7-4 風吹く夏の夜


 どうやら台風が近くまで来ているみたいです。

 今夜の盆踊り大会の会場は、風が時折強く吹いて、そのたびに何かがくるくると渦を巻いています。

 綿菓子がふわぁーっと舞い上がって、ミンゴ先生の頭にパフッとナイスに着地しました! 

 あーあ、べたべたになっちゃいますね。でも妙に似合ってますよ、白アフロ。違和感なし!


 おや、りんご飴がめちゃくちゃ似合っているのは、小鹿角子ちゃん。透明な肌にほっぺを紅く染めて、まるで共食いです。

 いつもはおとなしい彼女ですが、踊りだすと結構激しくなってくる不思議ちゃんなのです。


 だいすきな「ゆかた音頭」(*16)がかかって、団扇うちわを持って踊り始めたのですけど、風に持っていかれて思うように振れません。だんだん風に煽られすぎて、みんな動きがてんでバラバラになってしまいました。

 右に進んで、それから左に進む振りのところで、わあ大渋滞。ぶつかっちゃいますー。

 主催者側も「これじゃあ、みんな飛んでいってしまいますね、危ないですから団扇の曲、これから中止ー!」って叫んでいます。


 その後の手踊りの曲の時も、急に風の向きが変わったりして、浴衣の袖が隣の人の顔にビンタしちゃうやら、風で押し流されて列がぎゅっと詰まって大混雑になってしまうやらで、笑いがこみ上げてきてしまいました。


 休憩してかき氷を食べることにしましょう。今年の屋台のかき氷も食べ納めでしょうか。

 お気に入りのうさぎのがま口のお財布を帯から出すと、リンって鈴の音が鳴って、「食べ過ぎ注意だよ」って言われてる気がします。

 えいやーっ、どれにするか決められないから、もうもう苺もメロンも色んなのかけちゃおっ。名付けてレインボーシャワー。

 夏音は昔からジャンキーなブルーハワイ一択だよね。それで舌を真っ青にしてべーってするんだけど、ユーレイみたいなのに無邪気でかわいく見えちゃうの。あは。


 立ってたら、あちこちから何やら飛んでくるようです。

「夏音、頭にキャベツのってるよ」

 焼きそばの具でしょうか。ぷー、くすくす。

「そういう紗雪は、眉毛に紅ショウガが張り付いてるぞ」

 そう言いながら、ヒョイとつまんで食べられちゃいました。ちょっと、どきん。

 あ、しまった。夏音推しの角子にガン見されてしまいました。違う意味で、どきん。

 ああ、フランクフルトと冷やし胡瓜はしっかり重量があるので安定してますね!

 

 来週には田舎に帰るから、今夜が東京での盆踊りの最後の日。

 だから、今この時、この瞬間がとても大切で、ずっと目に焼き付けておきたいなって思ったのです。ここが私たちの節目だから。


 少し風もおとなしくなってきたでしょうか。手を広げて、自分の周りに小さな風が吹く空間を抱きしめながら踊って、今を楽しみましょう。笑顔で過ぎた夏も一緒に抱きしめてそっと。



 踊り疲れて、やっと我が家にたどり着きました。

 這う這うの体で、縁側に横になって一息。

 やっぱり、我が家(居候だけど)はとても落ち着きますね。


「ねー、夏音。上野で踊ってる人たちってさぁ、動物の名前の人が多いねー。もしかして、私たちみたいに人に化けてるいるのかなぁ」

「は? お前、一年もここにいて、何を今更」

「どーゆーこと?」

「だって、全員・・そうだろ?」

「えーっ、そうなのー? 知らなかった」

「すまん、ちょっと盛った。高校じゃ半分くらいかな」

「やーだ! てっきり名前が動物に由来してる人が多いんだって思ってた。すごい偶然!って」

「隣のアキバも擬人化にあこがれた種が化けてるらしいよ」


 ずっとわぁわぁ興奮している私を、夏音がジロっとみて、呆れたように肩をすくめました。

「ここ上野は、変身動物だらけだぜ。なにせ『上野動物園』って言うだろ? 園から直接高校に通ってる奴らもいるよ」

 マジですかー? (多分この物語を読んでくださってる方、とっくにみなさま気づいてると思いますよ、紗雪。by作者の声)


 びっくりすると、耳としっぽがぴょんってでちゃいますね。



 はぁー、ほんとに今夜は疲れましたぁ。風に逆らっていつもより体力を消耗しちゃったかも。もうお風呂入る気力がないー。

 ああ、油断しちゃうとたぬきに戻っちゃうんだけどな。

 でも、もうねむーい。と、縁側でうとうとしてたら、ほんとに寝落ちしてしまったようです。


「あーあ、たぬきもきつねも元に戻って寝ちゃったな」

 ミンゴ先生の声がかすかに聴こえてきます。


「この子たちにとって、私は家族になれているってことね」

 トリコさんの声もして、ふわりと肌掛けをかけてもらってる気配です。

 そして頭をナデナデされて、すごくきもちいいの。


「この子たちは自分で抱えきれないものを背負って生きてきたのよね」

 撫でてくれるあたたかい手に、田舎のお母さんを思い出して、私は涙が出そうになりました。

 でもこのままずっと浸っていたくて、眠ったふりをしちゃいます。これがほんとのたぬき寝入り。


「来週は田舎に帰省ね。いつの間にか二人とも大きくなって」

「あれからもう十年か、フッ」

「きつねになっても夏音の横顔は美しいわね。麗しい流し目を持って生まれたのね」

「紗雪の踊りは観る者を楽しませるな。幸せそうに踊る子だったね、昔も」


 二人の声を子守唄代わりに聴きながら、私たちはいつしか優しくなった風に、いつまでも吹かれて夜を過ごしたのでした。




<民謡ひとこと講座>

*16「ゆかた音頭」特に地名なし

   1992年3月にリリースされた鈴木正夫・藤みち子のデュエット曲。

  「誘い誘われ 総出の祭り 今夜は浴衣で ヨイヨイヨイと一踊り」

   どうやら浴衣が恋の一役を買っているらしいです。


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