第二十五話 人類最強との小競り合い。

「なんっ、なんだこりゃぁあ!!」

 悲鳴ではない、怒声。この状況をふざけるなと怒っている男の声。 

 アドリアーネ都市内を城門までかなりの速度で移動する馬車内のカルロッタである。


 御者台に座り、馬を制御するのはリズィー。

「昨日の夕刻からやたら鴉が多かったが、この鴉。普通のじゃないらしいな」

 ガン、ガン、馬車を引く馬に当たりそうになる鴉を剣と長槍で打ち落とす。

 

「なんだよ、その金属音。鴉って鉄でできてたのかよぉ、おい」

 気だるそうに馬車にのっているキャンディス。リズィー以外の二つ名が居ても傲岸不遜に横になり寛いでいる。そのスカート型の防具の下から見える下着も気にせずに。


「ここに来るまでに、キャンディスさんに出会わなかったら私、死んでいましたよ……」

 次々と馬車に衝突しては穴をあけ、カルロッタが殴り飛ばすというこの状況に、体を丸めて隅っこに座り怯えるソフィア。


 都市民は誰も外に出られない。既に不用意に出た者が何人も食い殺されているからだ。

 外に出ているのは対峙を依頼された冒険者と騎兵団。どちらも住民への呼びかけと鴉の駆除に都市中を駆けずり回っている。

 

 異常事態の発生ではあるが、アドリアーネの戦力はエアハート最高峰。怯えては居るが早く駆除されればいいな程度にしか、屋内に引っ込んでいる一般住民たちも考えていない。

 野菜や果物などを売っている商売人が、店先に出したままの商品は無事ではないだろうなと溜息をつく程度である。 

 むしろ非常事態を利用して休息を取ろうという者たちが多かった。


 リズィー達シャルマータ討伐隊も煩わしいとは感じているが鴉の件はエアハートの冒険者がなんとかするだろうと考え、目下の事に集中する。


「なぁ、この異常事態もシャルマータのせいなんじゃねーの?」

 欠伸を噛み殺しながらキャンディスがソフィアの方を振り向く。

 話に聞いた通りならラツィオでの不可思議な事件の延長線に考えられるからだ。


「シャルマータの中に鴉を使役できるものが居ると?確かにこの鴉の存在自体、鋼の様に硬くて見たことも無いが」


「不思議だろ?こんな鴉いねーじゃんよ、だったら不可思議な事ばかり起こすシャルマータのせいって考えるのが打倒だろ?」


 他の三人もその可能性は考えていたが、憶測が過ぎると思い口には出さなかったのだ。


「まぁ、それならそれで俺たちが倒したら鴉も解決するし良いんじゃないか」


「脳筋の発想だなー、もっと考えようぜ。鉄の鴉だぞ?こんなのありえねーって」


 キャンディスのいう事は最も。鴉の大量発生だけでも異常であるのにその鴉がもれなく全員鋼の様に硬い上に死者を出すほど好戦的だという。全てがおかしい。

 

「報告的に、シャルマータが現れたときから始まってるってわかんだろー?」


 ぼんやりと馬車の天井を見上げ寝ころんだままやる気なさそうにしゃべり続ける。


「とにかくだ。この件はアドリアーネがなんとかするだろう、考えるのは帰ってからでいいと思うんだ。気合を入れねばならないぞ!」


 全員を鼓舞するリズィー、この隊のリーダーは誰とは決まっていないが年長でもないリズィーが性格的に仕切っている形になっている。


「ま、あたしは本国じゃねーしいーけどさ」

 口ではそう言いつつ、しっかり数匹は回収に回ろうと考えるキャンディス。本国であるレイドアースへ売りつけるのだ。

 エアハートは最近妙な動きばかりしてるみたいだし、なにかしらいいネタがまだ転がってそうだと、狂気を孕んでにんまり微笑む。

 そんなキャンディスに気づくことも無く、必死に迫りくる鴉を打ち落とすリズィー率いる一行はガムザ平野へ繋がる城門へと向かう。





――アドリアーネ中央塔。



「いやしかし参ったのう」


 ユーリウスは国のお抱え魔導士なので中央塔内に自室を持つ、その自室で日課の新たな魔法の研究に勤しんでいたところ、国王直々に指名が入り、仕方なく、使者にせっつかれながら身支度を整え。

 今現在中央塔の上空、空に浮いていた。


「老体に鞭打つとはこのことじゃろ」

 ぼやきながらも会議室で聞かされた報告通りに謎の硬度を持つ大量発生した鴉の駆除に回る。

 本来大量発生した魔物の駆除など任されるようなユーリウスではないが、今回はシャルマータ討滅戦も同時進行しており、一抹の不安がよぎるとのこと、さらには鋼の鴉などというまたも謎の生物が突如現れたことにより不安が増す。

 

 ユーリウスもこの事態、無関係とは考えていなかった。攻撃される事を察知してなにかしらの術でもアドリアーネ全体にかけたのかと推測している。


「炎魔の剛腕」


 広範囲を焼き切る高位魔法で鋼の鴉を焼き落としていく。魔法による熱などの伝達範囲は使用者が設定できるため、摂氏9000度だろうと都市には無害のまま振り回せるのだ。


 人類最高峰の魔導士からしたら退屈で単調な作業であった。

 一度生成した炎魔の剛腕、その魔法は高熱の炎をまとった巨腕を一対生み出す高位魔法。それをユーリウスは自身の周囲を無動作で思案しながら振り回していた。


「この鴉ども。やっぱり中身は普通の鴉じゃのう。なぜ鋼の様に硬くなっとるのか、突然変異個体がいきなりアドリアーネに大量にやってきたなんて都合のいいことはないじゃろうし……それにしてもキリがないのう。

 何万羽いるんじゃろうか?」


 考え事が口に出てしまうのは年齢ゆえに。

 

「ベリトのやつは依頼で居ないんじゃったか、えーと今いるのは……そういえばシャルマータ討滅戦って今日じゃのう。この鴉……絶対関係あるよなぁ」


 近くの住居からユーリウスへ向けて手を振る小さな男の子の姿が見える、にこやかに振り返す。

 ベリトもあんな小さい頃があったのう、と懐かしき想い出に浸る魔導士。

 

「む……?」

 

 中央塔は都市で一番高い塔。その塔の上を飛んで望遠術式を展開しているユーリウスはこの都市を一望できる状態にあるのだが、そんなユーリウスが視界の端にとらえたのは城壁の外。一つの城門へ向かって歩いてくる村娘の様でどこかしら違う格好をした長身の女性。長い波がかった茶髪に豊満な胸。


「………」


 ユーリウスは相手を見据える。ただの女性。だなんて、思えるはずがないほどの威圧感。

 歩く姿一つとっても歴戦の勇者のそれである。

 なにより面構えがこれから戦う者の顔。

 さらに決定的なのが鴉がその女性を襲っていない事。無差別に見かけた物や住居に飛来し突撃する鴉は城壁の外にまで被害を及ぼしている、にもかかわらず飛んでるどの鴉もその女性の方を見向きもしない。


「はぁ……儂、今日休暇じゃぞ?」


 その女性が城門の陰に隠れ見えなくなると同時に溜息深く、愚痴を零すユーリウス。

 近くに控えていた補佐役の隠密職の者に伝える。


「おぬし、アドリアーネ全体に退去命令を下せ。国王命令じゃと言ってよい。この都市は今から戦場になる」


「……!!、承知…しましたっ」


 隠密は戦いた。人類最高とうたわれた魔導士はいつも柔和な老人らしい微笑みを浮かべている。その顔に慣れ親しんでいたのだ。今見た顔はとても似つかない、魔導士としての顔でもない、戦うための顔でもなく、ただ敵を殺すための顔。

 ユーリウスの殺気が爆発的に広がる。

 幾多の戦場を駆け抜けて被弾無し、負け戦無し、豊富な知識と経験と絶対なる魔導の手腕が揃ったユーリウス、その存在だけで各国の抑止力となりうる。エアハートきっての人類最強の守り手が、詠唱を開始する。

 周囲に浮かぶ無数の攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、得意の時空間魔法、その他何が来ても対処できるよう、複数の魔法を起動する。

 準備は万端。


「いつでもこいや……っ」


 その眼前で、予想してない事をしてくるのは予想済みだが、やはり驚くべき光景が広がった。

 中央塔程ではないにせよ、大木を余裕で超すほどの高さと小屋が建てられる程の厚みを持つ城壁と同じ規格でつくられている城門の上に、巨大な手がかけられる。まるで巨人種。ユーリウスは昔見た巨人種の腕と比較するが、巨人種のものよりは多少小さいがそっくりなその手が、かけられた城門が、一気に下へと押しつぶされる。

 止めていた金具がはじけ飛ぶ。かけられた手が下へ降ろされるとなんの抵抗も無いかのように、紙の如く、その城門を下へと押しつぶした。

 さらに押しつぶされた城門は巨人種の腕に捕まれ、周囲の城壁を壊し崩しながら持ち上げられる。

 

「空間防壁。うてぇい!!」


 次の行動を先読む魔導士。相手の手前へと事前に編んでいた術式を一つ解放する。

 

 予想通りに、飛来する押しつぶされた城壁。巨人種の腕で持ち上げられた潰された城壁が、その腕の見た目通りのパワーで城壁内の家屋へと投げつけられる。高速の弾丸、風が唸りを上げてその道を譲る。


 そして思惑通りにユーリウスが展開した防壁へと吸い込まれていく城門の残骸。

 さらに射出の掛け声と共に投げたモーションのままの巨人種腕の上に魔法式が展開され、ドゴォ!と先程吸い込まれた城門残骸が投げつけられた高速の勢いのまま放たれる。

 巨人種の腕に着弾すると同時に爆発するほどの勢いが出ている、瓦礫と埃が散乱し巨人手腕の周囲の視界が悪くなる。


 ユーリウスは腕を軽く振り、適当な風の魔法を城門付近、巨腕のあった地点に放ち視界を確保する。敵を見失うわけにはいかない。

 だが埃の霧が吹き飛ばされたそこに、腕は無くなっていた。

 先程と変わらない村娘風の女性が悠然と歩いてくる、何事もなかったかのように。


「ふむ……まだ来られるわけにはゆかぬ」


 城門からは緊急時の検問所などが設置されており、さらにその奥から一般住宅や商店などの人が居る施設が並んでいる。

 そちらに目を向けると騎兵団がはじけ飛ぶ瓦礫から住民を守るように防御魔法を展開し、避難を急がせているところだった。

 先の攻防で検問所は既に吹き飛んでいる。

 もし中にまだ当番の騎兵が残っていたら死んでいるだろうが、城門が引きちぎられた時点で逃げているだろうか。それとも鴉の駆除で今日は不在だろうか。


 住民の避難まで侵攻を許すわけにはいかないと、ユーリウスが足止めのための魔法を放つ。


「凍化雪原……!」


 建物に被害の及ばない範囲と威力へと調整し、迫る少女の周囲一帯を凍らせる。

 効果は正しく発揮され、城壁から数キロの地点までにできる上がるのは大氷塊。

 そしてその中に確かに少女は閉じ込められていた、が。


「ふぅ……遅延できたの三秒くらいじゃのう」


 溜息と共に目に映るのは少女の身体が衣服ごと真っ赤に染まり周囲の氷が解けだしているところ、一般的な建物十個以上並べても余るほどの城壁と同じ高さと数キロに及ぶ厚みのある大氷塊が物凄い速度で小さくなっていく。


「これは、まずい……のう」


 急いで熱を遮断するための結界型の防御魔法を発動させる、隔てるのは建物が広がるこちら側と少女。その間に時間の許す限り幾重にも結界を重ねがける。

 ユーリウスの作った結界の範囲は膨大。円形の城壁に囲まれているアドリアーネの左と右の城壁を結ぶほどの遮断範囲、その効果は上空はおろか地中にさえ及んでいる。

 なにをしてくるかわからないゆえ、そうせざるを得ないのだが。


 対して村娘風の少女はその結界の前で立ち止まる。

 徐々にその身体を覆う赤い色、熱がおさまり元の姿へと戻っていく。既に氷塊は跡形もなく消え、地面さえも乾き、城壁は黒く焼け焦げ溶解している部分もある。

 その熱が収まるまでの間に結界も30枚ほど溶け崩れて消えた。


「おっかしいのう。熱に干渉されないんじゃぞ?魔法って……」


 念のためにと何重にもしいておいてよかったと内心冷や汗ものだ。

 魔法で作り上げた防壁などは炎で燃えたり雷で感電、帯電したりなどしない。そういう影響は受けないのだが明らかに少女の発する熱で溶けていた。


「彼方とかいう小娘と同じか、よーわからん術をつかいおって……」


 ピタリと止まった少女の挙動を見逃すまいと細めた眼光で射貫きながら結界の数をどんどん増やす、数百、数千と。結界程度でユーリウスの体内魔力は尽きはしない、かつて誰もここまでの防壁は張らなかったであろう数万に達している。


 周囲、気づけば鴉の襲撃がなくなっている。最初に発動した炎魔の剛腕は解除しないまま周囲の鴉の駆除に使用していたままだったのだが、いつしか鴉がこなくなり剛腕はその動きを止めている。

 排除が完了したのではない。単純に鴉が街のあちこちの建物に止まり、飛ぶことすらなくなっているのだ。


 そんな様子に気づき、訝し気に周りも警戒する老魔導士は、避難を続けている住民は、誘導している騎兵団は、同じく避難を促し鴉の駆除を続けていた冒険者は。

 アドリアーネに居る者はもれなくその声を聴いた。

 

「私は、レイナス。姿が見えてない人もいるかもしれないけど……。母様の命により、キルシーの勧誘にきまし、た……。邪魔しなければ、なにもしないように……言われてるから、それだけ……」


 繰り返し繰り返し、その声は都市中に響き渡る。まだ生き残っている、駆除されていない鴉がワンテンポ遅れて合唱の様に同じセリフを喋っているのだ。

 人の声音で、何度も何度も繰り返す。耳が痛いほど延々と、思わず耳を抑えて座り込む人が続出する。


 避難が滞る。焦る騎兵たち。

 冒険者はまず脅威の排除をしなければと鴉を本格的に討滅するべく、パーティを組んで能力強化、範囲拡大、広域魔法の連携を取り、都市中各地で様々な魔法が発せられる。


 ユーリウスも炎魔の剛腕の索敵範囲を広げ、自律行動するよう魔法を編み、効果を付与する。すぐさま剛腕は飛んでいき、次々に鴉を討滅していく。

 

 その間に、宣言は終わった、と言う様に再び歩き始めるレイナス。


「ああ、くそ……ここをどこじゃと思うとる!!」


 音も遮断する様に結界を作ればよかったと後悔しながら、なんとか時間を稼ぐ方法はないかとレイナスの元へと空を駆けていくユーリウス、その目に映るのはレイナスと、自分の張った数万の結界が何故かはわからないがレイナスが近寄った傍から破壊されていくその光景。

 容易いどころの話ではない、まるで何もないかのように淡々と歩いて迫りくる。もうすでに街中まで入りこまれている。

 

「よぉ、儂はユーリウス=ドッペルバウアー。お主は?」


 数百まで突破された結界を挟んで対面する二人。

 レイナスの歩みは止まり、首を傾げて相手を見つめる。


「レイナスだよ。シャルマータの、レイナス…ですよ」


「お主は何者じゃ?、魔力の反応もなしにさっきの氷塊をどうやって――」


「お話しは……しにきて、ないの」


 横を通りすがろうと、進路をずらして歩みを再開する。

 その行く手に立ちふさがり、杖を構えるユーリウス。


「まぁ話をきけ、お主の――」


 結界残数0。その手が突き付けられた杖に添えられる。

 そして崩れ去る、その時。レイナスから噴き出る黒色の小さな綿のようなものを見た気がした。


「これは……!!!」


 俗にいう、ウイルス。病原菌。

 魔物にも、感染する病原体をまき散らすものが居る、そのため気づけた。  

 触れた杖が腐り落ちたことから考えると……。


「腐食系の感染体……、どんだけ強力、いや……それよかヤバいッ」


 結界を破壊していたのはこいつが原因か!と口元に浄化作用のある魔法を展開して距離を取る。

 見ればレイナスの身体から出ている綿の様な黒い物が触れた建物はどんどん触れた個所から腐り落ちてゆく。

 パキン、と口元で音がする。


「ぬぅ!!」


 ユーリウスなど眼中にないように中央塔を目指して歩を進め続けるレイナス。それを見とめて次の魔法を放とうとした瞬間の出来事だ、口元に展開した浄化魔法が砕け散る。

 

「強力すぎんじゃろ……」

 ユーリウスの老体でこれほどの細菌をもらえば即死級、だがこのまま引き続けても都市中に広がる。浄化の魔法が壊れた事から最上級以上の災厄の細菌であるはず。だが……。


「突破口の候補は2つ、まずはこれじゃ」

 人類最高と言われるその片鱗を魅せるユーリウス、飛沫し続ける細菌を一つ残らず氷の玉に固めて落とす。

 細菌も生物であるのがわかっている、それならば生命活動不可の環境に閉じ込めてしまえばいいこと。

 また熱で溶かされた場合は厄介極まりないが、風系の魔法で本体ごと吹き飛ばす、と魔法を更に練り上げる。


「風刃回廊…!!」


「おじいさん。よくしゃべる……ね」


 巻き込んだ瓦礫をいともたやすく両断し細切れにしていく竜巻をレイナスへ向けて撃ち放つ。

 唸る風切り音と共に暴風の刃がレイナスへ真正面から直撃し、その身体を八つ裂きにする。千切れ飛ぶ、肉片、骨、血液。無数の刃はひとひとり解体するのにあまりあるほど力を持つ。


「……終わった……いや……」


 しかしその結果を目の当たりにしてなお、ユーリウスは討滅したとは判断しなかった。

 今までの結果、報告を踏まえて考え。

 考えた結果、今まで見たことも、聞いたこともないが。おそらくレイナスはあらゆるものにその身を変化させることが可能なスキルを持つ。もしくはそのような伝説の種族の末裔か何かであろう、と。

 先程の細菌や巨人種に酷似した腕、身体の一部を何かに変化させる魔術だろうか。


 推測は尽きない。

 ユーリウスはうんざりしていた。敵の正体を考えてる間に、肉片が一つ一つ動いている。

 それらは瞬く間に形を変え、昨日からこの都市中に発生している鴉と同じ形になったからだ。


「体の一部を獣化させる魔術はマイナーじゃが存在する。これはそういうレベルか……?」


 というか、こいつは本体はどれだと。何か特徴がないか鴉を見渡すがどれも同じ、仕方なしに炎魔の剛腕、最初から発動していたものを引き寄せ目の前の鴉全てを焼き消そうと剛腕を振るう。


「……ッッぐ…むぅ……!!」


 バチバチ、と電流の音がする。ユーリウスの腹部、胃を貫いて、電撃の刃が生えている。


「油断?、だめー……だよ」

 ユーリウスの背後、地面から泥と同じ色の腕が生え、その手首から先は電気が刃状に変化し腹を貫いている。

 臓器と肉の焼ける匂い、音。

 声と共に地面が隆起し、髪も身体も泥状になったレイナスがその身体をあらわにする。


「ユーリウス殿ォおお!!!」


 都市の大半の避難を終えた騎兵団が駆け付けてくる、その後ろにはランク9以上の冒険者。アドリアーネの冒険者たち。鴉の討滅を終えて駆け付けた彼らが見たのは人類最高の魔導士の苦戦する姿。希望が散る、そんな恐怖を抱いた彼らは一様に走り出す。自分たちのためにも、都市民のためにも、最強が破れてないでくれと。


「く…くる、なっ……」


 バチィ、と大きくその電流を爆ぜさせて引き抜く。出血は無い、ユーリウスが即座に治癒魔法をかけ始めたからだ。

 刃が引き抜かれると同時に支えが消え、力なく倒れ伏す老魔導士。それすら、本来あってはならない姿。常に空を飛び、熟練と独特の魔法で余裕を持って敵を倒してきた無敗の魔導士が大衆の前で初めて地に伏せる。その腹に大穴を開けて。


「騎兵団はユーリウス殿の保護に回れ!、俺らがこいつの相手をするッ!」


 騎兵団がレイナスの横を駆け、空を飛び越し、それぞれの方法でユーリウスの元へと行かんとするその行く手を、遮るように広がるのは豪炎。

 地面から這い出て普段と同じ姿に戻ったレイナスの両肩からは羽が広がるように左右に広範囲の炎をが広がってゆく手を阻む。

 だがそれに一番被害がもたらされているのは倒れているユーリウスであり……。


「う、むぐぅう……」

 

 レイナスから距離を取らねばと這いずる老魔導士、貫かれた腹部からは先ほどには見えなかった血がにじみ出ている。発せられた在りえない程高熱の業火が治癒魔法を焼き切ったのだ。そもそも魔法を破壊するなんてできない事のはずなのだが。

 傷で疲労し、老体の少ない体力で何重にも治癒魔法を重ね続けるユーリウス。その目に恐怖は浮かんでいない。生き残るのだという意思があるのみ、傷を癒しレイナスを討滅するために。


 燃え広がる炎が建物に移り、次々と放射状に焼け広がっていく。燃え移り、焼け落ちて崩れゆく建物を前に、道を隔てられた騎兵団は踵を返し、迂回する。


「だめだ、この炎突破するまでの間に溶けちまう!!、迂回して救出に向かう!」


 事実、騎兵団の銀鎧はその前面が焼け溶けていた。冷却魔法で冷やしながら反対方向へ駆けてゆく騎兵たちを、守らんとするべく冒険者が立ちはだかる。


「もうすぐ二つ名が来る!それまで持ちこたえろ!!」


 ランク9以上の冒険者30名以上がこの場に居るが、敵わないのは転がっているユーリウスを見ればわかる。

 ならばせめて目標を時間稼ぎに絞り、少しでも長くこの都市を持ちこたえさせること。それが自分たちの使命だと、得意の武器をそれぞれ構えて対峙する。


 国王ライザへ、アドリアーネの状況は既に伝わっている。あれだけ派手な戦闘をすればすぐに監視員から中央塔への連絡がいく。その後二つ名出動要請の一報が出ると共にアドリアーネ中の冒険者へ足止めを依頼したのだ。

 依頼が無くても飛び込んでいっただろうが、国からの依頼とあって意気揚々と説明された場所へ向かって眼に入ったのが負傷したユーリウスだったのだ。


その傍に立つレイナスへ怒りを持って立ち向かう。


「行くぞ、ここで死ぬ気など俺らにはないんでね……!!」


 自分たちより圧倒的上位者のユーリウスがやられたという事実を、恐怖ではなく怒りととらえ、冒険者たちは対峙する。

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