第二十一話 拠点建築予定地へ。

アドリアーネギルド酒場、時刻は夜前。既に多くの客は帰りつつある。

 

「なんだ小僧ども……話聞いてたのか。俺は情報は知ってるが参加することはできねーんだが」


「他の冒険者さんたちも聞いてたよ、二つ名のする話なんて聞き耳たてるのが当たり前だからねぇ」


 黒髪の少年。断りなく対面の席に座り、その背後に猫耳メイド、豊乳エルフ、筋肉姉御が控える。


「お前がそのパーティのリーダーなのか、若いのにすごいな……ランクはいくつなんだ?」


 国が違えばまだまだ僕の知名度なんてこんなものか、と溜息を吐く真。うんざりな気分だがそれを顔に出すわけにはいかない。任務は成功率100%でないと許されない。戦力として使われるだけあって殺されはしないが支障のない範囲で痛めつけられる。それに仕事ができないと判断されたら殺されかねない。

 背後の三名の身体だけはなんとしても守り通そうと、三人の身体を引き合いに出されてから真面目に忠実に任務をこなしている真。

 異世界無双を歩むはずの転生者の僕がなぜこんな事をと思いながら。


「僕のランクは10だよ。一応母国ではそれなりに有名なんだけどね」


 レイドアースを母国。そう呼ぶのにすら抵抗はあるし契約さえなければ自らの手で壊したい程だが。感情は平坦に、余計なことは思わない。任務の秘訣だ。


「まじかよ。アドリアーネに居るんだからそりゃそうだよな。俺はまだランク2だ。さっきも作戦会議で実力不足を思い知らされたところだよ。そんな俺に何のようなんだ?」



 ランク2なのになんでこんなとこにいるんだろう。そんな視線を自然としてしまうため背後の三人は揃って下を向く。

 事情は真にしか伝わっていないのだ。

 真はクラッドがここにきている経緯を知っている。引き抜くための役に立てろと、エアハートへ送っている諜報員から事前に資料を渡されていたのだ。

 曰く、ラツィオの件から二つ名と同行。その後突如強力な力に目覚める。目を見張るものがある。

 要約するとそのような感じである。


 突如能力に目覚めた。というところに一瞬同じ転生者かとも考える真であったが、エアハートでの生まれと書かれた文を見て違うと判断する。

 仮に赤子への転生をしていた場合でももっと幼少期から活躍しているはずだしこんなランク2などと落ちぶれているはずがないからだ。

 

 同じ転生者なら助けてくれるかもと少し期待しただけに落胆はあったが仕方ないこと。

 これはレイドアースに捕まっている転生者の共通認識だが、転生者だということは隠すこと。そして同じ転生者にあったなら助けを求めること。これを期待し、希望して現在の奴隷身分を耐えているのだ。

 同じ転生の女神に強力なスキルを貰った転生者なら魔法の契約も破壊できるやつがいるのではないかと。

 ほぼ任務以外で外に出されることは無いため探すこともできていないのだが……。


「よかったらレイドアースに来ない?そこで僕と一緒に力をつけようよ。二つ名よりも強くなるようにさ」


 最初に感じたのは、なにいってんだこいつ。というそれは前に宿屋でユーリウス達がクラッドに感じたものと奇しくも同じであった。


「まぁそういう顔するのもわかるよ。簡単に強くなるとか言うんじゃなくってさ。強くなれる環境が整っているところへ招待したいなってことなんだよね」


「ふむ……」


 ……なるほど。確かに俺はランク2、だがそれに見合わない強力なスキルがある。ちんたらと低ランクの依頼や狩場、弱い魔物と相手するよりもこいつについて行って、今の力相応の環境でやった方が伸びが速いか?

 レイドアースっていうと確か海帝国とかがまぁ近いと言えば近いな。

 なんか考え出したらマーメイドに会いたくなってきた……。いやいや、それはおいておくとして。

 今はこいつの誘いに乗るかどうかだが……。別に乗ったところで不都合はないんだよな、見聞を広めるって意味でもレイドアースにお邪魔するのも悪かねーし、定住国にしちまってもいい。何かこの国にはない技術とか魔法があるかもしれねーし。

 そういえばレイドアースって鎖国状態だろ、なるほど。こうやって強い奴だけを集めて軍事力拡大してんのか……。てことは暇な強い奴もいるだろ、修行とかいろいろ見てもらえるかもしれねぇな……。

 

 やっぱりクラッドは都合が良すぎたのだが、それは同時に真にとっても都合がよかった。

 既に嵌められた者と、これから嵌められる者の都合は合致する。


「そうだな、いいかもしんねぇ。だがどんな訓練をするんだ?レイドアースの二つ名とかに俺は見てもらえるのか?」


 そこからは真のパーティの三人もテーブルにつき酒を頼んでの質疑応答が始まった。

 そもそも間違った道に進んでいるクラッドだが騙されないようにと質問を投げかける。

 大体道を間違う者、それを察知できない者はこういうことをするのだ、話を持ち掛けてきたものに質問をする。

 相手の提案が正しいかどうかなんて提案者から聞き出せるわけがない。そこからして間違っているのだが、目の前の力に目が眩んだか、相手の言葉を好意的に解釈しながら自分の中で望んだ方向へと話を納得する。

 だます側のなんとやりやすいことか。


 数々の質問を終え、改めて考え込み。誘いに乗るクラッド。



「それじゃ、よろしくお願いするね」


 立ち上がって手を握り合う両者、こうしてクラッドはレイドアースへとその身を移す。

 これで一流の冒険者を目指せると、顔を綻ばす。そんなクラッドの姿を前に猫耳メイドは仕方ない、と割り切り。筋肉姉御はどうしようもない、と目を伏せ。豊乳エルフはこれでいいのか、と自問する。

 真にとっては何も得する事のない仕事がまた一つ、終わった。






――シャルマータ。


「いざゆかん~、ヴァルハラへ~」


「彼方様、ヴァルハラは戦士が行く死後の世界で御座いますよ」


「私たちがこれから行くのは建国地だもんねー」


 ヤナの森は大混乱に陥っていた。無数の鋭利な長い脚で大地は掘り返され、ほぼ破壊されたと言ってもいいほどの穴が開いている。それも歩くたびにそうなるため、通った後は爆発でも起きたのかと見まごうほどの荒れ様。

 立派に生えている樹齢何千年という木々は不運にも唐突にその生涯を終えることになる。


 大きな百足、人三人は楽に座れる横幅、縦はかなりの長さを誇る。無数の関節と黒光る甲殻に、普通の百足とは似ても似つかない足がある。

 体の下から横に生えている足は一度上に伸びそこから鋭角に下へ伸びている、鎌の様な鋭い脚。

 大地を穿つ無数の足が前後に動き、かなりの速度で移動している。

 それを見たヤナの森に住まう魔物は一目散に逃げだす。魔物にとっては幸いにも百足は目的地まで一直線。進路を変える気はないのだ。

 頭の部分は蛇のように首をもたげていて、蟷螂の様に鋭い刃を持った手が二対四本ついている。邪魔な木々は切り倒され……切り飛ばされ、高速の刃が動くことによる真空刃でかなりの範囲の大樹がなぎ倒される。

 

 彼方はその百足の中腹辺りに座っていた。その周囲には当然いつもの仲間六人、残りの一人はこれも当然に百足に変態して仲間を運搬中である。

 

 木小屋で彼方の見つけた土地の検討を全員で行い、そこにしようと結論が出たために移動を開始したのだ。


 それからは目的地へ向けて何が有ろうと真っすぐ移動している。進行方向にたまたま居合わせた魔物は例外なく切り飛ばされ、巣穴は遠慮なく突進により破壊。それに怒って巣から出てきた魔物もいたが百足の姿を一目見ると悔しそうに唸るだけだ。

 自分より強い者にはかなわない、泣き寝入りするしかないのが魔物の世界なのだ。

 だが巣を踏みつぶしたことを気づきもしないままに百足は進む、しばらく進むと前方には緑の集団が見えてきた。葉の様に鮮やかな緑ではなく、薄汚れた汚らしい緑色。

 因縁のゴブリンである。

 このゴブリンたち、ヤナの湖周辺でユーリウスの時空間魔法により移動させられたり、歌鈴に食糧調達隊を吹き飛ばされたりと彼方達を追い求め探し回っていたゴブリンの巣の勢力であった。

 あれから探しすぎて巣の場所も解らなくなっていたゴブリンたちは彼方等のことは忘れて森の中を彷徨っていたのだが、偶然にも再会である。

 といっても百足の胴体部分にいる歌鈴や彼方はいまだあの時のゴブリンと接敵したとは気づいていないのだ、そして気づかれもしないままにゴブリンの集団は百足に真正面から轢かれていた。

 

 まず先頭の小型ゴブリンが突進に巻き込まれ百足の体の下をごろごろと引きずられミンチになった、次に中くらいのゴブリンが鎌の様な足に踏まれその身体を貫かれ絶命。中くらいのゴブリンが守っていたゴブリンキングは流石に危険を察知して逃げようとするも百足の速度のほうが何倍も速い、出会ってから逃げるのでは悠長すぎる。一般兵も王も例外なくただ走っているだけの百足に轢き殺され、最後に残った巨大ゴブリンは幸運なことに百足の身体の幅より外側に居たために突進を免れる。

 残された巨大ゴブリンは悔恨の雄叫びを上げるがそれすら百足が出す歩行の轟音に掻き消される。

 後に残ったのはバラバラの肉塊となったゴブリンと体中に無数に穴のあいたゴブリン。

 地面に棍棒を叩きつけて悔やみながら巨大ゴブリンは百足と反対方向へ駆けだし、逃げた。

 

 次に目の前に迫るは岩の山。縦にも横にも広く大きい岩の塊のような山である。

 躊躇なくその岩山へ突撃する百足、大きかろうと百足は百足。普通の百足ならば砕け散りそうだが。鎌を体に収める様に丸め、頭を下へ向ける。頭突きするようにその岩肌へ突っ込み、破砕する。そして破砕し続ける。

 まったく勢いの衰えないまま岩を砕き続け進んでいく百足。


 そうして彼方等の座る百足の胴体半ばあたりが岩肌へ突入する瞬間、胴体から鋼の様な、見るからに硬そうな黒色の翼膜を持った翼が五枚ほど生えてくる、それは彼方等を囲むように、守るように折り重なり包み込む。

 それが当たり前、と。羽に包まれ寛ぐ七人は何事もないかのように談笑を続けている。


 そうこうしているうちに、ゴバァという破砕音と貫通音を上げて岩肌を突破する。

 尚も走り続け、遭遇するは巨大な谷の様な穴の様な、断崖。ここはアドリアーネに接する密林と平野の向こう側にある谷だ。

 

 そこへ差し掛かると同時に頭の先から順に胴体、そして一番最後まで蛇の形へと変貌を遂げる。百足の頃よりある程度短くなった胴体の真ん中あたりからは蛇の革と同じような質感の黒い羽が生えており、羽ばたいて空へと飛翔している。

 

 ちなみに先ほどの岩山突破の際も森林走破の際も、いま飛び立った時も乗せている主達に一切の揺れを感じさせていない。

 

 谷穴を飛ぶことで断崖を回避し、さらに進みゆく一行。

 だがアドリアーネの周辺は強力な魔物が跋扈する地帯。そんな空飛ぶ蛇という異形の存在に遭遇しても立ち向かってくる魔物が居る。


 同じく制空権を有し、谷穴の壁に卵を産み付け育てている。牙竜種の飛竜である。アニマに出会ったハーピィが言っていたレッサードラゴン、竜はこれのことであり。龍より羽も尾も体格までもが小さいが、それは比較対象が龍だからであり、凶獣種の一般的な魔物と比べてもその体躯は大きく、数も多い。

 赤い色が特徴の飛竜が群れを成して前方から襲い掛かってくる。大体飛竜は群れを成して行動しているが今回はかなり大きな蛇を狩りに来たのだろう、いつもの三倍は数が膨れ上がっている。ひと際大きい数百匹の飛竜により数千の飛竜がそれぞれ統率されている。数千が複数というとんでもない数の飛竜がすぐさま集まれるのだ、これがアドリアーネ周辺の魔物の力。部隊の様な均整の取れた動き。同じ翼を持つ者の狩り方を知っている迷いのない動きだ。


 空飛ぶ蛇の上下左右を抑えようと広範囲に広がる飛竜。このまま突っ込んでくる蛇を囲んでしまおうという考えなのだろう。 


 初めはほんの少しの変化だった。蛇の口がゆっくり開く。飛竜は身構え〈硬堅殻〉のスキルを発動し自らの天然の鎧である鱗を硬くする。その硬度は鋼と同じ、上質な鎧をまとったに等しい防御力を手にした飛竜は次の瞬間、左右に展開した部隊のはじっこ数百匹を残して、全てが蛇に飲み込まれた。


 スキルを発動した直後、途端に暗くなる周囲。何が起きたのかと焦り見渡す視界の中に、映るのは背後の光。

 左右を見渡しても同じ暗闇にとらわれた飛竜がなんだなんだと周囲を飛び回る姿。訳が分からない、何が起きたのか理解しないままに蛇の口は閉じられ、上下に展開した二千匹と左右の数千匹はあっけなく散った。牙で潰され、溶解成分を含んだ唾液で溶かされ飲み込まれた。


 その部隊のさらに後方に位置していた飛竜は目撃していた。瞬間的に蛇の口が何千もの飛竜を飲み込むほどの大きさにまで膨れ上がり何もわからなかったであろう同胞を飲み込み一瞬のうちに食らったのを。


 指揮系統は瓦解した。我先にと全力で蛇から逃げ出す飛竜。とても運がいい、歯向かわなければ何もする理由などないと、元の大きさに戻った蛇の口は閉じられ、もう開くことは無かった。


 左右にたまたま残された数百の飛竜はあまりの衝撃に怯えて逃げることしかできない。もしくは目を見開いて固まったまま。あるいは気絶して谷へと落下していく。

 目の前に死があったのだ。狩れるかどうかと意気込んでいたがそれどころじゃない、次元も何もかも違った。

 ほんの少し部隊が違えば自分が死んでいたのだから。


 強者に挑むのは魔物なら当然の事、それで下剋上ができたのなら自分にとって強くなれる材料にもなる。スキルも得られるかもしれない。だがこれではただの生贄になりに来たようなもの。挑戦なんて言葉どこにも入る余地がない。

 空の蛇は悪魔的であった。



 さらに蛇は飛び続け、レイドアースとエアハートの間に位置する平野へと飛び出た。

 地面は土のみ。アドリアーネに隣接する平野とは似ているが別物だ。 

 空飛ぶ蛇は地面を見つけるとゆっくり降り立ち、スピードは維持して走り続けながら巨大な蛇の身体を縮めていく。その背に六人が乗って余りあるほどの大きさは維持しながら、狼へと変態する。銀の狼だ。毛はとても柔らかそうで、それでいてしかし気高さを持つ流れるような毛並み。その大きな体で平野を爆速で駆け抜ける。

 平野に居るモンスターはその巨大さと、速度、力強く踏みしめられ陥没する地面をみて獲物だなどとは思わない。完全な上位者、危険な存在が現れたと。銀狼の姿を見た魔物は次々と道を譲り、逃げだす。

 大きな口にズラリと並んだ牙が見える、大気がひび割れたのではないかというほどの唸り声が上がる。吠えたわけでもないのにこの重圧感、威圧感。魔物のくせに腰砕けへたり込む者までいる。


 強靭な手足をしならせ、さらに速度を上げる。障害物はない、あっても気づかぬうちに破壊してしまうだろうが……。

 それだけの速度を出しつつも背中に乗せた仲間が落ちることのないように、風が心地いい程度にしか感じないように背中の銀毛を伸ばし、風よけを作り筋肉と背骨をしならせ一切の揺れが行かないようにしている。

 

 暫く走ると背中に当たる感触、彼方が銀狼の背を二回、トントンと優しくたたく。この強大で巨躯な銀狼に触れた程度の、あるのかないのかわからない感触が伝わるのかと思うが、そこはただの銀狼ではないゆえ。さらには銀狼の主であるゆえ。

 獰猛に細めていた金色の瞳を見開き、その合図と同時に止まる。地面を気にしなければ慣性を無視してピタリと止まることもできるのだが、此処は新たな主の拠点。荒らすわけにはいかないと、少しずつ周囲に影響のない様、速度を落として止まり。指定地から超えた分は歩いて戻ってくる。


 行き過ぎた、と素直に戻ってくる巨大な狼の姿は何とも言えない。それでもそこらの魔物からみたら歩く姿も荘厳に見えるほどだろうか。既に周囲に魔物は居ないが。

 地中の中に住む魔物でさえ銀狼が通ったところは一匹も残っていない。姿は見ていないがその走る圧倒的な振動から近づいてはいけない存在だと瞬時に理解させられているのだ。


 悠然と歩いていた銀狼の歩が止まる。ここでいいかと確認するように後ろを振り返りながら低く唸る。


「周囲に目印なーんもなしっ、正直わからないけどとりあえず、ここでいーかも」


 似合わない。場にそぐわない高い声音で適当な返事が返ってくる。絶対的な生物上位者であろう銀狼の話し相手に、お気楽な少女のはずれた調子はとても不釣り合いに見える。


「ここで大丈夫かと思います。早速城を建てますか?」


「二度目の本拠地。今回はそこそこおっきいやつでいいかもねー、黒い感じの強そうなのにしますー」


 小さな体躯、目いっぱい広げて大きさや雰囲気など踊るように細かく伝える彼方。

 その周囲に広がる七人の仲間の笑顔はまるで親子のものの様。


「それじゃっ、建築建築ぅ」

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