第三十七話 使者第二弾。

――黒城、城門内、中庭。


 ……さて、私だ。

 数日前からこの黒城にお世話になっている。

 シャルマータの末端として加わってまだ日が浅い、戦闘力も一番低いと言われ鍛錬をお願いした。

 

 此処の城の門番は日替わり制になっていて、といっても大体日に日に違う者を団長である彼方様が指名するからなのだが。

 だが暫くは私に任せてくれるようだ。

 そして門番をやる片手間に中庭にて訓練をしている。

 基本的に彼方様やその他の仲間たちの気が乗れば本気で稽古をつけてもらえるのだが、特に誰も何も言わない日は今まで私がやってきた鍛え方と同じように素振りや走り込みなどで終わる。


 それでも教えてもらった槍の型や足運びなどを練習できるから今までよりも数回りは強くなっているはずだ。

 ただ、今のところシャルマータで実力が近いと言われたキルシーというハーピィ以外は段違いすぎる、だから自分の実力の上がり幅が試せないのが少し難点と言えば難点だと私は感じる。


「それにしても今までの暮らしが嘘のように充実しているな……」


 ふっかふかなまでにふっかふかの上質、いや最高品質のタオルで汗を拭う。平野、野外に住まう魔物であるセントールの私からしたら汗を自分の手以外で拭ったのもほとんど初めてみたいなものだ。


 生きるために必死ということはそれ以外が全て疎かになる。手を回す余裕も暇もないからな。

 だから、高級かそうでないかの目利きではなく、最低限、食べられるのか食べられないかの判別が得意だというサバイバー風味に育つのだ。


 それにタオルだけに終わらない。トイレも、食事も、日々の生活の全てが充実している。これもまた苦労話になってしまうが日々の、生活などとも呼べない程の生活しか魔物はしていないと思うんだ。これはセントールに限らず、国家を持たない魔物はみんなそうであろう。


 私はシャルマータへ入団志願をして、即座に合格となった。なんでも決め手は生娘だから、らしい。この身に触れられたのは漏らした時の一件が初めてだというとかなり好印象を持たれた。

 その後いくつかのシャルマータにおいての禁止事項などを聞かされ、目標、目的やこれからの事、今までの事。たくさんの話を聞いた。

 とても信じられない話の数々だったが、黒城での品々や技術。実際に稽古などで目の当たりにしたシャルマータの仲間の戦闘力がまるで神話の様な英雄譚の証明となっている。


 此処へ来たことで、私は今までの全てを失った。絶望から更に落ちるよりはましだろうと半ばやけくそになって黒城の門を叩いたのだが、そこで私は今までになかった全てを手に入れた。

 最高級の生活、品物。良き師。良き主。良き仲間。

 元が魔物の私からしたら生活の安定だけでよだれが出るほど素晴らしいものなのに、同じ魔物の集団であるシャルマータともっと早く出会っていればと後悔した。

 今までの苦労を振り返り、今との落差を感じるのが楽しみにさえなりつつある。


「だから……私の今の目標は、強くなり、役に立ち、彼方様に尽くして捨てられないようにすること。主のためと、自分のために……」


 

 素振りの音よりも小さな声で、元族長であるクシャトリアは呟いていた。

 衝撃的な事の数々をこうして毎日口に出しては消化しているのだ。

 そうしなければ居てもたっても居られないくらい、素晴らしいと、ひたすらに歓喜していた。


 そんなクシャトリアの耳に、カラララララン、と呼び鈴の音が鳴る。


「む、来客か……私が門番を務めてから初めてだな。ええっと……敬語は使った方が良いのか?、しまった。基本的な事を聞くのをすっかり忘れていたぞ……」


 頭を捻りながら、なんとか敬語を使わずとも違和感のない言い回しは無いかと考えながら、大きな、外壁とはまた違った色の黒と、深紅色の扉を開く。


「いらっしゃい。ご用件は……?」


 門の外に居たのは胡散臭そうだが美人の金髪の女性に、変わった顔だちをしている男。男の背後には筋肉質の女と、エルフの女、ウサギの耳のついたメイド姿の女が従者の如く付き従っている。


「あれ?あんた誰?、セントールなんてシャルマータに居たっけ」


 逆に質問されてしまう。

 質問内容からしてシャルマータの事をある程度知っているものなのだろうか。


「私は新入りだ。名前と用件を言え」


 来訪者の見た目から敬語を使うのは即座に辞めることとした。

 舐められてはいけない。


「む?いや……お前には見覚えがあるな、確か……雷獣のキャンディスではないか」


「ご明察。良く知ってんじゃん、前にたくさん馬殺したから?」


 にやりといやらしい笑みを作って下から覗きあげている。明らかな挑発。


「遠目に見た事があるかもしれんな、それでそちらの男と用件は?」


 誇り高いことで有名なセントールならば仲間の侮辱ですぐに手が出てくると思ったが予想外に冷静な対応をされて一瞬きょとんとするキャンディスに、やはりクシャトリアは反応を返さない。


「つまんないのー。こいつは菅原真、同じレイドアース所属の冒険者だよ」


 紹介された男は特に反応するでもなく観察するように黒城を眺めている。


「それでぇ、用件はなんだけど……数日前にレイドアースから使者が三人くらい来たはずなんだけど、此処に辿り着いたって報告を最後に居なくなっちゃったんだよね……なんかしらない?」


 そう問われたところで、間髪入れずにクシャトリアの頭の中に声が響く。

 事前に一度試していたのでスムーズに対応することができる。


「知らないそうだ」


 だが頭の中でのやり取りが行われているなど全く分からないキャンディスは不思議そうに、食い入るように見つめてくる。


「貴方が数日前に入るよりも前に来たかもしんないじゃんかよ、なぁ?」


 女のくせに乱暴な口調だと、内心評価するがクシャトリアも女らしい喋り方ではない。


「私ではなく、この城の主が知らないと言っている」


「ああ?、頭おかしいのか……?、その主とやらに会わせて、それが二つ目の用件」


 訝し気に目を細めて眉根に皺を寄せているキャンディス。

 まぁこれは無理もないだろうとクシャトリアは思った、念話を使える者はかなり限られているから、相手が念話を使える等とは普通考えない。

 

「念話で話したのだ、今な。それと彼方様は今日は気が乗らないそうだ、会わないと言っている」


 この数日で彼方の性格を掴んでいたクシャトリアはちらりと二階ラウンジのある窓へ眼をやると、用件を断った時の相手の反応が楽しみという満面の笑みを浮かべた彼方が居た。

 やれやれ、主も悪戯好きだと。肩を竦めていると、キャンディスが前を向いたまま距離を取って下がっている。

 

 それを見たクシャトリアはすぐに理解する、産まれてからずっと戦士として戦い続けてきた感覚と経験が、攻撃が来ると告げている。


 ……二つ名持ちの戦闘力は途轍もなく高い、ただの高ランク冒険者ですら手こずっていた私では、黒城で修行したと言えど数日間ではかなうはずがない……。


 だが、クシャトリアは慌てない。今は頼りになる仲間が居るのだから。

 手に負えない客が来た時の対応の仕方は既に教わっている。


「鈴鹿殿!!、敵襲です!!」


 叫びと同時に細長い棘の様な刺突剣を構えたキャンディスが突っ込む、その速度はスキルによって向上し目で追える速さではない。


「よくできました、彼方様も喜ばれる事でしょう」


 凛とした艶のある声が聞こえた。

 バキィン、と刺突剣が根元から折れ宙を舞う。


「はっ!?誰だよてめぇは……!」


 勢いよくバックステップで距離を取るキャンディス、手には鈴鹿の裏拳で折られた刺突剣。

 呼び掛けに即座に応じた鈴鹿が二人の間に割り込み繰り出されるキャンディスの刺突剣に合わせて拳を放ったのだ。


「鈴鹿殿、かたじけない……」


「お前の喋り方は彼方様の国で言う、武士に通じるものがありますね」


 敵を前にして自分より身長の高いクシャトリアを見上げて談笑する鈴鹿に、二つ名を手にしてから初めて無視されたことに怒るキャンディスが再び突っ込む、今度は両手に新しい刺突剣を持って。


 離れたところでじっと戦いを見守っている菅原真パーティは、いきなり二つ名をあしらえるほどの存在が出てきたことに驚いていた。 

 だがしかしそれより何より。


「ぶ、武士……だと!?、武士……武士!!」


 図らずも、元の世界の言葉を聞くことになった事に一番真は驚いていた。


 そんな異世界人を他所に、二人の攻防は繰り広げられる。

 

「ほらほら、どーだよオオッ!!」


 二度目の突撃もいなされ、そこからは近接戦。刺突剣を投げ捨て両手に短剣をもって身体を回転しながら振るっていく。


「く、くそー、とてもつよすぎるぞー」


 クスクス、手元を和服の袖で隠しながら嗤い、遊ぶように抑揚の無い棒読み台詞で返す。

 秒間二回は振るわれている短剣を片手の指や甲、爪で全て弾き、その場から動くことすら無い。


「かってぇな……!鬼人、かよ……ッ、でも、ここならぁ!!」


 体術、短剣術、スキル、これらを併用しても鈴鹿の片手すら突破することができない、しかも鬼人と言えど鈴鹿は生身、キャンディスは鋼の、スキルまで付与された短剣であるのに刃こぼれまでしてきていた。


 ならば弱点を突くしかないと、三度距離を取り腰につけたポーチから白い玉を取り出し地面へ投げつける。


「あーら、ベタですこと」


 鈴鹿の呟きと、地面に玉が炸裂するのと同時、白煙の幕が周囲に張られる。

 玉の内側には反応しあい白煙を発生させる魔物の部位が詰め込まれている、冒険者ならよくお世話になる一品。


 幕を張ると同時に鈴鹿のある一点へ向けて刺突剣で突撃を仕掛ける、白煙の中、透視系のスキルは使っていない。

 冒険者として、プラス野生としての勘を合わせていつも通りに、正確に狙いへと突き進んでいき……。


「死ねや……!!」


 鈴鹿の眼球へ、加速と体重を乗せた刺突剣が思いっきり突き刺さる。


「………あっ、鬼って眼も硬いんですよ?」


 しかし突き刺さったかに見えた刺突剣の切っ先はその瞳、黒目のど真ん中に当たってはいるもののそれ以上進めていない。 

 

「ふざけんな!?、この剣は〈壊硬絶貫〉!、硬けりゃ硬いほど絶対貫通の力を発揮する聖剣だぞ!?」


「や、やっぱり!、この強さは……っ」


 驚くキャンディスは尚も押し込み、眼球から脳髄までを破壊しようと足に力を入れるが鈴鹿の頭すら動かすことができていない。

 喜びの声を上げているのは菅原真、背後の三人の従者はそんな真を見てなんとなく目的の人がこの人なのだろうかと察しては居るがキャンディス同様に驚愕が勝っている。


 クシャトリアは巻き込まれない位置で仲間の勇士をしっかりと眼に収めている。いつか自分もああならなくてはと。


「ちょっと、見づらいのでどけますよ」


 刀身を握って木の枝を折るかのように簡単に圧し折る。

 対してキャンディスはあんなのに捕まってはたまらないと、無手の鈴鹿の間合いから飛びのき睨み付ける。


「お話に来たのなら彼方様がお会いになるそうですけれど、どうしますか?」


 そんな殺気むき出しのキャンディスへ、おずおずと小首を傾げながら提案する。


「おい、キャンディス……戦いに来たわけじゃないだろうが、殺されるぞ……?」


 鈴鹿にではなくレイドアースに。この場面でその意味が通じるのはレイドアース所属の者ならでは…。


「そう、だな……」


 いまだ余裕そうに口元を隠したままの鈴鹿へ憎々しげに視線を送りながら、折れて使い物にならなくなった剣を捨てて黒城へと鈴鹿の後をついて入っていく。

 

 使者として送り出されたという事はレイドアースでは用済みを意味する。敵の根城へ食い込んでいくのだから当然危険が伴う仕事を重要な人物にやらせるわけにはいかないからだ。

 しかし今回は違う、前回の失敗を踏まえて多少なりとも結果を持って帰ってこれる事を基準に人選が成された。


 二度目という事もあり今回失敗すれば何かしらの罰があるかもしれないと、そう言われたわけではないが今までの経験からしてありうると、二人の間での共通認識であった。

 


 そうして、いつも通りの二階ラウンジのソファにて、現在黒城に居るシャルマータの中で門番のクシャトリアを除いた全員が揃っていた。


「いらっしゃい、お二人とも。今日はどーしたの?」


 にこやかに笑顔を振り撒く黒髪セミロングの低身長童女、彼方。

 対面に座る二人は色々な面で押し黙っていた。

 

 ……シャルマータ、種族不明、攻略法不明の変態する化け物を擁する突如現れた謎の集団。

 だがその化け物レイナスにレイドアースの女王達はご執心だ。

 まぁ他に類のない化け物だから誰だって気にはなるだろうが……。

 今回の私たちの仕事はレイドアースへシャルマータを移住させる事、不可能なら化け物のレイナスだけ拉致ること。

 此処に来るまでは交渉が決裂したら適当に力づくでと思ってたけど……できっかな。あの鬼、相当強いわ…。


「なぁ、あの鬼は何なのさ?、いくら鬼の眼が硬いっつってもあの硬さはおかしいでしょーよ」


「ん?気合で頑張ったんじゃない?」


 ……適当かこのくそ野郎!、正直に聞いた私の方が馬鹿か…。


「まぁいいわ…。んじゃ本題ね、レイドアースへ移住してほしいんだけど」


「え、それ、前きた三人のおっさんにも言われたかも……」


「ちょっと待て、さっき下で聞いた時は知らないって答えたじゃんかよ」


「移住ねぇ……しないけどさぁ……。そんなに私たちを抱え込んで何がしたいのさぁ」


 これまたいつも通り隣に腰かけたニイアが果物の皮を剥き、実を彼方の口元へ持っていって食べさせている。


「……菅原ぁ、後任せる……」


 なんとも緊張感のない光景と適当な彼方にすぐさま降参するキャンディス。


「僕に任されても困るんだけどな……。レイドアースにくれば移住してくれた褒美として金一封も簡単に出してもらえると思うんだけど?」


「あー……なんか飽きた気がする。もうその提案いいや、帰っていいよぉ」


 突然興味を失ったように怠そうにソファに凭れ、見るからにやる気をなくす彼方。


「えっ、いやちょっと待ってくれ。もう少し君たちの事を……」

 

 菅原真は仕事の話以外もしたかった、というよりそっちが彼にとっては重要だったのだ。同じ国から来た転生者かもしれないのだから。しかしそれをここでいうと必ずキャンディスに情報を売られ、レイドアースに、より酷く縛り付けられるかもしれない。そのため言うに言えないのだ。


「彼方様は気まぐれなのよ、それではもう同じ用件で来なくていいからね。違う用件でなければ次は門を通さないわ」


 随分傲岸不遜な言い分だが黒城では見慣れた光景。

 

「それじゃ私らも困るんだって!!……え?」


 菅原真とキャンディスは揃って口をぽかんと開けたまま動けずにいた。

 自分の身体を確かめて、頬を叩いて、そして周囲を見渡す。

 

「えっ……?」


 言葉が出なかった。二人の目の前に見えているのはレイドアースの城門だったから。




――黒城。


「〈アイン・フルース〉。元の国へと送り返しておきました」


 無動作で魔法を発動し、空間を移動させたニイアが告げる。


「ごくろー。なんか話聞いてたら飽きてきたんだよね、レイドアースって単語も聞き飽きたよね」


 その通りです、と盲目的に同意する。


「そういえばアニマが出会った吸血鬼はなんも動きがないんだねぇ」


 立派な黒と赤の翼と尾を持つ龍人アニマにお菓子を放り投げながら彼方が問う。

 

「有難う御座います!、うーん、下っ端にしかあってないのでもしかしたら伝えてないかもですね!、また行きますか?」


 お菓子をもらって嬉しそうに微笑みむアニマ、勿論お菓子ではなく彼方にもらった事が喜ばしいのだ。


「そのうちね、そのうち……。今は人間国とかで色々ごたごたしてるし…でも宙に浮いてるんだったらどこかに落としてみるのも面白いかも」


 んふふー、と愉快そうに笑う彼方と黒城は今日もいつも通りの日常であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

我儘過ぎて最強無敵。そしてその後の物語 まりね @maline

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ