<ハック・オブ・イリュージョン>~欲罪のエンヴィー~

<ハック・オブ・イリュージョン>~欲罪のエンヴィー~







 見回せば360度の地平線。


 隠れる場所すらない荒野のど真ん中。


 出て来いというオレの声に応えるものはなく、オレ以外に荒野にあるのは意識を失って横たわる少年。


 前髪に一房の銀を刷いた金髪と今は閉じられた赤青のオッドアイを持つ公式チートのみだ。

 

 だが、‘ラホルス’を発動したままのオレの瞳は誤魔化せはしない。


 そして、こういう事態も想定内だった。


 他人が自分の思惑通りに動かない事などあたりまえの話でしかない。


 フラグなど現実には存在せず、いわゆる御約束など物語の演出でしかなく、この世界は限りなく不透明だ。


 他者を思惑通りに動かすのなら、権力におもねる‘下種脳’が欲や自己保身の為に作り出したいわゆる大人の約束などというマインドコントロールを利用するか、‘非人脳’がやるような洗脳でも使わなければ、まともな結果は出はしない。


 だから、オレはこの世界でのみ使える次の手を打った。


「我が意志は理想のもとに。 我が理想は真理のもとに。 真理は世界の意志なれば」


 神呪系魔術の基礎にして奥義、‘宣誓’ 。

 リアルティメィトオンラインのメインクエストに出てくる七つの欲罪と七つの盲罪を象徴する真魔の王にのみ効果を発する呪文をオレは唱える。


 公式設定のみに存在し、実際にリアルティメィトオンライン内で登場することのない真魔の王達は、メインクエストの中で人や動物あるいは呪物に獲り憑き、様々な不幸を撒き散らす存在だ。

 

 ‘下種脳’となった毛無し猿の象徴が魔物ならば、真魔の王とは‘下種脳’を作り出す原因を象徴化したものといえる。


 それが‘ワールデェア’のクリエーター達が真魔の王に与えた役割だった。


 だから、現実世界で決して‘下種脳’が消えないように、真魔の王は不滅だ。


‘下種脳’の害を表す存在である真魔の王は、決して滅びることなくリアルティメィトオンライン最大の敵役として在り続ける。

 

 リアルティメィトオンライン内のキャラにできるのは唯それを祓うことだけだ。


 その唯一の対抗策が‘宣誓’だった。


 そう。無力化されて地面に転がった少年の内に潜んだ‘そいつ’を、この世界でのみ存在する真魔の王の一つ‘嫉妬’を祓うべくオレは‘宣誓’を続けた。


「我が意志が届くことなくも、我が理想は消えず。 我が命消えしとも、我が心は真理のもとに。 故に我は認む。 その名は‘嫉妬’。 故に我が意志は否定する。 去れ欲罪よ」


 ‘ワールデェア’の願いを込めたともいわれる言葉とともに、少年の身体に巣食っていた黒い‘気’の塊がその身体を離れる。


 だが、やつは次の瞬間、人に似た姿を撮りオレへと襲い掛かってきた。


 真魔の王は魔王を頂点とする魔物のようなエネルギー生命体でも、冥王を頂点とする霊的存在でもなく、世界神と同じく意志を持った現象だ。


 世界神が世界というシステムの存続を意図するように真魔の王はただ司る欲望を具現化する。


 放っていれば‘嫉妬’を核に光という少年は強大な魔物に変異していただろう。


 なぜ実体を持たず直接人を傷つけることのできない存在が真魔の王などと大げさな名で呼ばれるのか。


 その原因がこの万物の魔物化だ。


 今回は魔物化するまえに上手く祓えたがそうでなければ、力から考えて少年は恐らく魔王になっていただろう。


 その真魔の王が次はオレに獲り憑くべく迫っている。


 再びゆっくりと流れ始めた時間のなか、オレは‘嫉妬’が醜く哂うのを見た気がした。


 ‘嫉妬’を打ち滅ぼすことは無敵に近いステータスを持つオレでもできはしない。


 なぜなら、現象とはそういうものだからだ。


 例え人が宇宙に行くようになった後も重力が消えたわけではないように、不滅にして永遠に存在し続けるのが現象だ。


 感情もなくただ意志のみを持つ現象とは言ってみれば法則やプログラムのようなものだ。


 人どころか神々や精霊と言ったこの世界の根幹となる存在にさえ取り憑き歪める、それが、真魔の王。


 どれほど規格外の力を持とうと跳び抜けたステータスがあろうと、現実と同じ様に世界というプログラムの一部でしかない人間には成すすべはない。


 ただそれを認め抗い続けるか、受け入れ流されるかだ。


 ‘宣誓’は自分自身に効果はなく、やつの憑依を防ぐ手段はなかった。


 これがゲームなら詰みを認めるしかない状況だ。


 しかし、これはただのゲームではない。


 命も人の尊厳も嘲笑う‘下種脳’の創ったゲームだ。


 諦めればオレを待っているのは死かそれ以上に最悪の結末だけだろう。


 最高速で跳びずさるオレを超える速度でその結末は、ゆっくりと進む時間の中、徐々にオレに近づいてきていた。


 だが、仮想世界に取り込まれた人間にとっては不滅の真理と変わらないものも、それを信じぬ者にとっては戯言だ。


 ‘下種脳’の理屈を受け入れて生きる者にとっては抗い難い現実も、そのでたらめや嘘を信じぬ者にはただの幻想でしかない。


 ‘下種脳’が絶対のものと敬う武力や権力に金といった存在も、人々の合意のもとに創られたシステムにすぎないように。


 全ては人の創りだしたツールにすぎない。


「ハック、オン」


 だから最悪の結末を最良の結末に塗り替えるため、ゆっくりと迫る黒い‘気’の塊に、オレはこの世界にはない呪文で応えた。

 

 現代に残った唯一の神秘。


 物質的な力としては存在を否定されたかつて超能力と呼ばれた幻想の欠片。


 PSY。


 超能力と呼ばれた現象の内、PSYと呼ばれた念力や瞬間移動などの物質に作用する力ではなく、ESPと呼ばれた情報に作用する力なのだが、この現象を証明した人間達がそう呼んでいたため、今ではそれがあたりまえとなった奇跡の力。


 ‘名無しのウイザード’としてのオレが振るい続けたPSYは、‘嫉妬’をハッキリとプログラムとして認識している。


 仮想空間に再現された人間や魔物のような擬似生命や電子人格ではなく、現象である故にプログラムとしての、AIとしての性質しか持たない真魔の王はオレにとって道具ツールにすぎない。


 愚かで不完全で移ろいやすく脆弱であるが故に愛おしく大切で二つとない人の心とは違い、冷徹で完全で歪むことない強固な意志プログラムならばオレのPSYの領分だ。


 瞬時に‘嫉妬’の全てを掌握したオレは、その解析に取り掛かった。


 人格を乗っ取るシステムに物質を魔物化する方法。


 その全てを分解し理解していく。


 人には成す術のないと世界というプログラムに決定された神をも侵食する真魔の王という設定は、この仮想世界をハックし創り変えたPSYの前には無意味だ。



「ハズレだったか」


 しかし数分後、その全てを理解したオレの口からもれたのは、ため息に近い声だった。


 真魔の王、少なくとも‘嫉妬’は独立したAIでこの仮想世界を構築するプログラムやASVRシステムといった外界に通じるプログラムとは別個の内部完結したプログラムでしかなかったのだ。


 現実でPSYが精神や情報に作用しても物理的な作用に干渉はできないように、こいつはこの世界からの脱出のための突破口とはなりえない。


 つまりこいつはこの世界の運営者が操る存在ではなく、イベントとして存在する魔物達と同じ自律プログラムだったという話だ。


 どうやら、また振り出しに戻ったらしい。


 オレはため息を噛み殺し、‘嫉妬’をデリートしながら次の行動を検討していた。




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