第三十六話 歌鈴のお使い
――アドリアーネ。
「ふぅむ、まぁなんとまぁ……。大きな町であるのう……」
正直、キルシーは疲れていた。結構な日数をかけて穏便に市街を歩いて元中央塔のあった場所まで辿りつく。
予想通りだが中央塔は再建されておらず、国王がどこへ居るのか探しすこと数日、全く手がかりがないのだ。
「そう簡単に見つかりませんよ、必死に逃げ隠れしてるんだと思います」
頭の後ろで手を組んで歩く歌鈴。
「仕方ないか、そろそろそこそこ本気で見つけるでな。覚悟しておれよ」
「本気……ですか?」
探すのに本気とはどうやるのだろうか、今までで聞き込みは十分終えたし、何かの能力でも使うのかと期待の眼差しで見つめる同行者キルシー。
「ああ、いたぞ。さて行くか」
「えぇ!?何もしてないですよ!?」
目視で発見したのかと周囲を見回すがそれらしき人は見当たらない。
「どういうことなんですか?」
「そう問われてものう。見ようと思ったから見た。以上であるぞ」
やっぱりアニマ様と同じ組織に居るだけあって規格外の人なんだ、と神妙な顔をして頷き納得するのであった。
いや全然納得は出来ていないか。
「地下であるから……もう少しあるくかの」
地下なら地下への入り口を探さなければならないのでは?と、思いつつキルシーは予測する。きっと地面を掘って到達するんだと。
狐が地面を掘れるはずもないがきっとそうに違いないと、同行してから驚かされてばかりのキルシーは歌鈴の行動を推測して考えるようになっていた。
「んー……もうちょいかのう」
ひょいひょい、とかなりの距離をけんけんするように片足で跳んでゆく、羽を必死にばたつかせて後を追い縋る。
そんな二人の奇行はかなり人目を引いていた。
一度殲滅したが、数十分後に再び来て歌鈴に放っておかれている隠密達も急いで後を追いかけている。
勿論キルシーだけが気づいていない。
「ここである。さぁ行くぞ……、第二神門、極彩亜空ッ!」
ある地点で急停止し、技の名乗り上げと同時に片足を一直線に天へ向かって振り上げ、踵落としの要領で振り下ろす。
地面へ足が接触する。同時、ゴバァ!と地面が砕ける音が飛び交う、はためく着物、揺らめく一尾、その後ろから追い縋ってきたキルシーが見たものは、綺麗な大穴の開いた地面だ。
踵を落としただけで、かなりの広範囲の地面が円柱状に綺麗に砕き抜かれる。
「ほ、掘るんじゃないんですかぁ!?」
「何を言うておる。モグラか?、あとは降りるだけである」
そのまま地面へ空いた穴へ向けて落下していく、暫く落ちると鉄の様な床が見え、行き止まりになる。
音もなく、勢いすらなく、羽が落ちたように二人は舞い降りる。
「これは……?」
「天井であるな、この下におるであろ」
かん、かん、とノックするように履いてる下駄を床へ向けて打ち鳴らす。
するとまるで扉が開く様にまたも円形状に床が消え、2人は下へと落下する。
「ご対面であるな。国王であろ?」
あくまでも上から、そこらの雑草を見る目と同じ目を向け、国王などに興味はないが用事があって会いに来たと、そのまま心情が反映されている顔を向け、腕を組んで問いかける。
歌鈴はテーブルの上に降り立っていた。秘密の会議場の様な部屋は地下深い。歌鈴が開けた大穴から差す光でも薄暗い程度にしか会議場に差し込んでいない。
細長い楕円形のテーブルの尖った所に座るのは、頭に王冠を付けている、国王ライザ。
その背後に控えるのは、武装した二つ名集団である。
歌鈴のあまりにもな登場の仕方に面食らっていたのか、慌てて椅子から転げ落ちる様に後ろに控えた二つ名の背後へと国王が逃げ、二つ名集団が入れ替わりに前へ出てくる。
キルシーは急な出来事に頭がついていかない様子だが以前破れた二つ名の顔を見て苦々しげに顔を歪めて睨んでいる。
歌鈴の後ろへ隠れるようにして…。
「歌鈴さん、あれ……この国の二つ名達ですよ」
全身の毛を逆立てて警戒を露わにする、以前破れた時と実力差は同じでも、仲間の歌鈴を守らないわけにはいかないと、歌鈴の前に立つも……。
「んぁ?お主邪魔じゃぞ、我の背後に控えておれ」
首根っこを掴まれてぽいっと後ろへ放り投げられる。
「で、ですが!この国の最高戦力がかなりの数揃っていますよ!?、今は撤退しましょう?、分が悪いです……」
今までの道中、常に笑みを絶やさず、余裕綽々と敵を屠ってきた歌鈴にそれを告げるのは少しためらわれたが命には変えられないと、なにより人間種と言えど二つ名級の人的戦力は他種族国家の侵攻すら防ぐほどの人類の英雄、それが今目の前にとんでもない数が居る。
キルシーにはなぜこれだけの数がたまたま集まっていたのか知らないが不運が過ぎると、必死の形相でテーブルの上を国王へと歩み寄ろうとする歌鈴に食い下がるが、話を聞かずどんどんと近づく歌鈴。
「主様のためにも!、命令より大事なこともあるじゃないんですか!?」
もう抱き抱えてでも連れて行こうと、折角入った組織の八人しか居ない仲間が欠けてしまってはかなりの痛手になると、憧れのアニマ様ではないが歌鈴を置いて逃げるわけにもいかず、再生のできる自分が盾になるしかないと。なんとも真面目なキルシーは入って間もないがしっかりシャルマータの一員として組織のことを考えていた。
様々な思いを胸に、煌々と照らされるような緊張感を放つ二つ名達と歌鈴の間に割って入り、震える足に気合を入れ直し、抱き抱えてでも離脱しようと歌鈴の腰に抱き着く様に掴みかかろうとするが……。
「あ、あれ?なにこれ!?」
歌鈴の周囲、なぜか数十センチのところで手が止まってしまう。体の輪郭よりかなり離れているところなのに。
「歌鈴さん!?」
体中、その尻尾までもどこを触ろうとしても手がその身体に届かない。構わず歩み寄る歌鈴と迫る二つ名を振り返り焦るキルシー。
「ああ……ほら、我の身体って主様のものであろ?無暗に触れぬような術をかけておってのう。不意打ちで胸など揉みしだかれては穢れたとして主に捨てられてしまう……、他の者も知っておるが主は生娘が好きでなぁ」
「え、えっ、いや、えっ……」
頭がパニックになる。二つ名を前にしてその余裕っぷりと言葉の内容の場にそぐわなさから自分の考えを疑い始める。
ここから逃げるのが常識的に最優先の行動ではないのかと、敵意むき出しの最高戦力を前にして仲間の性癖を語るのは普通の事ではないだろうと。
キルシーが慌てふためき焦って自問している間にも、状況は進む。
「すまぬな、騒がしいのを連れてきた。さて……我は主、彼方様より遣わされた使者である。用件を言うぞ?」
歌鈴の登場は二つ名達にとっても不意打ちが過ぎた。
確かにいつ現れてもいいように準備はしていた。
三国合同会議から帰ってきた国王は悩み抜き、ひとまず借りた戦力と二つ名を勢揃いし、レイナス以外の者。
ちょうど来ている歌鈴をまずは討滅しようと計画はしていたのだが…。
それゆえのこの勢ぞろいっぷりなのだが監視からの報告では探し回っていていまだに見つける兆候はなかったとのこと。
その報告が来た数秒後には、入り口からではなく天井を突き破ってきた。
うっすらと大穴から見える光から察するにその上にあった分厚い大地すら突き抜けてきたのだろう。掘ってきたのではなく大穴を開けてきたのだ、かなりの深さの地下にあるこの会議場から光が見えるのが何よりの証拠。
「分厚い大地をぶち抜いて、何重にもかけられた防御魔法を突破して、希少金属に穴をあけて降りてきたってか」
「それだけではありませんね、それまでほぼ一切の音がしなかった。物理的に破ったのではないのかもしれませんね」
「物理的に敗れるわけがない……内通者とか?」
「それより……計画より前にご対面してしまったな。どうしやすか?国王ライザ殿」
背後の国王を守るように前面に出て、テーブルの上の歌鈴を見上げながら。近くのハーピィと歌鈴が騒いでる間に練り上げた多数の防御、攻撃魔法の術式陣を体の周囲にほぼ全員が纏わせながら判断を仰ぐ。
背反のマリー=ピエール。
連理のベリト=フェダー。
不落のリズィー=ハースト。
山薙ぎカルロッタ=ガラン。
伽藍のユーリウス=ドッペルバウアー。
対軍級戦力とは、それだけの人数に匹敵する力を持つという事ではなく、一国が出す軍勢を一人で制圧できる、または実際にした者を指す。
連龍国で言えば祖龍の様な、吸血鬼で言えば真祖の様な。
人間種だけは二つ名の中に超人と聖人、更に二つの区分けがあるが……。
一人一人が対軍級と呼ばれる超絶戦力を五人も一か所に集めるのは前代未聞ではないが、相当な事。大戦並みの事態である。
「戦闘規模はどのくらいになるだろうか?この上には都市民が多くいる……」
本来ならここで対敵するつもりはなかった。
ここは全てが最高級、使っている防護魔法のそもそもの位も高くさらにユーリウスが重ね掛けその練度を上げている。通常時より何重にも防護魔法を増やし、質を上げ、希少金属の天然硬度で守る。探知対策も全てを施し、敵が近づいた場合の迎撃魔法も数えきれないほど用意してあった。それゆえここで会議を重ね、敵が到達する前に移動。万全の場所で迎え撃つつもりだったのだが……。
その全てが機能せず、予想より遥かに早く、不本意な場所で相対してしまったのだ。
そのため二つ名達は急いで姿を視認してから魔法を練り始めたのだ。
「初めての敵です。戦闘規模は未知数ですがこちらは二つ名が五人揃っています。一方的に圧殺することが可能ですね」
「そろそろ良いかのう?、ただこれだけの事なんだが……。ガムザ平野の中心近くに建国を成した。これから民は集めるつもりである。それだけ言いに来たのでな」
油断なく話している最中にも歌鈴を見つめたままの二つ名へと用件を告げる。
「戦いに来たわけではないということかのう……?」
ユーリウスの問いに、高らかに笑って返す。
「ははっ、戦う理由など今はないでなぁ。主様が殺せというなら殺すまでであるが……こたびの用件はこれだけである」
言い切ると傍に居たハーピィに行くぞ、と声をかけ背を向ける。
「気に入らねぇな、それにあのハーピィ捕虜だったんだろ?今取り返していいんだよな?」
カルロッタの言葉にベリトが同意し今にも飛び出さんばかりの二人をユーリウスが制す。
「待て……わざわざ戦うことも無かろう。ここは狭いしのう……。今回は街に被害もないじゃろ」
「ユーリウス!!一度負けて臆病風に吹かれてんのか?、絶対勝てる勝負をなぜ捨てる?」
確かに、この面子が揃っていれば、仮に二つ名が三人だけの国があるとしたら一日で落とせる。
たった一人の敵を相手にするのにこれだけの戦力を揃えたのは異例、そしてオーバーキルに過ぎる。
敵の八人の一角を潰すチャンス、二人は当然そうとしか見ていない。
「無駄に血を流すこともなかろうて、血気に逸るな、山薙ぎ」
「耄碌したか……!この面子でどうやったら血を流せるっていうんだよ!」
言うが早いか、飛び出すカルロッタ。彼は我慢がならなかった。生まれ育ったエアハートの一番都市アドリアーネが傷つけられ、シンボルである中央塔が壊されたこと。
人間種が下に見られたような、築き上げたものを平気で壊し見下されたこと、なにより歌鈴の眼が明らかな弱者に送るそれであったことが彼のプライドを傷つけた。
二つ名が背負うのは自分の命だけでなく、二つ名を思う全ての冒険者やこの国自身を背負っている。
それらの強い責任感がユーリウスの言葉を振り切り、一番に飛び出す結果となった。
「歌鈴さん!来ます!!」
「まず、来れるのかのう……?」
「うらぁああっっ!!!!」
背中に背負った鋼の鎚を空中で抜きざまに勢いよく振り切る、目標の歌鈴へ向かって遠心力を加え、そのまま一気に振り下ろす。
ドォオン!と激しいが、どことなく違和感のある音が発生する。
歌鈴へ向けて降ろされた鉄鎚は、その周囲数メートル離れたところで止まっていた。
「だからなんだってんだよぉお!!」
原理は知らぬが押しつぶす、と。身体を回転させて何度も何度も横から鉄鎚を薙ぐようにぶつける、周囲に発生する豪風と衝撃波から国王を守るために他の二つ名が防護魔法を発動させている。
会議場めいっぱい使って巨大な鉄鎚を振り回しているため近づけない他の二つ名はカルロッタの様子を見守り、いつでもサポートできるよう準備する。
「はは……おぬし、阿呆であるなぁ?」
必死の形相で武器を振り回すカルロッタを首だけ振り返り嗤う歌鈴。何十回と打ち付けてもその涼しい余裕の顔を崩せない。歌鈴の身体に届きさえしない。
「空気を叩いておるような感じじゃなぁ……」
様子を観察していたユーリウスが目を細めて呟く。
だが冷静に観察ができているのはユーリウスだけである、国王含む他の者は皆、一様に驚愕しかできない。
何故なら攻撃をしているのがカルロッタだから。
カルロッタが受けた祝福は純粋な物理力。山を薙ぐほどの強大で広範囲にいきわたる攻撃力なのだ。
その一撃は大規模魔法と同等以上の物がある。
だが歌鈴はその連撃を、つまらなそうに見つめているだけ。
「カルロッタの一撃が敵に防がれたのを見た事がないぞ……」
「だからいったじゃろうが、無駄な争いはするなと……」
「…………」
ベリトは何も言えない。いつもの無表情は消え、驚きに眼を見開いていた。
話に聞くだけでは常識は壊れない、今まで圧倒的力を誇ってきた人類最高の二つ名が、赤子のように弄ばれるほどの者が居るなんて。
ただの狐にここまでの力があるわけがないのだ。
「暇であるなぁ……おぬし、本当に強いのかえ?」
片や、本気で殺すための怒涛の連撃。これが国であったなら既にリンドホルムの如く壊滅並みの火力を叩きこんでいる。信じられるかと、今まで自分の破壊力を信じてきた男は初めての手ごたえに、自分を疑う事をせざるを得なかった。神から得た力を疑うのは初めてのことだった。
「くそが……あー…なんだこれ、なんなんだよ……」
絶対的なまでに攻撃の効かない、通らない歌鈴を前にしてとうとう膝が折れ、鎚を床について息を乱すカルロッタ。
そんなカルロッタを登場した時と変わらぬまま見下す歌鈴。
「惰弱であるなぁ、どうしたらそんなに弱くあれるのか……不思議な生き物よ、くふふ」
「す、すごい……どういう魔法…?」
傍らに相手と同じく惚けた面を惜しげもなく晒しているキルシー。
わざわざ相手の攻撃のために歩みを止め、一通り終わるまで待っていた歌鈴は再び動き出す。
「今度こそ、帰るからのう。あまり無駄な事をして……時間を潰すのはもったいないぞ、我からの助言である」
それだけ言うとくるりと踵を返し、キルシーの首根っこを掴んでひとっ跳び、上昇していく姿を見ることもできず、掻き消えた。
「カルロッタ。わかったじゃろう?、お主は特に相性が悪いんじゃ。やみくもに攻撃したとてこうなるだけじゃて」
「ユーリウス……、俺の戦歴は知っているだろうが」
「ふぅ。神の祝福のパワーは相性如何に関わらず全てをねじ伏せてきた。だが今回はそうはいかない敵なのだろうな」
緊張と驚きで披露したとばかりに壁によりかかるリズィー。
「てゆーかお前らも加勢しろよ!」
「ユーリウスが待てって……。それに一番攻撃力のあるカルロッタが何もできてなかったら……私たちはどうしたら良いのか、わからないような」
一息ついてしゃがみながらマリーが返事を返す。
「どうしたら……いいのだ、ろうな」
息も絶え絶えに疑問を呈するのは唯一の一般人である国王ライザ。訓練していない分、戦闘の緊張感などについていけてないのだ。
「やはりエアハートだけでは限界があるのう……。やつらの戦力は桁違いであると認識せざるをえまい」
「ユーリウス……悲観的な意見ばっかだなぁおい」
「いい加減わからぬか、それにお主の攻撃がまったくもって無意味だったこともその悲観的な意見を加速させているわけじゃがな」
「言い合うな。仕方ない、我が国は仕掛けてこないうちは全面戦争を避ける。シャルマータは異常だと再認識する…。一人にすら勝てんのだからな…」
国王は頭に地図を思い浮かべる。レイドアース、キャヴァリエ、エルフ、ドワーフ、連龍国、今のところシャルマータと関わりのある国はこのくらいだ。
一番アプローチをかけやすいのは自分から関わりを持ちたがっている連龍国、といってもアニマだけなのだが。
「本当に攻撃が通らないんですかね、その秘密を何とかできれば討滅ができそうですが……」
「今までに発見されたことのない特徴と技?なのか能力かを持つ者たちの集まり……もっと警戒すべきだったかもしれんな。攻めるわけではないが二つ名を集めてこんなことになるとは、とても思っていなかった……」
「情報が必要じゃのう、偵察隊を常に張り付かせて日常から戦闘まで全ての情報が居る。そこから弱点やらを割り出さねばならんな。先達がやってきたのと同じことよ。
未知の敵に対して観察し情報を集め対処する。今度は儂らがそれをやるだけの話、そう絶望的になることも無い」
「そうだな。人間の強さは無敗の強さではない。百敗の上に重ねる常勝の強さ、負けから学べばよい」
そうこうしているうちに騒ぎを駆け付けて入ってきた護衛兵と秘書たちに臨時会議の開催のため人を集めるよう指示し、これからの行動方針を固めていくのであった。
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