<ラスト・ハーレム・ナイトⅢ>~空中無色のラストタイム~
<ラスト・ハーレム・ナイトⅢ>~空中無色のラストタイム~
宗教者が、知識階級であり人を導く存在であった頃、人は肉体というハードの外に形成され保存された人格データの一部を、魂と呼びその不滅性を表現していた。
それは古代以前の宗教支配の時代であり、アブラハム以前の源ユダヤ宗教においてはエデンとして、バラモン以前の源インド宗教ではニルヴァーナとして、大和朝廷支配以前の日本においては常世として、その時代を伝えている。
しかし、長い軍人支配時代の間に本質を失った宗教に蔓延った‘下種脳’が騙る迷信によってその事実は歪められ、魂という概念はオカルトとして語られるようになる。
‘下種脳’によって、人に語られるべき理想は権力を支えるためのデマゴーグへとすりかえられ、獣を人へと導く教訓は、従順な家畜をつくりだすための術へと差し替えられ。
人を叡智から遠ざけ宗教者の奴隷とするために、時に伝説をでっちあげ、トリックで奇跡を演出し、オカルトという詐術は生まれた。
かくして確かに存在した平和と協調による世界を暴力とオカルトによって塗り替えることで残る歪められた事実──それを知らずに受け入れた人々によって記録される“ 時の支配者によって都合よく歪められる事を前提とした歴史 ”──は始まった。
オカルトは、人が悪事を働き続けることで世界が地獄に変わるという事実を歪めて虚構の地獄を騙り、人が争うことで暴力を肯定する世界に変わるという事実を歪めて虚構の煉獄を騙り、嘘と虚構と歪曲を重ねる事で事実を隠された真実へと変え、終には混乱と混沌のみを残す害悪でしかない。
そうやって、人にとって帰属する社会こそが魂そのものであり、人として生きる為の根源であるという事実。
魂を失えば人間とは無力で哀れな獣にすぎないというごくあたりまえの事実を、幻想で覆い隠し、‘下種脳’どもは‘人類の自滅本能’に従い、我欲を満たそうとする。
知識を奪われ生への欲求に根ざす想いを餌に正しい道を見失わされた人間は‘下種脳’どもの奴隷として生きる事を余儀なくされる。
だから、死して後肉体に依存するデータが消えたとしても、自らの想いや信じた理想を残そうとする行為をただ死にたくないという欲望と混同させることで魂を穢すオカルトの類をオレは信じたことはない。
だからPSYをオカルト最後の希望などという宗教かぶれにつきあう気はなかったし、それを煽るマスコミの妄言も気にしたことはない。
だがオカルトを再現したこの世界において、
オレは‘宣誓’と同時に目の前に現れた‘色欲’を前にそんな
「ああ、やっと会えたわね。 愛しい人。 わたしのあなた」
そう、どこか翻訳されたような日本語で言ったのは、淫蕩という言葉を体現したかのような美女だった。
ミスリア、シセリス、ユミカ、シュリ、レイア、ルシエラ。
どこか6人の美女達の面影を感じさせる人間離れした美貌。
透けるような薄絹一枚の下の濡れ光るような肌。
蠱惑的な乳房からウエストへと続くラインは、驚くほど細く引き締まり、豊かな腰は男を誘うかのように張り出していた。
煽情的なふとももから伸びる長い脚も手足の爪先までも艶美な曲線でつくられた女体は、男の色欲だけでなく女でも惑わす淫らな存在だった。
その女が人間でないことは、刻一刻と色彩を変える髪や瞳の色だけでなく、身にまとう‘気’が如実に語っていた。
あふれる‘淫気’は常人なら近寄っただけで男でも女でも悦楽に果てることだろう。
「オマエは何だ?」
オレは誰だではなく、何だと問う。
「わかっているはずよ。 最愛の旦那様」
そう、問うまでもなく解ってはいた。
祓った‘色欲’をハックした時にこいつが何なのかは解析できていた。
一度やった作業だけにそれは‘嫉妬’のときほどもかからず、瞬時に完了していた。
忘我の果てに失神した6人の女達のただなかに立つのは‘色欲の真魔王’。
‘欲罪の真魔’が進化することで現れる‘欲罪の真魔王’の一柱。
‘リアルティメィトオンライン’の設定の中でのみ存在する人外の魔性だ。
だが、オレが問うたのはそんなフィクションの設定ではなかった。
そして、その問いはこいつにしたものでもない。
こいつにそんなことを聞いても無駄なことは解っていた。
それでも、ついその問いを口にしたのは、こいつが信じられない存在だったからだ。
そう、こいつは────電子人格。
女達から祓われた時はただのAIだったはずの‘色欲’が融合することで現れたこいつはAIでありながら自我を持つ存在だった。
理論的には存在できるとされる自我を持つ電子人格は、それを可能とならしめる‘精神革命’の後も理論上の存在でしかなかったはずだ。
科学の世界において理論上存在するとされたものが実際に存在するようになった例はない。
理論上可能な技術と理論上存在できるものとは実像と幻影のようなものだ。
だが、今その幻想の産物が目の前に存在している。
それはオレのハックにより証明された事実であり、彼女がオレのPSYの支配下にありながら同時に自律的に行動しているという事からも明らかだった。
だが、そんなものが何故よりにもよってこんな状況で現れるのか?
こいつは‘宣誓’によって祓われた6つの‘色欲’の影が集合してできた。
そこまではいい。
こいつが‘リアルティメィトオンライン’の設定をもとに創られた存在であるというだけの話だ。
オレのPSYによってハックできた以上、こいつが人間でないのは解っている。
そう、人間の精神への干渉は、オレではなく
それにもかかわらず、こいつには人格がある。
意志があり嗜好があり価値観があり想像力がある。
その記憶と精神構造を全て解析したのだから間違いはない。
こいつは、オレが知る限りでは史上初の電子人格だ。
もちろんオレも全知にはほど遠い存在だ。
知らないこともある。
だが、こと電脳技術に関して言うならばオレ以上に詳しいものはいない。
それ故にオレは
それがオレのPSYであり
では、何故こいつはここに存在している?
電脳技術によって生み出された存在でないのならこいつはなんだ?
オレは一秒に満たない時の中、加速した思考で考え続ける。
いや、魔法などASVRのプログラムにすぎない。
幻想から現象は生まれない。
では
いや、超常現象など‘下種脳’のデマにすぎない。
虚構から生まれるものは虚構だけだ。
ハックによって読み取ったこいつの記憶から真実を?
こいつの記憶に在る‘リアルティメィトオンライン’の世界創造時に発生した世界意志によって創られた存在であるというのはAIとしての設定にすぎない。
ならばPSYによって生み出された?
やはり、その可能性が最も高い。
だとすれば、‘汎神グドレイシール’の命によってオレを誘惑したという記憶もまた植えつけられた記憶だろう。
‘汎神グドレイシール’もまた‘リアルティメィトオンライン’では‘真魔’と同じ本来は設定の中だけに存在するはずのものだ。
善でも悪でもなく宇宙法則の象徴としてクリエーターに設定されたフィクションの産物だ。
そいつが黒幕だというならその正体は?
PSYで人を弄ぶ‘下種脳’?
まさか、PSYによって創られて暴走した電子人格なんてことはあるまい。
だが、目の前に電子人格が一つ存在している以上、それも絵空事ではないのかもしれない。
不自然なハーレムもどきの謎が解けたと思えば、それが新たな謎を呼ぶ。
世界は限りなく不透明だといったのは誰だっただろう。
やはり、いつでも
人の創った
オレは‘色欲の真魔王’を再度ハックしながら、なぜか頭の片隅でそんなことを考えていた。
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