4-4 真似からはじまる
祭りといえばたぬき
右紺の父さんの祭り太鼓に合わせて、たぬきたちがぽんぽんと調子よく腹鼓を打つ。
たぬきの父ちゃんの踊りは名人の粋だった。
酒に酔ってくるとはちまき被って、調子に乗って踊り出す。低く構えた腰から繰り出す、愉快な踊り。ひょうきんな顔をしながら首を振って、そこらの空気を練ってごちそうにでもしそうな、その職人のような手つきで、見る者を楽しませた。
一方、きつねの家は笛の一家。優美な細い笛の音の合奏は、山の奥まで届いて響く。左房の母さんは、その音色に耳を澄ませながら踊りを乗せた。
俺の親父は頑なに踊らない。渋い顔して精魂こめて、笛に命を吹き込むかのように座っている。
銀色ぎつねの兄さんが請われて踊ると、手の一振りで空気が変わった。
*
俺はこどもの頃、「佐渡おけさ」がすきだったな。
山で暮らしていたから、海とか波とか、見知らぬ島というものにあこがれたのかもしれない。
そして、銀兄さんが踊る「相川音頭」(*8)に心を奪われた。
こども心にも凄いものを見ているのはわかっていて、腰の落とし方を真似た。
腰を落としても背中を曲げては格好が悪い。粋な形というものが存在するのだ。
独特な足さばき。いつのまにかサっと引き上げられた足が、ゆっくりと前に踏み出されるタイミングがわからない。
武道を思わせる、太極拳のような緩やかでいて力強く、大地の養分を吸っているような動き。
編笠を被った銀色兄さんが舞う。
笠を被るから、銀髪は見えはしない。素性もわからない。だが、物腰で誰が踊っているかはすぐにわかる。
考えてみたら、人間に化ける時は何も銀髪でないといけない訳じゃない。黒髪にでも何にでも幾らでも変化できたであろうに、兄さんはそれをしなかった。自分が自分であることへのこだわりなのか。抱えてきたものへの執着なのか。
盆踊りの魂は、異郷からさまよって来た亡霊である。その道行きを思わせる動きに、自らの魂を通わせる。
両手でスッと山を描き下ろす。その直線の外側をくるりと包み込むように腕を戻す。祈るように手を打つ。斜めかざしをした後、くるりと向きを変え、またゆっくりと斜めかざしをしながら歩を進める。
習ったことなどなかった。振りなど、見るよりも体を動かしながら、いつのまにか覚える。そういうものだと思っていた。
生意気にも、俺は瞬時に輪の中の特定の人の背中を追う。そういう嗅覚には優れていた。今も上手い人の所作をくまなく見て、まずは真似から入る。
名人の踊りは、芯があって気持ちがいい。真似をしていると、いつしかその人のように踊れたような気がしてくる。実際、一人で再現しようとしても、全くうまくいかないのだが。
俺が人間として生きることになった時、銀兄さんだけがすぐに、その決意を認めてくれた。いつになっても、俺は銀兄さんになれはしないけれど。でも、決して忘れはしない。
*
あれは、とある日の長老会議だったな。
アラエイ(ほぼ80歳)の地元の民謡会の集まりに、俺と紗雪が召集された。
会長は俺たちを呼んで、こう言ったんだ。
「このままでは民謡というものがなくなってしまうでな、ここらで若い二人を派遣して、やはり日本の中心の東京っちゅうところで修行してもらうんがいいんでないか、ってことになったんよ」
は? え? 東京?
「よさこい、ソーラン、阿波踊りはうまいことやりおったからの。土地だけじゃなく全国に広まって楽しまれておる」
そうだ、そうだと、おじいおばあがうなずいて勝手に決めたらしい。
そこには、右紺の父と、左房の母の姿もあった。
今上野月夜野高校で踊っている俺たちは、こうして田舎からの支援で上京してきたのだ。地元の地味な民謡はちっとも広められていないが、民踊の面白さを実感している。
夜行性のきつねは、本当は泣き虫だと言われている。
上京したての頃、俺はよく泣いていた。コンコンが、次第にケーンケーンみたいになって自分では収拾がつかない。
いつもそばにはあったかいたぬきがいた。うどんじゃないぞ。
たぬきを抱き枕にして眠ると落ち着いた。あいつの方がいつだって度胸があった。
田舎にいた頃は、俺たちはよく夜に星を見に行っては、木のほらの中で一緒にあたためあったな。いつしか横にいるのがあたり前になっていた存在。
俺たちが東京に上京したその頃、「最近たぬきの長女と、きつねの次男を見なくなったな」と、人間たちが噂していたらしい。
<民謡ひとこと講座>
*8「相川音頭」新潟県佐渡市相川の民謡
はじめは恋物語の心中口説きであったが、江戸の頃に禁止されたため
現在の歌詞は「源平軍談」などの軍記物になった。
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