願い【インドネシア】
Sさんは、毎年ある山を訪れるのを楽しみにしていた。といっても山登りが目的なのではない。彼女の目当ては一本の木である。その木は日本で言うところの「ご霊木」であり、神様が宿るとされている。木に願い事をすると、その願いが叶う場合は木の実が落ちてくるという神秘的な木だそうだ。
その年もSさんは山を訪れていた。
――ここへ来るのはもう何度目だろうか
夜だというのに木はライトアップされ、たくさんの人に囲まれていた。すっかり変わってしまったその場所にふと昔が懐かしくなる。
音も光もなかった頃の夜の山を想いながら静かに願いをかけようと目を閉じたその時、
「やった! 落ちたぞ!」
厳かな空気を壊す声。
見ると、三人の若者が木の幹を抱えてぎゃあぎゃあ騒いでいる。木を揺すっているようだ。どうやら木の実が落ちてこなかったのが不満らしい。木の実は揺する度にパラパラと落ちてくる。ひとしきり揺すると彼らは満足したのか、落とした実には目もくれずに去って行った。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)
咄嗟に心の中で謝った。何故かそうしなければならないと思ったのだという。
願いの代わりに謝罪を続けていると、ポトリ、とSさんの足元に落ちて来た。今まで何度足を運んでも自分の元には落ちることのなかった木の実が。
下山したSさんは山の近くにあるホテルに泊まった。
深夜、窓が激しく叩かれる音で目が覚めた。飛び起きたものの確認する気にはなれない。Sさんの部屋はホテルの最上階、18階。外から窓を叩いているのが誰なのか――或いは何なのか――確認してはいけない、起き抜けで混乱した頭でもそれは分かっていた。
ベッドに上体を起こしたSさんは、できるだけ音を立てないように再び横になろうとした。
ドンッ!!
今度はドアが叩かれる。
一度だけのその衝撃は部屋全体を揺らした。それを境に窓の音は収まり、部屋に静寂が戻って来た。
しかしSさんは横になることもできず、朝までベッドの上で息を殺して過ごしたそうだ。
その後も毎年Sさんは山に行っている。
「でも、実を落としてくれたのは後にも先にもあの時だけです」
悲痛な声だった。”まだ許されていない”のだと。
今年もまた、行くそうだ。
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