8 ドラゴンスレイヤー

 ピンチは脱したはずだった。英雄の力とカリスマがあれば、切り抜けられない危機はないと。

 実際、迫り来る騎馬隊を追い払う事には成功した。3000の帝国軍を、傷付き士気の下がった500の味方だけで討ち払う事は、何とか成し遂げた。

 それでもまだ、足りないと。

 優秀な軍師なら、武将なら、兵士なら。その程度は『こなして当然』とでも言わんばかりに。

 その更なる『災厄』は、俺達の前に。英雄の前に現れた。


「……逃げてぇ~……」


 英雄にあるまじき言葉が漏れる。もし背後にいる皆に聞かれたら、間違いなく失望されてしまうだろう。

 だがその心配は無かった。

 赤茶色の『ドラゴン』が動く度に響き渡る轟音が、その程度の弱音を全てかき消してくれているのだから。


 眼球の存在しない、黒く落ち窪んだ双眸。

 飛行などできそうにない小さすぎる翼。

 しかしその巨体は、大地を割らんばかりの勢いで踏みしめる四肢は。クジラより大きな顎とそこから覗く人間サイズの牙が。

 俺達に今までで最大の危機と絶望を知らせていた。


「アレは……! 『城砦防衛用ゴーレム』……!?」

「残っていた土を全部使ったのか!?」

「デケェ……!」

「俺達を守ってくれたゴーレムが……!」

「ふ、踏み潰されるぞー! 逃げろー!!」

「ジョージ様っ! お下がりください!」


 アンナが驚いた声を上げる。勝利に沸き立っていたはずの兵士達もうろたえ、戦いの『流れ』が悪い方向に変わりつつあるのを感じた。


 ……しかし防衛用と言うより、むしろ『城砦破壊用』では?


『元々は土と水を混ぜ合わせ、魔導で自立稼動させる技術だ。人型に造形して弓を防ぐ盾としたり、敵の兵士に組み付いて動きを封じる目的で使用される』


 それがどうして、あんなドラゴンみたいな姿に……。


『敵にも中々の派手好きがいるらしい。なるほど確かに、我々の士気を奪い自軍を勢い付かせるには、これほど適切な一手もない。優秀な軍師がいるようだな』


 腹の底に響くような足音と共に、接近してくる巨竜。

 俺もジャミロクワイ軍も動揺している。だと言うのに。

 やはりこのジョージ英雄という男だけは、どこまでも余裕そうな口調であった。


『……さぁ、やってみろ譲治!』

「えっ?」


 聞き間違いかと思った。しかし意識の繋がっているジョージの言葉を、ジョージの肉体が認識違いを起こすことなど有り得なかった。


『私の力で騎馬隊を破った。私の魔導で敵の心を折ってやった。しかし味方に勇気を与えたのは、キミの言葉だ。ならば次はキミの力で、キミの思うままに! あの土くれの竜を討伐してみせろ! 私と同じ、ドラゴンスレイヤーになるのだ!』


 ……まーたこの人は、無理難題の無茶振りを……。


『私は本物の竜を斬り裂いたことがある。だがアレはニセモノだ。動かす仕組み自体は単純な魔導術式でしかない。ただのデカい傀儡だ! ならば余裕だろう、譲治!』

英雄自分の基準で判断するのヤメテくれません?」


 そうは言っても時間がない。

 ゴーレムのドラゴンは進軍を続け、この場に留まれば全員ペチャンコ。逃げたとしても、馬も居らず自分達の足だけでは、ドラゴンの歩幅に追いつかれてアウト。

 どっちにしろやるしかない。もう一度、英雄として奇跡を見せるしかないのだ。

 それも俺のやり方で。


 その時。胸にこみ上げてくるものがあった。燻っていた『夢』の火種に。忘れたフリして目を逸らしていた『将来』の姿が、今になって脳裏に浮かんできた。

 それが俺の、背中を押した。


「……仕方ない。やってやろうじゃねぇかよ」


 ジョージの言葉に、戦いに。彼の熱に浮かされた一人として、俺は旗を持って前に出る。


 ドラゴンはその身からボロボロと赤茶色の泥を剥がし続けながら。崩れながらも距離を詰める。

 ドラゴンを構成する大量の土と水が、莫大な質量が猛スピードで奔って来る。まるで巨竜の姿をした土砂崩れ。軍隊や魔導なんてレベルじゃない。まさに災害。


 風はもう吹いていない。先程の塵旋風をもう一度放つことは不可能。

 ならば肉体を強化するか? もしくは旗を変形させる? それとも草花を魔力で成長?

 どれも違う。ジョージの魔力、知識、魔導を以ってして撃退するには、『質量そのもの』で負けている。


 俺のやり方。俺だけの魔導。俺にしか浮かばないアイデア。 

 あの土塊の地竜よりも派手で、大規模で、確実に勝てる世界の法則。

 無から有を生み出す『魔法』は扱えない。何か、どれかの方法で。今この場にある物質を利用して、あの竜を倒すには――。


「……!」


 俺は真正面を見つめたまま、その『答え』に辿り着いた。


***


 軍馬が踏み荒らした大地に。茶色い土が露出した草原のキャンバスに、俺は軍旗を筆にして魔導陣を描く。

 その術式。描かれた構成式に。知識と魔力を貸し与える側の英雄は、俺に代理を頼んだジョージは、宝石の身で爆笑していた。

 俺も顔がニヤつく。まさかこんな日が来るなんて。小市民として波風立たない暮らしを心がけてきた俺に、とんでもない役目が回ってきたもんだと。


「ジョージ様!」


 既にドラゴン土砂崩れとはもう数十メートルの距離だと言うのに。

 緑の甲冑を身に着けたアンナは単身、俺の元に駆け寄ってきた。


「下がり給えアンナ・アシェル。ここは私が何とかする。皆を連れ、後退するのだ」

「……イヤです……! 私の盾は、貴方様を守る盾でもあります! それにもう二度と、アナタを……! ジョージ様を手の届かない場所に、送りたくないです……!」


 旗で地面に術式を描きつつ。俺はアンナの方を向かないまま、顔を上げることもできずにいた。

 後方からは兵士達の声も聞こえる。彼らも逃げていないようだ。

 アンナは英雄に再会できた喜びと、また居なくなってしまう恐怖から。そして忠義と信頼から、離れないつもりでいるようだ。


 俺に対する忠義じゃない。城島譲治を想っての言動ではない。

 それでも俺は、泣きそうだった。

 幽霊トンネルで俺一人置いて真っ先に逃げ、助けようと手を出したのに拒絶され。恐怖と絶望のどん底に取り残された体験を知る俺は、アンナのその言葉だけでも涙が滲んでいた。

 この人達を、守りたいと思った。守らなくちゃと。守りきれなかったら、俺は死ぬまで後悔する。死んでも後悔する。それだけはゼッタイに嫌だ。


「……ならばその盾で傘としてくれるか。落ちて来る土で、魔導陣が崩れてはかなわん」

「……はい!」


 心底嬉しそうな声で。アンナは巨竜に臆することもなく。身を曲げた俺を、その身その盾いっぱいで覆い隠す。


 さぁ、準備は整った。

 アンナを三歩下がらせる。頭上を見上げる。晴れた空を遮る巨竜の足が、豆粒みたいな俺を、俺達を踏み潰そうと持ち上げられる。


 だが残念だったな。

 この場には風も水も火も有りはしない。だけど。

 馬達が走り抜けてめくれ上がった『土』がある。そして何より、お前ドラゴン自身が散々降らしてくれるその『土』がある。俺達を押し潰す為の『質量』を、他の誰でもないお前が持ってるじゃねぇか……!


『譲治。最高だな、キミって奴は』


 見せてやるよ英雄。ジョージ・ジャミロクワイ。誰よりも、アンタを驚かしてやりたい。

 魔導陣に魔力を注ぎ込む。そして俺のイメージを送る。

 術式が、完成する。


 要塞よりも大きな竜に魔導を放つ。

 これが俺の、城島譲治の必殺技。

 平成生まれ日本育ちの俺は知ってんだよ。城やドラゴンよりも、デカくて派手な存在を。




「『天空削りの摩天楼スカイ・スクレーパー』!!!!!」




 ――竜の腹を貫き破る、3本の『超高層ビル』。


 頭上と眼下の土砂を全部使って、ゴーレムドラゴン自身の土も利用して。

 建築基準法なんてガン無視した土100%のタワーが、アリデッド要塞よりも高い位置で竜を突き刺し持ち上げる。

 声帯を持たないドラゴンは悲鳴を上げることもなく。串し刺しにされた土の巨竜は、だらんと力なく四肢と首を投げ下ろし、その遺骸を晒す。それはさながら、演劇に出てくる3人の騎士の槍に討ち滅ぼされた、本物のドラゴンの伝説みたいだった。

 そんな伝説や演劇があるのか知らないけど。


 全ての術式が役目を終え、大量の土砂が雨のように降り注いでくる。

 土を利用したことでクレーターが生まれている。その中心でアンナが背のマントを引っ張り「下がりましょう」と言う声も聞かず、俺達は高らかに笑っていた。

 士気高揚のためではない。敵を威圧するためでもない。俺が笑っているのかジョージが笑っているのか、それすらも分からなかった。

 それでもただ俺は、俺達は。二人で一人の『英雄』は、腹の底から笑いたい気分だった。完全勝利の、結末を前にして。

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