第十話 甦る

――霊山。


「由々しき事態ですね…。同胞の大量消滅……数が強みの我らにとって痛手です、それ以上に、ただ悲しい…」


 特殊な鉱石でできた巨大な岩山、霊山。中腹より上は一万や二万ではない無数の鳥人種、ハーピィで埋め尽くされている。

 ここはハーピィの総本山とでもいうべき一番規模の大きな巣である、そしてその頂にある神社の様な社に憂う者がいた。


「再び縄張りを作り新たな同胞を送り込みたいところですけど、山岳自体が消滅してしまったのではそれもできませんか…」


緑色の長髪を雑に垂らしたまま流している、羽も体毛も緑色。造形の整った儚げな美鳥。

 幻獣王〈霊麗鳥〉。ハーピィ種にとっての神、神魔種の〈神翼〉の使いである


「王、報復にうってでますか?」


「……しません。我ならいざしらず…、通常のハーピィでは戦闘訓練をしていたとしてもトリノまで飛ぶのにもかなりの疲労を強いられます」


「しかし……」


「暴挙を許せないのはわかります。時を待つのです。いざとなれば…。我が殺してきましょう。我が居なくとも霊山が守れるほどに安定したならば」


 最高戦力、幻獣王。それに加え自然要塞霊山。その二つが揃っていても敵は多い。無論、負けることは無い。だが狙うやからは多い、頭が不在の集団は脆い。それを懸念して永らく霊麗鳥は霊山を離れることは無かった。

 今回の大量死についても悲哀の念はあっても前例がないわけではない、龍種に襲われ全滅した巣も少なくない。

 今回はまだ、耐えるとき……。そう思い霊麗鳥はトリノの件から頭を離した。





――人間国家エアハート会議室。


 彼方等が降り立ったこの世界、惑星である。勿論球体状だ。それを平面にして説明すると人間種の国は三つある。全体図の真ん中から左側の上に一つ、下に一つ、頭一つ分左に飛びでた真ん中に一つ、合計三つ。

 他種族の国家と比べると国家の規模はかなり大きいと言える、それは人間種の欲望の強さ、国家単位で侵攻制圧を繰り返し、多大な犠牲を払い、戦争をしかけ弱い他種族から土地を巻き上げたりしているからだ。

 もちろん、二つ名等の英雄が冒険の末、開拓した土地や話をつけ他種族集落の土地を人間国内として取り込んだりしていることも影響が大きい。

 人間種は確かに下位種、悪く書くようだがそのあくどさや学習能力、情報分析研究などに長けているため、ある程度の上位種には対応できるのだ。それゆえ領土拡大などを視野に入れることもできている。

 それに比べて他種族は国家ぐるみで制圧戦をしかけたりなどという考えはあまりない。絆などの繋がりはあるものの、侵害されなければ国規模で侵攻を行うことはほぼないのだ。

 たとえばエルフなら森を侵害されたり自然を著しく破壊されたりなどしなければ国が総力を持って事に当たることは無い。

 龍などは龍人、純粋龍含む龍王国があるが個々人の持つその圧倒的な力故、国を大きくする事に興味を示さない。

 この世界で侵攻意識が強いのは人間種と魔王あたりだけだ。

 とはいえ些細なことで争いになり領土戦に発展することもある、どっちもどっちという事か。

 ちなみに地図上に表記のない国の様なものとしては天使の住む天界と、冥府の者が集う冥界がある。どちらも向こうから扉が開かねば行くことができないとされているが……。


 ともかく、舞台は会議室。エアハートは地図上で下の方にある人間国である。

 国の会議室だけあって一応地位の高い顔ぶれが集められているのだが……。


「由々しき事態じゃのう、トリノはまぁ良しとして。多くの冒険者を輩出するのにちょうどいい地理を持ったラツィオに不穏な気配があると。更に追い打って隣の都市、リンドホルムがほぼ壊滅状態じゃって?」


「おお、来てくれてありがたい。魔導教導官、兼二つ名〈伽藍〉のユーリウス=ドッペルバウアー殿。

 状況は芳しくないな。ラツィオの化け物事件も目を通したがそっちも早急に対応せねばならんというのに、リンドホルムが壊滅したのが痛い。あそこは小人種の住まう都市、武具の流通が盛んで納期のある案件も多かった。ドワーフ国が被害状況の説明と賠償、原因究明もろもろ早急に開示せよとのこと」


「会議室では会うたびに全部名前いうのが礼儀なのかのう?エアハート国、国王ライザ殿」


「ユーリウス、君が呼ばれたのはわかっているな?、その膨大な知識と賢しい知見をもってして原因究明の手助けを行ってもらいたい」


 周囲の大臣達が話に割入る。

「国王様、聞けばラツィオには巫女殿と連理殿が居たといいます。それなのにいまだにラツィオでの異変に答えが出ていないのはラツィオ都市長の怠慢が原因かと。是非、私めに管轄権をお任せいただきたい」


「見え見えだ馬鹿者め。儂のラツィオを取ろうというのか?田舎の静養地につかいたいだけだろう、愚か者」

 おなじみ禿頭を掻きむしり怒号を飛ばすシュトルンツォ。

 戦略上では重要視されない初心者の育成都市のようなラツィオは一線級の活躍を果たしている都市からは田舎扱いなのだ。


「無礼な!田舎者が、武勲しか挙げていないくせに都市長の座にいるのがそもそもの間違いである!」


「うっさいのう。簡単な話をややこしくするでない。要は詳しい者を送り込み原因の究明、そして対処すればいいだけじゃろうて」

 ユーリウスの地位は高い。二つ名の英雄に加え国のお抱え魔導士である。


「戦力ならば我が都市にお任せいただきたい。飛空精鋭隊が最近新設終了いたしまして、いつでも実働可能です」


 最初にシュトルンツォに食って掛かったのはヤコブ。小規模都市を任されているため自分の管轄域を広げたい。

 戦力を売りにしてセドランは単純に金と名誉と戦力を誇りたいがために積極的にアピールする。


「というかまず、どっちを調査に向かわせるのじゃ?国都市お抱えの騎兵団とギルドの連中よ」


「私としてはユーリウスに全てを一任したいと思っている」


 国王は事態を重く見ている。一国の主ゆえ、それは当然なのだが二つ名が二人も現地に居て未だ大きな進展がないのが気がかりなのだ。

 人間種は未知なるものや戦力的には、多くの面で二つ名に頼っている。

 人間種の持つ全ての戦力は騎兵団、魔導隊、ギルドの冒険者、ギルドとつながりのある各専門教会。これらが一般的にどの都市国家にもある組織。他にはそれぞれ特有の部隊等増設、試験、を繰り返している


 国王は国内都市、他二国含め他種族国家とも友好関係を気づきたいと思っていた。このところ魔王勢の活動も活発化の兆しを見せ始めているし、なにより団結していない種族など脆いもの。

 国内の問題は早急に解決したいが、どこかの都市にだけ成果を劇的にあげさせるのは他の都市からの反感を買うし、なにより近いラツィオでは戦力が不足、当のリンドホルムは機能自体していない。となると適当な都市を選ぶ基準もないのだ。

 あとくされなく、腕も優秀な二つ名をラツィオの様に依頼招致したいと国王はいつものように考える。それはそれで何が起きても都市に利益がもたらされず不満を募らせることとなってはいるのだが。

 

 二つ名やギルド加入の冒険者は基本的に国境や都市民のくくりではない。一応出身地登録などはされているが緊急時には滞在地特例が適用され、その場の都市の民としてカウントされる。

 中にはユーリウスの様にギルドに所属しながらにしてその才を見出され国に抱えられている者もいる。


 前にも言及したが騎兵団は基本的に実戦経験を積む場が乏しい。主な任務が都市内の防衛警護であるからだ。冒険者の様にあらゆる各地を飛びまわり独自の知識を有する存在はできるだけ多く引き入れたい。


 今回も臨時会議として召集のかかった都市長や大臣達ではあるが国王の一声によりユーリウス率いる選抜部隊による調査が決定。

 名誉などに目の眩む大臣達でも二つ名に関しては信頼を示している。

 

 会議終了と共にユーリウスを取り囲み是非我が都市の精鋭を、新部隊を、と売り込みにかかる都市長たち。

 いつも通りの光景に呆れつつ適当に返事を返し逃げる様に会議室を後にする。



「それにしても……。今回の件、面倒そうじゃのう。一日で都市壊滅ってどんな自体なんじゃ?他種族が攻めてきた兆候は無いからこそ戦争の勢いにはなっておらんが……もし国持ちの種族がしでかしたとしたら即日宣戦布告じゃろうのう」


 多くの種族がはびこるこの世界、国を持つ種族もいれば知性の有無やその特性によって国を作らず巣単位のみで活動し各地に根をはる種族もいる。

 小鬼種などは知性がなく、国を持てない。森や草原などに進化した王と呼ばれる個体を頭にして集落程度の巣をつくるのが関の山。


 ハーピィなどは知性は人間同様だがその性格ゆえ他と交わることはせず、気に入った処へ巣をつくり縄張りと化すため各地にハーピィは存在する。トリノもそのひとつだったわけだがそこは滅びた。

 前に一度トリノを人間種の土地に開拓しようとしてラツィオが侵攻をしかけたが返り討ちにあったと聞く。今の都市長とは別の人物であったようだが……。


「十分に生活できているのなら攻め入る必要もないと思うんじゃがのう。やっぱり青年が一番じゃ。血気盛んなれど純粋である、冒険心に溢れ絆や友情を信じる。

 儂のかつてのパーティが懐かしいのう」


 ユーリウス、年老いてはいるがいまだ超える者のいない、魔導の祖たる者。

 隊員集めにエアハート東北に位置する都市、最も熟練の猛者どもが集まる都市のギルドへと赴く。最も国外に近い都市であり多くの二つ名やランク後半の冒険者が立ち寄ったり定住したりしているのが特徴だ。


「儂の魔導隊の弟子どもから連れて行ってもよいが……国王殿のにらむ通りなんとなくきな臭い雰囲気じゃし、久々に懐かしの場所へ行ってみるのも一興じゃろう」


 そう呟くと、ユーリウスは小声で呪文を唱える。空間に亀裂が入りその奥へと慣れた様子で入っていき、会議室廊下からその姿は掻き消えた。






――都市リンドホルム。


「う、うぅ……」


「もういないか?くまなく探せ!」


「魔導士の派遣はまだか!?」


「力のある冒険者は持ち上げるの手伝ってくれ!!」



 当然、阿鼻叫喚である。

 建物の下敷きになったもの。ミンチになってそこら中に散らばっているもの。リンドホルムの民は何が起きたのか詳細に理解はしていないが、八海大蛇の巨体が突っ込んだのはリンドホルムの三分の二にも上る。無事だった地区にあるのは一般住居ばかりで、被害に遭ったのは重要施設が多い。

 都市長の働く中央塔――だいたい全ての都市が中央塔を置き、そこに都市の重要人物が集まる――に始まり、ギルド集会所のほぼ全て、治癒専門の女神協会等、ギルド関連の協会施設も無事ではない。そんな中奇跡的に生き残った者の救助や火災の防止、二次被害の予防のために周辺都市から冒険者や騎兵団が駆け付けてくれていた。


 不幸中の幸いだったのはその巨体に加え嵐さえかわいく思える戦闘模様。それ故、近隣の都市の目にも触れ、何事かとリンドホルムを目指す旅人や冒険者などが多く、騎兵団の一団も様子見に派遣されていたところだったのだ。その事前の行動が迅速な救助活動を可能にした。


 もちろん救える命は少ない、1人だけでもと多くの者が倒れた木々や家屋の下を調べて回る。


 救助されたものも治療が必要なものも、今は場所も施設も無いため無事だった三分の一の住民区域に集められる。ラツィオとは反対に位置する城門側だ。


「女神の左手、エアホルン!」

 少しでも治癒魔法を使える者が必死に走りまわり片っ端から治していく。治癒効果を増幅させるスキルと治癒魔法の合わせ技である。

意識が安定しケガの心配もない者から事情聴取めいたものが開始される。

 だが特に何か決定的であったり有益な情報が得られるわけではなかったのだが。



「蛇の鱗の様なものが見えたような気がする、というだけか…」


「山が転がってきたという人もいましたね」


「とりあえずまとめて、あとで都市の人に情報共有しよう」


 ランクは低くてもいっぱしの冒険者。少しでも役に立つことを探し即座に実行する。

 「実力があれば無念を晴らしてやることも考えたいんだがな……」





 そのころ、ソフィアとベリトはリンドホルム事件が起こる前にすでにラツィオを離れ定住していた都市アドリアーネに帰ってきていた。


「すげぇ!ここって最東北端の都市じゃねぇか!」


「恥ずかしいので、はしゃがないで下さいね」


 冒険者クラッドを引き連れて。

 ランク2の冒険者などこんな強者の集う楽園都市に居るわけがない、クラッドはかなりの特例。実力に見合っていない街に居るにも関わらず恥じることなく、その憧れから都市を眺め歩いていた。


「私も、初めて来たときはそれはそれは素晴らしいと思ったものですよ…っ。懐かしい……懐かしくて、うぅ……」


 クラッドの身体調査や聞き取り調査は全て終わった。結果は特に何も検出されず、問題もなかった。しかし重要参考人ではあるため二つ名二人の提案により臨時の三人パーティとして行動することを決定。と言ってもベリトの判断であり、信頼しているソフィアはただ自分の意見も必要ならば、と同意を示しただけである。

 とりあえず二人が依頼される前滞在していたアドリアーネに帰還していた。


「正直、あなたと一緒にいる理由はあまりないと思うんです。なので俺の宿使っていいので適当に寛いでいてくれますか?、野放しにするのも引っかかりますし、かといってあのまま閉じ込める理由もなくなってしまったので」


「さすがに、アドリアーネの依頼はレベルが高すぎますし、ただ外に出るだけでも…、外の魔物はラツィオとはけた違いに強いですからね……」


 ソフィアにも直接戦闘能力は無い。そのため常に無言ではあるが護衛の者を二人背後から引き連れている。無論、スキルの同意済み。いつでも戦闘に入れるようにしている。



 その時。



「甘いのう、やはりわっぱか」

 ソフィアの前に突如現れ、ベリトの背後を取る。一人の魔導士。ベリトの首には銀色に光るナイフが添えられている。


「そうでしょうか?」


「むぅ!」

 首にあてたナイフの刃が根元から音もなく折れ、石でできた街道へ音を立てて転がる。


「早くはなったのう、ベリトよ」


「そこそこ久しぶりですね、ユーリウスさん」


「ユーリウス!あの世界最高の魔導士かぁ!?」


 ベリトの師はユーリウス。といっても最初期のだが。使う魔法の系統が違う事と、ベリトが優秀だったため早くに独り立ちしている。

 ソフィアもそれは聞いていた。


「えっ、なんじゃこのよわっちそうなの。アドリアーネって質おちたのかのう?」


「事の次第を説明すれば長くなります」



――………。




「…ふむ、なるほど。奇怪な出来事はラツィオから始まっておったとな」


「俺は絶対あいつだと思ってる…。ユーリウスさんなら倒せるはずだ、俺の敵とってくんねぇか!」


「えっ、断る。」


「な、なんで…だ?」


「クラッドさん、一流の冒険者になりたいんですよね。だったらいちいち感情論で話すのはやめてくださいね。あとそれ討滅依頼ならきちんとギルドか騎兵団へ依頼して下さい」


「人間の危機なんだぞおい!!」


「ひぃいっ…、ど、怒鳴らないでください…お、おぢづいでぇ…」


「小娘は相変わらず泣き顔しか見せてくれぬのう、懐かしくていいのじゃが……」


 クラッドは恐怖ゆえに焦り、苛立っていた。これだけの面子が揃っていれば草原でであった化け物でも簡単に殺せる。それに見つけ出せる。速く何とかしてくれと願わずにはいられなかったのだ。

 ラツィオで寄生され暴れたとかいう事は覚えていないし、草原での出来事も克服しつつあるが、時折背筋を走る悪寒。明らかにあの化け物に脅かされている。


「まず、今回の件は異常が過ぎますし立て続けすぎますね。それに負けることは無いにしてもできるだけ傷も負うのは勘弁です。最強と言えど老人もいますし、巫女さんの天使兵も攻略されていると言っていい。天使兵の無敵性がなければ巫女さんはただの女の子。きちんと情報を手に入れ分析し対処していかなければいけない程の事なんですよ」


「天使兵にヒビか。正直それ厄介じゃのう。またそんなことができる奴が出てくるとも、リンドホルムの件がそいつらと同じとも、限らんが。もし天使兵がダメだった場合ソフィアを守りつつ戦わねばならぬ。+1が-1になるのはでかいぞい。あと老人扱いはやめい。若者に負けたことはないわい」


「わ、わ…わたしは……役立たずになるくらいなら……この腹を!!」


「自害するくらいなら泣き喚いておれ」


「い、いたっ……」

 そこそこ小さな女の子にグーで顔面にパンチする老人魔導士。最強に遠慮は無い。


「………」

 背後の護衛もどうしたものかと目くばせし狼狽えている。


 ちなみにユーリウス、最強の魔導士とうたわれる伝説が現れてもアドリアーネでは騒ぎ立てるような恥ずかしい者はいない。驚き立ち止まる者は多いが一礼して立ち去る。畏怖よりも、いつかああなる。との憧れゆえの立ち振る舞いである。


 ユーリウス自身それを好ましく思っていた。いちいち騒がれるのは趣味じゃないのだ。戦闘においてもそう、カッコいいことをサラッとやる。そんな理想像を年を重ねた今も心にもっていた。


 一行は懐かしい昔話に花を咲かせつつベリトの定住契約済みの一級宿屋へ四人で転がり込み作戦会議とこれからの方針決め。ユーリウスは調査隊を組む旨を伝える。







――暗闇にて。


「………ぁ……ぅ」


 声を出す力すらない。満足な身体も無い。だが意思はある、と体現するかのように体を引きずり地面を這う者がいる。


 コツン、と腕が何かに当たる。食べ物かもしれない、口に運ぶ。何かの骨のようだ……捨てる。


「ふ…………ぅ」


 ずり、ずりと。手首のない片腕と肘先の無い片腕で這いずり回る。次、敵が来たらどうする、全身全霊を持ってまた戦うか。それとも転生することにかけてその願いに全てを込めるか。

 

 ……あなたが望むのはどちらですか…。


 あくまで追い求める対象を念頭に、自分の考えを決めてゆく。死に抗い、生に食らいつく。その先の夢を叶えるために。


 そんな格好の獲物を前にして、現実は理不尽なほどに無慈悲である。凶獣種、小鬼種が弱った肉の匂いに群がり集まり始める。最後に敵を倒してから五分ほどたつ。それなら次の敵が来てもおかしくないな、と這いずる者は考える。


 逃げは死んでからでいい。生あるうちは戦い貫く、己の意思を。

 

 狂信者の想いは硬い。


 立ち上がることはしない、立つとバランスが悪いのだ、膝から砕かれた片足は千切れた肉を引きずっている。もう片足に至っては何度も爪で裂かれ、動けという命令は伝えないくせに痛みだけは鮮明に伝える剥きだしの神経を垂らしている。


 死にかけの肉でも内臓はまだ新鮮な部分が多いから寄ってくるのね…


 左目にもう光は無い。右目は垂れた血で見えない、脇腹に凶獣種の爪を受け腹の横は抉れている。胃や腸が零れ落ちないよう片手の肘で押さえ、もう片方の手で進むのだ。


 そんな意思ありしハーピィに唐突に語り掛ける声。

「むごいものだ。我は出会った、お前の望む者に。だがお前の望む者とは異なるものだろう」


 ……だれ、かしら。私の望む者に出会った…?あなたはとても信心深いのね、私はまだ祈りが足りないみたいなの。少しでも長く生きて、この思いを届けたい


「お前の追う者とお前の望む神翼は別の存在だ。これは事実、信じられぬとしてこれが事実ならお前はどうする?」


 ……神翼様は、種の神よ。私の神はあのお方だけ。自分の想いが大事なのよ。信じたものは信じたもの、違う存在でも…あの日見たあのお姿は私にとっての真実。


 また別の声が響く。

「それはいい!やっぱり面白い事言ってくれると思ってたんだよねー」


「では合格として、我が介入すればいいのだな」


「そゆこと。連れてはくんなよー。時期尚早」


「仕方あるまい……」


 ……貴方たち、一体…?


「我は元神の使い、八海大蛇。強制ではあるが命令に従い、お前の命を救いにきた」


……私の、祈りは……。


「届いたらしいぞ。だが何度も言うがあれは外道だ。後に幻滅しなければよいがな」


 大蛇は家一軒分にまで縮んだその体の上に死にかけのハーピィを咥えて乗せる。


「奴らより授かった術式をお前に託す」

 豊穣の森グリムの中、ひらけた場所へキルシーを降ろす大蛇。その八本の首のうち一本、頬の膨らんだ頭を近くに寄せ口を開ける。

 中からは煌めく魔法術式、開口と同時に発動する。キルシーの身体を煌々とした光が包み込み傷をある程度治して光は消える。


「中途半端な治癒の術式と、ひとつの能力を授けるものだそうだ。我は一時消える。また生き延びて見せよ」


 その言葉と共に霞の中へ消えてゆく。残されたキルシーの意識は無いが襲われる前に起きるだろう。治癒が終わり術式が消えた後もじわじわと回復する身体。

 命を救ったとは言え強制的に付与されたスキル、生喰魂纏。


「くじけない子にはぴったりっ」

 その場にはいない、遠く離れた場所で大蛇も怯える魔性の笑みを浮かべる彼方。


 いつも通りその周囲には七人の仲間が微笑んでいた。

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