13 紛れ込む悪意

「受け入れるだと……? 一体どういうつもりだ、ジョージ!」


 エレミヤ将軍は怒りの矛先を俺に向ける。

 俺は半分パニックになって言葉も出ない。

 他人に怒られないよう、刺激しないよう上手く立ち回ってきた城島譲治にとって、ここまでストレートに『怒られる』という体験は久しいものだった。


 できる事ならジョージ英雄本人に説明させてやりたい。しかしそれが不可能な現状、俺が語るしかない。

 英雄の言葉をそのまま伝える楽な仕事だと思っていたのに、それすらハードに感じるとは。


「……き、共同開発という事は、いかなる状況であろうとサウズ帝国の助力を得られるのだろう?」

「左様。2年前に提示された開発案ではあるものの、書面上ではそうなっていますな」


 左右の臣下にも伝わるよう、俺はあえて対面のモージ外交官と口を交わす。

 羊皮紙の上に綴られた文章と、そして彼自身の言質。それだけあれば充分だった。


「……それはつまり。リュラ砦を『奪還』し我々が『勝利』した暁には、帝国の力を得ての『復興』が可能という事だ」

「……!」

「なんと……!」

「ほう……」


 場の空気が一変したことを、肌で感じる。

 あるいは驚嘆、あるいは興味。それぞれの思惑や思考はあれど、俺は絶やすことなくジョージの考えを告げる。


「私はこの戦争に勝てる。私は完全勝利を手に入れる事ができる。我々はサウズ帝国を討ち破ることができる。何故なら私は英雄だからだ。しかし『それだけ』ではダメだ。勝利の後、傷付いた民と国を、土地と家屋を取り戻さなければならない。それも含めて英雄の仕事だ。……その助力をして頂けるとなれば、これは願ったり叶ったりだ」


 つくづく、傲岸不遜と言うか無茶苦茶と言うか。後者だろうな。


 英雄ジョージ・ジャミロクワイは既に『勝利の先』を見据えている。

 主要な3つの砦が落とされ、本拠地の目前まで万を超える軍勢が迫っているというのに。ジョージはここから、大逆転の大勝利を手に入れるつもりでいるのだ。

 ハッタリや夢物語ではない。ジョージがこれまで出逢ってきた数々の経験と功績が、この大言を可能としていた。


 英雄の、ともすれば挑発とも思える発言に。祖国を打ち負かしてやると言われた側のモージは、怒ることもなく。むしろ嬉しそうに、満面の笑みで語りかけてきた。


「受け入れて頂けるなら、私としてもこれに勝る成果はありません。……しかし私が言うのも何ですが、この条約を持ち帰ったらその途端に、帝国はリュラ砦を更に堅牢な要害とするでしょうな。周辺の地域も帝国領とみなされ、赤い旗が街道に並び立つ」


 それは事実だった。占領下の土地を奪還するまでは、帝国の好きにされてしまう。この書面にサインするという事は『好きにして良いよ』と言っているようなものだ。


 俺は僅かばかり、左右の腹心達に視線を向ける。

 その伺うような目に、ゲスマス達は一瞬眉をひそめた。


「……良いよな?」

「ジョージ様のお考えに進言する事はあっても、却下する事はできません。私はただの宰相です。貴方が行くと決めた道を、より歩きやすくするだけです」

「どうせ『ダメだ』と言っても聞かんのだろう、お前は! 昔からそうだ! 国王になったのだから、少しは無鉄砲な部分も落ち着くと思っていたが……!」

「ははは……」


 俺も同じような気持ちだよ、エレミヤ将軍。


 しかし俺達の感情など意に介さず、ジョージは宝石の身で意気揚々と喋り続けていた。どのようにして、砦を取り戻すかの算段を。


『なぁに、大それた作戦が必要なわけじゃない。英雄の帰還が世間に広まれば、戦局は間違いなく我々に傾く。サウスタニアもノスランドもセント・ラリラも、斜陽に向かう帝国の味方などしないだろう。士気の高まった兵士と各国からの支援を受けて、陣頭に立つ私が要塞を取り戻す。そのためにまずアリデット要塞からなのだが、そもそもあそこの地形は――』


 はいはい、アンタ英雄がスゴイのは良く分かったから。少し静かにしてくれないかな。脳内にジョージの声が響いたまま、他の人と会話するのは結構難しいんだ。


「……では、交渉成立という事で。この2年が無駄にならなかった事を、改めて嬉しく思いますよ。『両国の同盟が、恒久的なものと願って』」

「その決まり文句も、2年前の時点で意味を為さなくなったな。……有意義な時間だった」


 俺達は立ち上がり、互いに握手を交わす。既に互いに敵国。戦争中の間柄だというのに。


 こうして、2年越しの奇妙な外交会談は閉幕した。

 ゲスマス宰相もエレミヤ将軍も、抱え続けてきた大きな問題が一つ消えたことに、まずは安堵しているようだった。


 そして交渉が終わるや否や、モージ・バヤール外交官は身支度を整え、テキパキと周辺を片付け始めた。

 私物はほとんどなく、城内の備品を借りていたらしく「本当はもっとキレイに洗浄してから返却したかったのですが……」と謎な律儀さを見せていた。しかし彼曰く、サウズの民なら普通の礼儀らしい。


「あぁ、それと英雄殿」


 2年居座った応接室から出て行く時。モージはこちらを振り返って、にこやかに呼びかけてきた。

 まだ何かあるのか。できる事なら早く帰って欲しいと、俺達は顔に出てしまっていた。

 しかし彼が最後に付け加えた言葉は、大した意味も持たないものであった。


「この国は良い風が吹きますな。2年間部屋の中にいても、爽やかな旋風はいつも感じておりました」


「……建て付けが悪かったのか?」

「隙間風に対するイヤミでは」

「ジョージ、ゲスマス。何故そうネガティブに捉える」


 まぁ確かに、『風』に関して言えば、この国は大陸の中でも強風の吹き付ける土地柄らしい。

 その風のおかげで、土のドラゴンゴーレムを倒す事もできたわけで。俺は褒め言葉として受け取っておいた。


 彼の発した言葉の中に含まれた、真意など探ろうとも思わずに。


***


 ジョージ・ジャミロクワイの直筆サインが綴られた羊皮紙を手に入れ。大きな鞄をしっかりと持つモージ・バヤールは、2年前に歩いた道を逆戻りしていた。


 ジャミロクワイ騎士国は小国とも呼べないほどの、小さな小さな都市国家。周辺の砦や村落、農地も彼らの国であるが、『街』と呼べる規模のものは、ここゲオルギウス城下ただ一箇所であった。


 国王より賜った任務を終え、城から出て、街を抜ける。市外へ出る城門まで、歩いて30分もかからない距離。

 実に素朴で狭い国。こんな都市国家、大陸南部のほぼ全域を支配するサウズ帝国と戦って、勝てる道理などあるはずない。


 しかし今は。騎士国崩壊の寸前まで追い詰められているというのに、街行く人々からは絶望は感じられない。当然だ。何せ『英雄』が帰ってきたのだから。

 誰しもが歓喜の色を顔に浮かべ、英雄の話をし、前夜祭のように興奮している。

 その空気を、風を、モージは実感として認識していた。


 そんな喜色満面のジャミロクワイ国民に。道行く一人の青年に、モージは声をかけた。


「そこのキミ」

「はい、何でしょう? おヒゲの立派な旦那様」


 随分と喜び浮き足立っているようだ。普段の彼を知るわけではないが、きっと彼は『彼らしくない台詞』を今、口に出している。


「……そこの道を左に曲がると、空き地があるはずではなかったか?」

「空き地……? あぁ、半年前までは確かに空き地でしたね。でも今は、パン屋のブラッドンさんがあそこの土地を買ってね。新しく店を構えているよ。お店の場所は変わったけど、今もブラッドンさんの作るパンは絶品でね。ジョージ様も大好きだったもんで、きっと久々に我らの英雄も……!」

「そうか。もういい。ありがとう。……『私の知覚』が間違っていないのなら、問題はない」

「……? はぁ……」


 きょとんとした顔の青年と別れ、モージは城下と街道を分ける関所へと向かう。

 そこでは既に多くの人と馬車が行き交い――しかしその大半は、入国しようとしてくる者達であった。


「ハイハイ、ジャミロクワイ様に献上品のある人はコッチ! それ以外の、普通の手荷物だけの人はアッチの列に並んで! 押さない押さない! あーもう、交代の時間はまだかよ!」


 英雄の凱旋を聞きつけたのだろう。既に多くの領民が、もしくは国外から早馬で駆け付けた者達が。我も我もと城門に殺到し、さながら攻城戦のような活気を生み出していた。

 入国者達に対して対応する門番は明らかに人手が足りず、しかも新兵なのか不慣れなようで、関所付近は何とも混雑していた。


「あーっ!」


 すると。出国するだけであったモージは受付を済ませ、数少ない『出て行く者』として場を去ろうとした時。周囲に大きな音が響いた。

 見ると、鉱石やら鉄材やらを乗せた荷車が、横転している。荷車も、それを引く業者の服装もオンボロで、アンバランスな積載であった事はすぐに分かった。


「あーもう、この忙しい時に……! 何やってんだ!」

「す、すいやせん……! 英雄ジョージ様のご帰還と聞いて、剣や鎧に使える鉄を献上しようと……!」


 彼もまた、ジョージのために駆け付けた民の一人であるようだ。左目に眼帯をし、右腕と右足は不自由なように見えた。

 荷車が誰かを下敷きにしなかったのは幸いだったが、不自由な身体で鉄鉱石を集める姿は大変そうに見えた。

 そこでジャミロクワの門番と、そしてモージも。必死に鉄を拾う彼の傍に寄り、共に片付け始めた。

 その優しさは周囲の者達にも広がり、『ジョージ様を想って駆け付けた者同士』として、多くの人々が倒れた荷車を押し戻そうとし始めた。


「あぁ、ありがとうごぜえます、親切な旦那様……!」

「構わん。サウズの民として、当然の事だ」


 小声で眼帯の男にそう呟き。鉄鉱石を拾いながら、モージは周囲の人々に気付かれないよう。そっと、男に『紙切れ』を手渡した。


「城内の見取り図と城下街の地図だ。……『しくじるなよ』」


 その言葉に、動きに。眼帯の男は一切の反応を見せることなく。

 鉱石を拾い終えるとモージに頭を下げ、横転した荷車を立て直してくれた者達の方へも、礼を言いに行った。


 立ち上がったモージは膝に付いた土汚れを払い。眼帯の男の背を見送ると、英雄の居る城へと視線を向けた。

 2年間居座り、生活した城。そして街。先程『知覚魔導』のズレを確認する際に言葉を交わした青年の言葉を思い出す。

 英雄の築いた国。愛した街。好んだパン。


「……なら、早く英雄殿にパンを届けた方が良いな……。この国が、戦火に包まれる前に……」


 狂乱と歓喜に包まれる関所に背を向け。任務を『全て』完了したモージ・バヤールは、南へと歩を進めていった。

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