4-3 透き通った水飴
思えば私は子供の頃から盆踊りがだいすきでした。
夏祭り当日、夕日が傾く頃にかすかに太鼓の音が鳴り響いてくると、もういてもたってもいられなくなりました。
夕食もそこそこに切り上げ、祭りの広場に駆け込みたくて、どんどん気持ちが膨れ上がっていくのを抑えきれず、胸がどきどきしました。
太鼓に加えて
色々な夜がありました。時には夕立で中止になってしまうこともあって悲しみに暮れました。はじめての祭りの年は、夕立もなく空は夕陽の赤に輝いていたのをよく覚えています。
神社の境内に向かうと、高く建てられた
その後ろでは半被を着たこどもたちがわくわくと順番を待っています。この日のために村のこどもたちは毎週太鼓の練習を重ねてきたのです。お家でもラップの芯を両手に持って、どこでもかしこでも叩いて怒られているのをよく見かけました。
名前の入った提灯の灯りが揺れて、それをひとつひとつ見ていくのもすきでした。あ、これは魚屋さんのだ。隣は八百屋さん。右紺家も左房家もありました。
そして櫓の二段目には、おそろいの浴衣を着たご婦人たちが踊りの輪を作っています。先頭に立っているのは左房の母さん。民踊の名手なのです。その真似をして踊れば、どんな曲でも覚えられるのです。
*
休憩中は、たくさんのおいしいものが村の人たちによって振舞われました。みなさん交代で出店の当番をしています。焼きそば、いか焼き、冷やし胡瓜。
そして、かき氷。これがまたこどもたちのお楽しみでした。
さゆきは苺シロップと練乳がだいすき。なつねはブルーハワイがすきで、青くなった舌をやたらと見せてお化けの真似をして、周りの大人を笑わせていました。
私はといえば、休憩の間に配られる水飴がだいすきでした。
一斗缶の中に透明な水飴が入っていて、そこからくるんと一巻きとってもらえるのです。割り箸二本で交互に巻きながら、だんだんと透明から白っぽくなっていくのを楽しみました。
両手を広げて限りなく延ばしても、その束ねた絹糸のような糸は千切れない。また近づけてくるくると巻くと半透明な色が光り輝く。まるで魔法のようにきれいでした。
がんばって程よい固さにした水飴を口に含んだ時の、年に一度味わえる特別感。甘くてしっとりした飴にかぶりつくぜいたく。
でも、私は曲がかかると真っ先に踊りたいから、それまでには食べ終えようと、後半は急いで口に入れます。なかなかのみこめない飴と格闘です。
おいしい。でも私は何よりも踊りたいのです。そんな気持ちのシーソーに揺れ動く乙女心。え、おとめとは違うって?
どうしても残った時は、呑気にラムネを飲んでいるこんに押し付けて、私は踊りに駆けつけました。男の子姿のこんは目を白黒させて、水飴を持て余してあたふた。その姿を見るのも、夏の風物詩でした。
*
私がだいすきな盆踊りの曲の中に「お米ありがとう音頭」(*7)がありました。
米作りのストーリーが振り付けに織り込まれているのです。
片手で苗を植え付け、田車を押して除草をします。稲がそよそよとそよいだら、収穫して束ねるのです。
そして最後にダイナミックに「米」の字を描きます。
米は八十八。最初に両腕をななめ上に上げ(八の逆の形)、次に両腕を真横に伸ばし十の形。これは立った体がたて棒なのですね。最後に両腕をななめ下に下げてから、チョチョンガチョンと締めます。これで、米という漢字が書けました。
お盆の頃、青々と茂った元気な稲がこれから無事に実るのを祈りながら、みんなで楽しく天に向かって踊りを捧げます。とてもしあわせでした。
*
私の目の前には、いつも「さゆき」がいました。人の女の子。
そうです、私が化けている紗雪は彼女です。
この記憶は誰のものなの? 時々思うことがあります。
私は一体誰なのか。ある日を境に紗雪として生きてきた私が持つこの記憶すら、私のものなのか、あるいは、紗雪のものなのか。
いつも近くで見ていた女の子。同じ景色を見ていたせいか、混同するのです。
あれから私には、人間として帰る家ができました。
だから、人間としての暮らしも決してまやかしではありません。
左房の母の背中を見て育ったのです。民謡がだいすきで、踊りの名手の母を。たおやかで、品があって、いつも夢中になって真似をして踊ったあの時。
母の匂い、母の温もり、母の所作。
母さん、元気でやっていますか。
<民謡ひとこと講座>
*7「お米ありがとう音頭」岸千恵子さん歌唱 JAと民謡連盟推薦曲
輪踊り。お米に感謝する気持ちをこめて作られた曲。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます