14 懐かしい夢
***
「つっ……かれた~……」
『ご苦労だったな、譲治』
日が沈み。ジャミロクワイ騎士国にも夜が訪れていた。
俺はようやくマントと鎧を外し、何をするでもなく大きなベッドに横になった。
ジョージ・ジャミロクワイの自室。2年の間、この部屋の主が不在だったためにベッドも大きな音をして軋む。しかし埃が積もっていることはなく、誰かがジョージの帰還を信じて掃除していた事も窺えた。
「こんなに一日が長く感じたのは、初めてだ……」
クラスメイトの肝試しに付き合わされ。そこで血塗れの亡霊と出会い。それが異世界の英雄で。そんなジョージに頼まれ、この世界に来て軍隊を蹴散らし土のドラゴンを倒して……。
それで終わりかと思えば、ジョージの国まで全力ダッシュ。国を奪おうとする盗賊に「待った」をかけ、2年間この城に居座り続けた帝国の外交官とも話を付けて……。
更にその後も、溜まっていた政務の処理や城内の人間と再会の挨拶を交わしたりと、とにかくやる事が多かった。休む暇もなかった。
それらもようやく一段落ついたと思ったら、夜も大分更けていた。
『明日もまだまだ仕事はあるからな。英雄は多忙なのだ。キミには大変な思いをさせてしまうが……』
「ホント、こんな思いをするなら、あのトンネルでアンタを見捨てて俺も逃げれば良かったな」
『……すまないな、城島譲治』
胸元のブローチに宿るジョージ・ジャミロクワイは、宝石の身であるため表情は分からない。だが俺の脳に響く声からは、申し訳なさそうな感情がありありと伝わってきた。
……これでは何だか、俺の方が悪人みたいではないか。
「冗談だよ。あそこでアンタを見捨てていたら、夢見が悪い。俺の安眠は妨げられちまう。今日も明日も、英雄の代理をキッチリこなすよ。そんで元の世界に戻って、何の心残りもなく俺はまた平和な日々を過ごす。アンタは英雄として、この世界で再びキッチリ活躍したら良い。……そういう事だろ?」
『……あぁ! その通りだ、その意気だ! 本当にキミは、凄い奴だな!』
「……聖なる英雄さんに言われてもねぇ……」
本当に……、凄いのはどっちだよ。
この世界に来てから、周囲の評価や反応。そしてジョージ自身の実力を、英雄代理として見て来た俺としては。この人に『凄い奴』だなんて言われるのは、違和感以外の何物でもなかった。
『……しかしキミは、どうしてそんなに穏やかな生活にこだわるんだ? 眠れないほど、何か苦しいものを抱えているのか?』
「………………」
ストレートに聞いてくるな、この英雄。まだ出逢って一日だぞ。距離感どうなってんだ。
『距離感も何も、キミと私は友人ではないか』
「思考読むなよ。てか、いつ友人になったんだよ」
『何を言う、譲治。私とキミは互いに傷付いた状態から、肩を組んで暗闇を歩いた。共に意識を共有し、3000の軍勢に立ち向かった。私の肉体とキミの意志、共に力を合わせてドラゴンを倒した。共に戦い、共に苦難を乗り越え……そんな二人が、友人でないわけないだろう?』
「……ホント強引だよな、この世界の英雄は……」
左手の甲を瞼の上に置く。ひんやりとした手が眼球を冷やす。
あぁでも、鼻声になっているのまでは誤魔化せていないだろう。
「……友達なんて要らないよ。俺は一人で慎ましく、ストレスのない生活を送るんだ。……他人に期待するだけ無駄だ。俺はそれを知っているんだ。思い知らされたんだ。……だから、目立つ事を辞めた。アンタには分からないさ。この世界で一番目立っている
『そうか……。それがキミの望む暮らしなら、それも尊重しよう』
「そうしてくれると助かる」
『だがそれでもやはり、私はキミを友だと思う。私はキミを頼り、キミはそれに十全に応えた。誰にでも出来る事じゃない。……キミには迷惑だったかもしれないが、私は本当に、キミに感謝しているんだぜ』
「………………」
『……寝てしまったか。私も魔力を充填しなければな。早く元の身体に戻って、帰してやらねば。……おやすみだ、譲治』
こんな時だけ空気を読みやがる。俺が『寝たフリ』をしている事くらい、気付いているはずなのに。
戦いは莫大な魔力と腕力でゴリ押して、内政も外交も正面から突破するみたいな感じで。他人と言葉を交わす時も、生まれ持ったカリスマか何か知らんが、人の心にズカズカ踏み込んでくる。
俺とはまるで正反対の、異世界の英雄。そんなジョージ・ジャミロクワイの代理を務めるなんて、ムリに決まっている。
それでも、『理由』は理解した。何故彼が英雄なのか。この世界にもたくさんの人間がいる中で、どうして彼だけが英雄と呼ばれているのか。
この一日で、たくさんの人に感謝された。誰かと出会う度にその者は喜び、涙を流し、深い信頼を寄せてくる。もちろん俺にじゃない。だが俺は一生分の『信頼』ってやつを、体感した気になった。
だから、本当に礼を言いたいのは、俺の方なんだ。
だってアンタは、俺が捜し求めていた『本物のヒーロー』なのだから。
***
俺はその日。肉体的にも精神的にも疲労していたせいか、あるいは上質なベッドのおかげか、深い深い眠りについた。
俺の求めていた安眠。心配事は無いわけではないが、それでも、穏やかな気持ちで床に就く事ができた。
そして同時に夢を見た。懐かしい夢。『いつも見るあの夢』じゃない。温かな、例えるなら暖色の記憶。
***
「譲治ー、『ミカヅキ仮面』が始まるぞー」
「待ってー!」
リビングから父親の声がする。俺は慌てて歯磨きを終え、顔も拭いて廊下を走る。
日曜日で幼稚園もないからと、寝坊してしまった。毎週見ている大好きな番組を、見逃すわけにはいかない。
既にソファに座っている父親の隣に、半ば飛び込むように座って、俺はテレビに視線を注ぐ。
「あのねお父さん、ミカヅキ仮面ね、新しい技を覚えるんだって! 幼稚園でケンジ君が言ってた! あと新兵器も! それのプラモも来週発売されるんだって!」
「ん? おぉ、そうなのかー。でも今年のクリスマスプレゼントは、『ヒーロー・ジャスティス』の人形が欲しいんじゃなかったのか?」
「う~……」
この時俺は結局だだをこねて、『ミカヅキブレード』もヒーロー・ジャスティスの人形も、両方買って貰える事になったんだった。父さんも俺も母さんに怒られて、しばらく家事の手伝いが忘れてはいけない義務になったんだっけ。
それだけ好きなヒーローが、テレビに映るヒーローは、いつも笑っていた。
どんなピンチも、どんな悲しみも。高らかに笑って乗り越え、そのパワーでたくさんの人々を救っていた。そして、たくさんの人から感謝されていた。
「譲治も、ミカヅキ仮面みたいに、他人から感謝されるような人間になろうな」
「うん! 僕も将来、ヒーローになる!」
「う、うん……。そこまでとは言わないが……」
CMが終わって本編が再開すると、父さんの声はもう俺の耳には届いていなかった。
この頃の俺は、明日の心配なんてした事もなかった。
いつからだろう、日曜日の夕方が憂鬱に感じるようになったのは。
昔は、早く月曜日になって、幼稚園の友達と遊びたかった。ミカヅキ仮面の話をしたかった。不安も心配もなく、すぐ眠りについて、翌朝まで決して目覚める事はなかった。
いつからだろう。余計な事を考えて眠れなくなったのは。
いつからなのか。夜中に、過去の失敗や後悔を思い出して目覚め始めたのは。あるいは、それらが悪夢となって出てくるようになったのは。
だが今夜は、俺は優しく懐かしい夢を見た。ジョージ・ジャミロクワイの声を聞きながら、すっと眠りに落ちていった。
争いと窮地に包まれているはずの世界で、騎士国で。俺は久々に、熟睡する事ができたの
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