2話

9 英雄代理のエクストラタイム

 アリデッド要塞の上部から見える、地に降り注ぐ大量の土砂。


 英雄ジョージ・ジャミロクワイの繰り出した魔導によって、城砦防衛用ゴーレムで作ったドラゴンは完全に打ち倒された。

 撤退するジャミロクワイ軍の背中に向かって、サウズ帝国軍は外壁から弓や石を投擲する。しかしそれも大した効果は望めない。大軍相手ならまだしも、白き軍団は500名程度の小規模な集団。そもそもの被弾面積が小さい。


 加えて、英雄ジョージは再び大魔導を使用した。崩れ落ちたドラゴンと槍のような建築物の土を使い、平原から森まで続く一本のトンネルを創造してみせたのだ。

 作り出した退路トンネルに阻まれ、弓も投石も意味を為さない。

 ――『投了』、だった。


「チャ、チャールズ様……! 申し訳……!」


 オリヴィエは震える声を絞り出す。

 チャールズの期待に出来る限り応えるつもりだった。自身が最も得意とする土の魔導で、ゴーレムドラゴンを用いさえすれば。ジャミロクワイ軍を完全に殲滅できる予定だった。

 それがどうだ。竜は天を突き刺すばかりの槍に殺され、白き兵士達は国へと戻っていく。

 オリヴィエの策は破れた。失敗と挫折を味わった。

 噂に聞いていた英雄の実力を見せつけられ。オリヴィエは弁明も出来ず、ひたすらに謝ることしかできなかった。


「………………」


 大将のチャールズは平原に背を向け、入ってきた扉へと歩を進める。その時にオリヴィエの隣を、『素通り』してから。


「……後を任せて良いか。リナルド将軍」

「……お任せを」

「ッ……!」


 一瞥も、無かった。

 失態を責めることも、呆れることも、怒ることもなく。チャールズはただ下を向いたまま、階段を下りていった。

 その直後に、オリヴィエは腰を抜かしたかのようにへたり込む。


「……負け、た……」


 完敗だった。あれほどの魔導。想像を絶する強さ。『英雄』の由縁。

 圧倒的な実力差を前にして手も足も出なかったことを。涙を流すこともなく、ただその頭脳に事実を刻み付けていた。今日という日を生涯忘れることのないように。


「……負けてはいないぞ参謀。『アリデッド要塞を攻略する』という我々の使命は果たせた。そう言ったのは貴官自身だ。我々は勝利者だ。そして勝利者には、休む暇もなく戦後処理が待っている。……キミは今からが忙しくなる。落ち込んでいる場合ではないぞ」

「……は、い……!」


 リナルド将軍の言葉もまた自身の糧とし。己の感情に一度蓋をして。また冷静沈着な軍師としての表情を取り戻したオリヴィエは、戦闘終了を兵達に知らせるため外壁を走り出した。


 そして若者達の苦い背中を見送ったリナルドは一人、英雄ジョージの作ったトンネルに目をやる。

 竜を殺した謎の建造物に、このトンネルの構造。迷いなく、そして迅速に発動させた魔導だ。

 だがおかしかった。こんな造形、リナルドは見た事もない。建築に詳しいわけではないが、それでも『異質』なことだけは分かっていた。空想だけで形作ったにしては、あまりにも『知っているような』姿をしていた。


「……英雄だからか? いや、そんな……」


 一抹の違和感と疑問を抱きつつ。何か『きな臭い』ものを感じ取りながら、彼はジャミロクワイ騎士国の方角を見つめていた。


***


「クソッ!!!」


 石造りの階段を下りる途中。チャールズは握った拳で壁を叩く。

 レンガの壁にヒビが入り、パラパラと砂塵が舞い、そして痛む拳から血が滲む。

 この血色に。帝国軍人としての誇りの赤に。勇者ローランの伝説が流れるこの血統に、誓ったはずなのに。

 無様に負けた。無謀と無能と無力とを晒して大敗した。人生初の苦渋を味わった。


「……覚えていろ、ジョージ・ジャミロクワイ……!」


 今はそれしか、口にすることができず。

 あらゆる感情と決意を秘めたその手を握り、チャールズ・シャルル・マーニュはまた歩き出した。


 そして同時に。後に『大陸一の勇者』として歴史に名を残す少年の、その物語が。

 静かに、誰にも知られることなく、幕を上げた瞬間でもあった。


***


 ――走っていた。俺は、俺達は。走って走ってただ、走っていた。


「覚えてるかジョージ・ジャミロクワイ!? アンタ俺に、『魔力が戻るまでの短い間』って言ったよなァ!?」

『あぁ覚えているとも城島譲治。確かに言った。私が私の肉体に宿り直すまでの、短い間だけだと。英雄は嘘を付かないんだぜ』


 英雄の肉体ですら息切れを起こすほどの全力疾走で。

 弓除けに作ったトンネルの中を、俺達は出口の小さな光に向かってひた走っていた。


 幽霊トンネルでジョージと出逢い、半ば成り行きでこの世界に来て、英雄の代理を頼まれた。

 何が何だか分からなかったが、窮地にあったジョージの仲間を救い、騎馬隊を倒し、ドラゴンまでやっつけた。

 刺激的すぎるスパイスはもう充分味わった。普通に生きていただけでは体験できないことを、もう勘弁して欲しいほど経験した。

 だからもう良いんだ。元の持ち主に肉体を返して、それで終わりだと。そう思っていたのに。


『私が元の身体に戻るには、少しばかり時間を要する。丸1日程度だな。完全休眠状態に入ってから、肉体と魂を連結させる。その間何も無いようであれば、キミをすぐにでも元の世界に送り返していたんだがな』


 くっそ、宝石だから走る必要がないのを良いことに、悠長に分かりやすく説明しやがって……!


 必死に手足を前に出す。その背後からアンナが追いつく。甲冑を着けて棺桶のフタみたいなデカイ盾を背負っているのに、英雄の足に追いつくとは凄まじい体力だ。

 しかしその顔は蒼白だった。肉体的に疲れているからではない。すっかり忘れていた事実を思い出し、危機はまだ去っていないことを俺に伝え、逼迫している表情なのだ。


「お急ぎ下さいジョージ様! 一刻も早く凱旋しなければ! このままでは、ジャミロクワイ騎士国が……! 貴方様の国が! 『内側から』乗っ取られてしまいます!!」


 丸一日も、寝ている余裕はまだ生まれない。


『そういうワケで譲治。延長頼む』


 この延長料金は高く付くぞ!!!

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