第25話 まるで綺麗さっぱりを体現する災掟

――――無知で、世間知らずの君に、これくらいのことは教えておいてもいいだろう。それはずばり、【想い出の正しい捨て方】だ。


 いろいろと決まり事があるんだが、それらすべてを隈なく網羅すれば、君は立派な【想い出の正しい捨て方】を体得できるはずさ。まず、最低限守ってほしい大きな三つのルールが存在する。これだけは、ってやつだな。基本的な三原則と言い換えてもいい。

 一、『君の住んでいる街の【想い出の場所】に、必ず日時を守って出すこと。』

:これは、記憶に鮮明に焼き付いている場所に【想い出】を捨ててくることに意味があると言っているようなもんだ。いわば、そこに封印しておくのさ。もう二度と地から這いずり出て、僕らの脳を襲わせないためにね。そして、日時。出来れば朝早いうちに捨てた方がいい。誰も見ていないから安心して捨てられるし、何より頭が最も働き盛りの時間帯だ。その分、記憶から【想い出】を抹消してしまうのは、簡単になるだろうよ。


 二、『【想い出】を捨てる時は、袋の口をしっかり縛って出すこと。』

:たまに中途半端に袋の口を縛った奴の【想い出】がさ、何を勘違いしたんだか、袋から飛び出して、また宿主の元へ戻っちまう騒ぎがあんだよ。あれには、ほんと参るよな。【想い出集積】業者の僕らのことを全く考えてないんだ。浅はかというか、配慮が足りないというか。とにかく、【想い出】を詰め込んだ袋の口はきつく、きつく縛っておくんだよ、いいね?


 三、『複数の【想い出】を同じ日に出すときは、品目ごとに場所を分けること。』

:当たり前だよな。これに関しては、わざわざ確認するまでもない。要するに、それぞれの【想い出】には、それに見合った場所ってのが記憶にインプットされてるはずだから。それを念頭に置いて、品目ごとに別々の場所に捨てろ、ってこと。その方が業者の僕らも集めやすいし、何より、合理的だからだ。


 この三原則に加えて、少しばかり細かいルールがある。今日はついでだから、それも教えとくぞ。

 【想い出】を詰め込む袋は、特に指定がないんだ。その辺にある紙切れや袋で包んだって構わない。大学ノートを千切ってもいいし、読まなくなった文庫本のカバーでもいいし、スケジュールで真っ黒になったカレンダーでもなんでもいい。捨てる【想い出】と雰囲気が合致していればいいんだ。特に、個人的なこだわりとかはいらないよ。

 そして、分別の話をしなくちゃね。そうだな、【可燃物】と【不燃物】の分別の仕方だが、まず【可燃物】について。燃やしても大丈夫な【想い出】の種類としては、台所で生み出された食卓での【想い出】、失われた愛から発生した悲しい【想い出】、衣類・ゴム・皮革製品に沁み込んだ憎たらしい相手との【想い出】、あとはそうだな、嫌な記憶を呼び起こしてしまうプラスチック製品が内包する【想い出】だな。これらは全部【可燃物】だ。いっそのこと、燃やして、灰にして、それですっからかんになる類の【想い出】ばかりさ。

 次に、【不燃物】だ。代表的なのは、金属類で他人を傷つけてしまった【想い出】、ガラスを割るほど憤りを感じた【想い出】、嫌なあいつが陶磁器類を割ってしまった【想い出】とかだな。こういう【想い出】はとげとげしくて、扱いがとても難しいんだよね。だから、できれば【想い出】を袋や紙とかに詰め込んだら、その表面に〈危険〉と書いておいてほしい。その方が、僕ら業者は助かるから。

 それと、【粗大な想い出】はどうすればいいのかって、そういう質問が来るだろうから、ここで述べてくよ。たんすや、自転車、石油ストーブとか、電子レンジ。こういったものに沁みついているけれど、消えない【想い出】ってあるよね。それらは、捨てる前に事前に【粗大な想い出】受付センターに申し込みが必要なんだ。そこで処理券をもらってから、特定の場所に捨てといてよ。面倒くさいけれど、みんなやってる。そういう決まり事だからさ。

 ざっくりだけど、説明は以上だね。あとの細かい【想い出】の捨て方は自分で判断してよ。場合によっては、その人にふさわしい捨て方ってのがあるかもわからないし。とりあえず今日はこの辺で。いないいないばあ――――。


 そこで、彼の留守番電話は途切れていた。昨日あたしと別れたばかりの、憎くて、怖くて、けれど優しくて、愛しい彼。あたしはスマホをカーペットの上に放り投げ、ソファに寝そべった。

 彼の顔が浮かんでいる。部屋中に。初めて喧嘩した時の彼の怒った顔、初めてあたしの誕生日を祝ってくれた時の幼い顔、親戚を亡くして泣いてばかりいたあたしを慰めてくれた時の美しい顔。どれも、今にも蒸発しそうに、ふわふわと宙に浮いている。あたしは、彼のことが嫌いになったけど、でも愛しくてたまらなかった。この先の人生でもう二度と交わることのない彼。きっと、彼の歴史の教科書からあたしの名前とか、記憶とか、その他もろもろ、今頃は消去されているはずだから。

「どうしてあたし自身は、捨てられないんだろう」

 その疑問がずっと、あたしの中で反芻しているばかり。

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