第13話 発酵した島に埋められた災愛

「ところで、この船はどこへ向かっているんだい?」と僕は彼に尋ねた。

 彼は操舵室のとてつもなく巨大な舵を握りながら、答える。「島さ」

「島ってどこの?」

「到着すれば分かるよ」


 いつもこうだ。彼こと桐本は普段から、冗談みたいに僕のことをはぐらかす。そうした習性をいつの間にか身に着けてしまったらしい。無意識なのか、故意なのか。それは僕にもよく分からない。

 小型船には僕と桐本の二人だけが乗船している。免許を持つ桐本に連れられ、今僕は海の上を進んでいる。目的地は聞かされていない。前に聞いたときは、美しい島だよ、としか情報をくれなかった。そんな島は、この地球上にいくらでもある。


「君はスーパーによく行くかい?」

 桐本が正面を向いたまま訊ねてくる。海上に微かに波が立ち、船体が揺れる。

「スーパー?」

「そう。スーパーマーケットだよ」

「そりゃあまあ、常連になってるよ。それがどうかしたか」

「そのスーパーでさ、よく見かけるだろ? 3連のプリンと、4連のヨーグルトの不寛容で排他的な対比構造をさ」

「プリンはあれだろ、母親と子供二人がおやつの時間に食えるように3連になったんだろ? ヨーグルトは……あれ? なんで4連なんだっけ?」

「……ヨーグルトは朝食に家族4人揃って食せるように4連で売られるようになったのさ。つまり、プリンに関して排除されていたはずの父親は、ヨーグルトにおいて受け入れられる、ってこと。妙だと思わないかい?」

「どの辺が?」

「本当は消費者のライフスタイルに合わせようと、綿密に計画してそうした売り方が定着したんだろうけど。実際は逆さ。消費者側がメーカーの購買戦略に踊らされているんだよ、きっと。まるでライフスタイルを修正されるようにね。世の中には、俺ん家みたいにおやつにヨーグルトを食べて、夜にプリンを食べる家庭もあるってのにね。それに気づかない人たちは、うまそうにおやつにプリンを食べ、朝食の卓にヨーグルトを並べるんだ。まるで、洗脳だよ。まったくもって不寛容で排他的だよ」

「でも、今どきは2連のプリンとか3連のヨーグルトとかも売ってるだろ。そっちを買えばいいだけの話じゃないか?」僕は桐本に苛立っていた。

「そういう問題じゃないよ、俺が言いたいのは。プリンやヨーグルトの包装個数が世帯構成を表してるっていう腐った卵みたいな発想が大嫌いなんだよ。お前らの眼は節穴か、って直接クレームをつけたいくらいさ」

「つまり何が言いたいんだ? 型にはめようとするな、って?」

「その答えを今から探しに行くんだよ」

 桐本の横顔は、清々しいくらいにすっきりとしていた。船体はなおも波に揺れている。


 到着した島は、南極にそっくりの島だった。全部、白い。そして、人の気配がない。少し遠くに各国の国旗が風に揺れているのが見える。あの場所は、基地だろうか?

「ここはヨーグルトでできた島。この世界で唯一のね。ほら、君も知っている通り、この世界から牛が絶滅してから今年でちょうど120年だろ? 昔の人間たちは賢くってさ、大量の牛乳を凍らせて保存しようと考えた。ところが、年月を経てその塊はヨーグルトになった。それだから、国連が万国共同利用の施設にすることを決め、世界中の国々が競ってその支配権を握ろうとした。それが、この島さ」

 桐本の説明は、僕にはよく理解できなかった。それでも、貴重な島であることだけはなんとなく察しがついた。

「それで、何しにここへ連れてきたんだ?」僕は桐本に訊ねる。

「とりあえず、あそこの基地へ行こうか」

 桐本はそう言って、各国の国旗が掲揚されている基地らしき地点を指差した。


 僕らはしばらく凍ったヨーグルトの大地を歩き続ける。

「あそこは、本当に基地なのか?」僕は疑問を拭いきれない。

 桐本は吐息を白く濁らせながら、歩いている。この島はとても寒いのだ。

「そうだよ、立派な基地さ。少し前から、この島にはいくつか基地が建設されるようになった。もちろん、各国の利権争いの過程でね。いくつあったかな……えっと俺が知ってんのは、生乳基地と、砂糖基地と、脱脂粉乳基地と、ゼラチン基地と、それから……ああそうだ、ホエイペプチド基地か」

「今僕らが向かってんのは」

「ホエイペプチド基地だね、おそらく。ほら、日の丸が見えるし」

「……すまん。そのホエイなんとかってなんだ?」

「ホエイペプチド。肉とか魚、大豆製品にはたんぱく質が含まれているだろ? そのたんぱく質を分解すると、ペプチドになる。それをさらに分解するといくつかのアミノ酸になるんだ。つまり、ペプチドってのはアミノ酸の塊で、特に乳(ホエイ)から作られたペプチドのことをホエイペプチドと呼ぶんだ」

「……さっぱり分からん」

「問題ないよ。各国政府の人間の中にだって、理解してない奴がいるし」


 そのホエイペプチド基地へ到着した。

 簡素なテントのような基地だが、年季が入っているためか、妙に空気を重くさせるものに思えた。傍に、日本と米国と露西亜の国旗が掲揚されている。

「さて、始めようか」と桐本がなにやら準備を始めた。基地にあった薪をひし形にヨーグルトの大地の上に配置する。まるで、魔法陣みたいだと僕は思った。

 作業を終えた桐本が、口を開く。

「実はこのホエイペプチド基地という場所にはある言い伝えがあってね。ひし形上に囲われた空間で、愛する者同士で契りを交わすと、永遠に幸福になれるというんだ。美しい伝承だろう?」

「……その、愛する者同士っていうのは、僕と桐本……?」僕は混乱した。

「そうだよ。……俺は君のことが好きだ」

 沈黙が降りた。

 少なくとも、驚きではない。

 なぜなら、

「……桐本、やっと告白してくれたな。僕も、桐本のことが好きだ。これからも、宜しくな」

「こちらこそ、な。2連のプリンと、4連のヨーグルトをこれから買わないとな」

「おう。そうだな。」

 僕らの愛がその形を結んだ瞬間、僕ら二人の身体が流星に変化し始めた。そして、僕らは冷え切った島の上空まで勢いよく上昇し、やがて天めがけて真っ直ぐに昇って行った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る