第21話 調理済みの愛が盛り付けられた災皿
――――ということで、本日は【愛】の作り方をお教えいたします。
まず用意するのは、
・【二人の想い出】 数百グラム
・【涙】 数十グラム
・【憎しみパウダー】適量
になります。これらの材料を駆使して、とっておきの【愛】を作っていこうと思います。
はじめに、【二人の想い出】はあらかじめ細かく刻み、ボウルに移しておきます。この時、【二人の想い出】は出来るだけ細かく刻んでおくのがポイントです。【涙】の熱だけで溶かすことができますからね。
次に、【涙】を小さめの鍋で沸騰する直前まで温めます。【涙】は温めすぎると美化されすぎて膜を張ってしまい、そのまま固まってしまうので注意が必要です。
さて、はじめに使用したボウルに【涙】を懇切丁寧に、それはそれはゆっくりと注いでいきます。これにより【二人の想い出】が徐々に溶け、再構築することができるようになります。
その状態を保ちつつ、【第三者の介入】や【意図的な悪意】が入り込まないように、ゆっくりと、聖母が泉を撫でまわすように、混ぜ合わせていきます。二人の間に一切の摩擦や軋轢が無くなるまで、混ぜ合わせます。
そして、【二人だけの空間】にクッキングシートを敷き、【二人の想い出】と【涙】を混ぜ合わせたものをそっと流し入れ、これ以上壊されないように、記憶保管庫にて一定時間以上固めていきます。この時、【二人だけの空間】が用意できない場合には、世間を縦に切り裂いて【別次元】を作り出し、そこへクッキングシートを敷いても大丈夫ですよ。
しっかりと固まったら、クッキングシートから剥がし、お好みの形に切っておきましょう。これは、何度でも、そして半永久的に食せるようにするためです。
最後にスパイスとして、適量の【憎しみ】を振りかけます。これによって、浮気あるいは不倫の予防効果が期待できるようになります。
さあ、お気に入りのお皿の上に精一杯盛り付けて、世界でたったひとつの【愛】の出来上がりです! どうぞ、召し上がれ。
こうして今晩の食卓に【愛】が並べられた。
僕は彼女と二人で静かに席に着き、その【愛】をいただくことにする。まず一口食べたら、口の中に甘さが広がった。【涙】がしっかりと【二人の想い出】に溶け込んで、いい塩梅になっている。加えて、【憎しみ】のスパイスが少しだけしょっぱくて、それにも好意的な印象を持った。
「私……嫌われることに慣れてるの」彼女が呟く。「彼氏がいるのに他の人のことを好きになったり、自分でも抑えられないくらいに欲望に飲み込まれそうな時があるの。あなたはそれでも、こんな私でも支えてくれるの?」
彼女の両の瞳には、法廷で被告人がなんとかして情状酌量を懇願するような、そんな熱気が宿っている。どうして、と僕は思う。同時に、グロスで歪な輝きを纏ってしまった彼女の唇に、視線を移す。
「僕は君のことをそんな風に下衆に捉えたことは一度もないよ。けれど、君の口がそう言ってるんだから、それはきっと真実なんだろうね。だからさ、えっと……何というべきかその、これくらいが丁度いいんじゃないかなって」
「それって、どういう意味?」彼女の瞳が、今度は少し曇った。
「【憎しみ】のスパイスはさ、僕らがどうしようもなく無様になるのを避けるために振りかけられたんだよ、きっと。どんな裏切りがあっても、どんな嘘に巻きこまれようとも、それでも愛さなきゃいけない、っていう。だって、そうしないと【憎しみ】に支配されて、僕らの過去そのものが無かったことにされるから」
「じゃあ、あなたは私を最後まで支えてくれるのね?」
「それは約束できないな」
「どうして?」
「だって……僕の方が多分先に死んでしまうから」
「……」
「たとえそうでも、君は生きなきゃいけないよ。僕のいなくなった地球で。何のために、だとかそんなことを考える必要はないよ。ただ、生きる。それだけ。だから、その瞬間がやって来るまでは【愛】を
「そんな悲しいこと、言わないでよ……」
彼女が今にも泣き出しそうだったので、僕はこれ以上語るのを止めた。【愛】をまた一つ口の中へ放り込む。噛む動作に、思わず力が入る。【愛】は僕の口内で砕け、やがて喉の粘膜のその奥へとするりと入っていった。
僕の身体が熱を帯び始める。やがて、微かに震える。きっと、向かいに座る彼女も同じ状態なんだろう、と想像する。アルコールに酔った時みたいに、目頭の裏側が熱くなった。
人生において、たったひとりの人しか愛していけないというルールはない。人間の野性本能とはとても奇妙であり、複雑化しているからだ。その世界的定理を僕は彼女と出会ってから、目の当たりにしてきた。それも、僕の方が感心してしまうくらいに。彼女はきっとこれほどの自由を手にするために、人間として生まれてきたのではないか、と思いたくなるほど。無数の【愛】を四方八方にまき散らし、それでも抱えきれないくらいの艱難辛苦を味わってきた彼女に対し、僕は生まれて初めて「人間を見た」という幼稚な感想を抱いたんだ。
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