第二十四話 拠点建つ。

 地面に転がる、ただの肉塊と化した二人の騎士。実力が拮抗していると信じ、スキルを使えば妥当しうると、浅はかな考えの元、勝負に名乗りでた一人と、放っておけずに道ずれになった一人。

 王シリーズスキル保持者のあっけなさすぎる最後。

 歴戦の勇士、数々の戦場で様々な功績をあげ、騎兵団の星であった。慕っていない部下などおらず、人柄の良さでも有名になっていたアルマンドはその人柄の良さ故に生涯を閉じた。

 エンビィに言わせれば己の未熟さ故に戦いで散った、典型的な戦士の死に方。

 

「さて、お仕事は終わりましたわ」

 二つの肉塊と、その背後遠くにある百の肉塊に背を向け彼方の元へと帰還する。

 



「いかつい城であるなぁー」

 聳え立つのは外壁は全て黒く、まるで要塞の様。明らかに頑丈、特別な機構などは仕組んでいない。ひたすらに硬く、魔王を彷彿とさせる存在感。

 上に行くほど細くなる山型の形で、他国の王宮と同じくらいの大きさに作ってある。


「これでこそ王の居城。何も寄せ付けない要塞。相応しいわ!

 さぁ彼方様、我らが覇道を歩む拠点が今ここに完成いたしました、そろそろですよね?、世界に御身とその崇高なるお名前を轟かせる、栄誉ある日は!」


「あまり誇らないで欲しい。作成者は当機」


 そんなファイの呟きは無視され、恍惚な視線を注いでいるニイア、無論彼方にだ。


「うんうん、目立つお城。これならわかりやすいよね。じゃぁ入ろうか!」


 要望通りの出来上がりに満足げの彼方は跳ねるような足取りで城の城門を開き中へと入ってゆく、後を追従して帰還したエンビィ含め7人全員が唸るような威圧感を持つ黒城へと収まる。


 その様子を平野の魔物たちは見ていた。一体何が起こるのかと、ただでさえ既に驚愕すべき事態が起こっているのだ。

 何もないところに数分で出現したとは思えない程しっかりしすぎた戦術要塞。

 さらには知性ある魔物の間では知れ渡っているほどの強さを持つラツィオ騎兵団の団長副団長を瞬殺した剣士に、騎兵団100人をよくわからない剣術で一度に仕留めた光景。


 それぞれの魔物は種族の王に新たなる脅威の誕生を報告するべく伝達役を走らせるのであった。


 さらには、ラツィオ中央塔から監視していた者による報告でこの事態が総司令の耳に入る。怒り狂う総司令であったが騎兵団トップのワンツーを屠られてしまっては報復すべき戦力がない、やり場のない怒りに頭を抱えて悔しがりながら、せめてもと。急いでこの一連の事態の報告をアドリアーネへと急がせた。


 レイドアース中央塔では謎の塔の出現が報告され会議の結果様子見を取ることが決まった。近いうちに偵察隊を出すだろう。


 キャバリエは一番離れているため静観を決め込んだ。

 この時点で不確定要素の出現を大事とみた元帥の一人の意向により、レイドアースへの侵攻は見送られる。

 この事態により侵攻任務に任命されていた青葉紅葉と大原鈴の2名には休暇を取ることが許された。

 そして二人は少ない休みを利用して霊山へと向かう事とするのだった。





――黒城内。



「これでこそ、我らが主の居城にふさわしいわね」


「大げさだよー、ニイアはっ」


「いえいえ、我が主。これに関しては我ら七人同意しておりますれば」


「そうですよ!なにより大事な存在の根城なんですからねっ」


そうして七人の仲間は彼方の前に片膝を付き頭を垂れる。


「さぁ彼方様!、今この地に彼方様の城を建てました。貴方様だけの聖域に御座います。

 ただいまより、此処が世界の中心点。全ては彼方様のためのもの、絶対不可侵の領域で、絶対不変の存在を、我ら七人、この身に余る寵愛を糧として、全ての望みを叶え揃えると改めてお誓いいたします」


「私、ニイアから無限の愛を」

「我、歌鈴からは甘美な余裕を」

「私、鈴鹿からは永遠の安寧を」

「当機、ファイから絶対の忠誠を」

「私、アニマからは迷断の導きを」

「私、エンビィからは焦がれの憧憬を」

「私、レイナスは未知の喜楽を」


 世界を巡る旅の中で、気持ちを伝える儀式として七人が編み出したこの作法。転移するたびに行われるこのやり取りに。

 いつも通り、彼方は頬を染める。人の真剣な気持ちは強い、とめどなく七人の感情が溢れ伝わってくる。その真摯な姿勢、気持ちの理解を求める悲痛なまでの真剣な表情、指先一つ一つにまで力が入るほどに、心の底からの気持ちをぶつけてくる。人外の存在達ではあるが、比喩として、人は嘘がつける。冗談や建前と言い訳て、平気で一日に何回も嘘をつく。自分が大事だから、自分が何より一番だから、他人など自分の糧でしかないから。都合よく考えられ、隙があれば平気で侵害され、損をする、騙されることが当たり前で、騙されないようにすることが当たり前な元いた彼方の世界。

 そんな世界が嫌で毎日吐くほど苦痛だった、人の悪意で世界ができていた、自分の親を失った時に、もう誰からも、私が一番になることは無いと、無償の愛は幻想となり、理想は理想のまま、ただ命を燃焼するだけの作業に何十年も費やしていくんだと思った。

 こんな悲しい世界で何を笑えるんだろうって、大切なものは全て消え果て、敵しかいないこのディストピアで。

 現実を思うたびに泣いた。誰も自分を見てくれないから、優しい祖父母も、明日の天気が雨ってだけでこの身を心配してくれる母親も、自分が無理しても私にはいろんなものを揃えてくれた、疲労を押していろんなとこに連れてってくれた大切な何もかもがもう居ないんだって、全てに意味がないことになんかとっくに気づいてた。それでも死ぬのは怖いから、ただ悲嘆にくれるだけの人形みたいになった時。溜まった思いが涙と一緒に溢れた時に、この子たちに会えたんだ。

 今はこの七人と過ごせて……とても幸せだと、それだけの想いを全て言葉に出さず、いつも通り泣きはらした顔を晒して笑う。その笑顔ひとつに込められた意味を、七人はしっかり受け止めていつも通り、貰い泣く。





 ……彼方様が、今日も笑っておられる。それは普通にしなければならない事で、しかしとても尊いことでもあるわ。一番初めに私がそのご尊顔を拝見させていただいた時は、死ぬかと思ってしまった、この私が。

 絶望に染まり切っていたから、感受性が豊かなのかもしれないわ。一週間くらい生まれたその場で私は彼方様の呟きの様なものを聞き続けたわ。悲しみなんて感じすぎたという程の、それでもまだ感じ続けているという、絶望の最果ての様な内容を死にそうな音色で聞かせてもらったの。

 私が言葉を間違えればこのお方は心が死ぬと解った。

 だから必死に彼方様の話を聞いて、何がお辛く、何を憂いて、悲しみ哀しんで失ったのか。

 思えばその時から涙脆いのが移ったのかもしれない。

 そうこうしている内に、彼方様のお力が様々な次元から悪魔のような何かを呼び寄せたわ。無意識にというか、勝手に察知されたのかもしれないわね。

 勿論、指一本触れさせずに私が倒した。そうしたら問われたの。なんで守るのかと、親でもないのに何故、無償の行為を行うのかと。

 だから答えたわ。愛して尽して守って永久に傍へ置かせてくださいと。彼方様はとても我儘、たったひとつでは満足しないのよ、全てを望み望まれることが彼方様の心の安らぎとなる、私は望んで傍に居る、そして共に、覇道でも王道でも、正邪どちらでも構わない、貴方が貴方で居てくださるのなら。


 そうして今日も指揮を執る。仕える者だろうが不敬だとは思わない、最高の愛を向けている彼方のために。


 血涙を拭って指示を飛ばす。

「さて、それではまずキルシーを解放するためレイナスはアドリアーネへ向かいなさい」


 同じく泣き腫らした眼と顔を隠しもせずムスーっと頬を膨らませてそっぽを向く。

「やだ、母様といるから」


 ため息一つ。

「ふぅ。レイナス。これは私からではなく彼方様からの命よ。いますぐ行きなさい」


 泣きつかれ黒城内の部屋で寝ている彼方のところへ行こうとするレイナスを遮り外へと繋がる扉の方へ押し出すニイア。


「むー、わかったぁ」


 しぶしぶとぼとぼ、と黒城の扉を開け、門をくぐり外へと向かう。

 そんなレイナスを送り出した後は彼方の寝室へと向かう。


 黒城内は今のところは一階にいきなり玉座がある。さらに円形の内部の壁を沿う様に階段があり二階からそれぞれの部屋が用意されている。

 中も黒を基調として派手すぎない、目の痛くない装飾になっている。


 二階の部屋の一つを開けると音を立てずに滑り込み、ベッドで寝ている彼方の隣へと横になり。羽で包む様に覆い、共に休む。

 ファイは周囲の警戒に当たっているし、残りのメンバーは黒城内の探索と後に広間を見つけて談笑する予定だった。

 建造したのはファイ一人だけのため、他の面々からしたらどんなものがあるのかわくわくしているのだ。


 そうして送り出したレイナスを除いて七人は朝を迎えるまで、今日は羽を休めている。





――アドリアーネ中央塔。



 カー、カー、と鴉の鳴き声がする。時刻は夕方。


 中央塔会議室にはリズィー、ソフィア、カルロッタ、さらに国王ライザの四人が集まっている。


「……予定していた、エンビィに当てる予定だったメンバーが欠けてしまったのは既に聞いているな。欠員の補充はお前たちで自由に選んでくれて構わない」

 あえて、事務的な言葉を用いる国王。ライザなりの気の使い方である。それに希望でもあった、この悲しみに暮れて任務に支障をきたしたりはしないで欲しいと。

 勿論二つ名の仕事に失敗はないと信頼はしているが。


「何故早まってしまったのか……。そういえばエンビィを発見した時も一人で飛び出していったのだったかな」


「ふむ。それにしてもだな、報告だとアルマンドはエンビィと一騎打ちをしかけたそうだな?俺はアルマンドならエンビィを打倒できると聞いていたんだが」


「予想より敵の力が強かったという事でしょうか……?」

 ソフィアは今日は泣いていない。友人の、幼馴染の死に涙するのはまだ早い、その仇を討った時に心の底から泣くべきだと。今は怒りに心を満たしているのだ、その顔には何も出さなくとも。


「補充するのは二つ名にするか?」


「バカいえ、すでに三人も動員してるんだぞ?」


「だが……なぁ」


「補充には国王命令を使うのでな、別に二つ名を指定してもかまわんぞ」


 唸る三人。正直敵の戦力が解らない今、いきなりガチでぶつかり合うのは愚策だ。まずは様子見として斥候を送りたいが、それはつまり犠牲になる人間を出すという事。三人ともそんなことはしたくなかった。

 それに加え今までの似たような案件でも二つ名が二人以上動員された依頼は成功率がほぼ100%を誇っている。他種族においても一目置かれるその実力は伊達じゃないのだ。


「よしわかった。キャンディスを呼ぼう」


「えっ、他国の二つ名さんを呼べるんですか?」


「前に勧誘された際に通信用の魔法書を受け取っているのでな」


「なんだよ、まだ勧誘とかやってんのかあの国は」

 山薙ぎのカルロッタは永らく依頼で本国を離れていたために最近の事情は知らないのだ。

 そしてリズィーはレイドアースから再三にわたり勧誘を受けていて、そのうちの一回の担当がキャンディスだったのだ。キャンディスの実力に目を付けたリズィーはいつでも連絡が取れる様に貴重な念話の魔法書を用意させていた。


「これで面子はそろったようだな」


「しかし、結局二つ名四人か。他にもいくらでも困った案件はあるっていうのによ」


「仕方ないだろう、まずはこの依頼だ。リンドホルムは小さいところとはいえ壊滅した。多くの死傷者がでたのだぞ。無視はできん」


「俺の小さいころはもっと悲惨な事ばかり起こってたがな、まぁ仕方ない。さくっと終わらせるか」


「それでは明朝よりシャルマータの黒城へと向かってくれ、場所はガムザ平野から移動してはおらん」


「はい、国王様」


 中央塔を出て別れた三人の表情はそれぞれだった。


「今日は鴉がうるせーなー……」

 明日の依頼はただの一つの依頼に過ぎないと、油断はしていないものの他にもエアハートに迫る危機は多い。ただのちょっと大規模魔法の使える荒くれものなどに二つ名を使うまでもないと、他の危機を憂うカルロッタ。

 

 リズィーはすぐ様キャンディスに連絡を取る。勿論レイドアースに居るだろうから転移の魔法を使ってくるだろう。

 念話の様子から面倒くさがってそうなキャンディスだが最終的には応じた。というのも上からの命令なのだ。

 共闘する二つ名への勧誘を行う事とどの程度の実力を秘めているのか調査してくること。

 命令ならば仕方ないと応じたキャンディスは高等設置型魔法である転移の場所へと足早に向かう。いち早くエアハートへ来て、こっちで休むつもりなのだ。


 そしてソフィアはどうかと言うと、慰霊碑の前に居た。

 刻まれた名前は綺麗に彫ってある。その中に二つ。まるで手書きの様な大きく均整の取れていない文字がある。

 ラツィオのシュトルンツォの字だ。馬を飛ばしてアドリアーネまでアルマンドの死を受けてすぐさま出立し、ここの慰霊碑に自らがその名を刻んだのだろう。

 アルマンドもレザーズもソフィアもラツィオの出身。シュトルンツォにはかなりお世話になっていたのだ。


「もう泣き顔すら見せられませんね。早く生き過ぎですよ。今回の戦いは誰のためだったんですか?、いつも誰かのために全力を賭していた。貴方たちの意思は私が継ぎます。そして……絶対に望んではいないのでしょうけれど、私は私のために仇を討ちます。そうしなくてはもう二度と泣けない気がするから……」



 アドリアーネは夜に包まれる。

 夜に魔物と相対するのは得策ではない。警戒に当たっている騎兵団を除いて多くの冒険者が眠りについている。

 

「それにしても、今日はなんでこんなに鴉が多いんだ?」


 見回りの兵。分厚く高くそびえる都市アドリアーネ全体を囲んだ城壁。エアハートはその都市同士が隣接していないため、一都市ごとに城壁が作られている。

 そんな城壁の上、大砲が用意されている近くに建てられた警護兵休憩用の仮眠室のようなものがある。その中で見回りを終えた兵が二人、トランプに興じている。


「城壁近くに生ごみでも捨てられてたか?」


 鴉の様な一般動物は最下位に認定されている種である。大抵は魔物に食いつくされているし、豚や牛なども居るにはいるが魔物も食べられる魔物は肉が美味であったりするのでその存在価値はほぼないようなもの。絶滅してもおかしくない。


 たまに見かける程度の存在のはずだったのだが。


「まだこんなに数が居たんだなぁ……」


「いるだろうさ。俺らだって二つ名が居なければ他の種族からそんなこと言われてそうだよなぁ」


「卑屈になるなよ、三つも国を持ってる種族は人間だけなんだぜ?」


「そうだけどなぁ……にしてもうるせー鴉だな」


 カー、カー、と鴉が鳴く。

 それは夜通し鳴き続けて、朝を迎えることとなる。




――アテリナ村。


 太陽が昇り、光が差す。古ぼけた木小屋の窓から差す日光は多くの埃を映し出している。

 どの町も本格的に動き出す時間。

 ここ、アテリナ村はヤナの森とアドリアーネに接する平野に挟まれた位置にある。当然都市ばかりではなく村や集落も存在する。キャヴァリエには存在しないが。


 そんな木小屋から出てきたのは一人の村娘。隣には幼い子も連れている。古ぼけてはいるがしっかりした木小屋でこの二人は生活している。周囲にも同じような木小屋がぽつぽつと建っていて、その間には畑や井戸が見える。一番外側にはあまり機能しなさそうな柵が建てられている、そこまでがこの村の範囲なのだろう。

「わー、まだ鳴いてる……ていうかどこにいるんだろう?」


 場所はわからないが鴉の声が夜明け辺りから聞こえてくるようになったのだ。

 声は聞こえど姿は見えない。ヤナの森からかと思ったがどう聞いても逆方向である、がそこにあるのは平野。


「鴉って平野にいるものなのかな?」

 まさか鴉のような小さな生物の鳴き声が広大な平野を飛び越えアドリアーネから聞こえているなどとは考えもしない。


 小首を傾げる村娘。赤い長い髪をしていて傍らには妹がいる。カーラ家の姉妹。

 カーラ=クロラと、リリア。

 

「んー……」


 既に顔を洗いしっかりと目を見開き作物の状態を確かめるクロラ、隣でついては来たものの眠い目をこすり何もすることのできないリリア。

 この村はアドリアーネの管理下にある。管理下といってもほぼ自立しているし何かあるわけでもないのだが、何かあった場合に助けを求めたり、責任を問われたりするのがアドリアーネであるというだけだ。

 ヤナの森にも多くの魔物が居る。そんな中この村の住人は全員が一般人であり、農業しかすることができない。

 そのためアドリアーネの冒険者に定期契約を取り付け、この村に住んでもらい魔物を撃退してもらっている。

 ヤナの森からは少し離れたところにあるため、森からの魔物はそんなに大したものも出てこないし、平野に住まう魔物はあまりこちらには見向きしない。

 そのため冒険者を雇って警護してもらうのが一番だ。騎兵団に頼む手もあるがアドリアーネの騎兵団は公共機関、金額がかなり高いのだ。

 アドリアーネにいるほどの冒険者ならば勿論こちらも契約の料金は高いのだが、そこは人柄や性格で上下してくれる。

 中には取れた農作物の一部を買い取ってもらいそれを料金としてくれる人もいるのだ。


 なので安心してこうして今日も二人は朝から農作業ができる。種を植え、水をやり、状態を観察する。

 いつもと違うのは鴉の鳴き声が聞こえることくらい。

 

「あんまり寝れなかったよー…」


「あら、だから眠そうにしてるの?」


 小さな頭を屈んで撫でる。

 そこでふと、アドリアーネから花火のようなものが上がっているのが見える。

 この世界にも花火はある。勿論魔法で作り上げている式典などで使うためのものなのだが。


「今日は何かお祭りってあったかしら?」


 姉妹仲良く首を傾げる平和な村に対し、アドリアーネは大混乱に陥っていた。




――城壁上の仮眠小屋。


 

 同じように差す太陽の光に気が付き眠い目を擦る中年の兵士がいた。


「おーい。もう朝じゃねーか。起こしてくれよ………えぇ!?」


 いつも通りであれば交代の番だともっと早くに起こしに来る。他の者は寝てしまったのかと、のそのそと小屋の中の仮眠室から出てくるとそこには。


「おい、おい!!あっちいけっ!!」


 死体に群がる鴉。一匹ではなく十匹程いる。

 中年の兵士と同じように銀の鎧を上下に着け、手足も脛と腕を防御できるように銀板のついた標準的な装備の兵士。昨夜トランプに興じていた兵士たちだ。

 今では無惨に銀鎧は食い破られ、眼球も無くなっている。顔も嘴に啄まれたのか原形を留めていない。


 急いで、さらに食いつこうとしている鴉へ腰に差した剣を抜いて追い払う。

 剣がぶつかるとガキン、と金属音を建て鴉は飛び去った。


「……!?」

 なんで鴉があんな硬いんだ、と手に残る衝撃を疑問に思い飛び去った鴉を視線で追う、とそこで気づく。


「なんだ……これ、なんだこれ!!」


 鴉は中央塔の方へ向かって飛び去った。その後を何気なく追った視線に飛び込んできたのは、真っ黒なアドリアーネの街並み。

 死臭が漂い吐き気を催す小屋の中から転がり出て急いでこの非常事態を報告に向かおうとする、すでに都市中が知っていることだろうが、兵士がやられたのはまだ知らない情報かもしれないからだ。


 城壁の上を走り下へ降りる階段へ手をかける。

 ドンッ、と胸に衝撃が走る。

 なんだ?、と手すりにかけた手を離し、胸を見ると


 カーカー、鳴き声を上げて心臓を貪る鴉が居た。


「うぁあああああっ!!!」


 痛みは遅れてやってくる。

 先ほど見ていた、銀の鎧など容易く貫通してその中の肉を食らう鴉を思い出す。所詮は種格最下位と油断していたのだろうか。

 やめろ、と腕を伸ばし。肋骨をぶちやぶって心臓を持ち上げる鴉の嘴に手をかけようと。


「あっ……」


 噴出する血液で視界が真っ黒に染まる。最後に見た光景は繋がっていた心臓の血管を引きちぎられと飛び立つ鴉である。

 

 こうして城壁上には三人の死体が出来上がった。

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