15 凱旋パレード

 高らかな喇叭ラッパの音が響く。

 城下街を東西に分ける大通りには、ジャミロクワイ騎士国史上最も多くの人々が集まっていた。街は白い石材や材木の家屋が多く、国のイメージカラーなのか人々の衣服にも白が目立つ。

 まるで国そのものが真っ白なキャンバスに思える中、沿道から二階の窓から人混みから、色取り取りのたくさんの花びらが投げかけられてくる。


 沸き立つ観衆。そして歓声。

 晴天に恵まれた今日という日、彼らにとって『騎士国王』である俺は――ジョージ・ジャミロクワイは――にこやかに馬上から手を振り、笑みを見せる。


 しかし『小市民』であり視線恐怖症でもある俺こと城島譲治は――緊張から吐きそうだった。


『どうした譲治、表情が少し固いな。街娘達に、ウィンクの一つでもくれてやったらどうだ』


 無茶言うなよ。それどころじゃねぇよ。こんなにたくさんの人達に囲まれて、緊張するなと言う方が難題だ。

 てかウィンクとか、アンタそんなキザな真似してたのかよ。


『やれやれ、ゴーレムドラゴンを討伐する方が何倍もマシとは……。つくづく変わった奴だなキミだな』


 この世界にも『ブーメラン』というものは存在し、その道具の名称が持つ別の意味合いも伝わるだろうか。いや伝われ。「アンタが言うな」と大声で言ってやりたい。


 しかし今の俺は英雄代理の国王ジョージ。これだけの注目を集めておきながら、迂闊な言動はできない。


「ジョージ様ー!」

「騎士王ー!」

「我らの英雄!」

「お帰りなさいませー!」


 黄色い声も野太い声も、老若男女問わず人の声が飛んでくる。まるで渦を巻く海流のように、音そのものが波となって腹の底に響いてくる。

  四方八方から、花と声と喜びが俺一人に注がれる。こんな体験は後にも先にも無いだろう。とにかく無事に乗り切らなければならない。この凱旋パレードを。


 随伴する家臣達の中から、緑の法衣を着たアンナが馬で並走する。

 俺達は一度馬の足を止め、アンナが下馬すると、彼女はその手に持っていた『旗』を俺に差し出す。


 頭を下げるアンナは、同時にその金色の長い髪も重力に従って垂れる。それがまるで輝くカーテンのように見えて、俺は旗も受け取らずに一瞬見惚れてしまった。


「……ジョージ様?」

「んっ、あぁ、おっふ、す、んんっ。ご苦労、アンナ・アシェル」

『譲治の部分が漏れているぞ、英雄ジョージ・ジャミロクワイ殿』


 うるさい。仕方ないだろ。

 戦場に居た時の鎧姿ではない。ゆったりとしたグリーンのローブに包まれたアンナは、甲冑とはまた違った趣のある美しさを見せていた。

 高貴で神聖なる雰囲気を醸し出しながら、身体のラインも分かるほど生地は上質で本人に合わせて作ってあるのだと察する。

 そもそもこんなに可愛く綺麗な子から、何かを手渡される事自体、俺には経験がないのだ。多少の『素』が出てしまうのくらい、目を瞑って欲しいものだ。


「ジョージ様、もしお疲れのようでしたら、すぐに言って下さいませ。私達は、いつ如何なる時も貴方様をお支えします」


 良い子だなぁ……と。英雄だの代理だのを抜きにしても、これだけ他人を思いやり、誠実さを表現してくれる人間など、俺が元いた世界にはいなかったように思う。

 全ては英雄ジョージの功績によるのだろうが、それでも。これほどの信頼と、そして人々の期待を肌で感じて。やはり俺は、何とかこの場でそれに応えたいと思った。


『いいか譲治、最後の確認だ』


 分かってる。朝起きてからずっと、リハーサルは重ねてきただろ。


『大きな声で、自信に溢れた顔で、より派手に! 国中に、いや大陸の果てまで届かせるつもりで!』


 不安定な馬上に、両の足で立つ。

 普通の馬なら驚いて騎手を振り落とすかもしれないが、ジョージの愛馬は動揺も少ない。

 そんなよく訓練された馬にも感謝しつつ――馬上に立った俺は、ジャミロクワイの国旗を高々と掲げる。


「――長らく待たせた」


 歓声はピタリと止まる。

 英雄が、俺が口を開くと。民衆は一言一句聞き漏らすまいと、示し合わせていたかのように、通りは静まり返った。


「英雄不在の2年間、諸君らには多くの心配と苦労をかけた。国は戦乱に巻き込まれ、もう帰って来れない者もいる。……まずはその事に対する謝罪と、反省を。諸君らの心を曇らせた全ての事柄に、私は謝りたい」


 辺りに広がったのは、沈痛なる静寂だった。

 ジョージに悪意があったわけではない。仕方のない事情だったのだ。それでも、戦争によって砦は奪われ、命を落とした兵士もいる。その過去の事実は、どうあっても覆すことはできない。たとえ英雄であっても。


「……だが、今。私は帰ってきた。危機に瀕した諸君らの前に、私が。このジョージ・ジャミロクワイが、戻ってきた……!」


 そしてこれは『今』の話。もう一つの、変えようのない事実。

 それを語り始めた瞬間、悲しみの水面に波紋が広がる。静寂に包まれた国民達の心に、小さな小さな火が灯る。


『いいぞ、良い調子だ……! そのまま一気に畳み掛けろ、譲治……!』

「それが何を意味するか、諸君らには分かるか……? 私には分かる。私の目にはハッキリと映っている! 2年に渡る悲しみの夜は終わりを告げた……! 絶望と恐怖に塗られた未来が、栄光と輝きを取り戻したのだ! 諸君、私は帰ってきた! ジャミロクワイ騎士国に、『未来』をもたらすため! 諸君、私が帰って来たのだ!」


 ざわざわと、広がる。人々の心の中に、その瞳に、その魂に。

 感じる。小さな火が次々と引火し、やがて太く分厚い薪に、煌々と立ち上がる火炎のような。

 俺の言葉が、ジョージの声が。この場にいる全ての者達に燃え広がり、熱を呼び、天高く火花を飛ばす。

 その熱狂をダイレクトに感じながら、俺の言葉も加速する。


「取り戻すのだ! 砦だけではない、我らの明日だけではない、奪われた自尊心と自立心を! 我らは聖地セント・ラリアを守護する聖なる民! 英雄の下に集いし、誇り高き騎士である! 諸君、このジョージ・ジャミロクワイと共に、我らを苛む全ての闇を打ち払うのだ! 私にはそれができる! 何故なら私は英雄だからだ!! そして諸君らにもそれはできる! 何故なら諸君らは、英雄の国民だからだッ!!!」


 演説を終えると共に、旗を掲げる。

 そして一瞬の静寂の後に――歓声が、爆発する。


「うおぉぉぉぉぉ!」

「ジョージ様!!」

「ジャミロクワイに、栄光あれー!」


 歓喜の声と共に手を、拳を突き上げ。人々は英雄の凱旋を実感のものとして認識したようだ。

 アンナら家臣団も満足だったようで、中には民衆と混じって涙を流しあう騎士までいた。普通の国ではありえないだろう。

 だが彼らもまた、一人の国民である。この国に住まう者は全てがジャミロクワイの民であり、騎士なのだ。


『100点満点だな、譲治! 素晴らしい演説だ! やはりキミは元の世界で、一国一城の主にでもなると良い!』


 お言葉はありがたいが、俺の生きている時代じゃそれはもうムリなんだよ。


 兎にも角にも、不安で一杯だったパレードは、帰還演説は大成功と見て良いようだ。

 ここまで来れば、俺の役目もそろそろお終いだ。

 明日の英雄は全ての予定をキャンセルしている。今夜一晩寝て、そして一日かけてジョージがこの肉体に定着すれば、俺も晴れてお役御免。大手を振って生まれた世界に帰ることができる。


 そんな俺の甘い見通しが、後に取り返しのつかない事態を招くなど。

 この時の俺は、微塵も予想していなかった。

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