第十三話 主人公ちょっと動く。


 儂、エアハート国では人間最強とか言われとる魔導士。今は魔導教導官が主な役割で第一線は退いておるといってもいい。後輩を育成し、儂の後任ができるほどの人物まで鍛え上げることが、儂の目標でもあり、国から課された任務でもある。

 それはまぁ全然うまくいっとらん。儂より何倍も劣る者ばかり。センスなのかのう?

 ベリトは儂の後ろをついてこれるじゃろうが、あやつはあやつで既に一つの看板よ。戦力を増やす、維持するという事では他に、今無名の者が育たねばならんのじゃ。

 魔法というものは便利でな、使うのに体力は必要じゃが年老いても若者と同じ力がだせる。というか年老いた方が強い魔法が出せる場合が多い。

 純粋な力なら当然年を重ねるごとに弱っていくじゃろ?

 まぁそんな特性を加味して魔導を歩んできたわけではないが、年老いてからは特にその恩恵を感じるんじゃよ。

 年老いて力が衰えておるのなら仮に若者がピンチに陥った時、一人残ったとしても紙切れ同然じゃろ。魔法は違う、今みたいなこんな場面でも、こんな老人でも役に立つことができるからのう。


 とはいっても儂、負ける気はしておらん。いや、これはただの気力の問題でな。実際のところ目の前におる化け物……といっても種族的には人間のようじゃが。

 とにかくこやつに実力で勝てるのか正直解らん。なかなか底が見えぬというか、危険な香りというものがぷんぷんする奴なんじゃよなぁ。

 実力で、とはいっても今の条件下の実力では、という意味じゃがな。


「そんなに身構えなくてもちょっかい出しに来ただけだよ?」


「疑問ありありじゃ。質問ぜめしてよい?」


 ……はて、なんでこんな状況になっているのかというとじゃなぁ…。


 ベリトのやつが湖の反対側にハーピィを発見しおった。ハーピィの事は儂も話には聞いておった。トリノで全滅したハーピィの羽を、こことは違う森じゃが、その付近の森の入り口で見かけたと。生き残りから得られる情報がなにかあるはずじゃと。

 そんで、この森とその羽の落ちてた森はまぁ、一応は近い。たまたまハーピィと遭遇することも無くはなかろうが。

 まぁ普通に嫌な予感がするじゃろ。ゴブリンに加えてハーピィと、儂らの欲しい手がかりが二つも現れたんじゃから。

 この森にはなにかる、のかもしくはこの森には何か罠が張られておるのか。

 ベリトも罠の可能性はもちろん考えていたようじゃが……、儂はベリトを止めようと思った。

 でものう、そこでいきなり森の中からこやつ、彼方と名乗る少女の殺気を浴びての。それだけなら三人で速やかに対応したほうが良かったかもしれんが殺気を浴びたの、儂だけらしい。

 殺気のコントロールに、長年の儂の経験則。こいつはちょっとやばいかもと思ったゆえ、気づいておらんマリーとベリトを遠ざけて、儂一人で相対することを決めたのじゃ。

 なんか死亡フラグみたいになっとってマリーにめっちゃ心配されてしまったがのう。

 あやつらはまだまだ若い。今の状況も深くはみておらん、ここは湖の傍で森の中で夜になりかかっていて。状況がかなり変化しうる、これはとても危険な事。ましてや手柄を急いでいる今はベリトが無茶をしかねん……というお節介のような推測をして、独断ではあるがこのような状態に持ち込んだわけじゃ。



 辺りはもう薄暗い、闇がすぐそこまで迫る。とくに森の中は木々や葉に覆われて光が届きにくい。

 闇は人間にとって天敵。だが勿論ユーリウスの様な熟練の冒険者ならば対抗策を用意するなり、闇のまま戦うなりいろいろできるのであるが……。


「そんなに聞きたいことあるんだ?、冒険者ランクなら1だよー」


 ……こやつ冒険者かよ。そういえば情報元ラツィオの受付嬢って書かれた書類にアルマンドが交戦した金髪剣士のエンビィと一緒に冒険者登録に来てたってやつの名前がカナタじゃったっけ。


「うーん、なんとなくやる気が削がれてきたかも……別に戦わなくてもいいかな……」


 ユーリウスは今必死に考えていた。彼我の戦力。どの程度なのか、人類最強とうたわれていようとそれは魔導士としての力。全条件で試した時に絶対にユーリウスが勝つというわけではない。

 そういうわかりやすい代名詞と希望の象徴が必要だという事で国がその呼び名を勝手に浸透させているだけであって、一方的にやられることも後れを取ることも無いとは自負しているが近接戦闘を極めた二つ名クラスの者にもし接近を許したら最強の限りではない。


 正直彼方はどこからどうみても、密かに発動させた魔法探知を使っても一般人。見た目通り少女の戦力としてしか映らない。

 周囲にまで広げた罠探知の魔法にもなにも引っかからない。

 

 ユーリウスに不利な条件は整っていない。一見して勝てる様に見えるこの状況ではあるが、不気味さはかなり振り切っていた。

 実際探知した結果は圧倒的な勝算しかないが、長年培った勘の様な不確かなものを信じると交戦は避けるべきに思われた。


 それにここは森。下手に攻撃魔法が木に当たったりして森の妖精を怒らせたりすると後々面倒なことになる。ゴブリンの一団が気づいて帰ってくるかもしれない。


「……リンドホルムという都市を知っておろう?、あの都市を壊滅させた方法を教えてくれるかのう」


 後々といえば、彼方に関しても後々の事を考えると今ここで交戦しなくても不味いことになる。

 再び雲隠れされた場合、ここでリンドホルム壊滅の犯人だと解ったとしても見つけるのが困難になってしまっては他の都市が二の舞になる可能性がある。

 だが大人しくお縄につけと言ってつかれても困るとユーリウスは考える。彼方個人の戦闘力も不可解なればその仲間の戦闘力も未知数。

 ハーピィ撃滅の原因である龍人が救出に来たとしたら警戒していない状態では都市民に被害がでることは必須。


 雲隠れできることと、これまでの被害状況を鑑みれば何かしらの被害、悪ければ壊滅は免れない。

 何かしらアクションを起こすしかないのだが、それがなかなか踏み切れずにいる。というのも向こうから仕掛けてこないのに都市民を攻撃するわけにはいかないなどという建前は気にする立場でも状況でもないが、周囲に漂う嫌な感じが初撃を取ることを躊躇わせる。

 先手必勝はある程度手の内がわかっているというか、武装などからどんな攻撃手段を持っているか多少は予測しうる程度の相手でないと通用しない。情報不足を相手取るときはまず観察が必勝になるのは必定。

 今の相手は人間の少女のようだが、例えば化け物相手に突っ込んでいきなり無数の触手が出てきてしかも毒がありましたでは洒落にならない。


「なんかめっちゃ考えてる顔してるけど大丈夫?おじいちゃん。方法っていうかあれは私のせいじゃないんだけどぉー」


 芝居がかった様に身振りを大げさに取って話す彼方。両手を広げたり、小首を傾げたり、顎に手を当てたり。動くたびに肩下までの黒髪が揺れ、目にかかるくらいの前髪を指で整えている。

 見てると不思議な気分になる。底が知れぬ深淵を覗いている気分というか、奇しくも自分の二つ名と同じ伽藍洞を感じるような、しかししっかりとした強い意思があるような気もしてきて。

 

「儂の中では確信レベルだったんじゃが。まぁよいわ、知ってることを教えてくれぬか」


「おじいちゃん、慎重すぎて戦う気が萎えた…。せっかく総大将たるこの私が出張ってきたっていうのになー。あれやったのはさ、八海大蛇っていうエロい蛇だよ。目の前で見たし」


 八海大蛇。ベリトが交戦したと言っていた水巨兵の親玉か。リンドホルムで少なからず聞き取れた手がかりである水柱が見えたとか蛇の鱗とかいう証言とは一致する、と再び考え込む。


 ……それにしても八海大蛇じゃと?ではこの前の水巨兵は…。

 まぁよい、それは後じゃ。


「立ち話じゃ全部聞くのに時間が足りぬな、日も沈んできたことじゃし……。重要参考人として取りあえず近くの都市まで来てもらえぬかの」


「やーだよ。それなら戦っちゃう」


「ならば失礼して……捕縛させてもらう。黒蛇召還ッ」


 言葉を重ねるも冗長かと、ユーリウスは決断する。やってみないことには始まらないかと。

 まずは力の一端を垣間見るために自然界には居ない、黒い実態のない闇の蛇を自身の周囲に無数に召還する。日の落ちてきた森の中では余計に視認がしづらい蛇たち。

 その効力は敵に巻きついて動きを封じる。締め上げて多少痛めつけることもできるし、何より実態がないため引きちぎられるという心配もない。手練れの者には対処される程度の術だがそれなりに高度で便利な魔法。対処方法もなかなか限られているためどのような手段を使うか、何が使えるか見るのにも適していると言える。


 それに召還系というのは召還物を相手にさせている間に術者が呪文を唱えることができる。

魔導士の戦いにおいてまず壁を召還しそれを相手取らせるというのは先手はほぼ勝ったと言える。魔導士同士の戦いなら当然それの対処に相手は一手遅れ、常に後手に回らせることができるし、近接戦闘を得意とするものでも足止めになる。

 未知に先手は……と言ったばかりだが有利に働くことも多いのだ。後手は観察の意味合いしかあまり効果がない。もしくはカウンターなどか……。


 ユーリウスは周囲に様々な魔法術式を展開していく。その術式自体発光はしているのだが周囲の闇を照らすようなことは無い。ただ光った術式が見えるというだけなのである。特殊な光。

 互いに条件は薄暗く見えづらい闇の中という状態。日の光を浴びて熱した空気が葉っぱ等で閉じ込められた熱の牢獄と化していた昼間とは対照的に夜の涼やかな風が木々の間を通り抜け辺りは冷えている。森の様相は昼夜でかなり変わる。


 汗も引き、体力も回復したユーリウスの目は見開かれ、相手の動作の何一つをも見逃すまいと瞬きはとっくにしていない。

 

 その双眸に見つめられるは召還された傍から彼方に命令のままに敵に迫る黒蛇達。長さや大きさは普通の蛇と同じようだが人類最強が込めた魔力によって生み出されている。その数や数百匹。ユーリウスから波が発生するかのように蛇の海が流れゆく。


「でも攻撃はしませーん。可哀想じゃん、おじいちゃん痛ぶるとかさ…」

 出会った当初と変わらないゆるっとした態度に立ち居振る舞い。まるで動物園の様な安全な場所から珍しいものを眺めるような、恐怖や警戒など一切ない表情と、これはなんだろう?と言うような童女相応のわくわく感というのか、楽しんでいる感じが伝わってくるほど。


「目は黄色いんだねー?」


「ああ…??」


 迫りくる蛇に対してどう対処するのかを見極めるはずが、どうしたことか童女と蛇の触れ合いを見せられているユーリウス。


「なんじゃこれ、なんじゃそれ」


 数百匹に及ぶ捕縛用の蛇は、召還者と被召還者という形式上、絶対に裏切ることがない。魅了の魔法を使われたとしても黒蛇にはその類は効かないのだ。実体がないという特性上、いろいろな魔法が効きにくくなっている。

 それなのに眼前に広がるこの光景。


 一匹残して全ての蛇がその体を寄り添い重ねて一つの形を作り上げている。椅子だ。背もたれ付きの育児中の母が座るものの様に椅子の足は前後二本で湾曲して繋がり、前後にゆらゆらと揺れるようになっている。事実眼前で揺れている。

 そんな椅子の上にちょこんと座る彼方はやっぱり警戒心のかけらもない、というかむしろ安心しきったような様子で深々と座り身を預け、揺らして楽しんでいる。


 残る一匹は何をしているのかというと彼方の腕に巻き付き、もちろん捕縛という本来の役割など果たしてもいない。この光景の中一匹だけそんなことしていたらそれはそれで異常だが……。

 巻き付いた蛇は彼方と視線を合わせ頭を左右に降ったり目をぱちぱちと瞬きを繰り返し、その体躯とは反対に闇に映える黄色い目を見せたり隠したりして喜ばせている。まるで召還者は彼方ではないか…。


「いろんな蛇がいるんだねー?」

 丸いくっきりした黒い瞳で蛇をのぞき込み時折指先で頭を突く。それに合わせて黒蛇は大げさに反応して少女をあやしているかのよう。


 ……召還者にそむく使役魔獣などありえん。どーなってんじゃこれ。原理が解らん、なにをしたというのか。見たこともこの現象に類する何かすら聞いたことも無い。

 しかも、儂さっきから蛇消そうとしとるんじゃけど。出した者の意思に反して行動しなおかつ消すこともできなくなる……そういう効果の魔法?あるわけなかろうが。

 

 使役契約というのはこの世の概念みたいなもので干渉するのは不可能とされておる。神の作った魔法の法則に反する術などありはしない……。


「んん~、ぬめってなくていいね、座っても服が汚れないや、良い蛇たち?」


 特に何もして来ないユーリウスは眼中からはずし、蛇と言えど動き、反応を返してくれる黒蛇の方へ意識を集中させている彼方。

 指で摘まんで蛇の胴の感触を確かめたりして本気で遊びに走っている。


 そも、実体のないという特性の蛇。黒蛇は捕縛時こそ触れることはできるがそれ以外の時はその特性を生かし攻撃をすり抜け、障害物をすり抜ける。その特徴ゆえに強く便利だと思って習得したユーリウス。

 だがそれはつまり、今椅子になっている数百匹も、遊ばれている一匹も黒蛇たちの意思で触れられる状態になっているということになる。

 目の前の状況を理解することに必死になる。考えに没頭して動き出さなくても無理はない。彼方が攻撃する気配や、戦っているという態度を見せるなら優先する順番も違ってくるのだが、安全な自分の部屋か、家族の傍で楽しく遊んでいます。みたいな雰囲気と態度をされたらどうしていいのかわからなくなる。

 無論、攻撃が効いているなら次々と有効と思われる攻撃を繰り出すのだが……下手に術を使ってまた同じ状態にされても困るのだ。

 効いていなくても効く魔法を探すまでと乱打戦を展開するのだが、攻撃を楽しまれる。というかつてない反応を返され次の手に詰まる。


 この際、この状況を理解するために神の法則を度外視し。ユーリウスが生み出した何かはその者自分の意思で彼方に従属すると仮定しよう。不利になるのはユーリウスである。仮に彼方が攻撃命令を出した場合、こちらに襲い掛かってきたらどうするか?一手分の時間と力を使って、結果が相手の物になるならすべてが損だし無駄である。

 ユーリウスは神話級のゴーレムも生み出せない事もないがそれを使って自分、ましてやお持ち帰りされて他の都市を攻撃され、召還種はユーリウスです。じゃ目も当てられない。予測がつかない、一方的に読んでいるだけだが読みあいに一歩出遅れている。


「なんじゃこの厄介すぎる小娘……」


「ん~?攻撃しなーいの?、ああ!もしかしてターン制これ?、私の番待ってた…?」


 ふざけおる。本心から言っているようにしか聞こえないが挑発には乗らないとユーリウスは組み上げておいた術式の一つを解放する。

 異様な光景ではあるが次の手がなくなったわけではないのだ。

 生物が操られるというのなら、無生物で攻めればいい。

 召還魔法を選択したのは出方を伺うだけで――失敗したが――そもそも得意として普段使う魔法ではない。いきなり自分の手の内である時空間魔法をこのよくわからない敵に打つのは危険だと思ったユーリウスはベリトと同じ五大属性魔法で再び様子を見ることを選択する。


 相手が遊んでいるのならそれはそれでいい。分析するのにちょうどいいし、油断は戦闘において危険な行為、なにかしらの糸口をつかめるかもしれないし。

 ただあまり時間をかけると折角離したベリト達が戻ってくる可能性があるため、その前には強引にでも決着をつけなければならない。


 片手を前に突き出し照準を合わせる様に、くつろぐ彼方へと手のひらを向ける。

 次の瞬間虚空から現れた火の玉が高速で真っすぐ飛んでゆく。

 初級も初球のファイアーボール。などではない。そんな魔法使うだけユーリウス並みの魔術師からした無駄もいいところ。

 そのファイアーボールに独自改良を加えたエクスプレイアー。

 着弾と同時に爆発が連鎖、一度当たれば自動で膨らみ続ける消えない炎である。


 彼方の眼前まで迫る火の玉。


「え、あっつ」


 見かけはただのファイアーボール、とはいえスキルも防御もしていない状態で顔面にもらえば無事な人間など居ない。

 とはいえこのリアクションは想定済み。出会ってから少ししかしていないがその余裕ぶった態度を崩せるとは思っていないのだ。


 軽いリアクションを返すもちらりと見るだけでその後何が起きるのかを期待するように地につかない足をぶらぶらと揺らして待つ彼方。

 その可愛らしい顔面に直撃した。


 「ふむ……」


 

 その結果を受けて唸るユーリウス。別にこの程度何も驚かない。さっきから不思議なことしか起こっていないのだ。何が起きようと受け入れる気持ちで観察を続けるが……。


「やはり異様か。おぬし、なんなら効くの?」


 火の玉、魔法で生み出したからと言って普通の火より熱さがないとか痛くないとか燃えないとかそんなことは無い。むしろ魔力を込めている分余計に威力が高い。

 そんな火の玉を顔面に直撃し、その結果。高速の火の玉が直撃したその結果。

 

 髪や服、皮膚。余すことなく顔に当たった炎が広がり彼方の身体にまとわりついている。煌々と燃えている、暗くなった辺りを照らし出す炎は……燃えている、といえるのか…。


「……さすがに怖いのう」


 初級魔法の改良版とはいえ自身の魔力をふんだんに込めて放った火の玉。

 当たる直前まで、ユーリウスはみていた。高速の勢いの物体が飛来しているのにも関わらず一切揺れないその髪を。そして物理法則のままに揺れていた周囲の草を。

 さらに直撃してなお、吹き飛びもしなければ後退もしない敵の姿。

 重ねて、燃えている、というか火はめらめらとその勢いが衰えていないのにも関わらず、熱がりもしなければ痛がりもしない、まるで炎と遊ぶかのように、体に纏った炎を黒蛇に移したりしている。そしてその黒蛇も燃えていない。彼方の衣服すら燃えていない。

 対象を燃やす、という現象を起動にあてているため連鎖爆発は起きなかった。このことから鑑みても炎は届いているはずだが燃えてはいないという事になる。


 訳がわからなくて底冷えがする。ぶるりと老体に震えが走る。怯え、とまではいかないが得体のしれない恐怖感を感じる、一目でわかる通り彼方が異質すぎるからだ。

 自分の知らない魔術の効果、その可能性もあるがそれはそれでこんな少女が、そんな高等魔法の存在を知り、なおかつ行使できるものか?、エルフならばまだわかる。小賢しくも秘匿している魔法体系やら術式やらで不可思議な現象を起こすこともあるが…しかしこんなことエルフでもできたとしたら開いた口がふさがらない程度には驚愕ものである。


「この年にして、未知に出会うか…」


「いやいや、おじいちゃんまだ簡単な魔法しか使ってないでしょ?、もっとど派手なのとかすごい威力なのとか、あるはずじゃん。どして?」


 主語は無いが、どうして使わないのか。ということだろう、本来なら森で火を放つこともためらわれることだがユーリウスは自分で発動した魔法はいつでも自分の意思で消すことができた。

 だからためらわずにその攻撃の結果どうなったのかを見極めやすい炎を選択したのだが…。


「ふむ、火は消せるんじゃな。……その質問の答えはここが森だからじゃな。あまり好き勝手あばれても被害が大きい。近くには湖もあろう、他種族が介入してきては面倒じゃからのう」


 ふっ、と一瞬にして彼方にまとわりついていた火が消える。光源を失った夜の森は暗い。光るのはいまだ消えることなく椅子になり続けている蛇たちの黄色い目だけである。


「ふーん。なんか調子狂うな。もういっちゃおうかな」


 飽きた様に指先で髪を弄りだす彼方。当然、突然炎が消えたことに対する驚きも無ければ疑問も反応もなかった。

 自分で出した魔法だからと自分の意思で消すことができる様な魔術師はあまりいないのだが。


 その様子もしっかりと見つめながら彼方の言葉に内心複雑な思いがよぎる。仲間と自分の命を考えるなら、人類最強が情けないことだが是非そうして欲しかった。勝てないという事ではない。まだまだ試していない打開策となりうるであろう術も伊達に長生きしていない、たくさんあるのだ。

 しかし夜、森、仲間。この三要素が彼方の言う、ど派手な魔術による戦闘に持ち込めないでいる。守るものがある者は制約が多いのだ。


 人間なんかはエルフと違って魔力量が身体依存である。仮に戦闘で片足でも失ってしまえば、義足を付ければ魔法により元の手足のように動かせはするが、片足分の魔力量が損なわれる。鍛えることやセンス、生まれによって総量は生涯変動するが身体が欠けるとダメージで割合で減ってしまうことが判明している。

 ベリトもマリーもそんな目に合わせるわけにはいかない。実力は信じているし彼方のような不気味な相手でもベリトらが負けるとは思っていないユーリウス。

 彼方を得たいが知れない不気味、とは考えるが決して倒せない相手とは評価していない。未知ゆえの想定外の一撃などを警戒しているだけなのだ。

 老婆心というのか、若者が心配なのである。とくにこの厳しい条件下では戦わせる気すらない。それを初見で読み取ってわざわざ自分一人残ったのだ。


「とはいえ……、逃がすのも不味いんじゃよなぁ。また逃げられては困るからのう……」

 それを考えて放った黒蛇は全く役に立っていない。そのことに少し苛立ってくるユーリウス。

 

 …儂の使役魔獣のくせになんたる恥さらしか……。


「じゃあそのうち遊びに行くって約束してあげよーか?」


「敵の言葉を信じろとな?」


「そもそも敵じゃないじゃん、今はさ。私はリンドホルムの件とか否定したでしょ?、ただ重要参考人ってだけじゃない」


 ああ、そういえばそうじゃったと内心思い返すユーリウス。しかし雰囲気もう主犯以上じゃろ、とも思う。


「少し、我慢せい。しばしの間、封印させてもらう」


「えっ、そんな伝説の魔獣扱いみたいな…」


 腰を落とし、構える魔導士。あくまで彼方は椅子の上で寛いだままだ。会話しているときも攻撃を受けているときも絶えず椅子を揺らして遊んでいる。


 ……その鼻っ柱を叩き折ってやるわい!


 一矢くらい報いねば、人類最強の名が泣くと。鼓舞し、合わせて湧き出させる魔力。


「……神縛」


 ぽつり呟いたその魔法名。神により多数の恩恵がもたらされるこの世界であるまじき名前を付けたと思うだろうか。この魔法は神が悪に落ち、亜神と化した化け物を封じ込めたときに使ったもの。神をも縛る魔法だと、若かりしユーリウスはこの魔法を開発でき、成功したことに喜んだ。


純粋な神より悪が混ざるためその力は落ちるが人類の危機並みには強い亜神。


 その幾多の人類の危機を取り除いてきたこの魔法。

 莫大な魔力量を含む魔法術式、幾何学模様から魔力が溢れ出し、溢れ出した魔力もまた魔法術式となり連鎖的に増幅していく。

 堕落している身であるなら神をも縛るこの魔法。

 自身の魔力の波動でマントははためき、周囲の草木はユーリウスを中心にざわざわと揺れる、波動の発生源であるユーリウスは、ただただ、逃さぬように童女を見据える。

 返ってくるは喜色満面、口角の上がった喜楽に満ちた顔。そして食い入る瞳。


「これで終わりじゃ…!!」


 発動、直前。


「ユーリウスさん!!!」

 

「ぬぅっ!!」


 彼を呼ぶ声が闇夜を走る。声の場所はハッキリとは確認できない、おそらく後方。ユーリウスを求めて走り、これもおそらくだが逃げてきている。

 ユーリウスは迷った、鬼気迫るその声は助けを求めている。だが魔法の発動をやめれば彼方は逃げるかもしれない、この好機と助けを求める声。

  

 ……天秤にかけるまでもないじゃろが!!


「勝負は預ける!」


 まさかこの年になってまで、こんなセリフを言う時が来るとは、と思いながら神縛の発動を取りやめ、収まる波動と消えゆく魔法術式より早く身体を翻し、声のした方へ向かって全速力で向かう。

 体を反転するその瞬間で筋力増強、加速魔法はかけ終えている。

 老体に似合わない速度で走り遠のく姿。


「はーいはい。またね、そのうち会うでしょう……。ふふん」


 去りゆく姿を見つめながら黒蛇の椅子から降り立つ彼方。同時にユーリウスが消そうとして消えなかった黒蛇がなんの合図も無く簡単に消えてゆく。まるで椅子になることが最初から役目であったかのように。

 黄色い目もなくなりすっかり暗くなった森の中、すぐさま過保護な仲間が飛んで迎えに来る。


「お怪我はなされていませんか?、体力は大丈夫ですか?、お汚れになってはいませんか?、気分はどうでしょう?、なにかあればお申し付けくださいね?」


「だーいじょーぶ。久々に戦いっぽいことして身体伸びたかも?」


「気分転換になられたのならよかったです。計画通りエンビィとの交戦を確認して参りました」


「計画ともいえないような計画だけどね、ほとんど無策。それじゃ……建国するか、国落としするか考えながら今日はすごそっか。帰るよー」


「はっ」


 絶妙の力加減でやんわり彼方を抱きしめる黒翼の持ち主、ニイア。大事そうに愛おしそうにその身体を包み込むと、抱き抱えたまま夜空へふわり、舞いあがる。翼は動いていないが飛行することは可能、そんな種族なのだ、ニイアは。

 宝物をその手に抱いて、ご満悦な蕩け顔を見苦しいと。あまり見せないように反らしつつ、仲間の元へと主を連れてゆくのであった。

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