第二十二話 転生者と帝国。
――アドリアーネ中央塔応接間。
「お忙しいところ申し訳ない。私たちの勝手な同族事情で……」
迎え入れた国王の前に座るのは連龍国からの来訪者、祖龍の一人であり国王護衛軍の一人、従者エイブラハム=オズバーン。その名は各国に知れ渡っている歴戦の勇士。
祖龍の中でも人間時の身体は筋肉質で大柄である。顔には鼻を斜めに通る切り傷がある、茶色の短髪男性。座ったソファが軋むほどの重量級の戦士だ。
「いえいえ。連龍国とはこれからも末永く良いお付き合いをしていきたいと思っていますので……。できる限りはそちらの願いを聞き入れたいのですが」
「ですが……とは。何か問題がありましたかな?、ああ、改めて今回来訪した件についてお伝えせねばなりませんな。こういう政治関係の事はどうも苦手でして。
えぇと、先日といっても結構前になりますが、連龍国周辺を哨戒していた騎龍兵が上空で祖龍を見つけまして、その時は我が国への誘いを断ったそうなのですが国王に報告したところ是非直接あって話がしたいとのこと。なのでどこに住んでいるのか、活動しているのかと探しましたところ、どうもエアハート近辺にそれらしき姿を見かけたという情報が多くてですな。
もしかしたら何か知っているのではとこうして参上しました」
困ったものだ。と内心どうしてよいか考えあぐねているエアハート国王ライザ。
最近はどうにも問題ばかり起こりすぎて困る、こんなことを国王が思うのもなんだがラツィオやリンドホルムという重要性の低い都市ばかりでよかったとライザは感じていた。
アドリアーネ以下数都市で同じようなことが起こっていたらドワーフ国や連龍国にまで手が回らなかっただろう。
最悪の事態ではないとはいえ、連龍国の使者に対してありのまま言うべきなのか困っているのだ。
これが他の、例えばレイドアースなどだったら絶対に言うわけにはいかなかった。消息不明の都市壊滅級の魔物が国内に居ます。なんて事実を知ったら救済の名目で全軍を送り込まれ何をされるかわかったものではない。
だが相手は連龍国。今までの付き合いからそんなことにならないのはわかるが、この従者の言っている祖龍とは間違いなく先日建国を宣言する手紙を送ってきたシャルマータの龍人であろう。
これでは早いところ建国してもらってその居場所を明らかにしてもらわねば困ることになる。見つかりさえすれば先日依頼した二つ名達が討滅や捕縛などなんでもできるからだ。
そもそも仮に見つかったとして捕縛してもその後連龍国へ引き渡すわけにはいかないのだ。リンドホルム壊滅等の罪で裁かねばならないのだから。
勿論のことだが捕縛もしていないままに連龍国の使徒をシャルマータに引き合わせるわけにはいかない、そこで先頭にでもなったとしたらエアハートが連龍国とシャルマータの戦争地になってしまう、そうなれば簡単にシャルマータは制圧できるだろうが、そんなことは国としては許してはいけない。
「エイブラハム殿の母国を信頼して申し上げますとですな……。その祖龍に該当すると思われるものは確かに我が国内におりますが……すでに罪を犯していて、見つけ次第討滅か捕縛という処分がくだっております」
「なんと!?」
唸るエイブラハム。逃げ隠れしている罪人が同胞の中の同胞、祖龍であるとは。眼を細め腕組み考えこむ。これは一度国王に報告しに戻った方が良いかと。
それにしても祖龍ほどの気高き龍が罪を犯すなど、一体どのような……と思案しているところで資料が机の上に出される。一礼して拝見するエイブラハム。
「むぅ!」
そこに書いてあったのはアニマの情報。推定される罪と、隠している罪やその姿かたちなどが詳細に乗っている。確かにここに掛かれている外見は騎兵団の目撃情報と酷似している。
だが何よりも目を見張るのはその罪状の一つ、しかも確定の欄に掛かれているのは……。
「山岳地帯トリノに巣をつくっていたハーピィの全滅。推定総数4千万だとぉ!?」
驚愕に目を見開く。どこに驚いているのか、勿論その数である。
別に四千万だろうと一億だろうと倒せないことは無いのだ。祖龍ともなれば山ほどに巨大になる個体もいる。そんな龍にハーピィは対抗手段があるわけがないから倒すことはわけない、だが。
四千万も倒し切る前に逃げられるに決まっているのだ。ハーピィと龍との交戦記録はそれなりにある、そのいづれも大量のハーピィによる攪乱、そして逃亡である。
ハーピィにとっての勝利は次世代への希望を残すこと、別に龍に勝つ必要も戦う必要もないのだ。
そんな逃げの一手を打つはずのハーピィが四千万全滅とは何事か?
逃げることもできない程の神速の龍であるならばその攻撃力や範囲は劣るため到底四千万は殺し切れない。どちらも兼ね備えた超常の祖龍だとするなら国王並みの逸材。
「どうかされましたかな……?」
ライザには驚く理由はわからなかった。いや、なんとなくわかるのだがそれは驚く理由に値するのかと。
祖龍については一度の戦争を経てもわかっていないことも多々ある。そのため謎の一撃とされていた莫大な数のハーピィを葬ると同時に一匹残らず殲滅した最後の攻撃は祖龍ならではの何かの技だろうと会議でもそういう見解になっていた。
人間種も必死に情報戦を繰り広げてはいるが、まだまだ他種族についてはあまり情報が揃っていない。それゆえ、今回のハーピィ消滅についてもそこまで大事としては見ていなかった。
「いえ……ハーピィを全滅させるとは、これまた凄い個体ですな…」
エアハートと連龍国の内情は違う。この件から派生した罪状はそれによる地形破壊だがエアハートにおいてどれだけの罪に値するのかはわからないが捕縛か討滅かという事はかなりの重罪なのだろうと判断する。
これを踏まえてどう説得すれば身柄を譲ってもらえるのか、仮に成功したとして連龍国で暴れないように訓練しなければならないと考えると大変な労力だと考えられる。
「ええ。なんでも最後にはなった咆哮による一撃だとか」
「一撃?咆哮?、どういうことです?」
ますます訳が分からなくなる。一撃を放つのなら咆哮などできない。ブレスを吐くにも何するにも声を出しながらすることではないからだ。
龍の咆哮は相手を威嚇したりするだけのもの。一体人間は何と何を勘違いしているのだろうかと意思疎通の難しさを感じるエイブラハム。
「あ、いやそれはいいです。祖龍にもいろいろ種類がいますからな。
これ以上は脱線すると考え軌道修正を図る。
「そうですね、一度国王に意見をうかがうために話を持ち帰ろうと思います。その上で正確にお伝えするため質問をさせていただきたいのですが。まず捕縛か討滅という処分は覆ることは無いのでしょうか?、捕縛するにしても一年であるとか数年の期限付きならば解放後に此方が身柄を引き取ることは可能ですか?」
「ふむ。此方としてはハーピィ消滅に伴う地形破壊、そのリンドホルム破壊の件は推定ではありますがその龍人がやったものとして考えております。そのリンドホルムの件が痛い。そこに住んでいたのはドワーフや牙竜種が多く、ドワーフ国からは情報の要求と犯人一派の死刑を求められていましてな……。さらには先日エルフの元王宮勤めのものが手ひどくやられた次第でして……」
エイブラハムの顔から感情が抜ける。あ、こりゃだめだ。と諦めがよぎる。三カ国にも跨って問題が起きているとなってはどうしていいものか自分では判断できないし国王でも頭を悩ませそうだ。
「わかりました。それではそのように国王にお伝えして参りいます。今回はいろいろ有難う御座いました」
事の大きさに少々疲れ気味に一礼するエイブラハム。
その様子に無理もない、と労うライザ。
そのまま部屋を出てバルコニーへ向かうと半龍形態になり飛び立ち連龍国へと帰っていくエイブラハムを見送る。
国民に知らせているような大がかりな来訪でもないため飛べるものはいつもこうして行ったり来たりを繰り返しているのだ。無論信頼できる国の者だけだが。
「さて、どうしたものか……」
国王の悩みは今日も尽きない。
――人類国キャヴァリエ。
自称、帝国。レイドアース同様国家の悲願として野望を持つ国。キャヴァリエこそが全ての頂点とし、自国の民こそ至高の存在としている。他種族であろうと奴隷であろうと差別することは無い。しかし戦力にならなければ使い潰される。弱肉強食の国。
保有戦力としては人類三カ国のうち一番ではないかとの噂。強ければ食える、待遇が良い、遊び放題。弱ければ強い者のつけが回る。食えない。わかりやすい国風である。
そんなキャヴァリエに最近、流浪の民と称する強者がいきなり現れ、都市ギレスベルク内で噂になっていた。ギレスベルクはエアハートでいうところのアドリアーネ。最先端の強者が集まる都市である。
キャヴァリエ国内に自由な土地は他国に比べてあまり無い。エアハートの様に豊穣の森グリムやヤナの森などの未開拓地域はあまり残されていないのだ。
そのためこの国に限ってギルドがない。これはかなりの特色と言える。連龍国の様な絶対強者の種族がひしめく国でさえ、その自国内には毒砂蟲や、大空餓鬼などの凶悪な魔物がいまだ蔓延り、冒険者を職業としている龍人種はそれらを討滅して生計を立てている。
大体の国はエアハートなどの様に騎兵団が国の事、ギルドが魔物の事、と分担されているのだが。キャヴァリエは自国の民は全て兵士という理想を掲げている。生まれた瞬間から兵役が課されているのである、だが魔物が跋扈するこの世界。強い国は安心だと、人間という弱い種族なら尚更と、キャヴァリエを求めて移住する者も多い。
強いから安心して移住という事は弱い者、弱い者はキャヴァリエには居られないのではないか?、帝国キャヴァリエ。ありがちな戦闘力以外は役に立たないという武力脳ではない。兵站の重要性などの観点から、農民などの一般市民も、大道芸を生業としているものも居るのだ。
それらの者に課された兵役としては大道芸ならばこの国こそ素晴らしいという少年少女への洗脳教育的な物語を聞かせること。農民などは他国より優れた食料の生産。その職業に見合った範囲で高水準のものを国へと捧げること、これをもって兵役としているのだ。
役に立たない者はいらないため課された条件が十分にこなせていない場合すぐに国外追放となるが、永久ではない上に制限も罰も無い。優秀ならば出入り拒まずなのだ。
そんな環境で上を目指し努力する民の作ったものはかなりの品質を誇り、他国からの需要も高い。
エアハートの様に盗賊などもいない、国民すべてが管理下に置かれているようなものだがそれゆえにレールにうまく乗ればどこまでも裕福な生活が送れる。
さて、最初に話を戻すがそんなキャヴァリエの都市ギレスベルクに最近噂の強者が居た。
数か月前に突如キャヴァリエを訪れ瞬く間に名を上げていった二人の流浪人。
青葉紅葉、大原鈴。見ての通りの転生者である、この国にたどり着いたのは偶然だが二人とも転生者特有のスキルがあったためその国風に順応し今ではかなりの地位を獲得している。
キャヴァリエにギルドがないのは説明したが、ではあるのは何かというと騎兵団のみ。この国特有の呼び方として帝国軍と名乗っている。
国家機関の一つで派生は無く一本化している。武あるものはみな帝国軍への入軍が義務。
内部構成としてはトップに元帥が三人、そこから順に将官級、佐官級、尉官級、下士官、兵卒、訓練兵、と一般的な軍隊構成と同じである。違うところと言えば年功序列が加味されない事と、陸海空と解れていないところ。それぞれ飛竜隊や水竜隊が、強いて言えばそれに該当するかというところ。
その二人は佐官にあたる大佐と、その補佐官で更に上を目指せるだろうと周囲からもてはやされていた。
実際それ以上の強さはあっても兵の統率などしたことも無い二人からしたら自分の能力を振るうだけで今は精一杯、更には上の立場のものらしく言葉遣いや態度など厳しくしなくてはいけないので精神的疲労もかなりのものだったが、1人ではなく2人だったのが支えとなりなんとか元の世界の欠片ほどしかない軍の知識を総動員して乗り切っていた。
青葉紅葉は長い黒髪ポニーテール、切れ長の眼に長身。クールで落ち着いた印象を受ける女性。服装はキャヴァリエ統一の軍服である。
大原鈴は茶色のショートカット、耳下程度まである。若干垂れ気味の瞳に締まりのない緩やかな顔をしているが必死に低身長の背筋を伸ばしきっちりと踵を付けた立ち方をすることで顔のだらけた印象を無くそうと頑張っている。
「大佐!!お時間よろしいでしょうか!!」
狭い廊下、そこに居るのは声を駆けられた青葉紅葉、そしてその横に居る大原鈴、二人はいつも一緒にいる。
さらに声をかけたオシオ大尉。
これだけの人数しかおらず、更には狭い空間だというのに声を張り上げるオシオ大尉。別にこの者が特別なわけではなく軍隊員というのはみんなこうなのだ。純粋にうるさいな、と青葉等は思うのだが大佐程度の階級ではそれを辞めさせるほどの隊律、隊の中の法律の様なものは作れない。
「……なんだ」
そんなうんざりする気持ちもあってか、この環境に慣れ、苛立ちを感じる余裕すら見えてきた青葉は冷たく短く言い放つ。冷めた目は大尉の方を見もしない、意外に適役というか、かなり様になっているのだ。
そんな彼女を隣で尊敬の目で見つめる大原はいまだに隊員に舐められることも多い。上官を舐めるなど在りえないと思うだろうか、部下の意見具申を聞かずにあまりに無茶な命令を課すと報復されることもあるという、弱かったり愚かであったりする上官はそういう運命をたどるのだ。大原は強く愚かでもないためそれは無く、どことなく抜けているような雰囲気を醸しているため、隊員達には良い意味で舐められている、アイドル的存在として認知されていたりする。
「レイドアース侵攻の件。自分の隊は選抜漏れしたのでありましょうか!是非とも戦場へ、ご一緒し武勲を上げたい所存であります!」
他のみんなからも聞いた陳情だ。またこいつもか、と溜息一つ。
「いいか、他の隊の者にも言っておけ。その任務は私たち二人で行くことにした。まずは偵察だ、そのまま攻め入るなんてことは無いし、その後、隊を率いて侵攻する。その時に漏れていなければ共に行けるだろう」
言葉に詰まる大尉。お二人だけではとても危ない、レイドアースは汚く闇にまみれた都市。かなり危険な薬物の開発にも勤しみ、各国から強者を集めているという噂。
そんなところへ二人だけで、とは思うものの大佐と補佐官の強さはかなりのもの。個にして城を落とせるとの戦力評価を受けている、対城級戦力の2人。とても危険などという言葉をかけるわけにもいかない。
「……わかりました。その時は選ばれるよう、努力してまいります!」
言いたいことを飲み込んだ、という顔をせめてもと二人へ向け、いつも通り敬礼を終えると一礼して去ってゆく。
「話すだけで疲れる。でも他の国より良い待遇なんだけどな」
「ご飯がおいしいのは大事だよねー」
「薬を吸い込んで鼻がダメにならないようにしなければな、飯がまずくなる」
今回の侵攻任務は巨人国へのはずだった。しかし数日前に新たに魔物の体液等を合成した中毒性の高い薬物の作成に力を入れ始めているとの報告が来たため、そちらを優先することになったのだ。
目標は中央塔の地下にあるという研究施設の破壊。侵攻というより潜入色が強いが少数では忍び込んだところで破壊は難しいとの判断で大軍を率いての侵攻制圧戦という形をとることになった。つまり戦争である。
特に名乗りを上げるとか開戦宣言をするとかもなく、淡々と一気に攻め滅ぼす。
同じ人間を殺すことになるがそんなことを言っていたら自分が死ぬのはこの世界に来てからすぐに理解したので殺した命まで背負って生きることに腹を括っていた。
「それにしても……戦力集めに盛んなレイドアースには、いるだろうな、同郷のものが」
「もしあったらどうするの?仲間に引き入れる?それとも……」
「元の世界に帰る方法、一応探しておいて損は無いと思うが。この世界の人間の話だと神に合わなければいけない。だがその神がカギを握ってるのはわかったんだ。あとは会う方法だが……そういう能力を授かった異世界人に期待するしかないんだろうか」
「原初の種族以外会った事無いって話だもんね、でも神の使いとかいうのもいるらしいし。まずはその人に会ってみるとか?」
「神の使いは神の使いしか入れない場所にいるという。例外として……幻獣王の霊麗鳥が霊山にいるらしいがその背後の神は神翼という。とても異世界に干渉する名前とは思えんな」
「他の神様へのつなぎになってくれるかもしれないし、そのうち私は行ってみたいよ」
「わかってる。そのうち休暇をとろう」
彼女らは今日も軍事に勤しむ。これからの身の振り方を今日も二人で考えながら。
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