第十二話 接敵





 さて、その四人が向かったのは数日前に彼方等がすでに離れた後の都市、リンドホルム。道中特に作戦を考えることも無く会話があるわけでもなく淡々と到着した。


「思った以上に酷い有様みたい」


「まずどうするのかしら?」


「とりあえずは復興の手伝いをしながらここにいる者に話を聞こうかの。あくまで儂らの目的は原因の究明、復興はついでだと理解し行動せよ」


「では適当なところで切り上げてヤナの森に近い城門のところで落ち合いますかね」


 四人、というか三人が現れた反響はかなり大きい。なにせリンドホルム。初心者の街ラツィオと近いだけあって殆ど名の知れた冒険者など居ないし、まだあったことすらない冒険者ばかりが住んでいたのだ。

 通りすがったり話しかけたりするたびに、賞賛の言葉が飛んでくる。

 現在は復興のためにボランティア精神で来ているランク後半の冒険者もちらほらいる。近くの都市から派遣された騎兵団も手伝っている。

 皆暇な人など居ない、全員がせわしなく動いている。反応や驚きの声は上がる者のこのお通夜の空気の中はしゃいだり近寄ったりするものは居ない。


 ……やりやすい。じゃあ私も、始めようかな。


 マリーは地面に散らばる建物の残骸を見つめる。



「………スキル、発動」


 ……。




――ヤナの森前。

 

 一時間ほどで聞き取りや現地での調査を終えた四人。結果から言うと得られるものは何もなかった。

 

「ふぅむ。マリーでも解らんとはのう。ベリトしっかり聞き取りしたんじゃろうな?」


「そうですね。四人の情報をまとめると、蛇の様な鱗が転がってきた気がするが気づいた時には何もなく、ただ町が破壊されていた。突然の出来事だった。ただただ怖い何かがこの街を訪れた。森の方で水が見えたような気がした。以上ですかね」


「完全にホラーです、エルフなのに森に入るのが怖くなってきたような……」

 ぶるりと演技でなく震える肩を抱くリーナ。


「魔力の残滓としてはそこそこの種格を持つものが何かの魔法を行使したような痕跡はあったがのう、何もわかってないのと一緒じゃわい」


「森で水っていうとヤナの湖の事を指しているのかな?」


 どうしたものか、と。四人とも頭を抱える。二つ名三人雁首揃えて何も得られませんでした、は少しばつが悪いというか。迷宮入りしそうな気配が漂ってきているのである。

 この世界、公共機関ではあるが騎兵団がより詳細な捜査をできるとかいうのは、ない。

 ただの国専属の兵団であるというだけなので、何が起こっても数で当たれるというのはあるが特にそれ以上の何があるというわけでもない。期待されていることがあるとしたら戦争時の騎兵団の中のほんの一握りの才能ある強者たちの活躍である。


 なのでこういう捜索したり研究したりというのはギルドの専門協会や冒険者がお手上げなら誰もがお手上げなのである。

 救助復興を手伝った結果、リンドホルムの生き残りに殆どドワーフは居なかった。数少ない生き残りも職も職場も家も全てを失っている。ドワーフ国に帰ることにするらしい。

 国家間問題に発展してくる。まごついていればドワーフ国が領域侵犯してでも調査隊を派遣してくるだろう、その時それらを追い返す言い分は無い。ドワーフが大勢殺されているのだ、その気持ちもよくわかる。


「仕方ないのう……」

 ぶつぶつ呟いていても仕方ない、と一同は最後の手掛かりであろうヤナの森へと足を踏み入れる。

 






――ヤナの森。


「ウオ、ウオ、ウオ」


「ウオ」


 ヤナの森の中をただいま大進行中の一団が居た。醜い顔に醜い身体、額には一本の角が生えている、肌は緑色。大きさは人間の子供くらいのもいれば成人台のものもいる、大きいいのは大木ほどもあるその巨体でのしのしとゆっくり歩いている。

 それぞれ全員片手に自分の体のサイズに合わせた木の棍棒を持っている。柄が削り取られ持ちやすいように細くなり木製のバットの様。


 彼らは小鬼種ゴブリンである。この世界のゴブリンは見てのとおり強く成長すると大木近くまで体躯が成長する。

 大きなゴブリンは木々を棍棒で叩き周囲を威嚇しながら行進し、小さなゴブリンは地面に頭を押し付けるようにして這って進んでいる。そんなに鼻のきく種族ではないのだが足跡や匂いから痕跡を辿っているのだ。

 そして余った中くらいの、人間サイズのゴブリンは何をしているのかというと、護衛の様に左右前後を固めている。なんの護衛か、決まっている。彼らの種の王。ゴブリンキング。その姿は大木並みの大きなゴブリン程ではなく、中くらいの人間サイズゴブリンより少し大きい程度、だがとても体格がいい。引き締まった筋肉に溢れ出る闘気。王ゆえ、他のゴブリンよりきちんとした布の服を上下に纏っている。他の者は越布だけだ。

 

 王一人と、大木ゴブリンが五十程、それ以上の数の中小ゴブリンの大行列。

 ゴブリンは森や草原に集落を作り暮らしている。この数はヤナの森に住むゴブリンの巣の一つの全勢力である。雌や子供のみを巣に残しての大軍勢。

 なぜ、これほどまでの事態が起きているのか。


 勿論、原因は彼方等一行にあった。

 歌鈴が威圧した周囲一帯、ヤナの森には生き物がいなくなっていた。生物として当然、命あるからには強者からは逃げる。自分のためにも、自分の種族のためにも。

 そして遭遇したのはゴブリン食糧調達隊であった。

 つまり、狩れる獲物がなくなってしまっていたのだ。それを自分たちのせいにされたくない食料隊は必死に王に説明。

 腹の満たされない原因を作った元凶に大激怒した王は全軍を持って侵攻を開始。特にあてがあるわけでもなかったが、微かにのこされているはずだと。痕跡を小さなゴブリンに辿らせて発見しようとしている、その真っ最中である。



 そんな彼らを影から見守る存在がいた。

「どうも、きなくさい事ばかりおこるわい」


「異常事態の究明には異常事態の後を追う」


「これ、なかなかお目に掛かれるものじゃないですねぇ、うふふ」


 ヤナの森、木々生い茂る深く濃い緑の森である。大きな大木の、大きな葉っぱの陰に隠れる。全員が取得していた気配遮断のスキルを用いてゴブリンの行列を監視する。 

 尾行のプロじゃなくともこれだけの大行列は見失いようがない。気づかれないようにだけ注意し四人とも慣れた様子で後をついていく。


「それにしても……様子からよもやと思ったが……マジで追いかけてる対象がどこにいるのかわかっとらんのか」


「非効率的な連中ですね、わかっていましたけど」


「この近くに特に何か不穏な気配は感じられない。日をまたいでの捜索になるとゴブリンたち諦めるかもしれないね」


「絶対話は聞けないでしょうし…こまりましたね?」


「マリーの方の反応はないのかのう」


「だめ、みんな怖がって話してくれないみたい」


「ふーむ……」


 

 せっかく見つけた手掛かりらしい手がかり。ここで失うにはあまりにも大きすぎる。

 彼らがいかに英雄と言えど人間種である。腹も減れば生理現象もでる。それらを制御できる種族もいるが生憎、彼らは違う。

 四人の顔に焦りが浮かぶ。

 一応このままついていく事で辿り着くかもしれないという希望はあるにはあるが……。


「最初見かけたときに歩いていた方向はヤナの湖のほうじゃな?」


「その様ですね。先回りして確認しますか?、もしゴブリンたちがたどり着いたとしたら混戦になってしまう可能性がありますが」


 ちらり、とゴブリン達を見るマリー。ゴブリンはとても一つの方向を目指して進んでいるようには見えない。絶対に見失っている……。


「このまま待っても成果は薄いと思う」


「混戦覚悟で行くか……」


 本来なら、ありえない選択である。小鬼種は人間種より種格が弱いがそれは小さな標準ゴブリンでの話で、大きなゴブリンは見た目通り大木並みの巨体と腕力を生かした脅威となりうる。もちろん二つ名の前には赤子同然な程度でしかないが今回は未知の敵を追っている最中。

 不可解なままで何一つ解明できてないのは負けへの要因の一つとなる。脆い人間、片腕損傷だけでも相当な戦力ダウンとなる。そのままドミノ倒しのようにパーティ全滅なんていう例も少なくない。

 二つ名だからと過信して有利な状況を捨てず、不利な状況を作らない。そういう判断も含めて強みなのである。

 だが今回は状況が状況。早急に、解明には及ばないまでもせめて何かしらの成果を上げなければ国家関係的にまずい状況。

 

 国にとってまずいと言えば、二つ名が失われることも非常にまずい状況になりうる。二つ名はその希少性からそこそこの情報、大体の人数などは周辺国家や、果ては魔王勢まで把握していると思われる。

 一人一人が一大戦力。つまり、一つ欠ければ大きな隙になる。人間の成長はとても遅い。かけた戦力が一体いつ補充できるか解らないのだ。

 そんな重要人物が気ままに冒険者をやっているのは、その力の強さ故、自由にさせたくはなく、国で抱えたいのだがその強さ故国に抵抗できるため自由にさせておくほかないという現状。


 とにかく、どちらをとっても悪手であると言える。敵も戦闘力未知数、正体も未知数なれば、味方にもエルフという未知数戦闘力がいる。正確に状況計算ができる環境は整っていない。


 悩む四人、主にリーダーと自負しているユーリウス。そんなユーリウスの鼻をくすぐる水の香り。


「これは……」


「おや、もう出てしまったみたいですねぇ…?」


 時刻は昼下がり。じりじりと照らす太陽に群れる森の中。垂れる汗を四人がぬぐいつつ先を見ると。木々がまばらになり、その先に見える一面の青色。

 いつの間にか判断を悩む間に結構な距離を移動してきてしまったようだ。ヤナの湖に奇しくも到着してしまう。

 

 湖周りは開けていて木々がない。ゴブリンたちに何かしらの動きがあるまでは熱くとも我慢してこの森の中に隠れ身を潜めていなければならない。

 殺気も、息も、気配も殺して気づかれないようにその全軍が森から出るまで見つめている四人。


 ヤナの湖はマンダルシア湖同様、かなりの広さを誇る。

 当然その中には主が居たりいろいろな種族が住み着いているのだが、この湖の周辺にも住んでいる者がいる、エルフである。


 ヤナの森近くに建ってしまった人間の都市リンドホルムを嫌い、自然の中だけで生きていきたい、交流なんてまっぴら。森大好き自然大好きなエルフが、ここヤナの森にはいる。

 そんなエルフの唯一の水の供給場所が湖しかないのだ。ヤナの森は川など流れている場所がなく、雨を溜めておくか、この湖から汲んでくるかしかない。

 もちろん水を生み出す魔法はあるが精神健康上、自然の湧水を組む方が良いし、なにより美味しい。自然大好きエルフならば尚更である。

 この湖は海底側面に穴が開いていてそのまま大陸を貫通。海までつながっていてそこから絶えず水が送られてきているため尽きることは無い。穴が細いため海に住まうという海竜種などの凶悪生物や魚人種が縄張りとして住み着いてトラブルになることも無い。

だが、今回ばかりは場所が悪かった。四人の冒険者が見つめる中、湖の淵に沿って進軍を続け、このままだと湖のほとりに作ってあるエルフの集落まで進軍を続けてしまう。 

 望遠術式など用いないゴブリン達はまだ気づく様子はないが、集落のエルフは気づいているだろう。

 望遠術式で地理状況を把握している四人の中の一人、エルフのリーナは……。


「助けなければ…いけませんね」

 絞り出すようにぽつりと呟いた。


 それは提案でも意見でもなく、そうしてくれるのか?と確かめるような、疑問を投げかけるような声色。

 現在四人が動いているのは社会的には当然エルフの集落より大事な国王からの依頼のためである。


 ここで熟練の二つ名冒険者たちがどのような判断を下すのかはわからないが、もし依頼の達成に支障をきたすと判断されればソフィアが居ないこの面子では多数決でエルフは見捨てる、という選択肢が取られてしまう可能性が高い。

 それを良しとしませんよ、という牽制の意味も込めての呟きだったが。


「まずは様子見じゃ、ゴブリンどもの動きがわからぬ。エルフの元まで進軍してきたわけではないはず。エルフはあそこから集落を動かしたことは無いと聞いておる。それならばゴブリンどもが探しながら進軍していたのはおかしい」


「ここでゴブリンが腹いせにエルフを襲ったりしなければいいのですけどね」


 襲われなければいい。それはエルフが殺されてしまうからという意味と、エルフで腹の虫がおさまるなんてことがあれば本来の目的の者を探すのをやめ、撤退してしまうのではないかと考えたからだ。


 ヤナの森にいるエルフはそこそこ多いが、種格がかなり違うとはいえゴブリンキング率いる巣の総戦力がぶちあたってしまっては多少の手負いが出るかもしれない。

 命の危険までは無いかもしれないがリーナは同種族ゆえ、誰もケガをしてほしくないのだ。

 更に言えばエルフと言えど戦えない者も少しは居る。この森のエルフがどんな生活を送っているのかは知らないが、もし平和の歩み魔法を停滞させたエルフであったなら……。考えるリーナは身が竦む。特別同族に義理堅い種族ではないが、目の前で同胞がやられてしまうのは良しとしない。

 しかも噂に名高いゴブリン。何の噂か、それは自らの種を他種族に仕込むという特徴。考えたくもない、と首を振るリーナ。


「仕方ないのー。どちらにしろ会わせるのは得策ではない。なら……儂がなんとかするわい」


「どうするんですか?」


「儂が空間魔法でゴブリンの前の空間とエルフの村を通り過ぎたところの空間をつなげる。お前たちはその空間を移動していないかのように錯覚させるよう尽力せよ」


「あれ、私できることないや」


「俺とリーナさんでやりましょう。幻惑と幻覚。とりあえず騙せるだけ騙してみましょうか」


 稀代の魔術師、ユーリウスの魔法は火、雷、水、土、メジャーなそれら全てを、使わない。 

 彼の使う魔術は時空間魔法のみなのである。それ以外が使えないわけではない。だが時空間魔法は彼の代名詞、つまり他に使い手がいないのだ。

 そしてその使い方は多岐に渡る。まず空間移動は一瞬で敵の背後を取ることもできれば長距離を移動することもできる。自分の作り上げた空間に入ってしまえば物理干渉が不可能になるため防御においても鉄壁を誇る。

 相手の妨害という面では周囲に歪みを発生させれば魔法や矢が真っすぐ届くことは無いし、なにより一番の活躍が攻撃。

 空間爆縮魔法。対個対軍の両方に力を発揮する便利で圧倒的な技。魔法で空間を圧縮し一気に開放することで空間を爆破することもできれば小型のブラックホールの様なものを起こすことができる。

 

 時空間は虚無空間。伽藍洞の空間を支配する者。ゆえに、伽藍の二つ名を持つ。

 この魔法の応用で戦うスタイルはいまだ破られたことは無く人間種の英雄中の英雄である。


 ユーリウスの詠唱に合わせ、パーティの緊張が高まる。タイミングを合わせて詠唱する準備を始めるリーナ。時限詠唱が可能なベリトは既に準備を終え涼しい顔で待機している。

 それを見てうらやましく思うリーナ。魔法のスキルはエルフにこそふさわしい。やっぱり人間が魔法を使うなんてあんまりいい気分じゃないなと改めて思う。 

 エルフはプライドが高い。自分の種神こそ唯一神だと信じている。ソフィア等の友達がいるにはいるがエルフに生まれていればと、悔やんだことも数えきれない。

 リーナが特別なわけではなくエルフはみな、こんな感じなのだ。プライドが高く、魔法に長ける。唯一神を信じ、他種族への対策魔法を常に編んでいる。一見温厚な裏で一番の激情家なのかもしれない。

 とはいえ仕事は仕事。人間種の誇る戦力として認めているからこそ手を組んだ。ソフィアからの紹介だからと無条件でついていくような思考ではこの世界生き残れない。


 私情は捨て置き、一応人間種と言えど二つ名持ちの超人ということで信用はしているリーナ。できるだけ作戦成功率を上げるため幻惑魔法を何個も同時に展開していく。


 「……ゲルトルート」

 ユーリウスの魔法が発動する。その瞬間、二人の幻惑幻覚魔法が割り込み織り込まれていく。

 ゴブリン一同は意識の集中を阻害され、何かにとらわれる様に頭の中に意識を向ける。時空間の中は暗い、一瞬ではあるが通過するときのその暗さをごまかすために幻覚をしかけ黒い色を上から景色で塗りつぶす。

 ゴブリンは魔法を行使できない。神からゴブリンに与えられた祝福や加護は少ないのだ、その分スキルも少ないし、できることが大幅に少ない。その体躯でしか上を取れない低知能の種族にこの三人が編み出す魔法が破られるはずもない、ゴブリンキングがいたため相当気を使って丁寧に練り上げたのもそれに拍車をかける。


 しかしこちらの負担も相応にある。普段なら一瞬で開閉を済ませる魔法、老体の身でその複雑な魔法を何分も張り続けておくのは相当厳しい。連続使用でも疲弊はするが、長時間使用とは比べるべくもない。だが身体に負荷をかけつつもやってのけるのが最強魔導士。


 ゴブリンの一つの巣全勢力分の行列を通し切るまで自然界の法則に逆らい、異質なワープホールを通させる。馬鹿げた作戦だが小鬼種の知能は低い、こんなことが通用するのはゴブリンくらいだがゴブリンになら通用はすると見込んでの作戦。


 老魔術師は喋らない。冷や汗を垂らしつつ体に鞭打って必死に術式を展開させ続ける。

 ……結局肉体労働じゃわい。華麗にささっと倒すのを夢見て魔導の道に進んだというに。

 

 ぼやきつつもついには、その全行列を通し切る。

 どっと疲れが出る。

 他二人も幻覚魔法は投げっぱなしの自動持続魔法であるため体力の消耗は無いが少し間違えば最大の手掛かりが消え、振出しに戻るという緊張の上での数分。


 ……まぁ私は人間の国の事情は関係ないけど、変に力入っちゃうわね。

 終わってから気づく、真面目気質も持ち合わせるリーナ。

 三人全員でへたり込む。


 残りの一人。マリーの姿は三人と一緒ではない。仕事がないと呟いていたマリーも隠密スキルを駆使してエルフの集落へ接近。

 既にゴブリンの襲撃に備えて会議を始めていたエルフ達へ今回の作戦を伝え、同意を得るべく交渉人の役をこなしていた。

 あまりしゃべる役は得意ではないがそこは適材適所。魔法が苦手なマリーができることは現時点ではそれだけであった。

 マリーの活躍も勿論そうであるが集落がエルフだったことも成功率をあげた。

 どこぞの知らない誰かが勝手に作戦だと急にしゃしゃり出てきても訝しまれるのが関の山。むしろ怪しい奴ととらえられてもおかしくはない。

 そうはならなかったのはエルフが魔法に精通していたため。エルフならば少し意識を集中させれば森の中で怪しい三人組が魔法を行使していることがわかる。勿論隠密中ならば気づける確率は下がるが魔法には敏感なエルフに、魔法を発動しながらにして場所を勘ぐらせないことは難しい。

 ともかく魔法の使用を教えたところ、ユーリウスの時空間魔法には唸りを上げていた。感嘆の様なものである。その魔法の特異性もさることながら術式の熟練具合。それだけの実力があるならば一時場を預けてみるのもいいかもしれないという判断が下された。

 特にその中にエルフであるリーナが居たのも大きいだろう。意外とかなりの活躍をしているリーナである。

 勿論失敗の時に備えてあらゆる魔法の準備をしているエルフ達だったがそれは無用な心配だった。


 ゴブリン行列が遠くを歩みゆく後姿を確認してエルフの集落にて落ち合う。

 

「ゴブリンどもの行く先も気にかかる。エルフたちとの話し合いは一人でこと足りるじゃろう。同じエルフのリーナよ、残って何かいい話がないか聞かせてもらってきてくれるかの」


 同じエルフなら聞きやすいだろう、むしろ人間と関わる事を拒否してここにいるエルフたちなのだ。他の三人の誰かでは逆に不都合が生じるというもの。

 そう判断しての振り分けだった。


「それじゃあ後からおいかけますね?ご武運を」


 リーナと別れ再びゴブリン追跡を再開する三人。

 体力回復の意味を込めて回復ポーションを飲み干すユーリウス、そんな彼をベリトまでも心配そうに見つめる。


「大丈夫なんですかね」


「心配は無用。戦えぬなら来てはおらんて」


 その言葉を信用するほかない、と黙る二人。だがユーリウス程の人が自分の力を見誤るはずもないとも思った。

 自分一人ならいざ知らず、パーティを組むという事は他人の命も背負い、また背負ってもらうというのは当然の事。仲間を危険にさらしてまで自分の、まだやれる!、を押し通すような愚劣極まる輩と同じとは全く思えない。

 

 それでも、もし倒れそうになったなら自分が抱えて逃げないとな。と二人は同じことを考え、黙々とゴブリンの後をつける。

 

 湖の周囲は障害物が何もないため、一応湖から離れた森の中へ入り少し前と同様に木の陰から様子をうかがっている。

 

「しかし……なんとなくこのゴブリン追ってても収穫が無い気がしてきたのう」


「とても探し当てられそうな気配はないですね、というか本当に何を追っているのですかね………っな!?」


「ベリト?どうしたのじゃ」


「ユーリウスさん、あそこ、見えますかね。湖の反対側のとこ」


「む……ハーピィじゃな?森の中にハーピィとは珍しいが……あれは」


「新しい手がかりのはずです。俺の見立てが正しければトリノのハーピィの生き残り。元群れのあった岩山方面と真反対をふらふら歩いているなんて、なにかしらありますね、あれ。行ってきます」


「おい、ベリト。……むっ………………マリー、お主もベリトと共に行け」


 ユーリウスの細めた真剣な眼差し。しかしそれは…。


「ユーリウスさん、言うまでもなく単独行動は危険。ベリトさんも」


「儂なら心配いらんて。お主ら二人合わせても儂の方がつよいじゃろうが!、はよいけ」


「……ユーリウスさん、また、後で」

 この判断にはきっと何かがある気がする。そんな不安で心が埋まるマリー、ゆえに言葉でくさびを打ち込む。意味はないのかもしれないが、また会う約束が少しでも生きる理由につながるならと。返事は待たずにベリトの後を追うマリー。


 森の中、すでに薄暗くなってきている。ひとり残ったユーリウスは、何かを察してか振り返らないマリーに安堵し微笑む。


 ……あやつら、やっぱまだ若いのー。そのくせ儂を気遣う。いらんおせわじゃて。

 ベリトも冷静ぶっても熱血漢のままじゃ。

 とはいえ、儂ももちっと人数増やして探索するべきじゃったかのう…。


 内心ぶつぶつとぼやきながら森の中を深くまで歩むユーリウス。その足取りは目的無く森に入ったわけではない事を物語っている。

 ゴブリンの行列が森の中へ再び入ったわけではない。

 理由は二つある。老獪なる魔導士は口に出さずとも術式を練り上げることを可能としている。歩きつつも、思いつく限りの策謀を巡らしできるだけ多くの魔法を練り上げ遅延させてゆく。


 ……死ぬ気はもうとうないんでのう、こむすめにわざわざ釘刺されんでもわかっとるわい。


 一つ目の理由は、ゴブリンを追う必要がなくなったから。

 それすなわち、二つ目の理由は……。


「のう、お前なにもん?」


 今回の任務、第一目標。リンドホルム壊滅の原因究明、これで果たしたと思ったからである。


「わたしは彼方。空の彼方まで、の彼方って書いて、かなたって読むんだよ、んふふ。あーそびっましょー?」







――同時刻エルフ集落にて。


リーナの首筋には現在、綺麗に磨かれ、室内の光を反射し煌めく銀色の刃。


「ごきげんよう。お命は取りませんので暫しご遊戯を願いますわ」

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