第二十九話 レイナス、お使い終了のお知らせ。
――中央塔地下牢獄。
「おむかえー」
のんびりした声が階段を下りる音と共に聞こえる。
牢に繋がれたハーピィ、長い青髪を適当に伸ばし垂らしている、腕と足が獣っぽく腕には羽が生えている。
キルシーはその音にすぐさま反応し顔を上げる。
「伝言。シャルマータに加わる、是か非か……どっち?」
「レイナスよ、それでは何のことかわからんぞ」
「蛇に用事はない、の」
レイナスの横に現れたのは八海大蛇、今や建物一つ分のサイズにされているが、今は幽体化しているのでところどころ壁にめり込んでいる姿が見える。
「お前の求めるアニマ様含む、彼方達の一団の新しい名前がシャルマータだそうだ」
それでも注釈を入れる蛇。
「勿論入らせてほしいわ、でも……よくここまで来れたわね?私じゃまったく歯が立たなかったのに……二つ名達に」
「雑魚と一緒に……しない、のー」
そう言われ、レイナスをもう一度よく見るキルシー。
とても強そうには見えない、見た目人間のただの村娘だから。
そんなキルシーを見て八海大蛇も疑問を呈す。
「レイナスよ。地上で行っていた名乗りを我も聞いていたが……あれは事実なのか?事実だとしてどういう意味なのだ?」
「んー?そのままかなぁ」
適当な返事を返しながらレイナスは腕から蛸の触手を二本伸ばしキルシーの牢の鉄格子を左右に開く、さらにつけられている足枷や手枷を力任せに引きちぎり、キルシー救出を成し遂げる。
「じゃあ、いこっか……」
「え、あの……なんの種族なの、ですか?レイナスさんは……」
人間だと思っていた、人間に見えていた少女がいきなり硬い鉄格子を引きちぎるほどの力を持った触手をどこからともなく出現させて…というか身体から生やして面食らう。
「うん……。どうやって帰ればいいんだろ」
キルシーの話は聞かずに帰宅方法を考え出す。
一人でなら容易な事も脆弱なキルシーを連れてとなるとパッと考えが浮かんでこないのだ。
「ああ……いいこと、思いついた、かも」
小首を傾げること数分、その間周囲の話を何一つ聞かずに必死に考えた結果の帰宅方法。
そんなレイナスにこれから仲間としてやっていくと決めたキルシーは困惑している、なにか話した方が良いのか、帰るにあたって敵と遭遇する事にもなるだろう。自分もどの程度なら戦えると伝えるべきだろうか?、ハーピィの護衛隊では上下関係があったけれど、仲間というのも敬語など使った方が良いのだろうか。
体験した事のない新組織の入団を前にして疑問が尽きないキルシーは多少緊張していた。
「行くね?」
その言葉と共に、キルシーは掴まれる。
「な、え……?、え?」
一体どういうことなのか、そう思う暇もなく身体全体が包まれ視界が覆われる。何もわからないが恐らくレイナスが何かしているのだろうと思い、抵抗はしないがかなりの圧迫感。相当巨大なもので包み込まれているのかと、見えないながらも周囲を見回して状況を確認しようとする。
「災厄だ……。ここまで、なのか……?」
一方、八海大蛇は傍で何が起きているのかを確認している。傍と言ってもレイナスの身体の変化、膨張が起こってから一目散に遠くに離れながら様子を見ているのだが、膨張スピードに追い付かれ幽体化している身体がたまに埋もれてしまう。
そこには、巨人がいた。巨人種の比ではなく、巨人の王ですら近くに居たらそれが何なのか判別がつかないだろう程の。
「んー……」
巨人の口から洩れるは唸り声でもその体躯に見合った重々しい声でもない、可愛らしい少女レイナスの声。
アドリアーネを踏みつぶし、巨人化の過程で中央塔を中心に地盤を破壊し、そびえ立つ。
中央塔など大きさの比較にはとてもならない。
周囲のどの国からもその姿は見て取れたのではないかと思う。
見えたところでそれが巨人だと理解できる程度の大きさではないが。
「到着……」
人間サイズの時と変わらない声量でレイナスが呟く、と共に前のめりに腰を曲げた巨人の手がアドリアーネ都市の周囲の平野や密林を越え、ガムザ平野の半分までに届き、拠点黒城の真上へと移動される。
馬と雷速の移動でようやく到着した城門から中央塔までの距離、さらには周囲の一地帯を越え、広大な地平線広がるガムザ平野の半分ほどに届く巨人、その姿は大きすぎ霞がかっていて全貌は把握できない。
黒城の上の手が開く。落ちてくるのは握りしめられたキルシー。落下と共に、そこはハーピィ種だけあり空を落ちていると確認すると羽ばたき空中へその身を維持し続けるが、先ほどまでいたのは地下の牢屋。
何かに包まれている間に何故景色が変わるどころか場所までも大幅に変化しているのかと困惑している。
「へ、平野…?」
キルシーはトリノ生まれのハーピィ。ガムザ平野など1級地帯の事は知らない。
だが数秒の間にどこか他の場所へ移動したのは解る。アドリアーネが見えないのだから。
ふと、上空へ眼をやると何かごつごつした岩の様なものが浮遊しているのに気づく。レイナスの巨人化した手なのだが、それがいきなりレイナスへと姿を変える。
「…!?、!?」
ど、どういうこと?、と困惑気味のキルシーは自重で落下してくるレイナスに頭を掴まれ強制的に共に落下させられる。
「あ、あのっ……ひとりで降りれますが…っ」
じたばたと足を動かし、もがきながら話しかけるも当然の無視。
自分はうまくやっていけるのだろうか、と不安気味に顔を曇らせたとき。
「っつあ……ぐっ…!」
顔が地面と反対向きになるよう頭を掴まれていたため唐突に地面に叩きつけられ痛みに悶絶、地面を転がるキルシー。
その隣を平然と歩き出すレイナスに気づき、なんで着地が?と、この人に会ってから疑問だらけだと内心疲労気味に痛みをこらえ、立ち上がり背中をさすりながら後に続く。
「ここ……拠点ね、ご案内……」
「……あ、は、はいっ」
あまりにも会話が成立しなかったため話しかけられたことに気づくのが遅れ、急いで返事を返す。
……この人への対応の仕方が解らない……。
キルシーの苦難は続く。
黒い城門をくぐり、これまた黒い大きな扉を開けると中にはいきなり玉座が置かれていた。
だがそんな玉座には誰も居らず。周囲を見回しながらキルシーはずんずん進んでいくレイナスの後をついていく。
やがて到着したのは二階のラウンジの様な場所、そこで見た光景は。
「いらっしゃい、入団希望の人ね?私は参謀総指揮ニイア。よろしく」
そこは外から見たときのどのあたりの場所なのか。大きく広く天井も高い明るい場所、何個も同じつくりのテーブルとソファがセットされていてかなりのお値段がしそうなものばかり。壁はガラス張りになっていて外の様子がよく見える。
テーブルは茶色い骨子に天板がガラス。ニイア含む六人が腰かけているソファは黒色で魔物の革だろうか、ゆったりと座れそうな質感に見える。
「よ、よろしくお願いしますっ。キルシーです」
とりあえずハーピィと同じ礼儀作法でいいかと判断したキルシーは腰を折って挨拶を返す。他種族間でそんなに違いは無いだろうと、黒翼を持つニイアと名乗る女性を見ながらそう思う。
「こちらは我らの主であらせられる彼方様。貴方も絶対の忠誠を誓うのよ」
と、紹介されたのはとてもリーダーには見えない一番身長の低そうな少女、ニイアの膝の上に座りしっかりと抱かれて落ちないようにされている……。
「よろしくお願いします」
激しい動揺と違和感を抑え込みながら挨拶を返す。とここでレイナスがいつの間にか他の六人と同じようにソファに腰かけているのに気づいた。
……あ、やばい。これニイアさんの隣しか空いてない。
入隊したばかりで隊長の傍に座るような緊張感、しかも抱っこされているという反応に困る事をしている人の隣だ。
気を使ってそこを埋めてほしかったのにと、キルシーはレイナスをちらりと見るが、そこで目に入ってきたのは黒い角に黒い翼、だいぶ小さくたたまれているけれど見間違いをするはずもない、真っ赤な髪の龍人アニマ。
「あ、アニマ様……!!」
名前を呼ばれ、くるんとソファの上で振り返って見返す。
「あー、どっかであったっけ!」
明朗快活に誰アンタ、と元気良く知らない宣言をするアニマ。
やはり自分の姿は見えていなかったのかと。しかし落胆はしない。これからたくさん知ってもらえばいいのだから。
「以前、アニマ様がハーピィの巣穴の山の頂上にいらしたときにその戦いぶりを見ていました、今回シャルマータに入団しましたキルシーです、よろしくお願いします」
ここに来るまでの間にレイナスに、シャルマータという呼称を用いていることを聞いていた。
お慕いしておりますと付け加えようか迷ったが、いきなりは図々しいかと想い口を噤む。
「そーなんだ、よろしくねー!」
肩透かし、あまり明るくない雰囲気に戸惑う。キルシーとしてはようやく憧れの人に会え飛び上がらんばかりの喜びを必死に抑えているほどなのだが……。
「それじゃ、どうしようかなぁ。適当にお城の掃除でもしておいて?」
テーブルの上に広げられたお菓子を、キルシーが来た当初からずっと一心不乱に食べ続けていたシャルマータの団長、彼方が唐突に声をかける。
もごもごとお菓子を口に咥えながらキルシーを見る姿に自分への指示かと気づく。
「わかりました、えと掃除用具は……」
ハーピィ種にも勿論掃除という概念はあり、そのための道具もある。
場所を指示され、単身用具を取りに行き適当な所から掃除を開始するキルシー。
「あれ、私こんなんでいいのかしら……」
元はといえばアニマを追いかけてここまで来て成り行きで仲間に入ってしまったが特に目的があるわけではない。一応アニマと仲良くなりたいとか見ていたいとかいう願いはあるが、さしあたりのやることが無いので掃除でもいいか、と。
これからの事と、アニマにどう話しかけようかと思案しながらキルシーは真面目に掃除を続けた。
――黒城外。
「なに、これ?」
「こんなもの……いつのまに、どこの国の物だ?」
黒城を前にして首を傾げるのは二人の休暇中の女子。大原鈴に青葉紅葉。
巨人国への侵攻がレイドアース侵攻に変わり、それが平野の異変により休暇に変わった二人はそれを利用して元の世界に帰る方法を探るため、神の使いと言われる霊麗鳥の住む霊山へと進んでいたが、途中で黒城を発見。
自分たちが休暇になったのはこれが理由かと近づいてみると、とてつもなく立派。
一体これはなんなのかと周囲を歩いていたところである。
「魔物の……なにかその召還のなにかみたいなやつかな?」
ふわふわした見解だが、召還師ではないため分野違いの事はよくわからないのだ。
「地獄の城を誰かが呼び出したとかそんなのかもしれない……」
見ると見物人は自分たちだけではない、城を警戒するように周囲を練り歩く冒険者たちがいる。レイドアースかエアハートの所属の物だろう。
「……!」
青葉等の姿を見とめるとさらに警戒を強めた様に離れ去っていく。
当然だ、キャヴァリエの佐官級戦力の二人なのだから、かりに戦闘になったとしたら勝機は無いからだろう。エアハート以外の者は国柄として好戦的と思われているため、こういう事も多いのだ。
「まぁ、今は気にしても仕方ない、か。これを大将が大事と見ているならそのうち調査隊が派遣されるはず、その結果を見ればいい話だ」
それが最も効率的であるし、勝手に手を出すわけにはいかない、帝国が目を付けた建物なのだから。
そうして二人は野宿を繰り返しながら広大なガムザ平野を数日かけてなんとか走破し、進路上にあるドワーフ国へと、一度休憩のために立ち寄る事とする。
「お客さん、いらっしゃい。一泊銀貨一枚だぜ」
ドワーフはあまり外見的特徴がそれぞれないのでどれも白い髭で口元を覆っている小さいおじいさんに見える。
ドワーフ国の入り口から一番近い宿屋でとても安い金額を提示してきた店主も同じ容貌である。
「安いな、盗賊でも出るのか?」
「そんなこたねーよ。知っての通りここはドワーフの国、武具の国だ。鉄以外の事はなんも興味ない奴らの集まりなのさ。だから他の国よりサービスはしねーよっていう意味のこの金額だ。俺含め、どの職業についてるやつもみな、本業は鍛冶師だからなぁ。お客さん、ドワーフ国は初めてか?」
当然初めてだし、その情報も初めてだ。この世に転生してすぐにキャヴァリエに入国し全力を生きることに注いでいたのだから、あまり他国事情には詳しくない。
「一時は値段を引き上げようかと思ったんだがな、エアハートのお得意先、リンドホルムが壊滅して仲間もたくさん逝っちまった……。けどよ最近軍備拡大かなんかしんねーがアドリアーネが武器を大量購入してきてな、そのおかげでむしろ懐があったけーのよ!」
なんだ、その気になりすぎる情報の塊は……。と青葉は内心驚く。
「リンドホルム、一都市が壊滅するような事態になっているのか?それと、武器の購入という事は……どこかと戦争の兆しが?」
エアハートが攻めてくることは考えにくいが仮に標的が帝国であるなら伝書を飛ばさなければならない。国に愛着は無いが一応の所属国なのだから滅んでもらわれては困るのだ。
「まぁリンドホルムったらそんなに強い都市でもねーから、弱い都市が壊滅することくらいよくあんだけどよ。武器の方はなぁ……」
不自然に言葉を切った店主ドワーフに、青葉は情報料か?と財布を出す素振りを見せると慌ててそれを制す店主。
「いやいや、そうじゃねーんだ。職人気質の俺らがそんなことするはずねーだろ?、ただかなりの貴重な情報だからよ、心して聞けよな?」
一体、エアハートが武器を買いあさる理由に何があるというのか、ごくりと喉を鳴らして先を待つ。
というか、こんな素性のしれない旅人に話すのに貴重ってどういうことなんだ、と突っ込みつつも。
「エアハートは結構壊滅してるって話なんだよな。リンドホルムだけじゃねぇ、ラツィオの周辺も何故かエアハート所属の国民しか行けないようになってるみてーだし、しかもハッキリしねーんだが色んな怪現象が起きてて、変な噂で持ち切りでよぉ。あとお客さんたちガムザ平野通ってきたんだろ?あそこにゃいつの間にか建ってるでっけー城があるって話じゃねーか。そこに住んでるやつらにエアハートが手を焼いてて、そいつら倒すために武器を集めてんじゃねーかって話よ。しかもしかも、噂によるとな?、二つ名が二人死んだんだとよ。一人ははっきりしねーが、1人はユーリウスだって話だぜ?、その城の件にエルフも一枚噛んでんだとかよぉ」
「なんだそれは!?、二つ名は人類最強ではないのか!?、あの城にそれだけの化け物がいると!?」
流石の青葉も取り乱す。隣で聞いていた大原もぽかんと口を開けたまま固まっている。
二人が教わった他国の戦力評価ではエアハートは一番国力は低いがユーリウスという人類最強とうたわれる魔導士を筆頭に癖の強い二つ名が揃っているという。それなのにその筆頭が死んだのか、その穴を必死に埋めようと武器を買いあさっているのだろうかと。
「リンドホルムの件に関しちゃよ、俺らドワーフも大量に死んでっから、国が情報の開示を求めててな、そんでそこからいろいろと憶測も混じって情報が流れてきてんのさ。リンドホルム壊滅の犯人が城の中に居るって繋がりがあるからな。
だがまだ驚くのははえーぞ。そのエアハートきっての最強都市アドリアーネが陥落して中央塔が焼き落とされたらしい、たまたま近くで冒険してたやつの話じゃその足だけで天を突くような巨人も見たとか」
そろそろ青葉の頭ですら破裂しそうになってきた。今の話が事実なら訳が分からないことが起き過ぎている。それらを排除して事実だけ考えると、まず黒城は存在している。見てきたのだから間違いはない。それと武器の購入も真実なのだろう。これだけの情報を有していることからリンドホルムの件も確かだと感じる。
「すまない店主。それは情報料とでも思ってくれ、私たちはエアハートへ向かう」
「危険だぜ!?、ていうか今はアドリアーネは閉鎖中だぞ!」
それでも構わん、と大原の手を引いて青葉は走り出す。
ガムザ平野にある黒城は人間三国のちょうどど真ん中右くらいの位置にある、これから他国へ対してなにをするにも関わることになるはずだ。そんな得体のしれない物を放置はしておけない、自分の身は自分で守らねばならないのだ。
「ねぇ青葉ちゃん、大丈夫かな……?」
「心配するな、霊山の事も考えているさ」
「そうじゃなくて、あのお城の事とか、エアハートの事とかさ。エルフも何とかって言ってたし」
「私たちは相当強い、なにしろ転生者だ。いざとなれば逃げることに全力を尽くせば大丈夫だ」
連れ添って歩く大原の頭を撫でながら青葉は微笑みを見せ安心させる。
二人が向かうはエアハート国、アドリアーネである。
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