第三十三話 アニマの挨拶。
――連龍国。
「なっ、なに、なに!?」
開幕、いつも驚いている気がしないでもない国王ナティアは今日も驚いていた。
「これはなかなかですねぇ」
それまで平和だった連龍国はざわついていた。
困惑と警戒とで国内が満たされる。
龍は風がわかる。とんでもない速度で何かが迫ってきているとまだ成長途中の小さな龍人も、年老いて家からあまり出ることのなくなった龍人も誰もが感じた、風を通じて。
そしてアニマは降り立った。
連龍国、国王宮殿前の城門の中、城への扉の前に。
歌鈴と同じく、音さえ追いかけ追い縋るほどの速度を出して急降下、目的の王宮前、地面に足の着く寸前までその速度を維持していたにも関わらず、着地と同時の羽ばたき一つでその慣性と勢い、生じる風圧などの全てを殺した。
まさしく王者の羽ばたき。
連龍国の王の帰還と教えても、知らぬ人からしたら信じてしまいそうなほど、圧巻的で壮観な光景。
その圧に押されて、門番は止めることができない、槍を持ち、城門前でアニマを見つめたまま固まっている。
そんな門番の横を通り過ぎ、城への門が開けられる、中へと遠慮なく入っていくアニマを見送ることしかできなかった。
龍ならば余計にわかってしまうから、完全な上位者、格の違う者。
「と、とめなければ……」
声に出す、もう一人の門番へ向けて。しかそれは決定の意思でなはく、そうしないといけないよな?という疑問を含んだ声だった。
もちろんその答えはイエスなのだが、邪魔をしたくないとさえ感じる。それほどまでに、着地だけでアニマは多大なる影響を与えていた。
「こんちはーっ!!」
元気な声が響く。中に居たのは聖職者の様な白い服装の老齢の龍人や、城の警備や護衛の者であろう鎧を着て武器を手にした龍人。
誰もが手を止めアニマを見ている。声がしたからとか、乱入者だからではなく、先ほど感じた風の気配の龍人がどんな者かと好奇の視線を向けているのだ。
とはいえ、護衛兵ともなれば立場上動かざるを得ない。ひと際立派な王冠のついたヘルムを頭に被った龍人が、他の龍人と比べかなり身長の小さいアニマと目線を合わせる様に屈んで話しかけた。
「君は一体――」
「お待ちなさい。その者は国王への使者。私が預かります」
そんな優しい護衛兵に待ったがかかる。上空から飛来するアニマのやる気に満ちたオーラを感じ取り、急いで国王執務室から階段を駆け下りてきた従者、クリストフェル。
白い長髪に金色の龍の目を持ち其れなりに身長が高く、服装は上から下まで一着の袖付きワンピースの様な物。
「そうですね?アニマよ」
「ええ!、あなたまでも私の名前知ってるの?、知らない人に名前覚えられてたの今日二回目よ!」
元気な甲高い声が王宮に響く。周囲に居た龍人、クリストフェル含め、まるで幼い時の国王を見ている様だと懐かしさに目を見張る。
今も幼いが…。
「貴方は意外と有名人なのですよ。勿論御仲間の方もです。では参りましょうか」
手招き、アニマを連れ立って来たばかりの階段を再び上ってゆく。
「普通ならば事前に行くことを伝えてから来なければならないのですが、本日は特別ですよ」
「へー!そうなのね!」
その返答だけで、ある程度アニマの事を推察していくクリストフェル。今の言葉に対して、今回の事を詫びるでもなく、喜ぶでもなく、そういうことをする必要があるのか、と納得しただけの返事。
……なにやら荒れそうな気がしますね。大分先かも知れませんけど。
やがて龍の装飾が成された扉の前に到着する。
「ここです。見た目としては国王様は貴方と同じくらいなのですが、貴方の年齢はどのくらいなのでしょう?」
「私は四歳くらいかしらね!」
「なるほど。国王様よりだいぶお若い」
そのままの意味で受け取ることは無いが、どういう意味を孕んでいるのだろうかと考えつつ扉を開ける。
応接室の類は無いので国王執務室のソファにアニマを座らせ……。
「国王様、アニマが到着いたしました」
「ええ、解ってる。いらっしゃいアニマ。私は連龍国、国王にして祖龍のティアナ」
「よろしくね!、私は彼方様率いるシャルマータのアニマ。よくわからないけど龍人らしいわ」
「よくわからない?他の種族に育てられたのかしら?」
自分の種族が解らないのは在りえない。生まれたときから人里で過ごして外に出なかったとかいう話なのだろうかと首を傾げる。
「まぁ他の種族といえばそうね!、その話はいいんだけどっ。えー、彼方様からの伝言があります!
ガムザ平野の真ん中あたりに拠点を建てました、これから国にしていくのでとりあえずの建国宣言というか、建国のお知らせをします。するのを忘れていたので。あんまり国土は近くないですけど、よろしく。だそうよ!」
偉大なる、と仰ぐ彼方の言葉を早く伝えたいと矢継ぎ早に言葉を放る。
「まぁ……なんとも勝手な話ね……。それは勝手に言っているだけで実際はどうなの?」
「ん?、今は民は居ないんだけどそのうち集めるからそしたら国っぽくなるかもしれないわね!」
「この話、他の国には?」
「エアハートってところと、レイドアースってところと、キャヴァリエってところと、此処と…そのぐらいかしらね!今のところは。きっと気が向いたら他の国にもお手紙とか出すかもしれないけど!」
「そうなの……ガムザ平野に接してる人間三国は反発するかもしれないわね。特にあなたはエアハートから追われているし。
ねぇ、同じ祖龍同士、此処で暮らさない?追ってからもかくまってあげるわよ?」
連龍国の国王は建国やら人間国やらの話はどうでもよかった。折角数少ない同じ祖龍が現れたのだ、是非とも仲間にしたかった。特に同族意識の強い龍であるし。
「それは無理よ、彼方様がここに暮らすっていうなら別にいいけどね!」
「そう、大切なのね……その人が。でも貴方たち、ガムザ平野を独占するのはやりすぎているわ、そのままだと人間国に滅ぼされるわよ?」
「え?そんなわけないわよ、私たちが独占してるんだもの」
「…………、アニマ……」
その返答に、近くに控えていたクリストフェルも息を呑む。その表情、仕草、声色。全てにおいて滅ぼされるなんてあり得るわけないと、心の底から語っていると解ってしまったから。
しかしそんなこと実際にはありえない、他にももっと言えばエルフ国やドワーフ国にも絡んでいる状態なのだから。しかし当の本人がこう言っていては何もできることがない。
「アニマ、エルフやドワーフにも気を付けてね。どうしようも無くなったら連龍国を頼りなさい」
「うん……悪い人じゃなさそうだからうれしいけど、私はどうしようもなくなったら彼方様を頼るわね!、それじゃ、建国は確かに伝えたから、何かあったら遊びに来てもいいわよ!、またね?」
国王を前にして、自分から訪問し、更には勝手に話を切り上げ立ち上がり、返答を待たずに扉へと歩き出す。
咎めるべきか、国王を見るクリストフェル、それに首を振って返す国王。
「ふぅ……とんでもない子が祖龍なのね」
アニマはさっさと帰ってしまった。残った二人は、シャルマータをどういう扱いにするべきかと思案するが。
「今はまだ、放置で問題ないでしょう。特に損得も発生していませんし、祖龍のアニマは我が国へ迎え入れたい、それだけの事。機を見てアプローチしていきましょう」
「それにしても思ったよりかなり豪胆な子だったわね、祖龍の事とか知らなかったせいかしら?
それ以前にあんまり常識とか知らないみたいだったけど…。」
連龍国国王とその従者という強大な力を持つ龍に対し、一切物怖じせず自由気ままに言いたい事を言い、帰っていった。その姿にティアナは結構好感を持っていた。
「何かしら、情報を仕入れて仕掛けなければなりませんかね……」
アニマを、国王のためにも国のためにも引き入れたいと再度願い直すのであった。
――ドワーフ国〈ヴェルズベルク〉、最高会議場。
三カ国合同会議の場。物々しい名前をしていてもただの三種族が集まる会議というだけである。
それぞれの従者を背後に控え、三人が着席する。
「エルフ国、国王代理のマグネビアだ」
絹のような美しい白髪を持つ初老のエルフ。実質の最高権力者。エルフ国王が人前に出ることは無い。
「ドワーフ国、国王のガルバディアス」
黒い髭に黒い頭髪、厳つい顔だが若々しくドワーフより進化した種族であり身長は人間と変わらない。見た目も髭が濃いだけでこれといった特徴は無い。
「エアハート国、国王ライザだ、よろしく頼む」
国のトップが三人集まる、その緊張感は半端ではない。重々しい空気に会議場が包まれる。
「まず、リンドホルムの件。迅速な情報開示に礼を言おう」
開口したのはガルバディアス、顎髭に口まで覆われているため、もごもごと髭が動くだけで口は見えない。
「ええ……。リンドホルムのドワーフの件はとても残念でなりませんでした。一刻も早くその無念を晴らすべく、犯人を裁きたいのですが……」
「できんのだろう?、なぁ、人間よ」
挑発的に発言するのはマグネビア、会議場全体に響くほどの高圧的な声音。肘掛けに頬杖をついて適当に腰かけている。
「そのようだな、なんでも攻撃が効かないと……」
手元の、エアハートが開示した被害状況とそれまでの経緯、敵の特徴や所見などを書き記した資料を捲り大雑把に確認していく。
「ユーリウスまでもが一度は退けられました。今のところエアハートでの対抗策、というより試していないのはユーリウスの時空間魔法のみでありまして、どうしたものか困った状況。
今もシャルマータの一員である一尾の狐と元捕虜のハーピィがアドリアーネの中央部へ向けて進行中でして」
「悠長なことだ。ドワーフを大量虐殺され、地形を破壊され都市を二つも破壊され、中央塔まで失った、その原因が再びアドリアーネ、主都に来ているというのに。何の対策もできていないとは、国防意識はあるのか?」
「国を守りたいがゆえ、この会議を開かせていただきました。是非お二方の国の力をお貸し願いたいのです」
「ドワーフとしては、試験運用も兼ね、ある程度の武器を、貸し出すことは構わない。俺らも被害を被っているわけだからな、ドワーフ殺しのシャルマータ。……ああ、当然無料じゃねーがな」
「ご助力いただけるだけで感謝いたします」
ドワーフは金にがめついわけではない、だが国を運営するには金が要りようだ、毟れるときには誰もが毟るのだ。
「エルフは動かぬぞ」
ぶっきらぼうに手を振りながら溜息交じりに言葉を投げる。
「エルフもアドリアーネの戦闘で護衛兵に死者が出たそうだが?」
「ああ。二つ名と絡めた神域級と見られる封印魔法が効かなかったらしい、護衛隊が殺されたことにはとても怒りを感じている。早急に自国内にいるエルフの仇でもあるシャルマータを討滅することをお勧めする、エアハートよ」
「護衛兵がやられたんだ、少しは力を貸してやってもいいものを」
「私としては護衛兵の死をそこまで重く見てはいないのでな。むしろ正体不明の相手に突っ込ませ自国の兵を悪戯に消費するわけにはいかぬ。簡単に言えばエアハートやその周辺の国が人柱となり情報を少しでも引き出すことを期待している」
堂々と、自分たちのために生贄になれと、相応の国力を持つエルフだからこそ言えること。
「ふぅ……。エルフの魔法が通じなかったとするとある程度、気合の入った武器を貸し出さないといけなそうだな」
「神格殺しで良かろう?」
「あれは特別中の特別だぞ、わざわざ神以下の存在に神を殺す武器を使う必要があるまいよ」
「自称に過ぎないがな、実際に神を殺したことは無い」
「私としては相当の数を貸していただきたい、正直それでも討滅までにかなり苦労するのではないかと考えておりまして」
「武器が良くても使い手がだめかもしれねーからなぁ。とりあえず適当に見繕っておくからよ」
「それではドワーフは武器を貸し、エアハートはそれをもってシャルマータの討滅をするということでよいな。会議は終わりだ、きちんと討滅の報告をするがよい」
「待ってください、エルフ国からも何かご助力を願いたい。先日のユーリウスへの言葉は私も聞かせていただきました。ですがいまだ人間国は団結には程遠い現状。それを成すためにもここでエアハートが陥落するわけにはいかず……」
「知らぬわ、お前たちが滅びないようにする理由が、エルフにも、ドワーフにもないであろう。ただ同胞が関わったゆえ、会議にはでてやっただけのこと。
友好国とは名ばかりの属国であろう、我らの関係は。助けを請うならばそれ相応のメリットを提示しろ、ではな。」
席を立ち颯爽と歩き出す、そんなマグネビアの姿に尊敬の眼差しを送る従者が慌ててその後をついていく。
「やれやれ、嫌われたもんだな、人間もよ」
「同胞でいがみあう唯一の種族、確かにその通りですから……」
「ま、自業自得なのは確かだな。そんなぶれぶれの種族だからこそ上位に立てねーわけだし」
「ええ。ですが統一はとても難しい……」
「それでも、俺らからしたら助ける理由はあんだよな。人間が弱いから、一番武器を買ってくれる。経済的なメリットが俺らが人間を助ける理由だ。その程度の繋がりしか持てない事を恥に思いながら、現状も未来も、何とかするために動くんだな。
武器は後で部下たちに送らせるからよ」
ありがとうございます、と頭を下げるライザ国王を尻目にずかずかと大股で歩いて退出するガルバディアス。
酷い会議の内容だったが、なんとか対抗しうる手段は手に入れた。ドワーフの上位武器を二つ名に持たせればひとりひとりが対上位軍級の戦力を持てる。
「他国に頼らねば排除できない脅威が現れるとは……」
頭が痛い、目下最大の悩みの種である。
「ひとまず、ドワーフの武器が贈られ次第、二つ名を総動員。レイナスの討滅を…いや、下手に手出しはしないほうが良い、のか。……まずは様子見が必要だな……シャルマータの戦力が全く分からない今、全面戦争は危険。ある程度の戦力を推し量れたところで倒せるメンバーから順に討滅し、最後にレイナス……か」
レイナスはシャルマータのリーダーではないようだが、流石にあれほどの化け物が出てくることはないだろう、と国王は考えていた。
「ふぅ……それにしても、本当に何者なのだろうか……あんな強さを持ちながらにして今まで無名のままでいるとは……」
建国するなどという馬鹿げた事を平然と複数国へ言ってのけ、一国の最高戦力都市へ単身突撃し、余裕でその目的を果たし、更には大規模破壊を二度も行い、二つ名を死傷させる……。
「災厄だ。早急に……なんとかしなければな……。まずは歌鈴とのぶつかり合いか」
その数日後、黒城の周辺国へと手紙が届く。
建国を伝えるその手紙を、エルフ国は破り捨て、ドワーフ国は対応への会議を始める。
レイドアースは喜んで受け入れ、キャヴァリエもまた破り捨てた。
連龍国へはアニマが行き、建国の知らせを果たした。
予想外にも吸血鬼の国へも伝えることに成功し、その知らせは真祖たちの間で共有されることとなる。
そしてエアハートには……歌鈴とキルシーが迫っている。
監視につけた隠密、全滅したとの報告を受け。国王は急ぎ、エアハート近辺依頼中の二つ名を集め、その身辺をドワーフ国から送られた武具を装備した二つ名で固めた。
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