越境【カナダ】

 朋美さんは高校生の頃カナダにホームステイしたことがある。ホストファミリーは皆いい人で、朋美さんが帰国した後も手紙や電話で連絡を取り合い、約20年経つ現在も親交が続いている。


 去年、ホストマザーのエミリーさんが朋美さんを訪ねて日本へ来た。朋美さんがいるのは和歌山県の田舎町。初めて日本へ来るというエミリーさんを京都や大阪などのにぎやかな観光地に案内したかったのだが、


「取り繕った観光地じゃなくて、普通の日本人の生活を体験したいの」


 とエミリーさんが言うので、和歌山県へ迎えることにした。


 白浜のアドベンチャーワールドも、船でしか行けない温泉も、エミリーさんは心から楽しんでくれたそうだ。中でも特に楽しかったのは朋美さんの実家に滞在した数日間らしい。朋美さんの両親との交流はもちろん、カナダとは違う自然風景が印象に残ったのだという。


 約1ヶ月の滞在が終わり、無事にカナダへと戻っていったエミリーさんから連絡がきた。


『家に帰ってから、何だか家中で日本語が聞こえるような気がする』


 朋美さんは、エミリーさんの耳が日本語に慣れたからだと解釈したが、どうやらそういった事情ではないらしい。すぐに電話がかかってきて「何て言ってるか通訳して」と言われた。


「ほら、何か日本語で言ってるでしょ?」


 そう言って電話をスピーカーモードに切り替えたようなのだが、朋美さんにはザーザーというノイズしか聞こえなかった。


 それからは声だけでなく、人影を見たり、誰もいないのに肩を触られたりした。


 滞在中に心霊スポットへは行っていないし、神社や寺ではマナーを守って参拝した。しかしエミリーさんが言うには、異変は日本から帰った直後に始まったとのこと。日本から何か連れて帰ってしまったのではないかと心配していた。


 異変が続いていたある日のこと。エミリーさんの趣味であるパッチワーク作品が完成したと、朋美さんに写真が送られてきた。


『日本に行く前から作ってたんだけど、やっと完成したわ。日本にちなんだ特別なデコレーションよ』


 というので写真を拡大して日本モチーフを探してみたがよく分からない。別に和風の柄というわけでもない。


『日本のモチーフってどれ?』


『これよ、朋美の家の周りを散歩した時に拾ってきたのよ』


 それは、布の中心に大胆に縫い留められた石だった。

 つるんと角の取れた、ごく普通の石。


『その石どこで拾ったっけ?』


『朋美の家のお墓よ』


 間違いない、これが原因だ。


「ということがあったんです。真っ先にツカサさんに教えようと思って。以前仰ってたでしょう? 幽霊も呪いも海は越えられないって。でも、越えることもあるみたいですよ」


 幽霊も呪いも飛行機に乗って別の国に行けば消えるというのが持論である。少なくとも、私の場合はそうだった。


 ところでそのパッチワーク作品であるが、石は元あった場所に返したほうが良いと朋美さんはエミリーさんを説得し日本に送ってもらった。

 受け取った朋美さんの母親がそれを気に入り、今では玄関に飾っているのだという。飾ってからもう1年ほどになるが、異変はないそうだ。


 私の説は半分正しい、ということになるだろうか。

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海の向こうの怪異録 ツカサ @tsukki0922

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