<イベント・オブ・デスゲーム>~無双不在の バンディット~



<イベント・オブ・デスゲーム>~無双不在の バンディット~







 近代において、騙まし討ちや罠を使っての戦闘、敵の不意をつく行為などが忌避されなくなったのは、戦場における禁忌が少なくなっていったことに起因する。


 それを戦闘理論の進歩であると宣伝する人間がいるが、それは狭い視野で戦争を捉え、殺戮を単に効率化したにすぎない。


 戦場という狂気の場であっても、人的被害をコントロールして人類全体の損失を少しでも抑えようという広い視野を捨て、戦闘の勝利のみを目指した‘下種脳’の価値観に傾倒した人間が狂気を肯定していっただけのことなのだ。


 それは商人達によって軍人階級が征服者階層を追われたことで拍車をかけ、暴力組織同然の企業が商人達の多くを統べることで揺るぎないものへと変わっていった。


 その殺戮の肯定の果てに作られた兵器群の開発が技術を進歩させたという人間もいるが、これも‘下種脳’による主客を転倒させた論理のすりかえにすぎない。


 多くの人的資源を軍事が独占し殺戮の為に技術を開発したのは事実だが、それは本来あった平和への可能性を否定した‘下種脳’達が富を独占していた為に、破壊を目的として技術開発が行われただけであって、戦争という行為があったから技術が進歩したわけではない。


 ‘下種脳’どもはただ技術を自らの権力を支える暴力として使うことを選び続け、その行き着く果てに、人類を滅ぼす寄生虫として存在するやつら‘下種脳’の象徴といえる兵器を生み出すことになる。


 原爆に始まり水爆へと進化をとげることで人類を滅ぼし尽くすことを可能とした核兵器だ。


 その技術は原発という平和利用においてさえ膨大なリスクを持ち、多くの被害をもたらし続けているが、‘下種脳’の価値観は常にそれを肯定し続けてきた。


 ‘下種脳’の価値観に晒され続けた社会は、放射能に汚染されたかのように、ゆっくりとだが確実に滅びへと向かう。


 それは、放射線がガンを作り出すように確率として存在する破滅であり、‘下種脳’の価値観を否定しない限り、必ず訪れる破滅だ。


 人類が‘下種脳’というガン細胞を増やし続ければそれは必ず訪れるだろう。


 オレは、大きく開け放たれた窓から乗合魔動車を襲撃してきた連中を見ながら、ふとそんな考えに浸っていた。



 やつらが乗るのは泥にまみれたような平原迷彩色の屋根の無い二人乗りランドクルーザーを思わせるシルエットの車だ。


 違うのは車体が金属ではなく虫の甲殻のような材質でできていることと、車輪がこの乗合魔動車と同じ渦巻き状に巻かれたものであることだけだろう。


 しかしそれだけの違いがやつらの乗り物を奇妙な生物のように見せている。


 四台の車が近づいてくるのに最初に気づいたのは、窓の外を眺めていたユミカだった。


 前に襲われたことが気になっていたのかユミカとシュリはそれぞれ左右に離れた席で窓の外をうかがっていたのだ。


 何かがいるという声がして、見れば、後ろにやつらの乗る魔操車が地平線の彼方から迫ってきていた。


 強化された視力がないユミカには何か判らなかったようだが、オレにははっきりとやつらの車影が見て取れた。


 直ぐに乗合魔動車の速度を最高にあげて引き離そうとしたが、30分も経たないうちに豆粒大だった影は、彼女達にも車だと判るようになっていた。


 魔操車など一般に出回っているものではなく、現実世界で言えば戦車のようなものだ。


 やつらがこの乗合魔動車を狙っているのだという想像は簡単にできる。


 乗合魔動車の出発時間さえ判っていれば襲撃は容易だろう。


 自在に操れるやつらの魔操車と違い、オレ達の乗る魔動車は、速度の操作と停止はできるものの決められた道を半自動的に走り続ける列車のようなものだ。


 もっとも線路がないだけでなく、ハンドルもクラッチもない運転席には、普段人は座っていないのだから、最近幾つかの都市で渋滞解消の為に運用されだした全自動モービルのようだといったほうがいいだろうか。


「あいつらは、たぶん奴隷狩りだよ。ゲーム時代の闇ギルドがこっちに渡って来ても同じようなことをやってるのさ。もうゲームなんかじゃないってのにね」


 レイアがやつらを見ながらいうのに、怪訝な顔でゲームとはどういう意味だとシセリスが問い返していた。


 シセリスには、リアルティメィトオンラインのキャラクター‘流浪の精霊騎士’としての記憶しか存在しないのだから、判らなくて当然だろう。


 それはミスリアも同じ事で、彼女には‘水晶のアルケミスト’としての架空の記憶しかない。


 だが彼女にはもっと気になる事があるらしく、やつらの乗る魔操車に視線を送っている。


「何か気になる事でも?」


 シセリスとレイアの会話を聞きながら、オレはミスリアへと問いかける。


「あの車、武装が付いているみたいね」


 ミスリアがオレを見ながら少し硬い表情で言う。あまりいい話ではなさそうだ。


「どんな武装か判るか?」


 おおよその見当はついていたが、とりあえずミスリアにも聞いてみる。


 かなり専門的な知識なのでオレが知っているのは可笑しいかもしれないからだ。


 武装に使う儀式魔術はアルケミストの領分になる。


 ミスリアの専門分野なので知っているだろう。


「たぶん1台は‘炎の矢’の魔術を放つものだと思うわ。たぶん‘銀階梯’」


 思った通り、そう言ってミスリアは、オレ達の乗る魔動車の右側を走る魔操車を示す。


「あの前部の放熱板のついた機体よ」


 ‘炎の矢’とは初級儀式魔術で、その名の通り杖などから三十センチほどの炎の矢を放つものだ。


 一発ならそう威力はそう高くないが、問題は連射性だ。


 儀式魔術は仕掛けが大型になればなるほどやっかいになる。


 ‘銀階梯’の‘炎の矢’ならちょっとした機銃なみの発射速度になるだろう。


 そうやっているうちにレイアはゲーム云々はお茶を濁して、やつらが女を浚って奴隷として売る事を生業としている連中で‘渡り人’がもといた世界でも同じような事をしていたんだと説明している。

 

 おそらく連中は欧米のリアルティメィトオンラインでダークサイドプレイヤーと呼ばれた連中だろう。


 分別のない反抗期のガキが悪事に憧れるのは昔からのことで、それを認めてやって手の平で転がして利用する‘下種脳’がいるのも同じだが、それをゲームの世界でやったのがリアルティメィトオンライン欧米支社の運営で、転がされたのがダークサイドプレイヤーだ。


 架空世界でやるから許されるので、それが現実で許されないのは、まともな大人なら判ることだが、いかにも分別がつかなそうなやつらが枷を外されれば‘下種脳’までは一直線だろう。


 やつらにとってその枷が自分の肉体的弱さだったのか、周囲の評価だったのか、それともそれ以外の何かだったのかは判らない。


 何れにしろやつらが‘下種脳’ならそれなりの報いは受けさせるべきだろう。


「残りの3台は、たぶん近接攻撃用。前部から仕掛けが飛び出すタイプね。あと4台とも魔術障壁が張られてる」


 魔操車の分析を終えるとミスリアは、どうする?、とでもいうようにオレの顔を見る。

 

「ちょっといいかい? リーダー」


 ミスリアの問いに答えようとしたとき」、レイアの声が割って入る。


「リーダー? オレのことか?」


「そうだよ。あんたがこのパーティーのリーダーだろ」


 予想外の呼ばれかたに戸惑うオレをレイアは当たり前のことを言わせるなというように切り捨て、続ける。


「あいつらの始末だけどさ。あたし達にまかせてくれないか?」


「あたし達?」


「あたしとルシエラだよ。あいつらは、たぶんあたしとルシエラを追ってこっちに来たんだと思う。ちょっと因縁があってね」


「どうするつもりだ? 魔術障壁があるからそう簡単に魔術は通らないし“炎の矢”は儀式魔術だ。射程は個人の術より長い」


 シセリスがそう言って割ってはいるのに振り返り、レイアは自身ありげに笑う。


「あいつら程度どうにでもなるさ」


 そしてじっとオレの目を覗き込んでくると挑戦的に言い放った。


「どうする? あたし達にはまかせられないかい?」


 まかせてしまい失敗すれば、一方的に向こうの攻撃を受けるかもしれない。


 そのリスクを負って仲間を信頼できるのかとレイアは挑発的に笑う。


 どうやらレイアはオレの統率者としての度量を試しているつもりらしい。


 同時に自分とルシエラの力を他の皆にも見せようという意図もあるのかもしれないが。


「因縁があると言ったが殺すつもりか?」


 個人的な復讐や怒りにつきあうつもりはないといったニュアンスをこめて、オレはあえて冷たい声でそう聞いた。


「あいつらにそんな価値はないね。無力化するから、その後どうするかはまかせるよ」


 あくまでオレがどういう決断を下すかを見たいらしく、レイアはあっさりと答える。


  周りでは他の女達が、そんなどこか不穏な空気を漂わせる会話を聞いている。


 ミスリアは、少し思わしげに。

 シセリスは、あくまで冷静に。

 ユミカは、あわあわと狼狽して。

 シュリは、どこか気づかわしげに。

 そして、ルシエラは困ったような期待するような顔で。


「……わかった。まかせよう」


 オレは、少し間をあけてゆっくりとそう言った。


 もちろん信じる信じないということでそう決めたわけではない。


 彼女達がやろうとすることに検討がついていたからだ。


 それに彼女達が失敗したときの手も考えてはいる。

 

(しかし、村を出たとたんにイベントとは偶然ではないだろうな)


 オレは、迎撃の準備を始めるレイアとルシエラを見ながらこの一連の事件の裏にいるだろう黒幕の‘下種脳’どもの意図を考えていた。



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