初対面の再会【韓国】

「今ちょっと電話できる?」


 つい最近、およそ2年ぶりに元同僚の韓国人男性からそんな連絡があった。名前を仮にSさんとする。Sさんとは中国の職場で一緒に働いていた。当時、韓国人社員はSさんと、Hさんという女性がいた。私とHさんは同年代だったこともありよく一緒に食事をしたりジムに通ったりする仲だったが、彼とは特に親しいというわけではなかった。

 Sさんとのエピソードでいまだに覚えていることといえば、「結婚するなら韓国人女性より中国人女性」とHさんの前で言い放ち場が凍り付いたことくらいしかない。何でも、中国人女性は他の国の女性と違って純粋なのだとか。その時はHさんだけでなくその場にいた女性陣から非難されることとなった。

 ところが、そのうちの1人が「でも、そんなに中国人と結婚したいなら紹介してあげるよ」と言う。聞けば四十代半ばのSさんとちょうど釣り合いの取れた年齢の中国人女性が知り合いにいるのだそうだ。Sさんはといえば


「ぜひ紹介してほしい」


 と、相手がどんな人かも聞かずにお見合いのセッティングを頼んだ。話はトントン拍子に進み、早速その週末にお茶をすることになった。週末明け、出勤してきた彼にお見合いはどうだったか聞くと「37歳の地味な人だった」としか教えてくれなかった。彼の表情からお見合いは上手くいかなかったのだと理解した。


 長く同じ職場で働いていたにも関わらず、思い出といえばそれしかない。そんな彼が何故職場を離れてから2年も経って連絡してきたのだろうか。若干不審に思いながらも電話をかけてみる。


「久しぶり。元気そうだね。うん、僕も。あ、そうだよね。ごめん、長くなりそうだったから電話の方がいいと思って……大丈夫? よかった。実は、先週お見合いしたんだけど」


 と言って始まった話が本当に長かったので、彼に起こったことを簡潔に書く。


 彼は2年前に韓国へと戻ったのだが、中国人と結婚したいという希望は持ち続けていた。色んな人に中国人を知っていたら紹介してくれと頼み続けていた。パンデミックの影響もあり思うように婚活は進まなかったが、つい最近職場の上司が紹介してくれるというので、またしても相手のことをよく知らないままお見合いに挑んだ。


「待ち合わせ場所に行ったらさ……」


 そこには彼女がいたそうだ。


 中国でお見合いをした、37歳の地味な彼女が。当然彼は驚いて「どうしてここにいるんですか?」と聞いた。彼女の方はというと、素知らぬ顔をしている。


「初めまして、Dです」


 聞いた名前も、あの時と同じだった。そして年齢も。


「37歳です。Sさんは?」


 Sさんは怖くなった。今目の前にいる女性と、中国で会ったあの女性。他人の空似ではなく完全に同一人物だ。会うのはこれで二回目。それなのに彼女は初対面の自己紹介をする。Sさんには彼女がわざと繰り返しているように思えた。


「だって普通『どうしてここにいるのか』なんて聞かれたら、びっくりするか、ちょっとムッとしない? それなのに別に驚く風でもなく『初めまして』なんて言ったんだよ。絶対こっちのことも覚えてたんだって」


 ――それなのに37歳と言った。39歳ではなく、37歳。別人を装ったのだろうか。


「それなら別の名前にするでしょ。しかも仕事も趣味も前と同じだった気がするし。意味が分からなくて怖い。だから君に連絡したんだよ」


 私が怖い話を集めているから、ではない。中国でその女性を紹介してくれた同僚の連絡先を教えてほしいとのことだった。Hさんほどではないが、親しくしていたマレーシア人女性だ。どういう経緯で謎の37歳中国人女性と知り合ったのかを聞きたいらしい。確かに、その人は全く中国語が話せなかった上に休日はずっと寮にいるような出不精だったので交友関係は外国籍の同僚だけだった。何故中国人の知り合いがいるのだろうと私も不思議に思っていた。


「ありがとう、連絡してみるよ。でさ、何であの中国人はこんなことをするんだろう? 何でだと思う?」

「うーん……良いように考えると、Sさんにまた会いたくて追いかけて来たけど恥ずかしくて初対面のフリをしてしまったとか?」

「それはないな。連絡先交換しようって言ったら断られたし」


 ……本当に、何がしたかったのだろうか。


 ちなみにマレーシア人とは連絡が取れなかったと聞いた。2年前の長期休暇でほぼ全員が帰国したのだが、彼女は寮に残った。その直後にウイルスが世界中で蔓延、帰国していた私たちは中国に戻れなくなった。彼女はというと2020年の1月までは寮にいたことが確認されているが、その後いつの間にか出国していたそうだ。会社に何の連絡もなかったため彼女の上司はマレーシアにいる家族に連絡しようとしたところ、そちらも全く繋がらなかったという。

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