19 綻び
その日も俺は、
サウズ帝国がアリデッド要塞を攻略した後、敵は未だ攻めて来ない。俺達が戦った騎馬隊やゴーレムドラゴンを率いていたのは、そもそもが砦攻略用の部隊。サウズ本国からの大軍勢を呼び寄せ、一気にこのジャミロクワイ騎士国やセント・ラリア教皇庁を陥落しようと考えている。
しかし大規模な軍勢というのは、準備にも行軍にも時間がかかるもの。宰相のゲスマスが言うには、全面衝突までにはまだ猶予があるとのことだった。
その僅かな猶予期間を用いて、俺達は態勢を整える。周辺諸国からの力を借りて、大国サウズを迎撃するのだ。
今俺が取り掛かっている事務仕事も、その反撃のために必要な、いわば『楔』を打つ作業。ある意味、戦いは既に始まっている。
だが俺達は大きな問題を抱えていた。俺こと城島譲治についてではない。俺はむしろ、十日以上もこの世界で過ごし、少しばかり慣れてきたところだ。人間の適応力とは恐ろしい。
では何が問題かと言うと――本物の英雄、ジョージ・ジャミロクワイについてだった。
英雄ジョージは日を追うごとに『眠る』時間が増えていた。今では、日に数時間のみ俺と意志疎通するに留まっている。
宝石の身となったジョージの魂が、元の肉体に戻って定着するためには、多量の魔力を消費する。その魔力をチャージするのに必要な充電時間らしいが、いくら何でも長すぎるように感じる。
心配になって本人に聞いてみても、「大丈夫だ」「迷惑はかけない」「全面戦争までには戻り、キミを元の世界に送り返す」……そう押し通すばかりで、結局俺はその言葉を信じることしかできなかった。
そんなやり取りの中でジョージの判断や考え方、他人との関わり方もある程度知ってきた。
故に「ジョージならこう指示するだろう」と予測を付けて、それっぽく振る舞うことはできる。
だがやはり肝心な所ではジョージの存在が、言葉が必要だった。
何より戦いにおいては言わずもがな。パレード襲撃で恐れをなし、腰を抜かしてしまったような俺では、戦場では役に立たない。英雄の身体で醜態を晒せば、この国が丸々ダメになってしまう可能性もある。
「……早くしてくれよ、ジョージ……」
書類の山に囲まれながら政務室でぽつりと呟いたその言葉に、反応する者は誰もいなかった。
胸元のブローチは物言わず。ただ静かに宝石として輝いているだけだった。そこに英雄の魂が宿っているなど、俺ですら疑わしくなるほど静かに。
「ジョージ!!」
大きな音を立てて、政務室の扉が開かれる。
俺は肩を跳ね上げて驚き、しかし『英雄は動揺しない』のポリシーから、すぐに平静な顔つきに戻る。
「どうしたエレミヤ将軍。騒々しいな」
「囚人の脱走だ……! 凱旋パレードの時に襲撃者達を率いていた、隻眼のガヌロンが!」
「!」
椅子から立ち上がる。
隻眼のガヌロンと言えば、英雄の帰還に喜んでいた人々に、恐怖と絶望を与えた襲撃の主犯格。ジョージとの因縁があるらしく、執拗に戦いを迫っていた。
「しかしどうやって……? この城の牢は、魔法陣によって堅く封印されているよ……! 脱獄など不可能なはずでは……!」
「詳細は分からん……! だが脱走したのは事実だ。既に城内と城下に兵を派遣し探させているが、今はまだまだ人手不足……!」
――どうする。このまま見過ごすわけにはいかない。
脱走したガヌロンがそのまま帝国に戻るのであれば、城内の仕組みや街の地形が帝国に筒抜けになるだけ。それはそれで致命的だが、今は国民等の非戦闘員に負傷者が出ないようにするのが最優先。もし町人が人質などに取られることがあれば、厄介どころの騒ぎではない。
「私も行こう」
「ジョージ……!? しかし、お前にはお前の仕事が……!」
「英雄の仕事は民と国を守ることだ。仮に戦争に勝っても、己の怠慢で国民を失えば、もう誰も付いて来なくなる」
聖剣アスカロンを腰に差し、マントを羽織り、政務室を出る。
しかしカッコつけておきながら内心俺は、心臓が飛び出るのではないかと思うほど緊張し、冷や汗を浮かべていた。
こんな時どうすれば良い。ジョージならどうする。少なくとも、椅子に黙って座ってはいないだろうと思った。しかし、俺だけの力で何ができるのか。
早く目覚めてくれと願いながら、俺は城内の廊下を早足で進んでいった。
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