<トゥビー・オア・ノット・トゥビー>~万彩燦翔のルクサリア~

<トゥビー・オア・ノット・トゥビー>~万彩燦翔のルクサリア~






 あたりまえの話だが現代社会において、力などというものには大した意味がない。


 個人レベルではともかく、善意や理想だけで世界を動かせないのと同じで、暴力や権威だけで世界は動かせはしない。

 

 そういったものが大きな意味を持つのは、せいぜい娯楽のための物語か、軍人達の中に巣食った‘下種脳’どもが信じ込ませようとしている‘力による征服’という幻想の中だけだ。


 人が創り出した世の中というのは、それほど単純なシステムで動かせはしない。


 だからこそ商人達の中に巣食った‘下種脳’どもは正義を騙り、虚構の現実を事実だと偽るのだろう。


 暴力による征服統治システムで世界が動いていたのは古代までであり、国家や宗教というシステムが介在するようになり、流通システムや貨幣システムの発達が世界運営を複雑化させることで、‘力による征服’はその価値を減じていく。


 それは人が獣としての生き方を捨て、動物としての本能に従わずに意志を持って生きる道を選んだ以上、当然の帰結だった。


 そしてその帰結に従い、信用取引や保証経済といった賭博のシステムを取り込んだ経済システムの混沌化によって‘力による征服’は犯罪者の論理へと成り下がる。


 その結果が、封建主義の崩壊であり資本主義の台頭であり、つまりは軍人の征服統治から商人の征服統治への世界の変化だ。

 

 西欧文明圏の拡大により国際社会が生まれ、アブラハムの宗教の最大勢力は、新七つの大罪の表明とともに精神世界の支配を放棄することを宣言し、核兵器の開発は人間の力が古代では神の領域と信じられていた彼岸に達した事を証明した。


 現在では、既に人はかつて神の責任とされた世界管理に対する責任を負わなければならなくなっているが、それを理解する多数の意見は権力の亡者達によって封殺され続けている。


 ‘下種脳’どもは、生物の自滅システムに溺れるままに、たかが人間の傲慢と騙るが、責任の放棄は地球環境の破壊とともに人類の終焉を予感させるまでになっていた。


 それを危惧した‘名無し’はPSYによって人々を‘ワールデェア’へと導いた。


 ‘下種脳’どもが人類を蝕むガン細胞だとするなら、‘名無し’はその特効薬だったというわけだ。

 

 そして、PSYという能力もこうした危機的状況による人間の進化が生みだしたものだという説が、一部の学者たちの間では語られていた。


 その説の根拠として、物理現象を引き起こさないが現象として観測できる点や精神革命とも呼ばれる“ 電位周波偏差式の非デジタルで非ノイマン型の量子電導脳 ”の開発以後にPSYが生まれている点が上げられているが、それだけでは証明足りえないとも言われていた。


 精神革命などといわれていても、それはコンピューターでは再現できないことが証明された人工知性を創りだすための装置の開発にすぎない。


 演算システムに換算すれば、数百グーゴルバイトの容量を可能とする思考装置であっても、それは人ではない。


 人間自体が物理的に進化したわけではないので、証明足りえないといわれればその通りだろうし、まったく逆のPSYによって量子電導脳が開発されたという噂話もあるので、何れにしろ真実は闇の中だ。


 まあ、精神の進化が現象を引き起こすかどうかはともかく現代ではPSYが科学の一分野であることに違いはない。


 古くはオカルトの分野の一つ超能力と呼ばれたものの中で、精神感応能力あるいはESPなどといわれた、透視、千里眼、テレパシー、などと類似性が多いPSYだが、違うのは完全な再現性という点だ。


 アメリカがPSYを認定するきっかけとなったレアメタルの探知能力者は、今も国家公務員として働き続け、ASVRの開発に携わった電導脳操作能力者は、‘下種脳’どもの組織から助け出された後、国連人権保護局のASVR対策課で働いている。


 PSYという能力が、オカルト最後の希望といわれながら、オカルトを否定する能力であるのはそういった事実からも明らかだった。


 だから当然考えついてもよかったのだが、オレは今までこの状況にPSYが係っている可能性を失念していた。


 それは、一つにはPSYによる犯罪というものが今まで認められていないという点もあるが、PSYの多くが‘下種脳’どもによる犯罪の被害者だったからだろう。


 だが、PSYが‘下種脳’やあるいは‘愚種脳’などではないなどとは言い切れないし、この世界を創り出した人を人と思わない‘非人脳’である可能性もあるのだ。


 オレがそう思い至ったのは、つい今しがただ。


 我ながら、あまりにも遅すぎる。


 先入観?


 いや、それを認めたくないから目を背けていたのか? 


 それとも、────ASVRの影響だろうか?


 事の起こりは最上位の探索スキル‘ラホルス’によるバグ探しだった。


 ヒカリと別れた後、‘ラホルス’を常時使いながら都市シントの探索をしていたのだが、シントの地下に広がる巨大迷宮の入り口だとか大時計塔に封印された魔王の魂だとか、そういったゲームのネタとして配置されたようなものは見つかったものの肝心のバグは見つからず、オレは手ぶらで宿泊先へ引き上げることになった。


 そして、そこでオレはその可能性に気づく事になる。


 遅めの夕食をとり、部屋へ帰還して少したった頃、ノックの音がした。


 扉を開けるとそこにいたのは、肩あたりまでのボリュームのある柔らかそうなやや暗めのブロンドを、左右に分けただけの飾りげのない髪型の美女だった。


 ‘水晶のアルケミスト’ミスリア・オルアーン。


 オレがこの世界で最初に接触した人間だ。


 だが、‘ラホルス’を通して見た彼女は、ヒカリと同じ‘欲望の真魔’の影を背負っていた。


「今、暇?」


 そう言いながらオレの顔をのぞきこんでくるミスリアには、確かに‘色欲’の影が色濃く映し出されている。


「ああ、構わないよ。 入ってくれ」


 笑顔でミスリアを招き入れながら、オレはその事実が意味するものを、加速する思考の中で考えていた。


 単純な事実でいうならば、彼女を初めとする女達の不自然な発情やオレに対する執着の理由が判っただけの話だ。


 世の中に物語の中のような都合のいいハーレムもどきの状況が存在しない以上、そういったものが目の前にあるならば、必ず理由が存在する。


 通常なら一番に考えられるのが、女達が力という判り易い餌に群がる‘下種脳’どもであるという場合だが、この特異な状況下でその可能性は低いし、なにより不自然な発情がそれを否定していた。


 だからこの世界がオレのハッキングした‘リアルティメィトオンライン’を基に再現されているという事実を知ると同時に、ASVRによる感覚操作だろうと考えていた。


 人間離れしたASVR内でのオレのパラメータや能力が原因か、それとも外部操作によるものなのかは判らないが、そのどちらかだろうと。


 だが、‘色欲’がミスリアに憑いている以上、女達の異常はその影響なのだろう。


 そう、そこまではいい。


 問題は、‘欲望の真魔’達がなぜ彼女たちに憑いているのかだ。


 偶然というのは考え難い。


 ‘色欲’だけだというのならまだしも、‘嫉妬’の件もある。


 ‘リアルティメィトオンライン’ではクエストでしか現れないので遭遇率というものは存在しないが、そうそうどこにでもいる存在でないのは‘ラホルス’でシント中を見て回ったことからも解っている。


 そして、オレのハックで‘嫉妬’が独立型AIであることも解っていた。

 

 その二つが意味するものは‘嫉妬’が外部操作では動くことがなく、オレを狙って放たれたものではないが、信じられないほどの偶然でオレの前に続けさまに現れたということだ。


 奇跡的な偶然?


 そんなことを信じるロマンティストが‘下種脳’どもに喰いものにされるのをオレは山ほど見てきた。


 では何なのか?


 通常の情報技術では再現できない情報察知や情報改竄能力、つまりはPSYの関与だ。

 いままで同種の能力を持ったPSYは確認されていないが、オレと師──‘名無しのウイザード’と‘名無し’──の例もある。


 違うPSYが同一の結果を起こすことが可能であるならば、‘欲望の真魔’をオレにけしかける能力を持ったPSYがいないとも限らない。


 それがオレの出した結論だった。


 しかし、PSYがこのふざけたゲームを創りだしている‘下種脳’の一味だとすれば、厄介さは、そうでない場合の比ではない。


 ‘下種脳’どもに強要され使われているにしても、この仮想世界がASVRではなくPSYによって創られているにしてもだ。


 最も後者の確率はかなり低い。


 ASVRを開発するうえで有名になった電脳ダイブと呼ばれるネットを仮想空間として認識できるPSYも自分以外を仮想空間につれこむことはできなかったし、不特定多数に対して働くPSYは現在のところ見つかっていない。


 オレ自身とオレの知るかぎりのPSYとしての感覚を信じるならば、そういったPSYは存在しないはずだ。

 

「ねえ、デューン」


 目まぐるしく働くオレの思考の外で、暗金色の形のいい真横に伸びた眉の下、同じ色の長いまつげに飾られた淡い翠のうるんだ瞳が、上目づかいにこちらを見つめてくる。

 

 怜悧な印象を与える美貌になまめかしい艶をそえる濃い桜色のくちびるからでる声もまた欲情に濡れていた。


 PSYが関与するならば、‘嫉妬’をデリートしたのは失敗だったかもしれない。


 ‘嫉妬’が完全独立型AIだった事とPSYによって直接コントロールされていなかった事を考えれば、即座にその消滅が感知されたとは思えない。


 だが、PSYによって‘嫉妬’を間接的にコントロールしていた場合、‘嫉妬’の消滅を察知されないとも限らないからだ。


 幸い‘リアルティメィトオンライン’では‘欲望の真魔’とは一つの存在ではなく、繰り返される現象であり、無数に存在し得るものとされていたため、‘嫉妬’が一つ消えた事に気づくにしても、いつどこで消えたかということは解らないはずだ。


 それでも、‘嫉妬’をヒカリに憑くようにしむけた相手がいるなら‘嫉妬’が祓われたことには気づくだろう。


 では、この状況は何らかの情報収集活動である可能性が高い。


 同じ相手がミスリアに憑けた‘色欲’を活性化させ、この状況を仕組んだ。


 そう考えるべきだ。


 ここで‘色欲’を祓いデリートすれば、オレのPSYを気づかれる可能性は高くなる。

 

(祓うべきか、去るべきか。 それが問題だ)


 オレは、生死の境で流れるようなゆっくりとした時の流れの中で、打開策を考え続けていた。


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