11 英雄の帰還
俺こと城島譲治がこの部屋に入って最初に思ったのは、「なんでそんな人を雇っているんだよ」という気持ちだった。
ジョージの記憶を探る限り、ゲスマス・ディスマスは間違いなく悪人の部類。自分の国を狙う敵。そんな奴を宰相にするなんて、意味が分からない。
『私に忠実な者だけで組織を固めても、張り合いがないだろう。彼のように策謀に長け有能であり、そして己の
英雄の考えは小市民である俺には何とも理解し難い。
ともかく。俺はこの『国盗りゲスマス』がジャミロクワイ騎士国を掌握する寸前に、何とかその場に駆けつけることができた。
アリデッド要塞から森を抜けこの国までひた走り、状況が分からず制止しようとしてくる門番達を飛び越え、騒ぎになる街中を突っ切り、最終的には「間に合いそうにないので屋根の上を走って下さい」とアンナに無茶振りをされ、ここまで来た。
お城の玄関から入ることはなかったが、窓をブチ破るというダイナミック入室ではあったが、とにかく間に合った。
そうして白い円卓の上に立った俺に。英雄の腰に、周囲の人間達は抱きついてきた。
「ジョージィィィィィィィ!!!」
「ジョージさま゛ぁぁぁぁぁ!!」
「うわあああああああああん!!」
「どぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
危うくテーブルから落ちそうになる。あれ、何だろうこの
男も女も老いも若いも、皆英雄の帰還に狂気乱舞している。
再会を喜ぶとか帝国への対策とか、もうそれどころじゃない。どうすれば良いんだよ
『ハッハッハ、まさかこれほど愛されていたとは。普段は有能で冷静な者達ばかりなのにな。流石は私。当然のカリスマだ。何故なら私は英雄だからだ』
今更だけど、
とは言え、これだけの人数に信頼されているのもまた事実。ジョージにとっては数日数時間の別れであっても、このジャミロクワイの騎士達にとっては、2年という長い長い空白だったのだから。凱旋に感涙するのも無理はない。
「ハイハイ皆さん、落ち着いて下さい。ジョージ様が困っているではありませんか」
パンパンと手を叩き、とっ散らかった場を鎮めようとする宰相のゲスマス。
だが家臣団達はそんなゲスマスを睨み、噛み付かんばかりの勢いで罵倒する。
「黙れ盗人!」
「ジョージ様との再会に水を差すんじゃねぇ!」
「アタシ達の英雄よ! 引っ込んでなさい!」
「てかもう帰れよお前!」
散々な言われようである。
しかしゲスマスは全く気にしていない様子で、自分の座っている席を立つ。そして俺に
「お座り下さいセント・ジョージ。私は、我々はこの日を長らく待ち望んでいた。貴方の座るべき席です。我らは円卓を囲むジャミロクワイの騎士。今ようやく、欠けていた最後の椅子が満ち足ります」
……この人さっきまで国家転覆しようとしていたんだよね?
『座れよ、譲治。自信たっぷりに、ありたっけの王者の風格を
王者の風格なんて持っていないが……。まぁ、英雄の代理を頼まれているのだから仕方ない。恐らく俺の仕事もこれで終わるだろうし。
俺は腰にまとわりつく騎士達の腕を優しく解き、テーブルを歩き、椅子の前まで来ると――その場でジャンプした。
「おおっ!?」
「なんと……!」
「ジョージ様……!」
そして空中で身体を捻り、足を組んで円卓の椅子に座る。ジャミロクワイ騎士国王が本来座るべき、その椅子に。
ガン! と強い音がして俺は華麗に着席する。ダイナミックジャンピング着席。皆が惚れ惚れとした表情でそれを見ていた。
しかし俺は腰を強打していた。尻もメッチャ痛ぇ。普通にテーブルから降りてから座れば良かった。
でもジョージ・ジャミロクワイさんはカッコ付けないと死んでしまう人らしいから。周囲の人達は満足しているっぽいから。間違った行動ではなかったようだ。
俺は我慢し、英雄が尻を痛めていることなど微塵も表情に出さず、最高のキメ顔と
「さぁ、それでは諸君。座りたまえ。そして始めよう。模索しよう。我々の勝利への道を。反撃、開始だ……!」
英雄とはこういうお仕事だ。死ぬほど恥ずかしいが。
***
結論から言うと、ほとんど議論という程の議論は行われなかった。
ゲスマスが新しい国王になることを否決し、『
特に俺が指示するまでもなく、ゲスマスを筆頭に騎士達は動き始めたのだ。
「まずは国内外にジョージ様の帰還を知らせてください。あらゆる手段を使って広報するのです」
「教皇庁へも連絡を!」
「凱旋パレードの用意もしなきゃ……!」
「ノスランドとサウスタニアに使者を出せ! 英雄直筆の親書と共にな! アチラさんも動かざるを得なくなるだろう!」
「おおぃ、もう城下はパニックになってるらしいぞ! 『英雄を出せ』ってなぁ!」
何だかとんでもない事になってきた。
ジョージが自身の肉体に定着し、その間丸一日何も無ければ、俺も元の世界に帰る事ができる。あの穏やかでストレスの少ない日々に。
しかし今のこの状況を見てみると。とてもそんな時間的余裕は無いように見えた。
「とにかくジョージ様。この2年間で積み重なった書類に目を通して頂けますか。我々が代行できるものを除き、最優先のものを500件ほど。全て貴方の直筆のサインが無いと処理できないのです」
500件。そう問い直す前に、眼前には大量の書類の山が置かれる。
俺は思わず「ひえっ……」と喉から声が出そうになった。しかもこれは優先度の高いものだけであって、全ての事務仕事というわけではない。
『なぁに、ほとんどの案件はただ名前を書くだけだ。書き方は身体が知っている。魔導陣を描くより、よっぽど簡単さ。心配することはない』
なら代わりにアンタがやってくれ、と言いたいところだが。ブローチに取り付けられた宝石の身では羽ペンを持つことすらできない。
文句の一つも言ってやりたいが、この場でジョージの言葉が聞こえているのは俺だけ。折角帰ってきた英雄が、謎の独り言を呟き始めたら彼らの信頼も揺らぐだろう。
なので仕方なく、噛り付くようにして書類の山を崩し始めることにした。
「英雄。ジョージ・ジャミロクワイ様。そのままでお聞きになって下さい。よくぞ、お戻りで……!」
「『エレミヤ・アナトテ将軍』」
書類からチラリと視線を向け、俺の脇に立つ老将の姿を確認する。
白い鎧を着けた白髪白ヒゲの
「そんなに畏まるな『エレミヤ師匠』。随分と待たせてしまったようだな。……すまなかった」
「いえ……。この2年、一体どこに行かれたのかと……。師としては怒鳴ってやりたいが、部下として、従者として……! こんなに嬉しい日は生涯初めてだ……!」
感極まって言葉に詰まるエレミヤ将軍に、何故か俺まで鼻がツンとする思いだった。
彼は俺の、『城島譲治』の部下じゃないのに。俺の師匠じゃないのに。ジョージの記憶がそうさせるのか。
そう言えば、アリデッド要塞で土の竜と対峙する時も。アンナや兵士達が俺を信じて残ってくれた時にも、似たような感情が押し寄せた。
このままだと英雄にあるまじき失態を見せてしまいそうだったので、俺は書類に目を戻す。
その瞬間。円卓の対面に座る少女の姿が、書類の山の隙間から視界に入り、俺はまた顔を上げる事になった。
白い空間と白い衣装や鎧を身にまとった者が多い中で、その少女はまさに蒼一色といった風貌だった。
周囲の者達がせわしなく書類をまとめたり奔走する中で、彼女だけは微動だにせず、斜め上をボーッと眺めていた。
ジョージの知識を開く。彼女の名前は『ユリファ・ノスランド』。セント・ラリアよりも更に北方の国より来た、ジョージの婚約者だ。婚約者。……って、婚約者ァ!?
『あぁそうだ。彼女は私の婚約者だ。それがどうした?』
いや、だって、婚約者って!
『外交上よくある事だ。しかしあまり私に心を開いてくれなくてね。何を考えているのか、イマイチよく分からない娘だ』
確かにユリファは英雄に、そもそも周囲の万事に関心が無さそうだった。俺が窓ガラスをブチ破った時も、彼女とゲスマスだけが動揺していなかった。
……し、しかし婚約者までいるとは……。しかもこんな美人の。アンナという美少女だって傍にいるというのに……。これが英雄か……。
「あーっ!」
びっくりしたぁ。
唐突に。頭に赤いバンダナを付けた青年が、それまで室外の兵士に英雄のサイン入り書類を次々渡していた騎士の一人が、大きな声を上げた。
「『アイツ』とも話を付けねぇと!」
はて、誰の事だろう。
しかし彼の一言で場にいる者達は全てを理解したようで、宰相のゲスマスも少し困ったような表情を浮かべていた。
「……そうでした……。馴染み過ぎてすっかり忘れていましたが、『彼』をどうにかしなければなりませんね。ジョージ様、行きましょう」
何が何だか分からない。ジョージにも心当たりは無い。英雄がいなくなってからの2年間の知識は、ジョージも丸々持ち合わせていないのだから。
『……彼とは誰の事だろうか?』
「『彼』とは誰の事だ?」
よく分からないまま立ち上がり、ゲスマスの背に続く。他の者達も早足で随伴する。
ゲスマスは面倒そうな顔つきのまま、半ば吐き捨てるように説明した。
「2年前からこの城に居座る、『戦争の原因』ですよ。早く彼をサウズ帝国に追い返さなくては」
瀕死の自軍を救い、ゴーレムのドラゴンを倒し。更に、どうやらまた厄介な問題を解決しなくてならないらしい。
……てか俺、いつになったら帰れるのかな。
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