第26話 予定調和に見せかけた雷雲の告げる災話

 銀河審判。地球上で結ばれる異性同士の組み合わせが事前に

決められるという、絶対的な命令。Xはその銀河審判によって指定された相手が彼女であると言い切った。そして、彼女もその事実を受け入れ、呑み込んでいた。

 僕だけが知らなかったのか? 急に、得体のしれない不安に襲われる。みんなにとって、この銀河審判のシステムは既知の事実なのか? そんなはずはない。なぜなら、そんな話、これまで一度も聞いたこともなかったし、噂でも耳にしたことのないものだったからだ。

 だとしたら、あの二人はどうやってその事実に辿り着いたんだ? 誰か銀河審判に詳しい仲介人(ブローカー)がいるのだろうか。考えれば考えるほど、僕の中でその謎は深まるばかりだった。


 僕はただの、しがない高校生に過ぎない。けれど、彼女を一生分愛してしまっている気もする。だからこそ、Xになんかに彼女を奪われたくはないのだった。

 学校のすぐ裏に、だだっ広い森がある。その森を抜け、僕と彼女が辿り着いた場所は、大きな湖だった。

 風が少し吹いているため、湖面が微かに波を打っている。加えて、煌々と輝く満月の明かりを映し出し、幻想的であると同時にどこか悲劇的な雰囲気を創り出している。

 僕はXから打ち明けられた真実を、彼女に話して聞かせた。

「この話の肝は、銀河審判そのものを信じるか、信じないか。そこだよ。Xはさ、まるで大宇宙に命じられて君を一生かけて守り通すために地球まで送り込まれた、みたいに言ってたんだ。そんなの良く出来た話だと、そう思わないか?」

 彼女は困ったような顔を僕に向け、でもさと切り出した。

「でもさ、それを信じるかはあんたが決めることでしょ? 銀河審判なんて宇宙的な事象があると思えばある、ないと思えばない。それだけの話でしょ?」

「そう言われれば……そうかもな。けど、僕はそんなの信じたくはないけどな」

「じゃあさ、例えばあたしに銀河審判が適用されたとして、その相手がもしもあんただったら、あたしに何をしてくれるの?」

「……そうだなあ」突然の質問だったので、返答に詰まる。予想もしていなかった話の流れに、僕はほんのちょっぴり動揺していた。

「とりあえずは、君が幸せな日々を送れるように、毎日何かしらの努力はするだろうなあ」

 自分でそう答えておきながら、なんだその答えはとツッコミをいれたくもなる。

 彼女は、不満げな様子で、大げさにため息をついた。

「もっと具体的には?」

「はい?」

「だから、もっと具体的に。何かしらの努力だなんて、小学生でも言える言葉でしょ。そうじゃなくて、もう少し頭を働かせて」

「……急に厳しいな。だったら、君は夜にしか生きられないから、そのハンデを僕が解決してみたり、とか?」

 彼女は、先天的に夜しか生きられない体質らしい。だから、彼女は高校に通っていないし、今みたいに真夜中でしか会うことができない。

「どういう風に?」

「例えばそうだな、君のためだけに新しい季節を作りたいな。春でも夏でも秋でも冬でもない、全く新しい君のためだけに訪れる季節をさ。昼には紫外線の一切注がないような桃色の空が広がって、夜には君が寂しくないように毎晩綺麗で幻想的な星が降るような」

「それは……どうもありがとう」

 彼女は少し頬を赤らめて、俯いてしまった。なんとなく気まずくなった僕は、彼女から視線を逸らし、頭上に散りばめられた星々を眺めることにした。よおく凝らしてみると、いつもよりも一等星がその輝きを増しているようにも思えた。

 冷え切った湖面には、見せつけるかのように幾種類もの星々が映し出されている。その美しさを、大自然の驚異的な神秘を、僕と彼女に焼き付けておくのが彼らの義務とでも言わんばかりに。

 時々僕は、彼女がどこか別の星からやってきたのではないか、と思うことがある。これといった根拠ないけれど、見えない境界線みたいなものが、時折ちらつく瞬間があるのだ。

 湖面が少しざわついたとき、僕は切り出した。

「なあ。せっかくだからさ、この場所に何か想い出を残したいんだけど、付き合ってもらえるか?」

「……想い出を?」彼女は銀白色の長髪をかきわけながら言った。

「そう、思い出を半永久的に残すんだ。これを見てよ」

 僕がそう言って制服のズボンのポケットから取り出したのは、高校の購買で買ったコーヒー牛乳の瓶二本(洗浄済み)と、スケジュール手帳のメモ用のページを破った紙が二枚。

「こんなに綺麗な湖に対しては少し申し訳ないないけれど。この紙にさ、今までの人生で抱えてきた後悔をひたすら綴って、瓶に詰めて投げ入れるんだ」

「どうして後悔を綴るの?」

「なんというか、これまでの膿とかを全部吐き出して。それで、一切合切真っ白になった状態で君と関わっていきたい、って。僕がそう思ったんだ。ごめんな、僕のエゴみたいに聞こえるよな」

「ううん。素敵な提案だと思ったよ。あたしにだって、後悔してることのひとつやふたつくらいあるし。その感情的汚物を放流できる、いい機会かもしれないしね」

 僕が彼女にボールペンを渡すと、彼女はさらさらと紙に書き記していった。彼女の抱えている後悔とは一体何だろうか? 僕は必死に想像してみるけれど、いまいち掴めない。いつも飄々としている彼女が、憂いを残すようなこととはどのような事象なんだろう。ポーカーフェイスの彼女の心の内は、やっぱり僕には到底計り知れない。

 僕自身も、紙に後悔を書き記した。友人と喧嘩したような些細なものから、自分にとって記録的豪雨だった後悔の数々。それらをひとつひとつ掘り起こすこの作業は、なんだか自分自身のこれまでの人生を自己採点しているようで、神経の奥がかゆかった。

 その後悔だけを綴った紙切れを折り畳んで瓶に詰め、僕と彼女は同時に湖へ投げ入れた。ずぽん、と仏様が欠伸をしたような音が周囲に響く。

「この瓶はこのあとどうなるの?」彼女は瓶が沈んでいったその先を覗き込むように、そう訊ねてきた。

 僕は湖面にできた波紋を眺め、そっと答える。

「きっと何世紀先かの人類が発見して、歴史的遺物やらになってるかもな」

 波紋はまだ、その広がりを見せつけていた。

 

 

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