第十六話 龍の国

 ……俺は恐怖は感じたが冷静に言葉を発することができた。

 盗賊時代の俺の前に突如現れ、俺の人生を滅茶苦茶にしかけた化け物少女の仲間、歌鈴とか名乗ったこいつを睨み付ける。


 負けてばかりは居られないと、新しく手にしたスキル剛骸剛鬼の二つを発動して

己の中で覚悟を決めて行くクラッド。

 死ぬ覚悟ではない、迎え撃つ覚悟。いつでも飛び出せるように椅子を引き、片足を引いて座ったままで構える。


「聞いておるのか?、黙っておっては何もわからぬ。我の用件というのはおぬしの是か非かの答えがいりようでなぁ、問うた時は口をきくのだぞ」


 顔も態勢も臨戦態勢、発する怒気も隠していない。そんなクラッドを前にして世間話を始める様に気楽に語り掛ける歌鈴。

 

「なぜ俺を生かした?あの化け物はなんだ、俺を殺しに来たのか?」


「我が生かしたわけではないがの、主様がそうしたほうが面白そうだと判断した故な。それにおぬしも楽しんでおるようではないか、セントールに恨みでもあるのかえ?、あんなに無惨に殺すなど」


 怒りより疑問が湧き上がってくる。


「質問に答えろ、あの化け物はなんて種族だ?、それとなぜセントールの事を知ってる、見てたのか?」


 クラッドにとっては生死にかかわるほどの大事件だが、歌鈴にとってはそんなことに興味はない。化け物云々については答える気などさらさら無かった。


「まぁまぁ、我の用件というのはのう?、主様が建国をするか国落としをするかも知らんから、おぬしを仲間に引き入れてやってもよいが、どうするか。という事でなぁ、どちらでもよいぞ」


 唸る。自分の話したい事だけを話し、事を進める態度に苛々がつのるが化け物少女の仲間で、同じくらいの戦闘力を有しているのなら二つのスキルをゲットしたと言っても勝てるかどうかわからないからだ。

 人間は五体満足でないと一線級の勇者でさえ引退せざるを得なくなる。無用なケガもこれから冒険者として羽ばたく予定のクラッドにはできない。


「断ったら殺すのか?」


「そんなことはせんよ、生殺に興味などないからのう」


 自分の夢も培ってきた物も命さえも興味ない、興味ないのにあの日、一歩間違えば自分が死んでいた。クラッドはその事実に更に怒気を高めるがイマイチ最後の一歩が踏み出せない、一度植え付けられたトラウマは目の前にそれが無ければ奮起も少しはできるものの、仲間とはいえその元凶に関連したものがいざ、視界に入ると身体というか心が竦むものなのだ。


「俺は冒険者になる、夢がある……。化け物の仲間にはならねぇ。それとお前たちの事を二つ名が探してる、大勢の目に触れればすぐに居場所がわれる。お前たちの命もそれまでだぞ」


「二つ名…あー、そういえば主様の話の中にあったのう。冒険者より強いのだとか」


 生意気な。クラッドはそう思った、二つ名を知らない者はこの世に居ない。人間だけでなく他種族でさえその存在を警戒してる、国家級の戦力だ。冒険者より強いとかそういう次元の話ではない。

 多少強いからと粋がっている、盗賊程度を殺せたくらいで…。憤りを感じるクラッドはなんとかしてひと泡食わせたいと拳を握りしめる。


「とりあえずわかったでな。おぬしの返答は否ということで伝えるからのう。気が変わったら次あった時でもいうがよい、それではな」


 歌鈴は警戒など毛ほどもすることなく席を立ち背を向ける。

 そこに一撃入れられる隙を見るクラッド。全てを乗せた一撃を入れることができれば目の前の華奢な、ただの狐族なんて容易くセントールの如く引きちぎることができる。

 一撃で粉砕する、このスキルがそれが可能だと教えてくれるのを直感で感じる。

 練り上げる力、全身に力を込め相手の後姿を見据える。


「………」


 深く息を吐き、一転脱力する。

 勝てる想像ができない相手に向かっていくことはできない。

 クラッドはいまだに、恐怖の牢獄から抜け出せずにいた。

 それでも次こそはと己を奮い立たせ訓練に励むことを心に決めて酒場を後にする。その誓いの有無があの時と今の自分の差だと慰めて。




 酒場からクラッドより一足先に出てきたのは筋骨隆々の男の冒険者。


「便利であるなぁ、ファイの能力は。ただ主様より賜わりしこの美貌を晒せぬのが少し不満と言えば不満ではあるがのう」


 今は周囲から認識されることは無いが歩くたびにふりふりと揺れる尻尾を携えて主の元へと歌鈴は帰る。





――ヤナの湖。


 ヤナの湖から少し離れた森の中、簡素な木でできた一軒家が建っている。森の中にあるにしては異様にしっかりと作り込まれているその木小屋の中に彼方等一行はいた。


「出立した歌鈴が任務を達成したようですが返事はNOであったとのことです彼方様」


「まだ会話がたんないよね。コミュが進んでないからきっと断られたのかも」


「私の彼方様へのコミュはどのくらいかお聞き下さいますか?」


 現在、小屋の中にいる面子は彼方、ニイア、ファイ、鈴鹿、レイナス、アニマである。

 残りの二人エンビィは周辺を探索中、エルフの集落と交戦してからまだ帰ってきていない。歌鈴はアドリアーネまで遠出をしてクラッド勧誘任務に行っていたが任務終了し帰還している最中である。


「折角国があるんだし、いいお付き合いをしていくために国落としはやめにして建国にしようってことになったけど、どこあたりに作ったらいいかな?」


「探索解析区域の拡大を申請します。建国条件と合致する地形を割り出し――」


「ちょぉっとまったぁ!、私に考えがありますっ」


 いつも通り便利屋ファイが即座に彼方の疑問に答えるべく動こうとしたところで待ったがかかる。

 元気よく挙手をしてファイの言葉を遮り甲高い声を上げるアニマ。


「なんかどんな案か読めそうだけど、どんなの?」


 彼方の問い返しにファイは沈黙する。マスターが興味を示したのがアニマの案であるのなら自分の意見を押し通すわけにはいかないと静かにアニマへと発言を譲る。

 コミュ進行度の件について問いかけたニイアは華麗にスルーされて話が進んでいるがそんなツンツンしたところも彼方の魅力と自身の頬に片手を添えてうっとりと自分の主の横顔を傍らに立って見つめ続けている。


「私が飛びますっ、背に乗せて上空から見下ろせばどこに国を建てたらいいかわかりますよねっ!」


 ……検討演算結果、不可能。提案に欠陥不備を確認。空へ上昇しても見渡せる限界距離がある。国を建てるという規模なら世界全体を地図状に提示しなければ選択肢の不足が出ると推測。当機の案が優れている。

 

 抑揚の無い、人間の声と同様だが機械的な発音でファイは脳内で呟く。だが自分の案よりアニマの案が採用されるともファイは考えていた。

 いつも自分はこの手の話の時に活躍しているし他の仲間より小手先の技術というか、便利なところがあるため活躍の機会が多い。

 彼方は七人全員を大事にしているため、アニマが自分から名乗り出たこともあり、均等化を図るためにそっちを採用すると考えたのだ。

 そして事実、その通りになる。


「それじゃ、その案でいこっか」


 おいでー、と手招きしながら木小屋から出ていく彼方。その後ろを黒い尻尾を左右に振り喜び急いでついていくアニマ。


 小屋内に居る仲間は各々いってらっしゃいませ、と挨拶をして送り出す。

 大体彼方がいないときはいつもニイアが口火を切る、話題も同じである。


「今日も……可愛らしくて仕方なかったわね、うっとりしてしまうわ」


「1254回、当機の誕生後その台詞、又は類似内容を聞いた回数です」


「ふぁあー……」


「おはよう、レイナス」


「母様が居ないぃい…」


「何度口にして噛みしめてもやっぱり出てきてしまうもなのよ、それほどに素敵」


「マスターはアニマとお空へ行きました」


「で、デス……?」


「当機もはげどう」


「ファイ、なにそれ?」


「勿論デスではありませんよ、空から見下ろしてどこに国を建てるのか決めるそうです」


「マスターから教わった言葉。激しく同意の意」


 彼方が居ない時の仲間の様子、大抵話題の中心は彼方である。

 心中嵐のような悩みを抱え、多くの人を騒がせている一団は対照的にほのぼのと恋愛に気を取られているのであった。




――ヤナの森。


「それじゃ、お願いね」


「このまま飛びますか?」


「まだそのままでいいよ、落とさない様に気を付けて?」


「私が落とすわけありませんっ、それではどうぞ!」


 彼方と同じくらい小さい背中を見せてしゃがみ込むアニマ。おんぶされるようにその首に手を回ししがみつく。太ももの裏あたりを手で支えて、立ち上がることはせず。そのまま羽を大きく広げ羽ばたく。森の中は大木が生い茂っているが気にすることは無い。その力強い翼は邪魔だと言わんばかりに周囲の木を破壊しながら羽ばたく。

 幹や枝に関係なく翼でえぐり取られ風圧で吹き飛んでいく。もちろん壊している意識は無い、翼に対して、大木が脆すぎて吹き飛んでしまうのだ。


 ともあれ、ある程度無事に舞い上がるとおぶっている彼方の腰や背中にするすると黒い尾を巻き付けていく。これで落ちる心配はほぼないだろうと判断したアニマは一気に飛翔し高度を上げる。

 雲をその身で貫きそうになるところで、雲を越しては視界が邪魔されて当初の目的が達成できない事に気づく。

 急いで急停止し、高度を落としながら移動を開始。

 彼方の指示通りに旋回、移動、停止を繰り返し様々な景色を見せていく。


 天空デート。二人だけの時間にうっとりと頬を緩ませながら幸せそうに飛ぶアニマ、その背中で強めに首にしがみついて締めてみたり頬を突いたり角を触ったりとアニマの身体で遊びちょっかいを出しながらどこに国を建てようかと思案する彼方。


 本日は晴天。上空の様子は地上からでもよく見えるが二人の高度は高すぎて地上から見ても鳥が飛んでいるようにしか見えていない。

 龍が飛んでいると思われたとしても特に問題はない、連龍国なる龍種の国が東南の方面にあるし、そこから他の国への使者など飛んでいく姿がたまに見られる。

 だが人の形と龍の形を同時にとれる龍種は非常に珍しく連龍国の国王を筆頭に数匹しかいない。そのため非常に高い戦闘力と知能の証明になるのだが……。 



 だがそんな二人の前に三頭の龍が現れる。三頭とも全身に鱗がびっしり生えていてあからさまに龍という感じの体躯。アニマより何倍も大きいし口には牙がびっしり生えていて何かの紋章を付けた布を片腕に着けている。

 三人とも同じ紋章を付けているからどこかの部隊員かなにかなのだろう。


「俺たちは連龍国の龍。そなたらは何者だ?」


「なになに、またトラブル?アニマちゃんなんとかしてーえ」


 後ろで必要以上に甘ったるい声で助けを求める彼方。

 

「うーん、なんなんですかねぇ!、何者って言われても何を言えばいいのよ?名前かしら?」


 アニマは若干煩わしそうに雑に対応する。折角のデートを邪魔された形になっているからだろう。


「そなたは見たところ祖龍だな?その翼や尾は龍のものだ。俺たちは連龍国に仕えている騎龍兵という部隊の龍。哨戒任務中に見つけて余計なお世話かもしれんが、もしはぐれの龍なら俺たちの国に保護しようと思って声をかけたのだが」


 物珍しそうにアニマの姿を見つめる三頭の龍の言葉に裏はなく、本当に同胞だからと声をかけているようだった。


「はぐれのじゃないわよっ、私はアニマ。こちらにいらっしゃる彼方様の忠実なる龍なの!、お誘いには興味ないから、用事もあるしじゃーねっ」


 その言葉に顔をしかめる龍騎兵たち。ちらりと彼方の方を見て物言いたげに口をもごもごするが、それぞれ個人の道があると思い口に出すことはしない。

 龍が人に仕えるという事に良い思いをしていないのだろう、これが友人だというのなら素直に喜んでいたのだろうが。

 

「そうか……残念だ。気がむいたらいつでも連龍国へ来てくれ」


 自由を愛せよ。と伝えようかと思う騎龍兵であったがそれすらもお節介であろうと再び出そうになる口を噤む。

 名残惜しそうに振り返りながら飛び去って行った。


「何事もなかったねぇ、アニマならぶっとばしちゃうかと思った、ふふ」


「彼方様をお待たせするわけにはいかないですからっ!、勿論命令とあらばすぐにでもですけどね!」


 それでは再開します、とその後もちょうどいいところが見つかるまで二人で見て回るアニマと彼方だった。





――連龍国。


「さっきの龍、是非連龍国に来てほしかったんだけどな」


「確かに、まだ幼いようだったがかなりの美貌だったし祖龍であったものな。うまくいけば現国王様と友達にでもなっていいことづくめだったかもしれない」


「祖龍は少ないからな……」


「でも仕えてるってのが気に入らなかったな。龍は自由、国だって全龍が一体になって平等だというのに」


「俺も突っ込もうかと思ったが個人の道というものがあると思ったからな」


 暫くして哨戒任務を終えた騎龍兵は連龍国へ帰還の道を辿りながらアニマについて話している。もしそこに突っ込んでいたらアニマに滅ぼされていたかもしれない……。そこで踏みとどまったことが三匹の龍の命を救ったのだがそんなことには気づくはずもない。


「そうだ、同じ祖龍が他にもいたと報告だけしてみよう。それだけでも喜んで下さるだろう」


 話してる間に所属国へと帰還を果たした三匹は帰還の報告をしに騎龍隊本部へと飛ぶ。交代の兵に挨拶をして腕章はそのままに王宮へと三匹揃って向かう。


 連龍国について語ろう。連龍国はその国民全てが龍である。龍と言っても様々で、解りづらいが龍は居るが竜はいない。この二つはハッキリと違うのだ。

 龍はドラゴンで竜はレッサードラゴンとも呼ばれトカゲみたいなものだと思ってくれればいい。


 龍とは龍人神が大元の祖であるため龍形態と人形態で行き来ができるのである。そのため街並みをみると連龍国の国民は人間形態で暮らしている。これは昔からの慣習と他国の多くが人間台の種族ばかりだというのが理由である。


 龍形態になった時の大きさや戦闘力は様々で当然だが人間形態の時よりも強く様々な能力が使える。


 ではアニマが珍しがられる理由は何か。それは見た目が半龍形態だからである。龍種の祖たる神の祝福を多く受けた個体や才能に溢れ強力な力を持つ個体は総じて半龍の身体を持てるのだ。一般の個体は中間の形態がとれない。それだけの事ではあるがそれができるのかできないかでかなり違いが出る。

 連龍国の現国王は祖龍であり同じような祝福を受けた存在の少なさに寂しさを感じている。国民も知るほどに広まっている国王の趣味は人間形態のまま翼を出し合い触りあう事である。


 以前ハーピィの巣でアニマの正体が謎とされていたのも半龍形態の龍は見たことのあるものがほぼいないからである。

 龍種以外からしたら半分になれるからなんなの、というような見方が大半であるし半分になっているところを見せることもないから亜種としてそのような存在がどこかにいるらしい、程度にとどまっている。

 龍の国では常識みたいな知識であるし重要視される部分でもあるが。


 さて、そんな街の中を人間形態に戻った騎龍兵三体は並んで歩いてゆく。飛んだ方が速いのだがそれは急ぎの時だけでいい。

 暫くして龍王宮へ着く三人、連龍国で一番高い建物で大きい。王の居城である。

 門番へ用件を話すと大変喜ばれるが国王は政務で忙しいとのこと、伝えておくと言われて返されることとなる。


「国王の喜ぶお顔が見たかったが、仕方ないか」


「しかし連龍国で忙しくなるほどの政務とはなんなのだろう」


 連龍国はなかなか治安もよく国民に不満もない。その圧倒的な力から様々な事ができるため、国交を積極的にしなくても成り立っているし、さらには龍は魔力が食べられるためそこまで物理的な食事を必要としない種族なのだ。食事問題がほぼないというのは国としてはとてもありがたい。生活上の事もありあまる力で大抵は個々人で解決できる。だから内政というものは殆どないようなものなのだが、しいて言えば軍事的な面。人間種も小賢しいし魔王勢は常に見張っておかなければならないしと、その心配くらいのものである。

 それゆえ、国王といえど気軽に会えるほどの時間と近さがあるのだが、会えないとなると何か会議をして出さなければいけない案件があるのか、戦争か、と不安になってしまう。


 考えても仕方ないと頭を振ってアニマの話題に戻る三体。


「それにしても祖龍並みの龍なのになぜはぐれになっているのか、それとも修行にでた龍の子なのだろうか」


「人間に仕えているともいっていたぞ?」


「ふむ、修行の旅に出た龍がその先で産んだが命を落とし人間に助けられ恩を返しているのではないか?」


 次会う機会があれば境遇を聞いてみよう、と話し合う騎龍兵であった。




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※今までのお話を読み返し適度に修正を入れている最中です。

ほぼ気づかない程度の修正ですが一応報告を。

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