<トリフィド・レボリューション>~険隔のダンス・オブ・マカブル~





<トリフィド・レボリューション>~険隔のダンス・オブ・マカブル~






(さて、どうするか?) 

 武器と防具をはがれ、気を失ったまま目の前に転がっている‘公式チート’を見下ろしながら考える。


 ‘アントラプへゾロン’の鋭角的なフォルムに隠された肢体は細く、とても“ 英雄呼ばわりされていた少年 ”のものとは思えない。


 うっすらと脂肪をのせたしなやかな身体は、成長期前であると考えても男の骨格ではないし、何よりその胸は小さいながらも微かに膨らんでいる。


 この小僧、いや小娘がセツナという少年に何故化けていたのかなどということはどうでもいいが、それをオレに知られたこいつがどう思うかは問題だ。


 英雄志願に依存した甘さを除けば、オレはこの小娘が嫌いではない。


 少なくとも、斜にかまえて自分が甘えている事にも気づかないガキどもよりはましだ。


 この世界は弱肉強食だなどと、さも自分は甘ったれた人間達とは違うのだという顔でほざくガキほどとことん自分に甘く、その世界というやつの在り様に従順な‘欲望の奴隷’であることをオレは知っている。


 こいつが、そういった──‘欲望の奴隷’である事を自由だと叫ぶことで、‘人の理想がこめられた自由という概念’を貶める‘下種脳’の理屈に踊らされた──意志を持たず気分や欲望と意思の区別もつかないガキじゃないことは、こいつの行動が語っている。

 

 歳を取り経験を積む事で己を恥じる人間もいれば、そのまま‘下種脳’に成り果てるやつもいるが、気づくにしろ気づかないにしろそんなガキどもが“ 社会とは変え様がないものだ ”と考えている事に変わりはない。


 だが、こいつは仮初の世界の中であろうと、その‘下種脳’が作った幻想を壊そうと足掻いていた。


 やりかたこそ稚拙で馬鹿なものだったが、冷めた顔で世の中をあきらめたふりをして自分の弱さに向き合わないガキや‘欲望の奴隷’として生きる‘下種脳’の犬よりは、遥かに自由に生きている。


 自由であるとは自分が正しいと信じた生き方を貫くことで、それは奴隷として生きるより遥かに苦しい生き方だ。


 こいつがそれに気づいているかどうかは判らないが、こいつの生き方は少なくとも‘欲望の奴隷’の生き方ではない。


 ならば‘嫉妬’を祓った以上、ルシエラ達のことでオレにつっかかってくる事はもうないだろう。


 それとは別にセツナと光が同一人物であるという事実を知られたことで、こいつがどうでるかはまだ判らないが、敵対することにはならないような気がした。


 口封じのためにオレを狙うほどこいつが悪党とは、とうてい思えない。


 だがまあ、もし敵対したとしても、そう心配はいらないだろう。


 レアスキルがあるので、神呪系呪文グォーグンの永劫石化でこの世界からオレが脱出するまで石になってもらうという手は使えないが、他にもやりようはある。


 常時行動を共にするわけでもない相手なので、できれば使いたくはないが、催眠暗示で記憶を改変するという手もあるのだ。


(何れにしろ見捨てるわけにもいかないし、小娘が起きてからのことか)


 オレはそう考えながら、手にした剣を振るい唸りながら飛んで来た蔓を切り飛ばす。


 緑色の粘液を吹き零すソレは蔓というよりは触手に見えるが、八本の節足めいた根で歩く食虫植物めいた外見から察するにソレは蔓なのだろう。


 そのまま連動した動作で跳び込みながら本体を微塵切りにする。


 剣術も何もないただ太刀行きの速さと歩法も何もない行き足の速さだけで敵を切り払う合戦剣法だ。


 次いで後ろとびに跳び戻り、寝たままの小娘に襲い掛かろうとした蔓を切り飛ばす。


 切り払うのではなく、いちいち切り飛ばすのは緑色の粘液が身体にかからないようにだ。


 こいつの粘液には麻痺毒がある。

 オレの体に睡眠無効があるのは判っているが、麻痺や毒に対する無効化があるかどうかは試していない。


 この世界はオレがハックしたリアルティメィトオンラインをもとにして創られているらしいのであるはずだが、筈だで動くのはよっぽどの馬鹿だ。


 またも現れた魔物を今度は虹色の剣閃で焼き払うと、ほとんど間髪いれずに次が現れる。


 出現間隔は20秒強というところだろう。


 放って置けば何体もを相手にしなければいけなくなるので性質が悪い。


 この魔物は‘オクタフィド’という食人植物だ。


 同系統の魔物の‘トリフィド’の強化型で足が多くなるほど素早くなるという性質を持っている。


‘トリフィド’が盲人でもなければ捕まらないくらい鈍いのに比べ、こいつは競争馬並の速度で走るうえに、麻痺に毒に寄生胞子と攻撃も多彩な魔物だ。


 ここら近辺はこいつらの出現地帯だったのか、‘嫉妬’を消滅させてしばらくすると、こいつらは次々と地中から現れた。

 

 ‘真魔’には憑かれた者を魔物に襲わせないために魔物避けの能力があるので、それまでは出て来なかったらしい。


 小娘を抱えて逃げる事も考えたが、こう次々と現れたのでは逃げる隙がない。


 この身体のスペックなら無理をすればできそうな気もするが、そんな高速機動に小娘が耐えられるかどうか。


 こうなると、あっさり‘嫉妬’を自己崩壊させずに改造してしまうのが正解だったかもしれない。


 てっとり早く片付けようとしたあげくに余計、手間がっかったのでは世話はない。


 幸い、小娘が倒れたのが魔剣の光熱波で溶け固められたクレーターの上だったので、地中から出てきた‘オクタフィド’にいきなり丸呑みなんてことはなさそうだし、こいつが起きるまで持久戦といくしかないだろう。


 これが‘下種脳’どもの仕組んだイベントで、この様子を奴らが嘲笑って見ているのだとしたら業腹だが、だからといって奴らに一泡ふかすためだけに、小娘を傷つけるわけにもいかない。


 オレはムカつく気分を抑えながら剣を振るい、新たに湧き出てきた‘オクタフィド’をバラバラにする。


 鋼鉄並みに硬い外皮を持ち、野生のトラさえも捕食するという話の割りに骨が無いのは、今の体のスペックが高すぎるのだろう。


 もう数十分も戦っているのに汗をかくどころか息切れ一つしないというのは気持ちが悪いし、暴威を振るい続けることで緩みがちになる精神を制御する疲労も感じないとなれば怒りが湧いてくる。


 疲れず苦しまず傷つかないそんな生き方はどこにもないし、あったとしても人を腐らせるだけだ。

 

 身も心も人外になった感覚はガキや‘下種脳’どもには麻薬でもキメたような快楽なのだろうが、オレには嫌悪感しか巻き起こさない。


 そんな感傷を‘オクタフィド’と一緒に切り捨てながら過ごすうちに、やっと小娘が身じろぐような気配がした。


「おい、小娘。 いい加減に目を覚ませ」


 ‘オクタフィド’を剣閃で焼き払いながら、起きかけている小娘に声と一緒に軽い殺気を叩きつける。


「ふぁ、はいっ!」


 ビクンと身体を震わせて小娘が目を覚ます。


 だが、周囲の状況にまだきづいていないようでキョロキョロと辺りを見回して、やっと新たに現れた‘オクタフィド’の蔓を切り飛ばしているオレに気づく。



「目が覚めたなら移動呪文を唱えろ」


 そのまま一挙動で本体を微塵切りにしてふり返らずに言う。


 今、出現している‘オクタフィド’は五体。


 小娘が目を覚ましてから出現間隔が短くなったのは、食人植物が人の‘気’を感知して現れるという設定のせいだろうか。


 それともやはり‘下種脳’どもが状況を操作しているのか。


「ぼさっとしてると食われるぞ!」


 そう言いながら瞬歩で距離を詰め、小娘に迫っていた‘オクタフィド’の蔓を切り飛ばし、地面に転がったままの‘アントラプへゾロン’を回収する。


 そして剣閃で蔓をとばしてきた‘オクタフィド’を焼き払うと同時に左手の‘アントラプへゾロン’で反対側からとんできた蔓を打ち払う。


 そうなって、やっと今の状況に気づいた小娘が移動のための呪文を唱え始めるのを聞きながら、オレはやっとこの不愉快な時間が終わる事を喜んでいた。




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