第三十二話 アドリアーネへご挨拶。
「吸血鬼?」
「さよう」
「どうして普通の人は入ってこれないわけ?私は何でここに?」
「解らぬ。この地には結界が敷かれている。とても強力なものだ、吸血鬼を支配下におさめる真祖、と呼ばれる原初の吸血鬼が居るのは有名な話だな?その真祖がこの地に吸血鬼以外の種族を招かないようにこの地を透過する結界を張っているのだが……」
「うーん……ちょっとやる気だして飛んでたから壊れたのかもね!」
「そんな軽いノリで真祖の結界は破れんよ、何かしらあったのだろう。ところで龍人、このままだと貴様は侵入者として追われることになるだろう。嫌だな?嫌であろう、ならば血を寄越すがいい。寝起きに活力に満ちた龍の血を吸う、幸福に包まれそうだ……」
想像したのかぶるりと身体を震わせる身なりの良い吸血鬼。自分の肩を抱く様に手を巻き付けてなんとも堪らないといった顔を惜しげもなく見せてくる。
「ま、また追われるの!?、ハーピィにも追われてたのに……!」
「ハーピィ?もしや貴様アニマではあるまいな」
「ん?なんで知ってるの!?」
男の顔に警戒の色が現れる。余裕綽々と、近づかれても反応しなかった男はここにきて初めて距離を取る、自分の間合い。逃げも攻めにも転じられる適切な距離を開け、半身になってアニマを改めて見つめている。
「鬼人種の中でも異質とされる吸血鬼、ここにしかいないわけではないのだ。下に降り街の中に溶け込んでいるものもいる。
情報がすぐに上がってくるのだ。最近、ガムザ平野に出現した黒城の話し、その住人の中にハーピィ殺しのアニマという龍人がいるという情報。
他にもあるが貴様に関するのはこれくらいか……たいして価値のない話だ」
敵の情報を知っているということ、そして知っているのかどうか解らせない事は時と場合によっては武器になりうる。だがこの程度では特に何も変わらないと判断した男は特に気にすることも無く隠さず話す。
「意外と有名なのね!、これから他の国に建国しましたよって挨拶に行くところなのに」
「ほう、それは初耳だ。そして建国とは、あの城は中央塔という事か」
「まぁそんなところね!、ついでだからこの国、吸血鬼の国にも挨拶していくわね!、中央塔はどこ?」
顎に手を当て考える。アニマという龍人の少女、ならば先ほど鼻で笑った真祖の結界破りももしかしたら成し得たのかもしれない。相手の戦闘力は未知数。
ハーピィ程度何匹殺そうが強さの証明にはならないが、アニマ含む黒城には気を付けろとお達しがあった。
それだけ警戒する何かがあるという事。
このまま言われた通りにこの国の王のところへ案内すれば良好な関係が築けそうでもある。
しかし……。
「そう簡単に心を開いてよいものか。それにそもそもアポなしではいきなり国王には会えんぞ」
事実。国のトップが正体不明の輩といちいち会うわけにはいかない、会わせる者も居ない。
「ふむ、ふむ……解ったわ。なら貴方が伝えておいて!シャルマータをよろしくって!じゃね!」
「ま、なっ……!」
引き留めようとした。が口を開く前にそれだけ言い残すと、風一つ起こさず目の前から消えていた。
周囲を見渡すも移動の痕跡が無い。
「吸血鬼の眼を超すか。血が足りてなかったとはいえ……ただの龍ではないようだ、やはり」
残された吸血鬼の男、鬼人種、吸血王。真祖の末端に名を連ねるヴラド=グレイシスはひとり呟いた。
――ガムザ平野。
「歌鈴さんーーーーー!!!」
声が引き伸ばされる、発声地点から数キロ離れた地点まで間延びしている。
「なんであろ?」
対して返答する声も又同じ距離だけ離れて聞こえる。音を置き去りにする音速移動。
その次の返答は、声の代わりに破砕音で返ってくる。
ガァン!と激突する音と、ガラガラと壁の崩れる音。
黒城を出てからちんたら歩いても仕方ないと言い出した歌鈴は、どうせついてこれないだろうキルシーの首根っこを掴んで引きずるように音速並みの速さで走りだした。
土煙が何故か一切立たない高速移動の末、早々に城門まで辿り着いた歌鈴は城門前で急停止。それですら、周囲の空気も動かなければ土煙一つ起こることも無い。
と、同時に離したキルシーの身体が慣性によって吹き飛んでゆく。
スキルによってハーピィより数段頑丈になっているキルシーの身体は城門に衝突すると共に門を破壊。
数日前にレイナスが壊したものを急いで立て直した急ごしらえの城壁は再び崩れ落ちた。
この時には自然の法則に従い其れなりの風の動きと、軽い砂が舞い上がる。
「さて、ここからはゆるりと行くぞ。顔も売らねばならんしのぅ」
移動した痕跡すらない黒城からアドリアーネ城門までのガムザ平野の一本道を背に、中央塔を目指し、今度は歌鈴が歩き出す。
ガララ、と瓦礫を押しのけてキルシーが復帰する。
「歌鈴さん、待ってください……っ」
からん、からん、と下駄を鳴らし、黄金一尾を揺らして歩く妖艶な美女、歌鈴の後を追い縋る。
「それにしても焼けた建物ばかりであるなぁ、復興中といったところかの」
「復興中……何かあったんですかね?」
「おぬし忘れたか?レイナスがここへ遣わされたろうに、お前を救出するためにのう。その時戦った後であろうな」
「ええ……!!戦い!?」
キルシーは驚いた。牢屋に来た時のレイナスの落ち着いた様子から隠密が成功して気づかれずに来たのだと思っていたから。
牢獄は情報を遮断するために上の階層が吹き飛ばされていてもあまり気づくことができない。
「てっきり見つかることなく私の牢屋まで辿り着いたんだと思ってました、レイナスさんって逃走系のスキルが豊富なんですか?」
そこで、キルシーは緊張から身体がこわばる。
歌鈴が恐ろしく馬鹿にしたような呆れたような目線を送ってきていたから。
逃走系のスキル、当然上位種に出会った時に重宝するために多数持っていたからと言って蔑まれるいわれはない。なにか他にまずいことをいったのだろうかと緊張した面持ちのまま遠慮がちに見つめ返すキルシー。
戦ったと聞いてなお、これらの焼跡の惨状や破壊痕はレイナスが逃げて躱した敵の攻撃によるものだと思っている。
「まぁ、いちいち訂正はせん。おぬしも我らの仲間になったのなら、その内解るであろうしなぁ。
それより敵がでたらおぬしが相手をせい、ダメそうだと思ったら我の後ろへ下がれ、よいな」
「わ、わかりました……今回の目標は国王を探して建国を知らせる事なんですよね」
「うむ、たしかレイナスが中央塔は破壊したと言っていたから……国王は今どこにいるのであろうなぁ」
見つかるかどうか、と言った思案顔の歌鈴を見ながら思う。レイナスは確かに中央塔を破壊したと言っていたが中央塔は特殊な鉱石と術式を用いて組み上げられている無敵の城塞、並みのことでは壊れない。
……それを壊したと言っていた……。仲間を疑うわけじゃないけどなかなか信じられないわ。けど歌鈴さんはそれ前提で動いてるみたいだし……。
見ていない以上、否定の材料は推測でしかない。自分も壊れている前提で、どこに国王が退避したかを考えようと決めたのであった。
2人の姿を見止めたアドリアーネの住人は多少物珍し気な視線を送るも特に何をするでもない。
城門の破壊に関しては近くに目撃者がいなかった。
キルシーの捕虜の件は一般の住民には知らされていないし顔も割れていない。
ただ狐の種族を見るのはあまりない事ゆえ、珍し気に尻尾を見る程度で特に声をかける者も居ない。
勿論歌鈴の美貌ゆえ、ねっとりとした男性やうっとりした女性からの視線はあるが、みな復興のため瓦礫を持ち上げたり魔法で組み直したりと忙しく、色気に時間は割けない。そんな忙しい中を平然と道を歩く二人は少し浮いてはいるが。
そんな優雅にからからと下駄を鳴らして歩く歌鈴らと対象に、臨時会議場は荒れていた。
――臨時会議場。
「どうすればよいのだ!?」
「二つ名を総動員しろ!!、政府と貴族の者は直ちにアドリアーネを緊急避難し再起の時を測るのだ!」
怒号の発生源は臨時会議中の大臣ら。口から泡を飛ばし額に青筋を立てて叫ぶほど慌てている。
この臨時会議に出席しているのは国王とアドリアーネの重鎮たちだけである。
「それは敵前逃亡と同じこと、それに二つ名を総動員しておいて自分は逃げるというのはどういうことなのですかな?、まさか人類最高戦力があてにならないとでも?」
「資料を読みたまえ、ユーリウスが破れているのですぞ?あてになるとお思いか?」
「無礼な!、敵の卑怯な手に掛かったに決まっておろう。何度この国を救ってもらったか忘れたのか!?」
臨時会議という名の、動物園の様なものを国王は努めて冷静に心中を表情に出さないように静観していた。
大臣達や貴族というのはまぁ、あてにならない上にむしろマイナスになると決まり切っているものだ。
一部の聡明な者は口を出すのも時間の無駄と腕を組んで目をつぶっている。
こうなることが分かり切っているからこそ、この会議の前に仮の事前会議として二つ名との情報共有の時間を設けていたのだ。
国王にとってはずっとそっちこそが本会議であった。
「それでは決定する。アドリアーネに来訪した黒城からの使者と見られる妖弧種の者と、元捕虜のハーピィ、キルシーらの謁見を許すこととする」
当然、否定の嵐。
今までも国王の鶴の一声で決まることは多々あった、というかかなり多かったが、流石にアドリアーネを、ましてや中央塔を破壊しなおかつ二つ名を殺した組織からの謎の来訪者と国王が会うなんてありえない話なのだ。
「これは最終手段なのだ。明日、例の合同会議が行われることになっている。その結果を踏まえ、この決定は変更することになるかもしれないが、特にその会議を経てもなんら有効な対策を行う事が難しいとなった時。ユーリウスが退けられ、ジャニーヌが殺され、キュリスが恐慌状態に落いった結果を踏まえ、一度話し合う事が必要だと感じた」
感じたわけではない、この本会議が始まる前の二つ名を集めての会議の結果。それが良いのではないかとの見解が出たのだ。
「仮にそうなった際には、護衛としてできるだけの二つ名を背後に控えさせる」
「それは……そうなった場合に相手の建国を認めるという流れにはならないのでしょうか?国王」
あんな蛮族が国を持つことすらおこがましいというのに、ましてや国を認めるなど在りえない。と国王に向けるには非礼なほどの鋭い眼光が、先ほどから怒鳴っていた大臣達から浴びせられる。
「認める以前の問題だ。国とは民がいて成り立つもの。言わずともわかるだろう」
国王と二つ名の考えとしては、ドワーフの武装を貸し出してもらい、神級の武具で装備した二つ名で迎え撃つ、もしくは話し合う事。
エルフからの助力は恐らくあまりない。ドワーフは大勢をリンドホルムにて殺されているし、その性格からある程度のバックアップは期待できるものとして見ているのだ。
問題はどの程度の武具を貸してもらえるのかという事と、その代価。
国王が人知れず心中思案を重ねている間にも大臣達は声をあげ、騒ぎ、勝手に会議を進めていく。そうしてついには……。
「……では、了解いたしましたぞ。国王様」
なんとも、腹に一物抱えてますと言った顔で引き下がる大臣達。
この大臣貴族らも監視をしておかなければならないなと心労故の溜息をつく国王の退出と共に会議は終了した。
「王よ。いざとなればいつでも私をお使いください……」
退出する王に駆け寄り背後から声をかける、アドリアーネに住まう貴族の一人。姫にして当主であるダリア姫。
「……勿論だ」
振り向かないまま呟く王に、深々と腰を折る姫。
あまりそういう事態にまでは発展してほしくはないなと国王の、エアハートの、秘匿された最後の切り札を思って眉間の皺を更に深めていった。
――町中。
「ここらはだいぶ通常運転であるな。壊れた街ばかり見ていても仕方のないものよの」
主と連れ立ってきた時のためのデートコースはここらだなと、周囲の店や街並みを確認しながら呟く歌鈴と、辺りを警戒しながら隣を歩くキルシー。
多少速足で移動しているものの、その程度ではなかなかアドリアーネの中央塔にはつかない。すでになくなってはいるが一応まずは中央を目指そうという事で歩いている二人。
「歌鈴さん達はとても余裕でうらやましいです…」
「そうであるのう。命の危険、もっとも……でもないが我が主の嫌いな事。安全に過ごすのが一番よなぁ」
……そうなの?それにしてはこんな挑発的な行動してるし、歌鈴さんだって存在がばれていつ二つ名が迫ってくるかわからないのに……。
気になる。シャルマータの皆の戦力が。
「歌鈴さんってどんなスキルを持ってるんですか?」
「うーむ。ああ、我らこの世界の住人ではないからのう、スキルとかそういうのは持っておらん」
……どゆこと?、世界って何かの暗喩?、スキルはまだないけどある程度戦えるみたいなこと?
「何かスキルを覚えようとは思わないんですか?」
「覚える意味があるかのう?、像が蟻の歩幅を覚える必要はあるまいよ」
……なんだか凄いこと言ってる。つまりスキルを覚えるより今のままで十分強いってこと?
「歌鈴さんたちは不思議ですね……みなさんそうなんですか?」
「この世界に降り立ったのも最近であるしなぁ、全員スキルにも興味ないであろ。我が主は……面白ければスキルにも興味を示すやも知れぬがな」
「面白さですか……多分殆どの人が戦闘や生活のために必死になって覚えるものなんですけど、やっぱり彼方様たちは変わっていますね」
「凡愚と同じと思うておったか?節穴であるのう」
やっぱり、おかしな人たちだと思うキルシー。
しかしその溢れ出る余裕さの様なものは、傍に居て心地がいいというか。生存競争の激しいこの世界、強者に出会っては犠牲を前提に逃げ続けてきたハーピィ種にはとても眩しく映っていた。
「さて、おぬしは気づかぬ様であるから、まずは我が片づけるとするかのう」
キルシーが何のことかと首を傾げると同時、歌鈴が胸の前で肘を横に立て手のひらを合わせる。
すると歌鈴とキルシーの前後の通りから同じ装束を来たフードの男たちが次々と物陰から飛び出てきて空中に団子の様に丸く固められる。
「ど、どうなってる!?」
「魔法だ!、術者を潰せ!!」
今まで全く気付く素振りも無かったのにいきなりどういう事だと。隠密専門、アドリアーネの部隊が何故こんな!と口々に騒ぐ監視兵たち。
その姿を見たキルシーは驚きと怒りの声を上げる。
「隠密!?つけていたのね!!」
更には歌鈴が嗤う。
「あっは……はは。魔法であるとぉ?、それはニイアの得意分野であってなぁ。我は魔法なぞ使えぬよ」
そして歌鈴は合わせた手のひらをパン、と一回打ち鳴らす。
空中に集められ肉団子状態にされた隠密の男たちは文字通り肉団子になった。十分の一程に圧縮されたのだ。外側全方向から同時に圧力をかけられたかのように、その肉団子の真下からは血が噴出し、潰された隠密達は骨を砕かれ粉状にすらなったかもしれない、皮膚は破れ、肉は混ざり合い。ひとりひとりの集まった塊であったものは、混ざり合い一つの肉の塊となっていた。
隠密達が悲鳴を上げる暇はない。上がった悲鳴は街の人たちの物で。それを心地よさそうに背に受けて颯爽と、何事もなかったかのように歩き出す歌鈴。
その背後へ、どちゃり、と宙に浮いていた元監視兵の肉塊が落ちる。
驚きや悲鳴は上がるが監視兵は一般の民に知られていない、急になんだ?誰だ?という疑惑が、大騒ぎになる一歩手前で押し止める。
キルシーはしばし呆然と立ち尽くしたのち、急いで追いつき、烈火の疑問を浴びせかける。
「歌鈴さん!どういうことですか?気づいてたんですか?あれは隠密ですよね?、隠密ってあんなに弱かったですか?、魔法ではないって??」
恐怖はしていない。アニマの戦闘姿に憧れるだけあり、強い者には憧憬の念を抱く。
「その質問も、何度目かのう。世界を渡るたびに、おぬしのような者が現れる」
世界を渡る。その言葉が、異様に頭に残る。そんな在りえない事、常識外の事、今までの根底を覆す事、あるわけないって自分の中の全てが否定していたが。
目の前の人物、歌鈴からは至って普通の事を言ったという雰囲気しか伝わってこなかった。
キルシーは興奮していた。圧倒的な未知が身近にあると感じたから。今まで言われた言葉の内容が殆ど理解できていなかったけど、それは自分が狭い枠組みに生きているからなのかと、もしかしたら大変凄いことを聞いていたのに、その話の尺度と自分の図る物差しが合わな過ぎて、とんでもなく勿体ない事をしていたのではないかと、だんだんと後悔の念すら湧いてきていた。
2人の珍道中は、まだ続く。
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