捉えられた未来・二篇【台湾、ベトナム】
台湾で働いていたOさんからこんな話を聞いた。
彼女が働いていたのは語学学校だった。毎年新しい学期が始まると、学生同士の親睦を深める目的で日帰り旅行をするのが慣例だったそうだ。
その年は山登りに行くことになっていた。参加する教師と事務員とで山登り当日の流れを打ち合わせしている最中、突然1人の事務員が
「すみません、Oさんは不参加ですよね!」
と声を上げた。
参加するつもりでいたOさんは面食らった。周りの教師達も「え? なんで?」と戸惑っている。そこに例の職員が続けてこう言った。
「妊婦さんは山登りなんかだめですよ」
Oさんは妊娠などしていない。体調もいたって普通で妊娠の兆候すらない。違う、妊娠していないと否定し、改めて山登りには参加すると宣言した。件の職員は「あ、そうなんだ」とあっさり引き下がった。あれほど断定的に言ったのにもかかわらず。
そして当日、Oさんはしっかり山に登り何事もなく下山した。
それからさらに数日後、妊娠が発覚した。すでに妊娠3ヶ月だったそうだ。しばらくしてOさんが職場に報告した際、あの時の事務員もいたので聞いてみた。どうしてあの時妊娠しているのが分かったのかと。
「何のことですか?」
彼女は何も覚えていなかった。
この話はだいぶ前に聞いていてずっと忘れていたのだが、つい先日似たような話を聞いたので思い出して書いた次第だ。以下にその似たような話も記す。
ベトナムでの出来事である。
IT関連の大企業で働くNさんは今年ベトナムに赴任したばかりなのだが、昨今の状況下、せっかく赴任したのに最近は専らリモートワークなのだそうだ。
同じ部署の人たちとはよくオンライン会議で顔を合わせてはいるのだが、違う部署の人とはメールでのやりとりだけだという。顔は一度も見たことがないが、頻繁にメールを送りあっていると名前くらいは覚える。その中の1人に、ベトナム人のHさんという人がいる。
日本人の名前に馴染みのない人たちはNさんが女性なのか男性なのか分からないので敬称を付けずにメールを送ってくるのだが、Hさんだけは初めから”Ms.”と送ってくれていた。
ある日Hさんからのメールを見ると
Mrs.N
と書かれていた。いつもなら特に気にしないNさんだが、その時は付き合っている彼氏との関係がぎくしゃくしていたせいか少しカチンときた。大体会ったこともないのでNさんのプライベートなど知っているはずがない。単なる入力間違いなのはNさん自身がよく分かっている。が、しばらくいらいらした気持ちを引きずってしまった。
ところがそのことがあってからすぐのこと、なんと彼氏にプロポーズされた。あんなに嫌な風に心に引っかかっていたMrsだが、こうなるとHさんが偉大な預言者のようにも思えた。
Hさんと2人で電話会議の機会があったそうで、「そういえば、私本当にミセスになるんですよ」と話したところ
「え? あぁ、おめでとうございます」
と、こちらも覚えていないようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます