雨蛙婚姻譚【シンガポール】

 日紗子さんはその日、日本での休暇を終え勤務地であるシンガポールに戻った。家を空けていたのはおよそ二週間。そこまで長期というわけではないが、南国の気候は不在の間に色々な不具合をもたらす。


 帰宅早々に家の中を点検する日紗子さん。


 すると、白い壁にちょこんと貼り付く一匹のアマガエルを見つけた。元来、犬猫以外の生き物が苦手な日紗子さんだが、その時はなぜか鮮やかな黄緑を可愛らしいと思った。


 その理由はただひとつ。遠距離恋愛中の男性がSNSのプロフィール画像にアマガエルの写真を使っていたからだ。


 ところで、日紗子さんと彼は遠距離恋愛をしていたとは言うものの、実際には交際はしていなかったようだ。

 日本とシンガポールは飛行機で約七時間。一年に数週間しか帰国できない日紗子さんと、激務のためシンガポールを訪れることもできない彼。お互いに好意を抱きながらも交際に対しては二の足を踏んでいたのだという。

 そんな中で見つけたアマガエル。日紗子さんは彼が見守ってくれているような気がした。

 嬉しくなりスマホで写真を撮る。


 ”帰ったら可愛いお客さんがいたよ”

 そんなメッセージを添えて彼に送信した。

 しばらくして返事が来た。


「?」


「お客さん?」


「何が?」


 慌てて送った写真を見ると、真っ白な壁しか写っていない。


 確かにカエルを写したはずなのに――


 周囲を見渡してみるとカエルはすでにいなくなっていた。

 冷静になって考えてみれば奇妙なことだった。ゴキブリならまだしも、そこそこの大きさのあるアマガエルがなぜマンションの高層階にある部屋に入って来れたのか。帰国前に入っていたのだとしたら二週間も水も餌もないところで生きていられるのか。そもそもシンガポールに日本と同じ種類のアマガエルがいるのか。

 アマガエルを見たと思ったけど気のせいだった、と自分に言い聞かせ、また彼にもそのように返事をした。


「そっか。日紗ちゃんに会いたい気持ちがカエルになってそっちに行ったのかな」


 彼との関係を半ば諦めていたのだが、そのメッセージで救われた気がした。


 来年、日紗子さんと彼は結婚する。

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