第七話 二人の英雄


――マンダルシア草原跡地。


 討滅依頼を受けた〈巫女〉ソフィア=グレーマン、〈連理〉ベリト=ヘダー。二人はラツィオ騎兵団百名ほどを引き連れて破壊された場所を確認しに来ていた、討滅のため情報集めの調査だ。


 二人と百の騎兵はまだ、気づかない。

 



「嗚呼……、なんという戦いの痕…。魔物とは言え、どれだけの命が葬られたのでしょう……。想像しただけ、で…うぅ……」


「龍人の破壊痕じゃないですねこれ。本当に龍人なのですかね?、報告にあったような一撃必殺技なんて持ってる個体確認されたことがありません」


「まだ…人間種の開拓した土地は少ないのです……、魔物たちの間ではこういう個体も居るのかも……」



 大地を響かせる、轟音。薙ぎ払われる木々。




「それより泣いてる暇に作戦とか立てますか?必要ないですかね」


「立てましょう、万全は尽くすのです……、一度ラツィオへ戻りましょう。まだ龍人の行方もわからないようですし……」




 数々の山を越え、雲を掻き分け、迫りくる。




「そうですね、まずは対象を見つけないと話になりません」


「それでは……騎兵団の皆様も、調査に付き合わせてすみませんでした、戻りましょうか…」




 瞬間、視界が揺れた。地面が振動し、連理以外のその場の全員が地にひれ伏す。


「ウオオオオオオオオ!!!」


 都市へ帰ろうと背を向けた彼らの背後から山を掻き分け、水の巨兵の大群がその姿を現した。



「巫女!!」

 連理は巫女を抱えて勢いよく横っ飛び、泥まみれになりながら水巨兵の突進の軌道から転がり逃げる。判断の遅れた騎兵は、巻き込まれ、約半数の数を一瞬で失い、残された五十名もその余波で吹き飛び空中へ投げ出される。


「人間種の神よ。……今こそ、その加護を。我らの種族に祝福を……〈聖骸〉発動。聖魂変生ッッ!、お願いします……みなさん!」



 白いドレスに白い髪、白い眼は硬く瞑り、真っ白い手を合わせ、両膝を付いて天に祈る。スキルの発動、同時に宙へ放り出されていた騎兵五十名、全員が天使種へと進化した。身体は白光に包まれ、背中からは身の丈程の白翼を生やし、羽ばたくことなく中へ浮く。全員の頭上に白い輪っかが創造されると、一斉に反撃を開始する。

 両手に次々と作り出しては投げつけ、水巨兵の身体へダメージを与えていく光の槍。水巨兵の数およそ五百体、天使種騎兵の数五十。突進を続けんとする巨兵の進行先には都市ラツィオがある。半数の二十五名で五百の、雲を貫く程の巨体を食い止める守護結界を展開、そして維持。残りの半数で水巨兵に次々と光の槍をぶち込んでく。水の体躯ではあるが生み出した幻獣種より眷属である水巨兵の種格はそこそこ劣る。天使種へと変貌させられた騎兵団の光の槍は一本でもその心臓部へ突き刺さればすぐさま崩れ落ちてゆく。水巨兵の心臓近い位置まで上昇し自在に天を駆け、五百から四百、三百と次々と敵の数を減らしてゆく。天使騎兵に表情は無く、声も上げない。


 聖魂変生。自分の味方、同意を示した者を無条件で、聖なる魂、天使種へと一時的に生まれ変わらせる能力スキル、それは本物の天使種とは多少違うものの、その種格を天使種まで引き上げるだけで圧倒的な力となる、ましてやその軍勢を際限なく制限もなく作れる、規格外のスキル。


「……………………」


 その多少の違い、とは所詮基が人間種のため意識が薄れていること。それゆえ雄叫びは上げない。話さない。ただ敵を認識し屠る。細かな指揮は能力発動者のソフィアが取っている。


「ヴァァアアアア!!!」


 対して水巨兵は怒り叫ぶ、一時的な被造物といえど創造主八海大蛇の願い、大水蛇虐殺の原因を排除せよ、それを遂行できていないから。ゆえの怒り。

 なぜ他の種に邪魔をされるのかわからないままに交戦している水巨兵、手の届くところに目標がいるのに人間種が邪魔をする、ならば戦うしかない。命令遂行のため水巨兵側は水の槍を振るい始める


「効きませんよ、水巨兵……貴方たちの情報は、すでに私の仲間たちによって調べ尽されているのです……、創造主は水系幻獣種ですね?、私が十歳になるころには既に、幻獣種の存在、その情報は先達の二つ名……、彼らによって解き明かされています。くわえて……なにより、幻獣種の種格は……天使種より下。私たちが、負ける理由は……ないのです」


「まぁ、騎兵さんたち連れてなかったら多少被害はでていたでしょうがね」


 巫女は必至の祈りを捧げる。勝利を信じていても、命を懸ける行為。どちらかの命が失われることを良しとしないのだ。供養の意味を込め祈り、しかし負けるわけにはいかないと勝ちを宣言する。

 そんな巫女を隣で暇そうに連理は眺めていた。やることがないのである、数がいくらいようが水巨兵に天使種を葬る術はない、まして傷つける手段すらもっていないのは把握済み。懸念していた都市への被害も半数の天使騎兵の結界により守られている。


「俺が居る意味、薄いですよね」


 人間の誇る対軍最高峰の能力を前にその数を減らしてゆく水巨兵。振るう槍は騎兵にあたれどすり抜けていく、掴もうと伸ばした手もすり抜ける。攻撃手段がゼロなのだ。その水の体躯という物理無効や圧倒的な巨躯による物量攻撃、どちらも天使と化した騎兵には全くの無意味。天使は物理で触れられないから、天使の槍は物理ではないから。光の槍と言っても形容で実際は天力の槍。天使の力を込めた白い光の槍に見える槍である。同格以下であればほぼ対策のできない、それほど「天」というものは強いのだ。


「ヴ、グァ、アアァアアア!!」


 残り数百の水巨兵、結界を破らんと体当たりを始める者、怒りに任せ水の槍を振り回すもの。

 そんな光景に涙する巫女。せめて言葉が通じれば和平の道もあったかと。

 草原の破壊痕を見てハーピィの無念に泣いた巫女は、水巨兵の散りゆく命にも嗚咽する。


「巫女さん、わかってますか」


「わ、わがっで……ますぅ…、人間との天秤にかけて……私の、価値観で……殺しています、ぅ……」


「いやいや、生きるために必要でしょ、泣くことも無いと思うんですが」


 感情的な能力者とは対照的に騎兵は、ほぼ無感情のままに攻撃を避けることもせず、ひたすら光の槍を打ち込みとうとう最後の一体に槍が刺さる。崩れ消えゆく巨体。その疑似的な生命が消えると同時に巨躯を形成していた大量の水は地面に落ちることなく掻き消える。


 空に浮かぶ五十の天使騎兵が戦い舞う姿は荘厳な光景だった。


「よっしゃぁあああ!」


「おつかれ…さまでしたぁ……」


「あ、巫女様……。や、やりました…ね。都市を守れて満足です…はは」


「引かれてますよ、その号泣っぷりに」


「もう泣いてないです……ぐす」


 能力解除と共に自分たちが成したことを認識し始めた騎兵団は初撃で殺された仲間たちの分まで勝利の雄叫びをあげ喜ぶもドレスをぐっしょり濡らすほどに泣いている巫女に困惑しつつ、感謝の言葉を述べた。






――会議室にて。



「イレギュラーばっかりではないか。なんなんだ最近…」


 不測の事態の連続にいら立つ総司令シュトルンツォ。会議室には先日の面子に加え招集依頼を承諾したソフィアとベリトがいた。


「都市は守られました……、騎兵さんたちの…活躍です」


「その活躍ぶりは思い出さなくていいですからね、どうせ泣くので」


「泣きません泣いてません」


 そんな巫女の顔を覗き見る団長アルマンド。

「巫女殿とは泣きはらした目しか合わせたことがないな」


「アルマンド…、久しぶり…ですぅ。うぐ……」


「昔より酷いじゃないですか…」

 呆れるレザーズに背を向けて眼を擦る巫女。戦場でなくとも涙には事欠かない。


「まずは来訪に感謝を。いきなりの活躍で大変ありがたいことだが、まだ本命である龍人らの行方をつかめておらんのだ」

 禿頭を摩りつつ舌打ちと共に調査中との報告分を机に放るシュトルンツォ。


「探知が得意な二つ名はそうそう居ませんからね、仕方ないですね。それよりあの水巨兵はなんなのかの調査もお願いしたいですけど」


「無論だ。現段階では気になる事件というかここ最近起こった不可解な出来事をまとめあげた」


・草原に出没した種族不明の巨大な魔物

・町中を駆ける謎の大狼

・大水蛇の変死

・ハーピィの群れと龍人一派、後の消息不明

・水巨兵の襲来


「も、も…問題がありすぎではないですかぁ…うぁあ、ん……っ」


「巫女さんはちょっと黙っていてくれ」

 顔に塵紙を押し付けるシュトルンツォ。年の差はあれど友人だからこそできる、人間種の英雄への粗雑な態度。巫女の護衛もその仲を知っているからこそ会議室には入らず扉の外で待機している。


「簡単につなげてみれば巨大な魔物か大狼が、大水蛇を変死させ、更にハーピィを挑発。ハーピィは群れをなし攻撃に出て、大水蛇の変死に怒った何者かは水巨兵で攻撃に来たということですかね」


「つまり洋館に住んで居た龍人一派の仲間であるということですか?大狼も謎の魔物も」


「総司令のピックアップした事件をつなげてみればそうなるというだけですがね、他にも何かあるのかもしれないし、正確なとこはわかりません。ただ水巨兵の襲来の原因は大水蛇の変死と見ていいでしょう。大蛇種、大水蛇の上位種に幻獣種〈八海大蛇〉というのが居てですね、そいつの使う水巨兵だと思います」


「幻獣種……、生涯その名前と関わる事なんてないと思ってました」


「幻とつくだけあって希少性は高いが、巫女殿の希少性の方が上だぞ」


「話を逸らすな、会議室でも独断専行するつもりか!、……それでは巫女さんはこの中央塔で暫く寛いでいてくれ。調査は騎兵団と連理で行ってもらう。ひきつづき探知系の者に依頼は出し続けてみるがあまり期待はせんでくれ。連理は交戦等、判断は全て任せるが騎兵団は何か発見次第交戦は避け、情報を持ち帰る事連絡する事を優先するように」


「都市内は既に騎兵のみなさんがやっているとのことですから、俺は都市周辺とか山岳、湖跡地の方へ行ってますんで、何かあったら俺が気づくよう合図でもしてください」




 ――そうして連理が調査に赴いた湖、山岳跡地方面とは反対に位置し、山々へ繋がる無傷で済んだ城門。その付近の宿屋。



 冒険者クラッドはその宿屋の一階部分で頬を緩ませながら考えにふけりつつ食事を取っていた。


 そんなクラッドの後姿を見つめる八人分の視線。少し離れたテーブルにつき同じように食事を取りつつ談笑する者たち。


「楽しそうな顔してるなぁ…、何考えてるんだろ?」


「特殊電磁場形成、解析受容体展開……結果抽出します。


  二つ名が来ればこの都市は安泰、だが俺がここにとどまる理由はねぇ…。ひとまずこっから一番近い都市リンドホルムへ向かうか。あそこはラツィオと違って人間ばっかりじゃねぇと聞く。小人種ドワーフに牙竜種リザードが居て武器や防具が豊富。周りは岩山に囲まれて景観はよくねぇがその分鉱石が手に入る。自分で取ってきた鉱石で武器を作ってもらうってのは……気持ちいいんだろうなぁ……。


抽出完了」


「希望と欲望に溢れてますね、再び会ったというか見かけましたが…あまり役に立っていませんね」


「でも冒険者ランク2だってさ、ふふ……人が成長してるのみるの面白いかも」


 ああ、癒される……。面白がる彼方の姿に同じテーブルに着く七人が全員同じ感想を抱く。

 この八人が何故ここにいるのかと言うと、特別な理由があるわけでもなく。通称鳥龍大戦終了後、エンビィとアニマと合流し、追跡探知望遠の全ての術式を完全に妨害し行方をくらました。といってもアニマとエンビィのお土産話を聞くために都市内の宿屋へ泊まり込み談笑していたのである。

 当然ファイによる探知術式の完全妨害により誰も気づかず、重ねて認識偽造によって男の八人組に見えるよう施しているため更に誰も気づかない。言語も変えている。



「そろそろ私たちも他の街にいってみようか?ていうか他の地域っていうかさ、森とかでもいいけど。そういえば歌鈴の仲間の狐ちゃんとかはどこらへんに住んでるんだろね」


「調査可能。しますか?」


「否、否だよー。ばったり会うのも楽しみの一つなんだから。ああ、大雑把に建物がどこにあるー、とかだけ調べといて。近くになったら教えてね」


「了解マスター」


「しかし我が目をつけておいたデートスポットを消滅させおって…」


「でもでも!私が放った最後の一撃!彼方様めっちゃ喜んでたから!」


「なにそのスポット?」


「釣り場ですね、湖なのですが…魚は見当たりませんでしたよ?」


「でっかい蛇を釣るんであろうに。あの水の巨人ども蛇の報復にでもきたのかの?」


「是。行動目的と対象は解析により判明済みです。そのため都市への進行を誘発させました」


「彼方様、あの水の巨人は一時的な被造物。生み出した大元がいるはずです。それを辿っていくのも面白いかと」

 お代わりのスイートハニーティーを差出しながら必要以上に密着して座るニイア。


「いつかいこーね、でも守らないとこの都市やばいかと思ってたら意外と強い人もいるんだねー」


「きらきら…、飛んでた……」


「斬りがいのある大きな巨人でしたけれど、残念でしたわ」



 当たり前だが気づくことのないままクラッドは食事を終え大きな荷物を持って宿屋を後にした。


「レイちゃん、ファイ。お願いね」


 命を受け即座に行動する二人。レイナスは指先から生み出した小さな星型の魔物をクラッドの身体へ飛ばし貼り付ける。すかさずファイはその魔物の探知と認識を不可能にする魔術をかける。



「よっし、それじゃ出立!クラッドより早くこの都市出てー…とりあえず森の方行こうかな」


 七人の了解の意と共に彼方を先頭に同じく宿屋を後にし小走りに森へと向かう。城門をくぐる際、今は危険だと門番をしていた騎兵に声をかけられたが大丈夫大丈夫、と適当に振り切って森へと歩を進めた。






――山岳地帯トリノ跡地にて。


「記録によればここにはハーピィの大規模な巣があったと、いう事ですが……。更地になってますね。情報どおりではありますが山すらありませんし。しかしハーピィは全滅したわけではないと」


 一人調査に出向いた連理はかなり広範囲の探索を行っていた。先ほどまで探索していた背後を振り返る。そこには白い洋館が確認された場所、さらに奥には森や山が見える。その入り口付近で見つけたハーピィの羽。


「龍人の最後の謎の一撃によって地面ごとハーピィの死体は全て消滅したらしいですが。羽が残っている……周囲に死体や血液は確認できませんでした。ということは生き延びたハーピィがいるとみて間違いないでしょう。あの森付近をハーピィが飛んでいたという報告も近年さかのぼっても無いようでしたし」


 水大蛇の死体はバラバラだった。つまり龍人による仕業ではない……。


「はぁ。別に考えなくてもいいことですかね。龍人一派を倒せばそれで全部解決な気もしますし。そもそも超人聖人揃ってたかが龍人に時間なんてかけてられません。どこに隠れているのか、既にこの近辺には居ないのか」


「……ッッ!!」



 一人呟いたところで連理は弾かれたように都市へと振り向く。鳥肌が立つ。目をそむけたくなるようなどす黒い何かがすぐそこで溢れ出たような感覚。


「これは……龍人ではない、今度はなんですか…!」


 理知的な顔を歪ませ黒いマントを翻す、深緑の髪をかき上げて二つ名の青年、連理の二つ名を持つベリト=ヘダーは――


「瞬天移翔。……花炎爆、水晶雹刃、月華招雷、牙核燈籠、全強化、拡大、増大、術式固定」


「続いて発動……王シリーズスキル、連なる理〈オートマタ〉」


 ――敵の強さを肌で感じ取り全力で相対すべきと即座に判断。空を高速で移動し都市へ向かいながら周囲に魔法術式を組み上げていく、



「倒せる相手では、ありますね」

 余裕の笑みをこぼしつつ。

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