24. チェイス

 運転手がダイバーだったということは、停まっていたトラックはセンターの車両だ。

 高周波の発生装置は、その荷台に積んであると思われる。

 案の定、玲たちの乗る車を追って、そのトラックと近場に止まっていた数台の乗用車が発進した。

 後ろを向いて追跡者の車を見ていた玲が、麻莉へ苦々しく報告する。


「思ったより数が多い。脇道からも増援が来てる」

「前にもいるわ。あれを見て」


 国道の前方に、数台の車が渋滞し、よく聞けば苛立つクラクションが連打されていた。

 流れを詰まらせたのは道を真横に塞ぐセダン、これもセンターの手の者だろう。

 玲たちを視認して追っているにしては、やけに手際がいい。


「……ハメられたな」

「センターに?」

「多分、この車だ。発信器でも付けられてる」


 そんな隙があったとすれば、研究所の前に停めておいた時くらいだ。

 後から来た連絡員は、麻莉の車に仕掛けをして、わざと研究所内に入って行ったに違いない。

 玲たちの場所を把握し、増援を待って包囲網を狭めている最中、幸運にも彼が先に感づいたというところか。


 麻莉は直進を諦めて横道に逸れると、細い市道を猛スピードで駆け抜けた。

 同じく無茶な運転で、後ろについて来るのは四台。

 朝の街には自動車どころか、人通りも少なく、追っ手を振り切るには障害物が少な過ぎる。


「車の多い道へ行こう」

「ここの先から高速に乗れる。そろそろ通勤ラッシュよ」


 彼の指示に従い、車は真波インターチェンジを目指した。

 何度か交差点を減速せずに突っ切ったものの、敵もスピードを緩める気配は無い。

 高速道路への上がり口まで到着した麻莉は、壁に車体を擦り付ける勢いでスロープを登って行った。


「対向車は止める、逆走しろ」

「大丈夫? 早めに止めてよ!」


 スピンするように後輪を滑らせ、麻莉は車体を逆に向けて進入する。

 ちょうど迫って来た赤いピックアップトラックには、玲が刷り込みを掛け、急ブレーキを踏ませた。


 トラックの横をすり抜けつつ、後続も次々と停止させて行くが、多少の玉突き事故は仕方がない。

 繊細な刷り込みを、彼に期待するほうが間違っている。


 ゴツンゴツンというバンパーのへしゃげる衝突音の合間を縫って、麻莉はハンドルを巧みに操り、車の軌道は四車線の全てを使ってS字を描いた。

 追ってきた敵も同じコースを辿ろうとするが、先頭の一台が再始動した乗用車の前部に接触して、その場で車体を回転させる。

 そこへ後ろの追跡車が衝突したことで、玲たちは幾分か距離を空けることに成功した。


「今のうちに乗り換えるぞ」

「あのスポーツカーを狙って!」


 彼女が指定したのは、最右端を走って来る青いイタリア車だ。

 スピード狂の憧れの外車も、早朝、こんな場所を走っていたのが運の尽きだった。


 前後に車がいないため、無傷で止めるのに苦労はしない。すれ違う寸前で、イタ車は玲の能力の餌食となった。

 玲たちは外に出て、急停止した二台の車の間を走る。

 朦朧とする若い運転手を引き摺り降ろし、高級車を奪った二人は逃亡を再開した。

 ゴツいシフトレバーを、麻莉が軽やかに弾く。


「二百キロでも刷り込める?」

「……やってみよう」


 加速する車内で、玲は全神経を集中させた。

 スピードよりも、対象との距離が問題だ。

 高速で近付く車の群れを睨み、能力の範囲に入った者へ命令を投げつける。

 止まれ――複雑な指示を出す暇は無い。ただブレーキを掛けさせることだけを、彼は命じ続けた。


 玲は能力の発動に、麻莉は運転に忙しく、二人とも口を開かずに前を見詰める。

 たまにバックミラーを確認すると、逆走する車影が映ることがあり、敵がまだ諦めていないことが分かった。

 高周波発生器を積んだトラックも健在で、こいつに追いつかれると厄介だ。


 電池切れのおもちゃのように停止する車列は、佐雲のインターチェンジまで伸びて行く。

 ここで下に降り、ようやくこの曲芸走行が終わろうかという時に、ヘリのローター音が響いた。


「報道用……じゃないな。センターだ」


 やや細長い中型の機影には、玲も見覚えがある。本部が作戦用に保有する高速ヘリだった。

 陸空両面からの追跡を引き連れ、玲たちは佐雲市街へと突入する。


 街中の車の数は増え始めており、利用できる障害物には事欠かない。

 車速が落ちたことと引き換えに、玲は後方の車を目につく限り停止させ、バリケード代わりに使う。


 上手く行けば、追っ手にぶつけられるかと期待したが、それは無理だった。

 敵もかなり器用に障害を避ける上に、邪魔な他の車には撹拌さえ掛けているようだ。

 車道を外れ、街灯にぶつかる一般車両も見える。

 市民への容赦の無さは、玲よりもセンターの方が上を行く。


「高周波は切ってるみたいだな。そろそろケリを付けよう、あの駐車場へ」

「了解」


 彼の指の先、左前方に現れた立体駐車場へと麻莉はハンドルを切った。

 玲に言われるまま、一階を素通りして二階へ。道が見下ろせる端で停車すると、二人は外へ出て敵の車を確認する。

 トラックと二台の車は、ちょうどこの駐車場へ入ろうとしていた。


「防護柵がショボい。ぶち破れそうだ」

「飛び降りる気?」

「踏み台を作ってくれ。オレが運転する」


 眼下には真波市交通局のバスが運行中だ。おあつらえ向きにも、停留所で滞留して二台が連なっている。

 二階からの刷り込みは麻莉には少し厳しい距離だが、精密操作が必要なため頑張ってもらうしかない。


 先に車へ戻った玲はエンジンを吹かせ、彼女の仕事を見守った。

 階下から、敵車の走行音が届く。直ぐに二階に追っ手が到達し、青いスポーツカーは容易に発見された。


 麻莉が助手席へ駆け込むと同時に、彼は全速力で車をバックさせる。

 それを見た追跡車たちは、衝突に備えて急停止した。

 玲はぶつかるギリギリでブレーキを踏み込み、シフトを切り替る。

 両者が接近したこれを機に、超高周波のスイッチが入った。玲の脳を、甲高い異音がさいなむ。


「シートベルトを!」

「もうしてるわ」


 白煙を上げ、高馬力のエンジンが唸りを上げた。

 再度、玲たちの乗る車は、駐車場の縁へと突き進む。

 車を降りかけた敵の工作員たちも、玲の意図を理解しかねて動きを止めた。

 

 瞬時に加速した青いスポーツカーは、車止めでウサギの如く跳ね、薄いスチールの防護柵へ正面から激突する。

 根本から引き抜かれた柵と共に、玲たちは空中へと飛び出した。


 麻莉の手配した“台”は、短時間とは思えない完璧な仕事振りだ。

 大小の車を組み合わせた、階段状の着地台が、スポーツカーを受け止めた

 真横に二台並んだバスの屋根に着地し、勢いを殺しつつ前に進んで少し低いバンへ、そしてタクシーの屋根へと落ちる。


 作動したエアバックに辟易しながらも、無事路面に着地した二人は車外に駆け出した。

 役目を果たした車たちは、すかさず麻莉が移動させる。

 あまり期待はしていなかったものの、無謀にも敵の一台は彼らと同じジャンプを試みてしまう。


 敵車は移動中のバスに当たり、頭からアスファルトへと突っ込んだ。

 一瞬、垂直に立ったセダンは、ゆっくりと仰向けに道路へ叩き付けられる。

 他の追手を警戒する麻莉の傍らで、玲は上空を見上げた。


「……新人だな、ヘリの操縦者は」

「ああ、降りて来るのね」


 彼女は痛む肩をさすりながら、玲がなじった相手に呆れる。

 敵対する相手が一級のダイバーの場合、ヘリで一定範囲に近付くのは自殺行為だ。

 事故現場を間近で偵察したかったらしいが、ビルの合間にまで降下するのはやり過ぎだった。


 コンビニからここまで追いかけて来たトラックが、駐車場から急いで街路に出てくる。

 高周波を撒き散らすには、今一歩、遅かった。

 玲の強烈な撹拌を受け、操縦士を失ったヘリが急降下し、トラック目掛けて墜落する。


 危険を予期して走り出した玲たちの背後で、鼓膜を揺らす爆発が起きた。

 四方に拡散する熱と衝撃。

 盛大な火柱にくべられたのは、センターの追跡機と対ダイバー車両である。


「狙って車に当てたの?」

「ああ……と言いたいけど、偶然だ」

「運も実力のうち、かしらね」


 野次馬を刷り込みと撹拌で処理しつつ、二人のダイバーは人混みの中へと消えて行く。

 これでセンターの包囲を潰したと考えるのは、まだ早計だろう。

 しかし、街の海に潜った彼らを捕らえるのは、センターと言えど容易ならざることだった。





 佐雲市内を徒歩で移動した玲たちは、家族向けの安いレストランへ入る。


 料理を待つ間、麻莉は外で病院へ電話を掛け、葉田の親類を装って様子を尋ねた。

 席に帰ってきた彼女は、納得出来ないという面持ちで、玲に病院の回答を報告する。


「病状に何も変化は無し」

「葉田以外も尋ねたのか?」

「回復した人がいるって聞いたことにしたのよ。そんなのはデマだって言われたわ」


 彼女とは違い、玲はこの結果を少し予想していた。

 確かに、武川が曳き込んだのなら、彼女の死で話は決着する。ところが患者は回復していないと言う。

 ならば、最初に複数を一度に昏睡させたのは、曳航能力ではなく共鳴の方だ。


 昏睡者は皆、深層を共鳴状態に置かれており、そこから離脱するには共鳴能力者を止めなければいけない。

 つまりKこそが、昏睡を解く鍵だろう。


「もう一回、病院へ行くのは避けられそうにないな。Kがどこにいるのか、心当たりはあるか?」

「治療室を新規に整備したのなら、中央棟かしら。改築はあちこちやってるから、決め手には欠ける」


 Kの病室がどこであれ、護衛が付いているのは間違いなく、一昨日のように自由には動けまい。

 戦闘手順を考える玲に、麻莉はより慎重な侵入方法を意見した。


「馬鹿正直に正面玄関から行くことないわ。中に入ったら、事務室に行く?」

「いや……情報へのアクセス権限なら、院長だろう。まずは院長室へ」

「OK。じゃあ、昼間の内に行かないとね」


 日中の作戦は、一長一短。戦闘はやり辛くなるものの、利用できる対象は増える。

 二人は午後からの予定を確認しながら、早い昼食に取り掛かった。

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