喉が乾く【カンボジア】

 アイスクリームを売っているTさんからこんな話を聞いた。


 Tさんは屋台を引いて色々な場所に出向く、いわゆる行商人である。

 その日の営業は小さな農村だった。

 日も暮れ、人通りもなくなってしまったので帰ることにした。街灯のない薄暗い道を歩いていると、畑に差し掛かったところで呼び止められた。


「ひとつください」


 痩せた中年男性だった。

 Tさんがアイスクリームを作り終えると、男は引ったくるように受け取り、支払いもせずに食べ始めた。

 唖然あぜんとしているTさんを横目に、大きな口を開けてアイスクリームにかじり付く。ものの一分ほどで食べ終わったが、それでもまだ払おうとしない。

 Tさんは「支払いはドルでもリエルでも、どちらでもいいですよ」と男を急かしたものの、お金を取り出す素振りも見せない。目の前に突っ立ったまま満足そうににっこり微笑んでいる。これは話にならない、と思ったTさんは警察に通報することにした。

 ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、視線を戻す。


 男がいない。


 ほんの一瞬、目を離した隙に男は消えてしまったのである。


 後日Tさんが農村に住む人に話を聞いたところ、三ヶ月前にそこで殺人があったことが分かった。

 畑の近くに住む一家が強盗に刺し殺されたのだという。犯人は駆けつけた警官に射殺されたそうだ。


 強盗に殺された人がアイスクリームを買いに来たんですかね、と言うとTさんは怪訝けげんそうな顔をした。


「痩せた中年男性が犯人なんですよ。銃で撃たれた人は喉が乾くものですから」


 銃で撃たれた人は喉が乾く、カンボジアの常識だそうだ。

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