2-2 幸運のつばめ


 格子戸を開け、玄関先を箒で掃いていたら、ピチュピチュって声がした。

 見上げたら、つばめの巣の中で三羽の小さな雛が、口をぱくぱく開けている。とうとう卵が孵ったんだ。

 春先からせっせと自分たちの巣を作って、子育てがんばりますって言ってたもんな。


 つばめが巣を作る家は、縁起がいいと言われる。

 これきっとね、俺が思うには、軒下を貸してあげて散らかってしまう巣の下の掃除をするから、その労をねぎらって、きっといいことがあるよってつばめからの恩返しの気持ちなんじゃないだろうか。


 二羽の親つばめが旋回して戻って来た。忙しいね。

 もう二羽だけでデートしている場合じゃないんだろうな。愛をささやき合っていたカップルは、もう家族のために大忙し。

 燕尾服着た雄が花をくわえてプロポーズしてたよね。あの時はにかんだ雌が可愛らしかったんだ。

 あは。柄にもなく、朝っぱらから、ほんわかしてしまった。


 あらためて、トリコさんの庭を眺める。小さな庭だけど、ここには四季折々の花が咲いて、ふと心が安らぐんだよな。

 隅っこにスズランの花がちょこんと咲きはじめた。白い可憐な花が首をもたげて、リンリンと音を鳴らしそうに。後で紗雪に教えてやろう。


 今日もいい風が吹いている。いい一日になりそうだ。



 ガッシャーン、ガラガラ。すごい音がして、折角の平和な気分も台無しだ。

 またやったな、紗雪。


「いたたた」

「おまえには、学習機能ってもんが付いていないのか」

「『弘法も筆で謝る』って、言うじゃない」

「それを言うなら『弘法も筆の誤り』だろ。なんでお手紙で謝るみたいになってる」

「あ、そうなんだ。すごい人もまちがったらごめんなさいって言わないとねって意味かと」

「大体いつから達人になったんだ。おまえの場合はいつもだろ」

「じゃあ、『たぬきも木から落ちる』」

「正解は、さる、だから」

 だが、この目の前にいるたぬきは、実は木登りが得意なのである。スカートなんだから、やめとけって言ってるのに。


 そんなことより、早く何とかしないと。

 土曜の朝、俺たちは交代で家の掃除をしているんだけど、今朝は俺が箒で、紗雪が廊下の雑巾掛けだった。

 だけどまた水の入ったバケツに思いきり突っ込んで、ひっくり返したらしい。一体何度目だ。


「おい、しっぽ出てるぞ」

「ああ、これで拭いちゃおうかと」

「だめだ。往来から見えてしまう。さっさとしまえ」

 結局手伝って、二度手間になってしまった。やっぱり廊下掃除は俺がやろう。

 でもなー、紗雪を玄関掃除にさせると、竹の箒の柄でやぁーっとか時代劇ごっこを始めてしまうからな。

 まったくどこにいても人騒がせな奴だ。


「朝ごはんですよー」

 トリコさんに呼ばれて、俺たちは台所に行く。さっきからすごくいい香りがしてきてたんだ。

 紗雪が茶の間のちゃぶ台の上に、箸置きとそれぞれの箸を並べる。

 トリコさんのは桔梗、紗雪が紫陽花、俺のは朝顔の柄。この光景を庭を背景にして見るのがすきだ。日常でありながら、いとしい気持ちになれる場所。


 あー、たけのこご飯に、蕪のおみおつけだ。

 俺は初夏が旬のたけのこが世界ランキング二位くらいにすきで、そこにふわりとかけられる大葉の千切りが三位くらいにすきなんだ。

 爽やか、コリコリ、立ち昇る清々しい香り。思いきり吸い込んで、しあわせを享受しよう。そしてお焦げのごはんがまた最高なんだな。日本人に生まれてよかった。いや、日本のきつねに生まれてか。

 え、一位は何かって? いや、言わずともわかるでしょ。俺、きつねだよ。


 浴衣を着てお稽古に出かける俺たちの横を、幸運のつばめたちが低空飛行で通り抜ける。

 くるりと一回転してから、雄つばめがウィンクして俺の横をすり抜けた。まるで「君もがんばれ」と言っているみたいに。





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