ飛ばしちゃったりしないのかしら。


「私が羽生えてるタイプじゃない? だから地に足ついてるって感じのクマに惹かれるのかもね。人は(?)自分にないものを求めるものよ」 

 だなんて言いながらキュンってウインクするので、女の(めすの)私ですら、抱きしめたくなります! 存在がズルイです!


 いつも大事そうに持ってるテディベアを「ね、似てるでしょ?」と言われても、わたくし固まっちゃいます。

 どう考えても熊五郎先輩は、北海道でシャケ捕ってる木彫りの熊でしょー。ザ・ニホングマって感じっしょ。

 そんな洒落たセーター着たオックスフォードのくまとか見て、なぜ同じに思えるんですか! 恋する乙女の思考は時に不可解なものなのです。


 そんなアゲハ蝶先輩の踊りは余計な力が全然入っていません。女踊りって、上手な人は頭がぴょこぴょこしないのです。スーッと畳の上を歩くようにね。

 そして所作が丁寧。手を挙げる時も美しい軌道を描くように、一歩出す足先も氷の上を撫でるように。

 小学生のように無邪気かと思えば、ひとたび踊りだすとものすごく色っぽくて鮮やかなのです。


「先輩って呼ばれるのきらい。姉さんでいいわよ」

 そこにいた男共のハートを一撃で打ち抜く威力。

 わかりました。アゲハ姉さん(漢字は姐さんでしょうか)と呼ばせて頂きます。一生ついていきます!



 ハッピー民踊部には週二回、踊りの振り付けを教えに来てくれる先生方がいます。トリコさんをはじめ、トリコさんのお弟子さんや、民踊の級という資格を持った先生たちです。


 今日は男性の白孔雀先生。両手を広げると白いレースの衣装がキラキラ広がったように錯覚しちゃう華やかな踊り手です。


「日本舞踊と、民踊の違いとは何ですか」

「そうね。ざっくりわかりやすく言うと、日本舞踊は舞台で踊るものよね。一方で、民謡の踊りは今お稽古している原釜のような正面踊りもあるけど、行列で進んだり、輪になってやぐらを囲んで踊るものが多いわよね」

 休憩中に一年のフェネック・サラマンダーがした質問に、白孔雀先生が丁寧に答えています。


「日本舞踊は、花柳流・藤間流・若柳流・西川流・坂東流という五大流派が有名ね」

「流派とは」

「まあ、グループと言えばいいかしらね」

「舞台芸能の日本舞踊に対して、民舞は元々民衆の娯楽として栄えたもの。そして各地の特色を取り入れているものが多いわね。あとは新舞踊といって、歌謡曲や演歌などに振りつけて踊られるものもあるわね。ま、おいおいわかってくればいいわよ」


 フェネックがノートにさらさら書いているけど、わかってるのかい? あら、日本語上手。発音だけではなく、達筆です、アラビアの王子。



 練習が終わって、ちょうど校門の前には、各種お迎えが来ております。

 フェネックのロールスロイスのすぐ脇に、黒装束姿の車屋さんが待っているの。

「お嬢様、お迎えに上がりました」


 そうなの。アゲハ姉さんもね、蝶よ花よと育てられたご令嬢なのだ。

 熊五郎先輩とは、身分違いの恋って感じ。親の反対を押し切って……。いやいや、ちと早い妄想でした。


「いやーよ、飛んで帰るわ」

 あ、そりゃー、そうですよね。ご両親もまた無駄なことを。羽があるのですから。

 ひらーっと宙に浮かんで消えたアゲハ姉さんを見送って、なんとなく夕刻のさみしさが辺りに広がりました。


「あ、また行ってしまわれた」

 車屋さんも一緒に、斜め四十五度方向の茜色の空を見上げます。

「大変ですね。お仕事とはいえ、いつも振られてしまって」

 私がそう言うと、車屋さんはにやりと笑って

「ええ、いつも空振りですからね。折角ですから、いかがですか」

なんて、私たちに車に乗るように勧めてくれました。え。


 そんなわけで私と夏音は、はじめて人力車なるものに乗せてもらって、自宅に帰りました。たぬきときつねが乗せてもらうってねー。ぜいたくよね。


 いつもの景色が余計に愛おしく感じたのは、なぜかしら。

 きっとね、すこぉーし花嫁さん気分だったせいかもしれないな。




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