6 魔法使いに最も近い男

***

「何故、騎馬隊を出撃させたのですか!」

「だ、だって……」


 アリデッド要塞の内部で。サウズ帝国1万の軍勢を率いる若き大将チャールズと、歴戦の副将リナルドは、ある場所を目指していた。

 リナルドの早足を追いかけながら、酔った身体で鎧の紐を結びつつ、状況を説明する。それらを同時に行うのは、チャールズにとって困難だった。

 故に、チャールズとリナルドの半歩後ろから。青みがかった長い黒髪を垂らす『参謀』の少女が、大将に代わって説明をする。


おそれながらリナルド副将。全ては末端の兵一人一人に平等な戦働きを与えたいとするチャールズ様の心意気。砦攻略の際、軽歩兵ばかり活躍し出番の少なかった騎馬隊に、掃討作戦を命ずることで勲功とさせたかったのでしょう」

「お、おぉ、流石は我が頭脳『オリヴィエ』! 私が今から説明しようとしていた事をスラスラと述べるとは!」


 戦場にあって兵士達と行動を共にする少女。それは当然、男にも負けない『戦力』を有しているからこそ。

 前髪を切り揃え、眼鏡をかけたオリヴィエは傍から見るとただの文学少女。

 だが彼女の持つ戦力とは腕っ節ではなく、この最前線においても発揮される明晰さにあった。


「……だとしてもチャールズ殿。長きに渡る進軍で兵も馬も疲弊しています。しかも彼らには戦わせ、自分は鎧を脱ぎ酒を飲むとは! 貴方の父君が知ったら、どれほど嘆かわしく思うことか……!」

「そ、それは……」

「平原における騎馬隊の機動力を持ってすれば、逃走するジャミロクワイ軍の追撃は可能ですリナルド副将。敗残兵を殲滅することこそが、祝宴の酒よりも帝国軍人にとって何よりの褒美です」

「う、うむ! その通りだ! もっと言ってやれオリヴィエ!」

「確かにアホのチャールズ様のクソみたいな采配は正気を疑うバカっぷりですが」

「オリヴィエ!?」

「この状況でも尚、我々の勝利は揺るがないかと。物量差でゴリ押しても、掃討は容易だと判断します」


 リナルドは押し黙る。

 なるほど確かに、チャールズの振る舞いは大将らしくなく、必ずしも 必要とする殲滅戦ではない。

 それでも普通に考えれば、不必要な出撃とも言い切れない。勝てるか勝てないかで問われれば、オリヴィエの言う通り『勝てる』。3000の騎馬隊を500の逃走兵にぶつければ、何も考えずとも勝利できる。


 若者達の考えに水を差すような中年にはなりたくない。

 しかし同時にリナルドには、まだ未来ある彼らに無意味な『苦渋』を味わって欲しくもなかった。


「……だが、それは。『あの男』を計算に入れていないだろう」

「? あの男とは、誰のことだ?」

「……リナルド副将……!」


 リナルドの言わんとする事を悟ったオリヴィエは、一瞬顔を曇らせる。しかしまたすぐに冷静で知的な表情を取り戻し、反論の言葉を考える。


 「有り得ない」、「それはない」と。


 2年もの間、今まで途切れる事なく大陸に鳴り響いていた武勇伝がプツリと絶え。公式の場にも一度も姿を現さず。誰しもがその男の失踪と、あるいは『死』を把握している事実。

 そんな亡霊のような存在を、計算に入れるなど。

 それはあまりにも臆病な考えだと、オリヴィエは言ってやりたかった。


 しかし言葉は要らない。彼らはもう階段を登り、城砦上部の外壁に出る。高い位置から平原を望める場に立てば、この歴戦の名将も納得するだろう。

 そう思ってオリヴィエは開かれた扉から、チャールズとリナルドに続いて急いで外に出た。

 太陽の光に一瞬目が眩み、突風を感じ、その後に視界が光に慣れる。

 そしてオリヴィエは、彼らは視認した。


 ――100を超える人と軍馬が吹き飛び、空高くまで巻き上がっている光景を。


***


 『魔導士』は『魔法使い』じゃない。俺はその言葉の意味を、今ようやく理解した。


 ジョージの記憶、ジョージの知識。

 それを用いて説明すると、魔法使いは本当に何でもアリ。砂漠にあって海を創り、凍土を燃やし尽くし、世界の法則を捻じ曲げる。

 そんな伝説上の存在に対して、今この世を生きる魔導士達は、『世界の法則に従う人の子』。


『条件は揃っている。魅せてやれ、ジョージ! 私の、英雄の魔導魔術を!!』


 迫る騎馬隊。

 それでも俺の足は止まらず。

 背後のアンナ達は、英雄オレの背中と旗に続く。


 そんな俺達を照らす太陽。強い日差し。つまりそれは地表の空気が温められ、上昇気流を生み出しているということ。

 手に持った旗がたなびく。強い風。上空へと巻き上がる大気を、突風が水平方向に吹きつける。回転が、加わる。

 広い平原。波濤のように突撃してくるサウズ帝国軍。遮蔽物はアリデッド要塞以外、ない。


 3つの条件が揃っている。

 そして生まれる自然現象。

 世界の法則に従い、手に持った旗を振るい空中で『魔導陣』を描き、俺はその気象現象に魔力マナを送り込む。


 竜巻じゃない。発生のメカニズムが違う。これは『塵旋風じんせんぷう』。昔、学校のグラウンドでも見た事がある。渦巻きながら砂埃を巻き上げる、突発的な『つむじ風』。

 それを英雄の魔力で強化し、増大させ、竜巻どころじゃない風の暴力を作り出す――!


「『ダスト・デビル・ウィンド』」


 地上の塵と土と草花を巻き上げ。

 平原はめくり上がり、悪魔のような回転力で。その旋風は敵に向かう。


 直線上の突進力では負けなしの騎馬隊。それは同時に、急停止もできないというわけで。

 サウズ帝国軍の騎馬隊はそのまま俺のつむじ風に突っ込む。

 人と馬が悲鳴を上げ、春風に舞い上がる花びらのように。要塞よりも遥かに高い位置へと吹き飛ばされた。


 こうなれば後はもう、帝国軍に残されたのは混乱と絶望のみ。


 俺は旗で馬上の敵を叩き落とし、軍馬の足を払い、ジャミロクワイの旗を振るう。

 一番前で戦うそんな俺の姿に、瀕死であった白い軍勢は瞬く間に息を吹き返す。

 折れた剣や槍で敵を突き刺し、怪我人すらも徒手格闘で帝国兵を屠り。アンナちゃんに至っては盾で敵を馬ごと押し倒している。


 士気の下がった騎馬隊を前に、僅か500人程度の兵士達が真っ向から突撃し、食い破り、蹂躪している。

 全ては、ジョージ・ジャミロクワイたった一人の参戦をきっかけに。


「……すっ、げぇ……」

『笑え、譲治! 声を上げ、高らかに! この程度の逆境は苦難ですらないと示すのだ。味方には勇気を、敵には萎縮を! それが英雄のやり方だ。このジョージ・ジャミロクワイの戦いだ!』


 生まれて初めて立った戦場。とてもじゃないが笑える気分じゃない。

 でも、確かに。

 『興奮』していた。ジャミロクワイの兵達だけじゃない。俺自身すらも、ジョージの戦いに惹き付けられ、興奮し、熱狂していた。

 ジェットコースターを自分の意志で操るような。超大型のダンプカーでアクセル全開に、瓦礫の山を吹っ飛ばすような。

 圧倒的な力。暴力。世界最強の英雄の魔導。そして筋力。

 それら全てに、どうしようもない本能の部分が刺激されていた。

 平和な日本で生まれ育ち、それでも。紀元前から同種族同士で殺し合い、競い、戦争を繰り返してきた『人類』としての本能が。遺伝子に刻まれた戦闘衝動が、無意識のうちに俺の口角を歪めていたんだ。


「……サウズ帝国、全軍に通告する!!!」


 戦場の中心で、俺は叫ぶ。

 もっと、もっとだ。

 『勝利』じゃまだ足りない。英雄はその程度で満足しない。

 欲しいのは相手の心を折る戦果。二度と攻め込む気など起こさないよう。

 求めるのは味方を熱狂の渦に巻き込む勝ち星。今の俺が感じているような歓喜と興奮と、希望と誇り高さを。

 目指すは、完全勝利の結末。


「国に戻って伝えるが良い! 国王に、将兵に、民衆に、鳥獣に、全てのサウズ帝国民に!! 私が帰ってきたと!!! この『ジョージ・ジャミロクワイ』が! 平和と秩序の番人が!! 今ここに、凱旋したことを!!!」


 騎馬隊が敗走を開始する。

 ジャミロクワイの兵達は勝ち鬨の雄叫びを上げ、アンナは心から安堵したような顔を見せていた。

 そして胸元で静かに輝きを放つ宝石のジョージは、俺と共に声を上げて笑っていた。


 これが、英雄。ジョージ・ジャミロクワイ。

 英雄だの世界最高だの、正直言ってさっきまで半信半疑だった。

 だがジョージを見つめるアンナ達の瞳と。たった一人で戦況をひっくり返してしまう実力を目の当たりにして。

 俺は生まれて初めて、テレビや漫画の外側にも『ヒーロー』がいる事を知った。

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