23 決着を付けるため
元ジャミロクワイ騎士国領、アリデッド要塞。
騎士国と教皇庁を護るかつての要害には今や、サウズ帝国の赤い旗が幾本も風にはためいていた。
チャールズ・シャルル・マーニュ率いる一万の軍勢によって、アリデッド要塞を任せれていた客将のアンナは敗北。彼女自身もあわや討ち死にする寸前まで追い詰められたが――そのギリギリの所で、アンナを助けたのがジョージであった。
そのジョージの戦いを、英雄の伝説的力量を示すかのように。平原の土は大きくめくれ上がり、ゴーレムドラゴンだった死骸は大量の土砂となり小山を作り、そして騎士国領へと続く巨大で長い『トンネル』が新たに生まれていた。
ジョージが生き残った兵士達を連れ、弓や投石を防ぎつつ撤退するために生み出した退路。
その土のトンネル内で今――身長差の激しい男女が言葉を交わしていた。
「……では、ジョージ・ジャミロクワイに手傷は負わせたと?」
「あァ。あの野郎、肋骨を折ってやった程度で、ガキみたいにピーピー泣き喚いていたぜ。もしかすると、影武者だった可能性すらあるな」
眼鏡をかけた少女の眼光が、隻眼の大男を捉える。
チャールズ軍参謀のオリヴィエは、ジョージ暗殺任務に失敗はしたものの脱走してきたガヌロンを大きく見上げて――失望の色を浮かべた。
「やはり山賊上がりの下賤な者には、帝国の重要任務を任せるのは荷重過ぎましたか」
「……あァ?」
「貴方の役目は凱旋パレードの最中にジョージ・ジャミロクワイを討ち取る事。それに失敗したどころか、牢を抜け出して英雄と再び接敵したにも関わらず、二度目の任務不達成。しかも影武者と思われる相手に、殺しもせず軽傷を負わせただけ……」
呆れたように溜息を吐き、切りそろえた前髪を手で直す。トンネルを吹き抜ける風に、髪型を乱される方が鬱陶しいらしい。目の前の大男の事など、大して気にも留めていないようだった。
完全に小馬鹿にしている、「使えない駒だ」という態度を隠す気すらないオリヴィエの小さな姿に、見下ろすガヌロンも頭に血が昇る。
「……そもそもテメエがアリデッド攻略の際にジョージを殺していれば、済んだ話じゃねぇのか? 参謀様よォ」
ガヌロンは額に青筋を浮かべながら、今にも殴り掛かりそうな拳をぐっと堪えて挑発する。
その煽りにオリヴィエは睨み返すも、冷静な彼女は戦意など微塵も見せない。
「心にも無い事を言わないでください。ジョージ・ジャミロクワイを自らの手で始末したいだけの獣が。我々サウズ帝国は、貴方の執着心を買って仕事を与えたのです。……必要な情報は、既に充分集めたのでしょう?」
「……あァ。そうだな」
拳を振るう相手を間違えないで下さいよ、とオリヴィエは目で語る。
ガヌロンは軍略だの戦術だのといった小難しい事は分からない。しかしこの小さなガキは、ただの小娘でない事だけは理解していた。
「『道』は私が作ります。その後の事は人質なり何なり、手段はそちらに任せます。……作戦決行の際は私は砦の奥にいますので、助力や救援は期待しないでください」
「ハッ。元から期待なんざしてねーよ。むしろ余計な邪魔が入らないなら助かるぜ」
「そうですか。私も貴方には別に期待していませんが、せいぜい安い博打と致しましょう」
そう言ってオリヴィエは、地面に魔導陣を描き出す。
「……はっ」
『安い博打』とは良く言ってくれたものだと、ガヌロンは理解していつつも感情が冷えていく。
サウズ帝国にとって自分はただの鉄砲玉。万が一にもジョージを暗殺できればそれで良し。できずとも、使い捨ての荒くれ者を投入して騎士国にプレッシャーを与える事ができるならそれも良し。
山賊の自分から見ても、立派な『悪党』のやり方だと思った。
「……チャールズ様。もう暫し、お待ち下さい……!」
オリヴィエは魔導陣を構成しつつ、『主君』を想う。アリデッド要塞で、サウズ帝国からの本隊到着を今か今かと待つチャールズの事を。
この暗殺作戦の事をチャールズは知らない。副将のリナルドも。伝統と名誉を重んじる彼らは、帝国将兵のほとんどは裏工作や謀略を嫌う傾向にある。正面から堂々と、圧倒的武力で粉砕する事こそ美徳と思っている。
だが『これ』がサウズ帝国の勝利に繋がるなら、どれほど卑怯外道と思われようと、作戦を実行する。そんな覚悟が、オリヴィエの小さな背中には宿っていた。
そんなオリヴィエは思い出したように振り返り、険しい表情でガヌロンに注意する。
「……コッチ見ないで貰えますか。貴方に『観測』されては迷惑ですので」
「おっと。そうだったな。悪い悪い」
大きくゴツゴツした手をひらひらと振って、小柄な策士に背を向ける。
魔導師にとって『情報』は生命線。それを奪われるのは死に等しい。つまり――ジョージ・ジャミロクワイは、既に死んだも同然。
ニヤつく顔で眼帯を触りながら、ガヌロンは来たるべき『決着』の時を思って身震いしていた。
そしてオリヴィエの――ゴーレムドラゴンを生み出した時のような『土の魔導』が、発動した。
***
「……ん?」
麗らかな昼下がり。
ジョージが居なくなったショックも少しばかり和らぎ、アンナとの昼食が毎日の楽しみになってきた頃。
俺は、城島譲治は今日も、ゲオルギウス城の中庭に来ていた。リンゴの木と小さなベンチが日差しを浴びて静かに佇んでいる。
いつもはそのベンチにアンナが座っているはずが、今日は彼女の姿が無かった。彼女の買ってきてくれたブラッドン店のパンが、日々の癒しとなっていたのに。
「……今日は店が混んでいるのかな」
人気店だから購入できない事もあるだろう。しかし真面目なアンナの事だから、どうにかして
「わざわざ城下まで行かなくても、美味い物はたくさんあるのに……」
ここはジョージの城。サウズ帝国との戦時中ではあるが、食料には困っていない。
「……まぁ、贅沢ばかりもしてらんないけどさ……」
……返答する者は、誰もいない。
「………………」
独り言が、やけに増えた。今までは、この世界に来る前はそんな事なかったのに。
何かを呟けば、あるいは心の中で思うだけでも、ジョージが何やかんやと話しかけてきていた。それが鬱陶しく思っていたほどなのに、居なくなったらなったで「静かだ」と感じてしまうのだから、人間ってやつは身勝手だと思う。
「はぁ……」
周りに誰かがいる時は漏らさない溜息を大きく吐きながら
アンナを待ちながら少しゆっくりしようかと――何気なく、リンゴの木へ視線を向けた時。
「……?」
思わず立ち上がる。そして木へ向かう。そこには、リンゴの根本付近には何故か『土』が散乱していた。
近寄って木の裏を覗き込む。すると驚いた事に、中庭には誰が掘ったのか大きな穴が開いていた。
「……!?」
人がすっぽり入っていけそうな穴。数メートル下にはすぐに、直線に奥へと進める構図になっていた。まるで地下通路のように。洞窟かと思うほど。
だが問題はそこではなかった。穴のすぐ近くに落ちている――ブラッドンの店の包み紙。その中身である、出来立ての温かなパンが飛び出て土に汚れていた。俺の――ジョージの好きなパンばかりが。
そして女性の、長い金色の頭髪も数本散らばっていた。
「……ヤベェ……」
どういう事だ。何故こんな所に穴が開いている。この髪色。長さ。――アンナ?
「ど、どうすれば、ジョージ……!」
呟いて、はっと気付く。いつまで居ない人間を頼りにしているんだ。
誰かを呼ぶか? そんな時間があるのか? そもそも、アンナがこの穴の奥へと連れ去られたという確かな証拠もない。何者かの罠かもしれないし、単なるイタズラの可能性だって存在する。
だけど――。
「……英雄は、悩まない……!」
ジョージなら。アイツはきっと、ゴチャゴチャ考えるよりも先に行動に移すだろう。記憶の中に残るジョージはそうだった。そして俺の知る、短い交流の中で理解した英雄も、即座に足を動かそうとする人間だった。
俺は抜けない聖剣の柄を握りしめながら、穴の中へと降り立った。微かな風を感じる。つまりどこかの出口に通じているという事だ。
そして俺は眼前に広がる薄暗い横道を、真っすぐに駆け出した。
***
走った。俺は走って走って、走り抜けた。
狭い地下通路。頭の天辺と土の天井が擦れそうになるほどの高さしかない。そして通路に点々と光る、淡く発光する魔導陣の存在が、人工物である事を俺に告げていた。
既にジャイロクワイ騎士国領は出ただろう。長い距離だ。そして気付いた。この距離、おおよその方角。俺は前に――アンナ達と、走り抜けた事がある。
「……ッ!」
僅かな光の点が見えた。出口だ。俺は加速して緩やかな傾斜を駆け上がり――『トンネル』へと躍り出た。
「……やっぱりか……」
汗を浮かべて呼吸を乱す。しかし英雄の肉体は大して疲労していない。俺がこの世界に初めて来て、騎馬隊を蹴散らしゴーレムドラゴンを倒し、その後に城へ帰還するため走ったのとほぼ同じ距離だった。英雄的にはこの程度、マラソンにもならない。
ただ――。
「……よォ。待ちくたびれたぜ、ジョージ・ジャミロクワイぃぃい……!」
地下通路の先は俺が以前作った土のトンネルに通じていた。そして隻眼のガヌロンが出口で、トンネルの真ん中で待ち構えていた。
ロープで拘束したアンナを、足元に転がしながら。
「ジョージ様……っ! いけません! お戻りください! エレミヤ将軍やゲスマス宰相に、この事を伝え……!」
本当は俺だってそうしたい。敵に地下からの侵入経路を掘られたのだ。国家としては一大事。味方を知らせ手勢を引き連れ、対処しなければならない案件。
だがそんな事をすれば、『人質』のアンナがどうなるか。ガヌロンは顔を歪ませ伝えてくる。そして現代生まれ日本育ちの俺にだって理解できる。アンナの存在を無視すれば、あまりにも夢見の悪い結末になる事くらい。
「……大丈夫だ。安心したまえ、アンナ・アシェル」
そうだ。大丈夫だ。笑え。ビビるな。俺は英雄。ジョージの代理だ。アンナに不安な顔をさせるな。
この程度はピンチですらない。ジョージなら高らかに笑いながら、今度こそガヌロンを倒す。大丈夫、大丈夫……ッ!
「さぁ、始めようぜ英雄……! ジョージ・ジャミロクワイ! 俺とお前の、決着を付ける時だ……!」
ガヌロンの隻眼がギラギラと光って、その巨体を近付けてくる。
拘束されたアンナが悲痛な顔を浮かべている。自分が迷惑をかけたと、足手まといになってしまったと反省しているのだろう。真面目だから。
だが――最悪な事に、一番の足手まといは俺なんだわ。城島譲治は、本当は今すぐにも逃げ出したい気持ちで一杯だ。
だけど約束は守らなくちゃいけない。後悔を残したままでは安眠できない。
俺は恐怖に震える脚と心を奮起させ――俺は拳を握って、ガヌロンに向かって走り出した。
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