第11話 屈服されたアルカリ性の災園

 スカモニアの蔓が伸び始めていた。

 僕が訪れたビニールハウスは、無数の蔓で茂りつくしていた。まるで、蔓のひとつひとつが自分の居場所を懸命に探し続けているような、途方もないような空間がそこにはあった。僕は友人のAと一緒にこの場を訪れ、その悲劇的な光景を観察しに今日という時間を割いたのだった。

「どうしてここまで蔓まみれになっちゃったんだろうか」

 Aは首を傾げていた。僕も合わせて首を傾げる。そうしたところで、明確な答えなどは得られないと分かってはいるけれど。

「……きっとスカモニアだって、情熱的なんだよ。なんでもそうだろ? 情熱がないと何事も成し遂げられない」

 僕がそう言うと、Aは首を振った。

「いいや、俺はそう思わないな。きっと動植物を突き動かしているのは、情熱なんて不確実な要素じゃなくって、絶えず振動している細胞のエネルギーだよ。それと、君の欠点はそうやって【なんでもそうだ】と物事を一括りにしてしまうところだよ」

 相変わらず、僕はAに批判されっぱなしだ。しかし、Aのそうしたところが僕の好感を引き出しているというのも事実だった。いつだって、僕は自分に対して批判的な人物としか肩を組まない。

「……そういえばだけど、このスカモニアの根っこから採れる樹脂液には下剤薬効があると聞いたことがあるんだ」僕はその蔓を触った。

「そうなのか? そうか、下剤薬効か。いっそのこと、俺たちの欠点までまるごと排泄してくれるといいんだけどな」Aは力なく呟いた。

 その時のAの横顔はどうしようもなく寂しく見えた。Aは決して意識してはいないだろうけど、少なくとも僕にはそう受け取れた。その横顔は、実に平面的だった。鉛筆の先を思い切り尖らせて、えいっと放ってしまえばすぐに穴が開いてしまうような、そんな薄っぺらい横顔だったのだ。

 僕は意味もなく別々の蔓どうしを結び合わせた。そこに二つの線状の構造物があれば結び合わせたくなってしまう、僕の個人的な趣味だった。

「なあ、このビニールハウスだけが特別なのか? 日に日に観光客が増える一方らしいけど」

 Aは僕の手元を眺めながら言った。僕は蔓と蔓を結び合わせ終えると、Aの方を向いた。

「聞いた話だけど、冷えた風の吹き抜けるある晩に、このビニールハウスめがけて一筋の流星が墜落したらしいんだ。その輝きは照明傘みたいに夜空を覆いつくしてさ、近くにいた人々は相当驚いたんだよ。夜が明けて流星が落っこちたビニールハウスへ行ってみたら、そこは蔓だらけの蔓の楽園になっていたんだって」

 Aはしばらく黙り込んだ後、僕にこう訊ねた。

「それって、一体何の意味があったんだ?」

 僕はさあね、と相槌を打つ。

「さあね、けど少なくともそのお蔭で観光客が増えて、ここ一帯の地域は賑やかになった。それ以外に果たして恩恵があったと思う?」

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