第一話 勇者になるか?魔王になるか?
「……今回は安全な場所へ出れた…?」
「どこを見てそう言ってるのですか、レイナス」
「敵意確認、排除申請――」
「あからさまに盗賊!って感じねー」
「問題なかろう」
「いつでも切れますわ?」
「彼方様、如何しましょう?」
「それじゃあこの前みたいに……1人は生かして後は消しちゃおっかぁ、レイちゃんお願い。 私たちは先に動いてるよー」
突如現れた八人組、見慣れない事も無いが集まると圧倒的に違和感を放つ見た目の異色の八人組は周囲の声を無視し、仲間内で話し終えると1人を残して歩き出した。
「母様の……役に立って、ね」
瞬間、残った1人のその声は四方八方から響き渡った。
―――数時間前。
城壁に囲まれ、中は絶えず人の声で賑わう巨大都市〈ラツィオ)、周辺は主に草原や山が広がり他の都市などはそこそこ遠く離れている。それでも情報や武具を求め飛び回る冒険者、周辺に広がる自然での静養目当ての観光客など出入りは多い。騎士団によるそういった旅客を守るための城門付近の警備も充実しているため門は開け放たれている。
城門は複数あり、道は作られているが隠れ潜むのに最適な森林が広範囲に広がっていてあまり整備や警備のなされていない門。そしてその門から離れ森林が途切れ、草原が広がっている場所、騒がれても警備の飛んでこない城壁からは遠く離れたその場所に俺は居た。
「頭、人数ふえてないですか?」
「ああ、昨日お前が見張りしてる間、森ん中で拾った冒険者のひよっこも仲間に引き入れてやった。一応様子に気を付けとけよ、裏切る気はねぇはずだが…」
成程、確かに怯えて前も向いてねぇ、鎧も傷すらない。と俺はその元冒険者を確認しながらいつも通り森と草原の境目で頭のゾルクとその盗賊仲間20人と隠れながら標的を待つ。ここらはゾルクの縄張りで同業者とぶつかることも無く、この道を使ってラツィオまで行く奴は多くない。大方貴族様の馬車が一台だけだ。
盗賊家業が板につき数年、一日に数台来る馬車を襲い、金品を頂戴して美味い飯を食いに行く。繰り返しているうちに上達した俺は一目置かれる様になり副頭領にまで上り詰めてしまったが……、そんな俺にも目標はあった。ちらりと横目に元冒険者を見る、俺も最初はアイツと同じ。冒険を夢見て剣と身一つで飛び出し速攻ゾルクに狩られた。今じゃ感謝しているくらいだがな。森の中でのモンスターや対人の戦い方をこの仲間たちと共に戦うことで安全に知れた。一人だったなら何も積み重ねられないまま夢も生も潰えていた。
こんなことを振り返っているのは何も同じ境遇の奴が入ってきたからだけじゃない。昔から変わらない俺の夢が叶う時が来たからだ。今日馬車が一台でもくれば目標の額の金が溜まるだろう。冒険資金だ。盗賊に身を落としても、他人から奪ったものだとしても、冒険のために割り切ると決めた。そのくらい俺の想いは強く、溜まった金を持って追って来れないようゾルクの元からひっそり逃げる、逃げ切るための足や速さに関するスキルは当然鍛えて付けた。準備は万全、だからこそ舞い上がっていたが……だからこそ慎重でもあった。悟られないよう、ミスの無いように。
心の中で覚悟と手順を確認している時、とうとう来た。馬車だ!
逸る心を抑え、いつも通りにゾルクからの合図を確認し……全員で飛び出す。
怒鳴り声をあげて馬車を止め、中から転がるように出てきた身なりのいい男、続いて女も出てきた。
護衛の騎士も数で地面にねじ伏せる。
そしていつも通り、お決まりのセリフを聞くのだろう……金はやるから見逃してくれ、と。
「金はたくさんあ…」
「……今回は安全な場所へ出れた…?」
「……??」
盗賊達が囲む馬車のすぐ横、命乞いを始めようとする貴族の言葉を遮って、異彩を放つ八人組が現れた。
なんだこいつ等は、いつから……居た、のか?来たのか? 目の前に現れた八人、殆どの奴が人間じゃない。だがそれは問題でもない。基本的に弱い奴を襲い盗むとは言えこの世界、生き抜くためには強さが必要だ。モンスターだけの話じゃない、騎士団をやり過ごすことも必要だし人間以外の種族は基本的な能力は強い。そんな中、盗賊として生きてるからには俺を含めゾルクの団員はそこらの一般兵より強いし、他種族相手でもそこそこの奴にはタイマンで勝てるだろう。もちろん伝説級の種なんかとは相手になるわけもないが……。
油断せず相手を凝視する、獲物の貴族よりこっちの方が問題だ。どうして八人も急に現れたのか、つまり隠れていたという事、隠蔽に関しては相手が上ってことだ。次に種族は……。
「人間3人、に鉱石族か?それにハーピィが二匹?と狐とセントール…なかなか珍しい組み合わせだな、おい、そいつらを助けようってんなら無謀だぞ、数も強さも俺らが上だ。消えろ。」
三人は姿形も見たところ普通の人間、右手が黒く硬そうなもので覆われてるやつ、こいつは岩石族だろうか?殆ど見たことは無いが。羽の形が変だがハーピィが二匹、尻尾が特徴的な狐は所詮一尾だ。セントールは草原ならよく見かける人の上半身に馬の下半身のくっついたやつ。
この七人全員武器すら持ってない、服装からして種族の戦闘員じゃない。ただの仲良し旅行客、見るに見かねて得意の隠蔽だけ使ったか。だが制空権のあるハーピーがいるのは負けはしないが戦いづらい、時間を浪費して騎士団に気づかれたくもないし逃げてくれた方がいい。剥きだしの両刃剣を七人組に向けながら俺は大声で威嚇した。だが誰も俺の声に反応すらしない、なんなんだこいつらは……。と始末しようかどうしようかとゾルクの方へ眼をやると殺した方が早いと判断したらしい、全員で襲いかかれと合図してきた。右手を上げ、団員を構えさせる。そこで七人組が一人、セントールの奴を残して去ろうとするが、もう関係ない。皆殺しだ。俺は夢のため、仲間になった当初から努力を重ね、ようやくここまで来たんだ。この仕事をさっさと終えて……夢を叶える!!
「かかれ!!」
掛け声と共に右手を下げる。
「母様の……役に立って、ね」
俺は右手を下げたまま、その異様な光景と響き渡るセントールの声に動けずにいた。なんだ……これ。
セントールの馬の四足と人間部分の両腕が異様に膨らんだ、続いて馬の下半身が膨れ上がり蛸の触手が膨らんだ部分から無数に生えた。普通の触手じゃない、かなり大きい。そのまま無数の触手が振り回され叩きつけられ悲鳴を上げる間もなく団員は死んだ。数人は叩き潰され、数人は巻きつかれ、残りは蛸の触手の吸盤の辺りに代わりに生えてきた狼の口の牙に八つ裂きにされた。残った俺と頭のゾルクは2人そろって地に尻をつけ、ひたすら震えていた。触手の先端から生えた人の口から鳴り響く、役に立ってねの大合唱。あちこちから聞こえたのはこれのせいか、耳を塞ぎたいが身体が動かない。恐怖で。相手がただの強い者であったなら逃げる余裕もあったろう、だが……。
「これはなんなんだ……意味がわからない、セントール…だっただろ…魔術、なのか?、こんな……」
ゾルクはとうに気絶していた。俺の斜め前で大の字に倒れている。死んだと思われて見逃されるだろうか、俺もそうしたい、気持ち悪くて見たくない、が目を離す勇気もない。異形すぎる。幻覚の類じゃない、そう確信する緊張感、圧倒的な存在感がそいつにはあった。
死にたくない見たくない死にたくない見たくない
その二つの想いで頭の中が埋まった時、ゾルクが押しつぶされて死んだ。大木以上の太さの腕が振り下ろされたからだ。元セントールのあいつの背中のあたりから生えていた。
そんな光景を前にして冒険者を夢見る盗賊クラッドは四つん這いに涙を零し嗚咽し嘔吐した。限界が来たのだろう。
セントールの形でこの世に降り立った茶色い長髪の娘レイナスが、上半身と同じ村娘風の簡素な服を人間と同じ姿に戻った下半身にも着込み盗賊クラッドへ歩み寄り、髪色と同じ茶色い眼で見つめる。
クラッドは依然として意味がわからないまま、何を考えたらいいのか、したらいいのかすら解らなかった。
「役に立って、ね」
ありふれた人間の少女と変わらぬ姿、変わらぬ声でレイナスが言う。
「う……あ……」
クラッドは数分前と似ても似つかぬ格好で何も喋れない。
「……また会えること、楽しみにしてる」
会えたならそれは母様の役に立ったってことだから。くるりとクラッドに背を向け小走りに仲間の後を追うレイナスは心の中でそう呟いた。
クラッドは最初から最後まで何もわからなかった。ただ少女の最後の言葉、また会えることを楽しみにしている。誰とも知れぬ得体も知れない少女の言葉を無理矢理信じ、走る少女の背中が見えなくなった頃、途切れた緊張感の中、気絶した。
――草原に放置されたボロ小屋にて。
「……っていう感じで、やり遂げられたんだよ……指揮官。あと、襲われてた馬車の人は逃げてった、馬も」
「御疲れ様ね、思ったより時間がかかっていたから全員死滅で失敗。次の集団を探しに行ったんじゃないかと思ったりもしたけど、杞憂だったようね」
「あんまり、失敗したこと……ないよー。母様はどこ?」
「絶対にしないように。彼方様は……本当はもっと寛げるところで休まれて欲しいのだけど、風流だからと、この古びた小屋の奥の部屋でお休みされているわ」
報告を終えたレイナスは返事はせずに奥の部屋へ飛び込んで行った。それを見送り、小屋のボロい木椅子に座って談笑している他の仲間達へ、指揮官ニイアは声をかける。
「まだその帽子はつけておいてね、あなたたち」
「そういえば私たちの事勘違いしていましたね、そんなに頭を隠すと解らなくなるものでしょうか?」
白いニット帽で頭部を隠す赤色の和服を着こんだ長い黒髪、長身の女が問う。
「だっから人間なんてそんなもんだってーっ、適当でいーのよ、てきとーで!」
黒いニット帽で同じく頭部を隠した肩下までの長さの赤い髪に赤い瞳、黒いワンピースを着こんだ低身長の少女が答える。
「我の技術を見習うがいいぞ?、不便な奴らよ、ふははっ」
そんな二人を短い丈の着物、長い金髪、頭に狐の耳、尻からは金色の尾を一本生やした女が嗤う。
「あら、2人足りないじゃないの」
「あやつらなら周囲の偵察とやらに行っておる、なんだったかー……、同系集団の存在を確認、危険度設定、情報不足により困難、観察の必要性を確認とか呟いて出ていったが。もう一人は修行だろ。指揮官は大変だな?」
「先に動いてくれただけよ、情報は必要。万が一があるかもしれないしあの子の力は必要だわ。私も周囲を見てくるわね」
一人、小屋を出るニイアは出る前から解ってはいたが目視で誰もいない事を確認し、縮めていた両翼を伸ばし一息。
「この世界では……いきなりゴミと邂逅してしまったわね、でもこの都市にとってもゴミであったはず、ならまだ解らないわね」
広がる草原の向こう、大森林、その更に向こうに見える城壁に囲まれた都市を見つつ一人呟く。
「今回は勇者になられるのかしら、魔王になられるのかしら、彼方様……」
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