8-2 ずれていく世代


「ただいま」

「あ、おかえり、こんおじちゃん」

「お、いい子にしてたか、ツネタ」

「うん。おみやげはー?」


 俺は荷をほどきながら、甥っ子にお稲荷さんを渡した。

「わぁ、東京のお揚げは、どこか洒落てるねー」

 箱を開けたツネタはぴょんぴょんはねてから、自分の母親のところにそれを持って行った。


 そういえば、紗雪は今年も「ぽんぽこまんじゅう」を土産にしてたな。

 たぬきがたぬきを模したまんじゅうをたべるとか、めっちゃ自虐すぎるからやめい!って毎年言ってるけど、たぬきの家では「あれがうまい!」って楽しみにされてるらしいんだ。

 あの家系らしい。やっぱり豪快に頭からがぶりと食うのかな。おそろしや、共食い。


「おかえりなさい」

 妹が迎えてくれた。いつしか見た目は妹というより姉のようになってしまったが。


 俺たちの種族は1才でほぼ大人になる。たぬきもほぼ同じだ。

 俺と紗雪は1才の時に、当時6才だった人間の子に成り代わった。

 現在俺はきつねの年齢で12才になる。人間になってからは人と同じ年の取り方だから、ゆるやかに年を重ね、見た目は実年齢より若く見える。人としては17歳の風貌になるように変身しているのだ。

 

 ツネタは、妹の息子で、つまり俺の甥っ子だ。

 きつねもたぬきも寿命は最長で15年くらいだから、もう俺の父母は亡くなり、去年銀にいさんも病で亡くなった。

 俺だってきっときつねとして生きていれば、そろそろ寿命を全うする頃なんだ。けれど、人間に化けているせいなのか、俺と紗雪は若いまま、病気一つせずに元気だ。


 きつねの世代のサイクルは短く回っていることを目の当たりにすると、ここにこうして帰って来ることも切なくなってくる。

 甥っ子が成長するのは嬉しいことだが、俺はきつねに戻ってもまだ若造の姿のままで、甥っ子とはまるで兄弟のようなのだ。まもなく逆転の現象が起きてくるだろう。


「俺たち、いつまで生きられるかな」

「たぬきつねとしての寿命なら、まもなくよね」

 俺と紗雪はよくそのことについて話し合う。

 もしかしたら、人間の分も生かされているのかもしれない。だが、それもいつまでかはわからない。

 それぞれの命の期限がわからないことは、動物も人間も同じだ。

 自分の命がいつ尽きるかわからないから、毎日をきちんと生きる。そう決めた。



 あの日のことを思い出すと、今でも居たたまれない。


 気づいた時にはもう、二人とも沼に落ちた後だった。少しずつ沈んでいく姿が、徐々に見えなくなっていくのが遠くから見えた。

 助けを求める手がどんどん沈んで、沼に吸い込まれていくけれど、成す術もなかった。到底間に合わない。駆けつけて短い手を差し伸べた時には、もうどこなのかわからなかった。


 俺とぽんは急いで人間の大人に知らせに行った。二人の姿が見えないことに気づいた家族が必死で探している。村中から捜索隊が出て、松明をもってあちこちを探し歩いた。

 俺たちは沼の側で何度も鳴いた。もちろん沼も捜索されたけど、沈んでしまった二人の姿を見つけることはできなかった。


 本当に二人は死んでしまった。

 それに気づいた瞬間、ぽんが行動を起こした。それがどういうことが全てわかって、あいつは決断したんだ。そして振り返って俺を見た。

「私についてきて」

 そう、あいつの目が言っていた。


 ぽんは紗雪の姿に、俺は夏音の姿に化けて、竹やぶから走り出た。

「いたぞー!」

「よかった、良かった、無事だー」とみなの喜ぶ声に囲まれて、もみくちゃにされて、俺たちはもう後戻りできなくなった。


 今でも時折、頭の中に話しかける声が聴こえる。沼にいる夢を見る。

 あれは、きっと、夏音だ。本物の、こどもの魂のままのなつね。

 苛まれる。まるで俺が乗っ取ったみたいに思えてくる。



 満天の星を眺めながら、俺は十数年前を思い出していた。

 目の前には、きつねの家族が今日のためにごちそうを準備してくれている。俺の好物の葡萄の実も晩酌と共にふるまわれた。


 きつね酒、たぬき酒。なつかしいな。俺のこの年なら、もうみんな酒を飲んでた。

 きつねもたぬきも宴会好きで、月がきれいだとか、今夜の雨の音には風情があるとか、何かと理由をつけてなかよく座を囲んでいたものだ。


 琥珀色の香ばしい酒。

 きつね酒もたぬき酒も元は同じような色のはずなのに、飲んでる時の記憶は、たぬきの親父さんの方が焦げ茶色だった。あらかた、たぬきのおかみさんが、すぐ酔っぱらう夫を見かねて、麦茶でも混ぜたんだろうな。


 さあ、そろそろ、重い腰を上げて隣に行こうか。

 人の夏音の家に。俺をずっと待っているだろうから。




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