第三話 湖、そして城
――調査班の場合。
彼方に役割を振り分けられ、お買い物班、調査班、拠点建築班と分けられた七人の仲間達。建築班が山岳地帯トリノでもたついている間のお話し。
金色の狐の尻尾をぶら下げた歌鈴と赤い和服で長身を包む鈴鹿は、崩れ落ちるニイアを尻目に颯爽と湖らしきものが遠目に見える方向へ歩き出す。
「それにしても、やはり我らも買い物に同行したかったのう?、今頃都市についたであろうか……つく間にもいちゃいちゃと話し込んでおるんだろうのう」
「無論です。ですが駄々をこねるよりも任された事をこなす、それが彼方様へ迫る第一歩だと私は思っていますし……、思っていますが残念でなりませんね……」
「湖まではなーんもない草原であるし、特に土産もみつからぬ。魚でも釣れることを願おうかのー」
「釣り竿がありませんが……」
「釣り竿で釣るのは主がいるときだけでよい、余興になるであろ?、おらぬ時は効率よく我らなりに釣ればよかろう」
「湖を無くしてはいけませんよ、景観も彼方様は気にされますし」
黄金一尾の毛先を弄りつつのんびり歩く歌鈴に、真っすぐ目的地を見据え数歩先を進む鈴鹿。やっぱり諦めていないか、と。この二人も互いに彼方への愛を確認しつつ湖へ向かうのだった。
予想通り無難に湖へ歩き着いた二人は予想外の湖の大きさへ驚いていた。
山岳地帯トリノとはボロ小屋を挟んで反対に位置する湖。反対側は山の麓や山間に流れ広がっているようだが広大過ぎて歩いていかねば見ることのできない程の規模。キラキラと太陽を受けて反射し光る湖面を暫しの間見つめる二人は、何も見惚れているわけではなく……。
「見つけたぞ、獲物であるなぁ…!!我が貰った!!」
「どうぞ、水中は苦手です」
そんな鈴鹿の呟きを聞いてか聞かずか、歌鈴は勢いよく叫ぶと飛び上がり空中で身体を一回転させると湖へ向かって落下。水が歌鈴の周囲数メートルを球体状に避け、一切濡れることなく、水滴に触れることすらなく、湖の底へとたどり着く。
「便利ですね、それ」
誰に言うでもなく一人残された鈴鹿は周囲に何か他にないかと湖の淵を歩き出す。
「我はしかと見ておったぞー、この湖の主かやー?」
相変わらず謎の口調で話す歌鈴は、湖の底で巨大魚と対面していた。全身が銀色の鱗で覆われている、巨大魚というより長細いその姿は巨大な水蛇の様である。時折開ける口からは一本で人一人分くらいある牙がずらりと並び、その長い胴体はなかなか終わりが見えない。歌鈴を警戒するように巨大水蛇はその周囲を回り泳ぎ続けている。
歌鈴の周囲は水を寄せ付けていないだけでなく海底を泳ぐ小魚の侵入さえも、上下左右どこからも許していない。その様子に多少の知性があるのか巨大水蛇は目を細め距離を取ろうと頭部を周回していた軌道から外側へ反らす。
「逃さぬ、今日の馳走はお主でなぁ?」
歌鈴の手が前に伸ばされ、巨大水蛇の頭部を指さす。すると途端に様子が急変し巨大水蛇はその顔部分を覗いて体の動きが完全に停止する。開いた瞳からは驚愕と困惑、歯を激しく打ち鳴らす様に何度も開閉する口からは怒りと焦りが感じ取れる。
「喋らん上に弱くてつまらんなぁ、お主。でかいだけで湖の主ではないのかえ?、のう?」
挑発と同時に巨大水蛇の顔の前に歩み寄り、今度はその顔部分だけ歌鈴の周囲へ入ることが許されている。水は周囲を避けたままでだ。怒りのあまり打ち鳴らす歯を見据えて歌鈴はにこり、微笑むと歯を一本蹴とばした。粉々に砕け散る歯と、根元から流れ出す血液、折られまいと硬く口を閉ざす巨大水蛇を眺め、再び歌鈴は笑みを浮かべる。
「抵抗できる程、強くなかろうが……、わからんやつよ」
足を振り上げ、蹴りだす。と同時に弾かれたように勢いよく巨大水蛇が口を開ける。砕け飛ぶ二本目の歯。この程度で痛みは無いが怒りと、自分の身に何が起きているのか解らない、という顔。そんな顔を眺めつつ、歌鈴は三度微笑む。
「援軍であるのか?」
今度は嗜虐の笑みではなく、巨大水蛇の能力か、水に流れた血の匂いに釣られてか、歌鈴を囲む様に一斉に泳ぎ現れた大量の巨大水蛇の群れを見渡しての笑みである。
「お主らは様子見はしないのかえ?」
見渡す歌鈴と目があった一匹が即座に突進。それに続いて我先にと取り囲む水蛇全てが勢いよく泳ぎ歌鈴へと特攻をしかける。
「群れたら強くなるのかのー、それとも死、覚悟の最後の抵抗かのう?、壁に埋めてやる、くく」
歌鈴が襲い来る群れに向け片手を突き出す。その瞬間、集まった巨大水蛇全てが逆方向へ吹き飛ばされた。その勢いは凄まじく、言葉通り壁に埋まるなんてことは無く。その前に高速移動による水圧の負荷に耐え切れず皮が剥け、肉は削げ落ち、ほぼすべての水蛇がバラバラに水中へ散った。湖内の食物連鎖の頂点に立っていた一角、大水蛇の全滅である。しかし一匹、同じ種の仲間が千切れ舞う様子を終始、動けずに見ていた最初の一匹は、とうとう恐れをなし体中の力を抜き背びれは垂れ、諦めていた。抵抗も己の生も。そんな憐れな水蛇に能天気な声がかかる。
「そういえばお主、蛇であるなぁ?獲物と思ったが食えそうにないではないかの?、命拾いしたのーう」
ぐったりと横たわる水蛇の目をのぞき込み、そう告げると地面を蹴ってひとっとび、入った時と同じようにくるりと一回転しながら湖を飛び出し、少しも汚れることなく、水に一切触れることも無く元居た場所へ着地した。そんな歌鈴を湖付近の散策を終えた鈴鹿が出迎える。
「あら、おかえりなさい。獲物とやらはどこですか?」
「よくよく見たら食えそうになくてのう?、魚ではなかったようであるしー……」
「食べられる魚もいたのでは?」
「変な蛇に絡まれたからのー、近くによってこんかったし、いるならいるで今度、我が主と共に来て釣りでも楽しもうかとおもうてな?」
「その時は私も呼んでくださいよ?」
「となるとダブルデートになるのう、お主も相手をつれてくるのだぞ」
他愛のない話をしながら湖を後にする二人。鈴鹿はちらりと振り返り、くたびれた様子の水蛇が一匹湖面に顔を出して此方を見ているのを目にするが、何も言わずに歩み始めた。
一方、たった一匹残された水蛇は歩み去る二人を暫し見つめると反転し湖の反対側、山間を通り果てはどこまで続くのか、今は不明なその道を水流に逆らい一心不乱に泳ぎ続けていった。
――拠点にて。
「おかえりなさい、ファイ。アニマは?」
「孤軍奮闘中」
「戦っているの?まぁいいわ。そこそこの大きさで快適な様にここに城を立てて頂戴ね」
「了解、データベースランダム検索、候補選出……決定。魔力照射、変換機構臨時増築。作成します」
建築というのかどうなのか、ファイの記憶にある適当な城のような建物を外装内装そのままに、魔力を実際に使用されていた材料へ変換して構築していく。簡単どころの話ではなく、ものの数秒で立派な洋館が建っていた。壁は白く戸建ての家三件横にくっつけたような大きさと形の拠点。
「おお、完成しておるではないか~」
「八人入ってもかなり広いですね」
そこへちょうど帰ってきた鈴鹿と歌鈴。
「通り過ぎるとこだったわ!、草原にぽつんとしてるけど立派ねっ!」
さらにアニマの帰還。
五人が揃い、拠点が完成した。しかし思うことは全員同じく……、彼方が帰ってこない。それだけであった。主より先に初の拠点に入る事などできるわけもなく、入り口前に五人そろって待ちぼうけである。
「これは影からでも見守りにいくべきよね、迷子になってるかもしれないわ」
「それは指揮官としての判断なのですか、ニイア」
「主の帰りくらいどっしり待っておればいいのだ、お主らは。我は行くがな?」
「潜入任務なら当機が適任」
「あ、そういえば飛んでたら帽子どっか行っちゃったわ」
「それは構わないわよ、鈴鹿ももう帽子とっていいわ」
種族を隠すのが下手な、というかできない二人は特徴を隠すため帽子を被っていたが、もう必要ないとのことで脱ぎ去った。もう脱げていたアニマの左右の側頭部からは漆黒の真っすぐ天へ向かって生える角、鈴鹿は頭部から短い真っ赤な二本角がそれぞれ露わになり凄みが増している。
「さて、それじゃあ彼方様をお迎えにいこうかしら……」
「じゃんけんね!じゃんけん。ひとりでいーと思うのよねー」
「それは全力で勝ちにいってよいジャンケンなのかのう?」
「普通のジャンケンに決まってるじゃないですか、失格ですよそれは」
見るものがみればとんでもないメンツが集まりジャンケンをする姿、なかなか拝めるものではないが今はまだ、誰もその拠点にすら気づいていなかった。
――大都市ラツィオにて。
都市へ買い物へ向かった彼方、レイナス、エンビィの三人は特に問題もなく草原地帯を越し、森林を通り抜け、城門をくぐり、騎士団長にナンパされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます