エピローグ

 隻眼のガヌロンとの戦いから数日が過ぎた。俺は相変わらず、英雄ジョージの代理を演じ続けている。

 捉えたガヌロンはセント・ラリア教皇庁へと引き渡した。全ての武装を外し眼球の魔導陣も封じ、騎士国ここよりもずっと厳重な警備の下で拘束されている。

 だがそれで全ての問題が解決したわけじゃない。サウズ帝国との決戦は日々近付いている。それに向けての国防や外交など、ジャミロクワイ騎士王としてやらなければいけない政務は山積みだ。


「んっ、ふぅ~ぁ……」


 しかし休息も必要だ。書類の山を一つ崩し切った所で、背筋を腕を大きく伸ばす。戦いは嫌いだが、ずっと椅子に座っているのも大変なのだ。


「お疲れ様ですジョージ様。今、お茶を淹れてきますね」

「あぁ、頼むよアンナ」


 政務を手伝ってくれていたアンナが、気を利かせて部屋から出て行った。

 相変わらず優しく頼りになって、しかし彼女アンナとの会話で『どもる』事も減ったきた。少しは成長できた証だろうか。


「……見ててくれよ、ジョージ……」


 大きな窓の向こうから見える景色を、ゲオルギウス城が見下ろす国内の風景を見つめて。城下に住まう人々の生活を目に焼き付けながら、『親友』との約束を思い出す。

 俺は英雄にはなれない。でもアイツは、ジョージは俺の事を『ヒーロー』と言ってくれた。ならばその期待に応えてやるのが、英雄オレの役目だろう。

 不安も恐怖もまだまだある。挫けそうになる事も、この先たくさんあるだろう。だが、やれる限りやるだけだ。アイツは、ジョージも今までそうしてきたのだから。


「……さて、もうひと頑張りしますか」


 俺の安眠のために。そして親友と交わした約束のために。『英雄』を信じる全ての者のために。俺は再び書類の山に手をかけた。

 その時――。


「……ん?」


 コンコン、と。控え目にドアがノックされた。

 お茶を淹れてきたアンナだろうか。それにしては随分早い。鍵は開いているはずだが、両手が塞がっているのか?

 俺は少し不思議に思いながらも席を立ち、入り口に向かうとゆっくりと扉を開けた。

 しかしそこにアンナの姿はない。首を左右に向けて廊下を探す。だが、廊下にも誰も居なかった。


「――そっちじゃない。コッチだコッチ」

「え?」


 前でも右でも左でもなく、『下』から声がした。

 驚いた俺は軽く俯くと、そこには、亜麻色のウェーブがかった長い髪をした、一人の少女が立っていた。どこかの令嬢のような、あるいは人形のような可愛らしさと美しさ。その輝く大きなエメラルド色の瞳で、俺を見上げている。


「久しぶりだな! 息災そうで何よりだ!」

「……あー……っと……?」


 マズイ。誰だ。こんな幼女知らない。しかしそれはオカシイ。ジョージの記憶をどれほど検索しても、この顔が出てこない。ジョージすらも知らない相手? だがこの子はコッチの事を知っているみたいだし……。


「なんだ、私が分からないか? ガッカリだぞ、ジョージ!」

「えっと、す、スマナイ……。このジョージ・ジャミロクワイは人の顔と名前は忘れないのだが……。……何て名前と、私とどういう関係だったかな?」


 申し訳なさそうに俺がそう言うと、「ぶふっ」と幼女は噴き出した。


 なんだこの娘。白を基調としたドレス風の上着にミニスカート、紺のハイソックスを履いているから、ある程度は身分の良い子だろう。城内にいる人間の、誰かの知り合いか何かのはずだ。

 だが幼女は『俺の』知り合いだった。腹を抱えてくつくつと笑いながら、ニヤリと不敵な笑みを見せる。……あれ、この笑顔、どこかで……。


「――この私の名前を忘れる者など、そうそう居ないぞ『城島譲治』! 何故なら私は英雄だからだ。……なぁ、そうだろ親友!」

「……!? おっ、おまおまおま、まままままさか……!?」


 少女は腰に手を当て胸を張り、自信たっぷりな態度と口調で微笑みかけてくる。それは嫌味のない、誰しも惹き付けるカリスマの笑顔だった。

 俺はというと、英雄の演技などできない。ジョージらしく振舞えない。できるはずもない。当然だ。俺は俺自身として、城島譲治として心底驚いているのだから。


 そして幼女は驚愕する俺の隙を突き、腰元に差した聖剣に手を伸ばした。俺がどれほど、英雄の筋力をもってしても引き抜く事ができないアスカロン。

 それを――少女は、するりと抜刀してみせた。


「もう二度と忘れないよう教えといてやる。我が名は『ジョージ・ジャミロクワイ』! セント・ラリア教皇庁を護る盾にして、ジャミロクワイ騎士団団長! 世界最高の英雄だ! ……その座は今はキミに任せているがね、相棒!」

「じょ、ジョージぃ!?」

「無事に再会できて嬉しいぞ、譲治!」


 俺の腰の高さ程度しかないその幼女はそう語り、しかし容姿以外の言動、笑い方、自信過剰っぷりの全てが俺に『ジョージである』事を伝えていた。

 は英雄の聖剣を懐かしそうに手に持ち、馴染んだように振り回す。心なしか、聖剣自体も『嬉しさ』を見せるように光を反射させている。そうしてその輝きと感触をひとしきり楽しむと、少女は剣を鞘へと戻した。


「だ、だって、お前、ぇええ!?」

「無から有を生み出す事はできない。しかし既に存在する魂を別の肉体に移し変える事は可能だと、私とキミで証明済みだ! 人間が宝石の身に宿り続けるのは、やはり無理があった。そこで私は、新たな『肉の器』に乗り換えたというワケだ」


 それで何で、幼女に転生してんだよ……。


「……何でもアリかよ、ジョージ……」

「何でもアリではないさ。私は、私達は魔法使いではないのだから。分の悪い賭けではあったが、私は賭けに勝ったのだ! こんなに嬉しい日はないな、親友!」


 謎の少女こと――帰還した英雄ジョージ・ジャミロクワイは俺の腰にガバッと抱き着き、そして満面の笑みで俺に語り掛けた。いつかの日に聞いたのと、同じ言葉で。

 俺はこみ上げてくる涙と笑みを、堪える事ができなかった。


「……ったく……。ホント、アンタは……。仕方のねぇ『親友』だな……!」

「さぁ、始めようぜ譲治……! キミと私の、新たな英雄譚を!」


 どうやら俺の英雄代行は、まだまだ終わらないらしい。

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