地下鉄の怪 作業員篇【中国】


 会社員のMさんからこんな話を聞いた。


 Mさんの叔父さんは昔、地下鉄の工事に携わっていた。

 ある日叔父さんが作業していると、「お疲れさまです」と言いながら誰かが後ろを通り過ぎて行った。

 お疲れさまです、と返事した叔父さんは首を傾げた。というのも、その人が歩いて来た時、確かに背後で空気が動く気配を感じたのに足音がしなかったからだ。一般的に、工事現場では安全靴を履くようになっている。普通なら足音が重く響くはずなのだが、何も聞こえなかったのだそうだ。

 もうひとつ、「お疲れさまです」と言った声に心当たりがない。同じエリアにいた作業員は全員知っているが、その中の誰かの声ではなかったという。

 更に「女性か男性か、それも分からない」のだそうだ。


 ***


 それからしばらくして、今度は大学生のOさんから似たような話を聞いた。


 Oさんのお祖父さんも若い頃、地下鉄開通工事の作業員をしていた。現場でのリーダーを任されていたお祖父さんは毎日深夜まで仕事をしていたそうだ。

 その日も朝から作業を始め、やっと一段落ついたのは日付が変わった頃だった。

 自分以外の作業員を帰し、一人で最後の点検に行く。線路を懐中電灯で照らしながら歩いていると、灯りの届くぎりぎりの所に何か白いものがあるのに気がついた。


 よく見ると、それはかかとだった。

 誰かがこちらに背を向けて立っている。


 ゆっくりと、懐中電灯の灯りを上へと滑らせる。

 踵、ふくらはぎ、太もも――華奢で柔らかそうなそれは女性の脚だった。

 それから更に上、腰の辺りを照らした瞬間、女性は消えてしまったという。



 実は、この二つの他にも地下鉄に纏わる話は多く耳にする。そのどれもが北京での話である。

 今から約五十年前、北京で地下鉄開通工事が始まった。それから程なくして、作業員の間で奇妙な噂が広まる。それがMさんやOさんが話してくれたような怪談である。

 事態を重く見た行政は日本で言う地鎮祭を行い、そこで「夜十一時以降は作業を行わない」というルールを作った。その後、作業員達は妙な物を見る事はなくなったのだそうだ。

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